エンドロールもずっと笑顔で

※しれっと全員生存してるifです
 鏡の見せる一夜の夢の一年後のイメージです。



夕暮れ時にはひぐらしの鳴き声が耳につき始めた夏の暮れ、なまえは大きな傘を広げながらアイスバーを口に頬張り、向かいで参考書を開く家入に特に話しかけることなく少しずつ形を変えながら空をゆっくり移動する入道雲を見上げていた。






「暇そうだな」
「久々のオフ〜任務溜まってたから」
「そうか」

いつもならニコニコと笑いながら聞いてようがいまいが話しかけてくるなまえが黙っていることに違和感を覚え、参考書に滑らせていた視線を何も話そうとしないなまえに移す。いつもなら一瞬で食べ終えているはずのアイスバーは暑さで溶けかけていた。

「何かあった?」
「んー朝喧嘩しちゃってさあ」

誰と?なんて聞かなくても答えは明白だった。そういえばと思い出すのは今朝方任務に出るところだったのか寮の前ですれ違ったもう二人の同期の姿。ナチュラル失言クズに宥められるデリカシー皆無クズの姿。最近穏やかになったあいつが昔を彷彿とさせるそれはそれは不機嫌な顔をしていたから間違いなしだ。

「へえ、ちなみに聞くけどなんで?」
「やー、寝言で、そのー、まあ、昔の夢見てたんだけど」

歯切れの悪い返事に何となく想像がついた。成程、別の男の名前を呼んだか。なんてベタな。というかこいつらよく一晩二人きりで過ごして何もアクション起きないな。実はもうヤってんの?何度か聞いたがいつも首を振るなまえに、いつの間にか無粋なことを聞くのはやめた。可哀想なことしてんなーと五条へ何度か憐れみの視線を送ったこともある。

「誰の名前呼んだ?」

ニヤリと笑ってやれば溶けかけのアイスバーがしゃり、と音を立ててなまえの喉奥に沈んでいった。

「五条の地雷」
「へー、二度目とか三度目とか?」
「…二度目かな」

名前を明確にしないなまえにおそらく一年ほど前に旅したあの世界に置いてきた誰かかと見当をつける。別に特別な関係じゃなかったのに、五条ってば全然信用してくんないの、そもそもこの世界にいないんだし会えないんだから嫉妬しても意味ないじゃん?口を尖らせながら言うなまえにため息をつく。

「なんでため息」
「なまえってホント男女のいろはをわかっちゃいないね」

自分で言ってて昭和の古臭い言い回しのようになってしまったことに気づき苦笑を漏らした。

「…硝子様はおわかりになる?」
「なまえよりはね」
「…その心は」
「お布施」
「あー、この前任務のお礼にもらった大吟醸が…」
「お、今日飲もうよ。」
「私が飲むのもったいないよ、水にしか感じないし」
「…はー旨いのに勿体ない。…五条の本心は知らないけど、世間一般の人間ってもんはもう二度と会えない相手を想ってるかもしれないってことに焦燥感を覚えるもんなんだよ」
「もうにどとあえないあいてをおもう……」
「想ってただろ、夢で」
「やー、訓練で痛めつけられてたまあまあ悪夢だったんだけど」
「苦悶の様子が切なそうに映ったのかねあいつには」
「そんな馬鹿な………」

アイスバーの棒をがしがしとしがみながら頭を抱えたなまえの様子にはっと失笑してやればこちらを上目遣いで見上げるなまえのヘルプコールを華麗にスルーした。

「自分で何とかしな」
「だってえ、五条めっちゃ怖いの。最近さ、僕とかいってるし口調もまろやかになったでしょ?その口調で怒られると余計に怖いのなんのって。何回説明してもわかってくれないし。あ〜神威が目の前にいてくれたら本当に何もないこと説明できんのに〜ィ!」
「呼んだ?なまえ」
「そうだよ神威なんでここにいないの〜っ、っえ?」


座るなまえの差す傘に入り込むように突然現れたサーモンピンクの長いおさげを下ろした男に驚いて固まる。なまえの頭を撫でて人好きの笑みを浮かべる男に対してなまえは驚きすぎているのか男を見つめたまま微動だにしていない。多分呼吸も忘れている。気配に敏感ななまえが他人の存在にここまで驚いているところを初めて見た。すぐに五条が慌ててこちらにやってくるのが見えて確実にややこしいことが起きることがわかって目の前の二人から距離を取るべく参考書を抱えて場所を変えることにした。




________


「なんでいるの?」


何秒か呼吸も忘れてしまっていた気がする。言葉を発するために久しぶりに吸い込んだ空気が喉の変なところに張り付いた。
私も以前着ていた黒のチャイナ服と地面に流れる白い外套がひどく懐かしくて眩く見える。なぜか泣きそうになってぎゅうと神威の外套を握れば相変わらず子供みたいだねと笑われてしまった。
昔のようにニコニコと笑いながらも、かなり精悍な顔つきになった神威の顔が目の前にあって、夢なのか現実なのか判断がつかない。さっきまで話してた硝子がどこかに行ってしまったけど視界に入る光景は高専そのものだし、五条がこちらに来る気配もするから、きっと夢じゃないはずなのに、ここにはいないはずの神威が視界を独占しているせいで現実味を全く感じられなかった。


「んー、俺にも良くわかんないんだよねー、戦ってたら急にワープしてさ。とりあえず近くにいた妖怪みたいな変なバケモンぶん殴ってたら白髪の男にここに連れてこられたわけ。なまえ、生きてたってホントだったんだね。別の世界に行ったなんて神楽に聞かされて半信半疑だったけどここにくるなりほんとにお前の気配感じてびっくりしちゃったや」

とっくに死んだと思ってたよ、と言う表情は昔に比べて穏やかできっとこの二年で神威にもいろいろあったんだろうなと想像がついた。


「こんなところで生きてたんだ。お前は相変わらずどこでも順応して生きてくね」


漸くやってきた五条が近くで青筋を立てているのがわかってまた怒られるなあと苦笑を漏らす。会いたかったなんて言ったら殺されるかも、神威に伝えたかったことって何だっけ。一年位前に江戸でみんなとどんちゃん騒ぎしたときのことを思い出した。

「神威、」
「ん?」
「久しぶり、私元気でしょ?」

昔みたいにへらりと笑ってみせれば珍しく開眼してみせた神威に撫でられていた頭をミシィと鷲掴みにされて嫌な予感が脳裏をよぎって思わず受け身を取った。
気づけば自分の頭がコンクリートにめり込んでいてさすがに怒りが込み上げてくる。

「ちゃんと反応できたじゃん。鍛錬は欠かしてなかったみたいだね」
「いったーい!!ひっさしぶりの再会に普通頭地面に叩きつけるッ?!信じらんないッ!!!」
「相変わらずヘラヘラしてんのムカついちゃった」
「こっちのセリフだわ!今日こそぶっ殺してやる!!!」
「なまえが俺殺せたことあったっけ?俺がなまえを殺しかけたことは数え切れないけどさ」
「今でも殺されかけること夢に見るよ馬鹿!!」

久しぶりの再会だろうがやることは変わらない神威に呆れたがなんだかそれさえも再会の挨拶のようで指をパキパキ鳴らしながら愉しそうに笑う顔面に思い切り拳をくれてやった。

「はは、力も強くなったね」

頬に入った一発に神威の顔の形が歪んでいるがぱし、と掴まれた腕がミシミシと鳴っていて久しぶりの骨が折れそうな痛みに懐かしいなと笑ってしまう。

「海賊王にはなれたわけッ?」

顎を狙って蹴り上げた脚は防がれて掴まれてた腕を引っ張られそのまま校舎に向かって投げられる。校舎に激突してはまた先生に怒られかねないので空中で回転し足で校舎の壁をターンする。みしりと音がした気がしないでもないが多分セーフだ。

「まだまだ冒険の途中さ」

反動の勢いそのままに両足で神威の頭目掛けて蹴りかかるも避けられて鳩尾に肘鉄を入れられる。クッソ痛いな!!でも超楽しい!!

「楽しいねえ神威っぐえっ」
「僕の前で堂々と浮気する悪い子はどの子かな??」


突然目の前に現れた五条に首根っこ捕まえられてぐっと力を込めていた拳が行き場をなくして闘気をみるみる失っていく。


「ご、五条……」
「へー、こいつが神威ねえ。全く呪力感じないのに呪霊とやり合ってたから天与呪縛なんてそうそういるはずないしきっとなまえ関係の奴だと思って連れてきたけどド本命がくるとはねー」

何かを含んだようなその物言いに頬がヒクと引き攣る。やばい、私今五条の存在を完全に忘れていた。


「あ、さっきの強そうなにーちゃん」
「どーもー、僕のなまえがむ・か・しお世話になったそうでー」
「……へぇ?知らない間に俺なまえの昔の男になってるの?」
「ね、身に覚えないよね?ほら言ったでしょ?五条の勘違いだって」
「まあ手取り足取りなまえにはいろんなこと教えたよね。(関節の)ハメ方とか(一撃でノせる)イイトコロとか」
「ちょっっ何言ってんだァァお前はァァア」
「へえ……」
「あぁ、なまえのことは何回も死なせそうなくらい昇天させたこともあるもんね(訓練的な意味で)」
「何言ってんの?!ねぇ!何言ってんの?!?!?」
「なまえ」

ポン、肩に置かれた五条の手が、雪女の如く冷たい。季節はまだまだ暑いはずなのに手が乗せられた肩から順番に体が凍っていくような気さえしてくる。怖すぎて五条の顔が見れない。もう一度名前を呼ばれて恐る恐る横目に視線を移せば顔面中の血管が浮いているのでは、というくらい青筋を立て、瞳孔をガン開きさせている五条に闘志が満ちていくのがわかってみなぎる呪力を練りに練っていることは明白だった。あまりの恐ろしさに勝手に口からひぇ、と言葉が漏れる。

「あいつ、殺していい?」
「殺せるもんなら殺してみなよ」
「待って!待って待って待って!!!」
「へー庇うんだ、なまえ」
「オイなまえ、せっかく楽しめそうなんだから邪魔するなよ」
「やっぱりわざとかァァア!神威五条と殺り合いたいだけでしょ!!しゃれにならないからやめて!あんた達を一人で止めるのは無理!!夏油はどこ?!この際伏黒先生でもいい!!死ぬ!!命がもたない!!!」
「大丈夫、なまえ。一撃で終わる」
「こんなところで何ぶっ放すつもりなの?!」
「へェ、一撃で終われると思ってるんだ、えらく舐められたもんだね」
「神威ィィこれ以上あいつ煽んないで…!マジでシャレになんないから…!!」


五条から目を離すことなく神威に黙れと言う気持ちを込めて後ろ手に呪具ではないただの暗器を飛ばすけど全て躱されて涙目になる。やばいこの二人に挟まれると自分がポンコツに思えてきた。五条が何を神威に放つつもりなのかはわからないがとりあえず出力のでかい攻撃だ、私が盾になれば攻撃できまいと五条の前に立ちはだかるがそれすらにイラついているのかどんどん機嫌が悪くなっている。
五条を無力化する最適解を高速で頭の中で叩き出そうと試みる。おねだり?ー無視される。ぶりっ子?ー殺される。ハグと言う名の拘束?ーそれだ!一体何人の人間がこちらに注目してるのか考えたくもないが死人が出るよりマシだ。致し方あるまい、馬鹿な私の頭じゃこれしか思いつかない!ええいままよ!脚に渾身の力を込めてジャンプして襲いかかる勢いで五条に飛びついた。


「〜〜っ悟!キャッチして!」
「ーは?」


首元にぎゅうと腕を回し頭を抱きこむみたいにして抱きつく。脚を五条の腰に巻き付けると、状況をすぐ理解してなんてことないようにお尻を支えるように回される五条の太い腕に安堵した。


「すっごーい!うまくいったあ!!」
「…ぷっ、何してんのお前…ククッ…」
「五条じゃなかったら多分背骨折れて死んでたよねこれ!ウケる〜!!!」
「ほんと、お前の相手できんの世界中で僕くらいだよきっと」
「アハハ!言えてる!」

くるくるとそのまま回り出す五条に笑いながらされるがままにしていれば、不意に感じた視線の元を辿ってすぐに正気にかえった。ニコニコと微笑みを湛えている神威の姿にテンションが急激に下がるのと一緒に血の気まで引いていった。回っていた五条も異変を感じたのかぴたりと動きを止めてくれる。


「お前は、帰ってこないつもりなんだね」
「かっ神威…、薄くなって…!」
「なーんで俺だけなんだろうね?お前だって向こうの住人のはずだろ」
「…私こいつに呪われちゃったらしいから、」
「とんでもない奴に見つかったね」

でも、楽しそうな顔が久しぶりに見れてよかったよ、なんて言う神威に驚きを隠せない。そんな素直な言葉口にするなんて。複雑な感情が胸中に溢れて今多分めちゃくちゃ変な顔をしてるんだろうな、神威が私を見て困ったように笑っている。

「…阿伏兎、元気?」
「もちろん」
「阿伏兎にも会いたかったなあ」
「なまえが向こうで死んだ時から一向に変わってないから会わなくても一緒だよ」
「ぶは!それじゃ私が子供の頃からほとんど変わってないってことじゃん!」
「第七師団の皆は変わらずに好きに生きてるからお前も好きに生きな、なまえ」
「!…ふふ、神威!拾ってくれてありがとう。私、ここで生きていくね。ばいばい」


いつものようにニコニコした笑顔で煙のように消えていった神威に私も出来うる限りの笑顔で最後まで大きく手を振った。
相変わらずジャンピングハグの姿勢のままで怒りの感情は何処へやら、私を優しい眼差しで見上げる五条と目があった。


「心残りは消えた?なまえ」

そう言われて、心のどこかでいつも感じていた小さなつっかえのようなしこりが綺麗さっぱりなくなってしまったことを自覚した。

「ーうん、会えてよかった。神威のこと見つけて連れてきてくれてありがとう。あの人を野に放ってたら日本がえらい目に遭うところだよ」
「僕って異世界人ホイホイ?」
「ホント遭遇率おかしいよね!」
「最強だからね」
「最強絶対関係ないよ。ー五条は神威のこと誤解だってわかってくれた?」
「それに関してはまだ審議が必要」
「うっそでしょ?!」
「それよりなまえ、さっきみたいに悟って呼んでよ」
「ーえ?呼んでた?」

呼んでたよ、嬉しそうに笑う様子にこちらも嬉しくなって名前を紡ぐ。


「「悟」」


やけに野太い声とハモってしまったことに五条と顔を見合わせる。
いつのまにか見物していたらしいブチギレ寸前の夜蛾先生をいつもより高い位置から見下ろしてあ、やばいな、と思った瞬間には雷が落ちていた。
いつものように私は呪骸に沈められて悟は夜蛾先生にシメられていて、いつの間にか様子を見にきていたらしい夏油と硝子の呆れるような視線を感じた。「大丈夫?」と夏油に差し出された手につかまって起き上がると悟が僕のこと先に助けてよなんて拗ねていてそんなことも楽しくて、こんな毎日がずっと続けばいいのになんてことを柄にもなく願っていた。


「お前らは敷地を破壊しないと気が済まない病気にでもかかっているのか?さっきの消えた男はなんだ!」


もう来年は最終学年になるというのに、未だに先生に怒られる私たちっていつまで馬鹿なことができるんだろう。ずっとずーっとみんなで馬鹿なことしてたいなあ、心の中で呟いていたはずの言葉が口をついて出ていたらしい。ぶちぎれる夜蛾先生の呪骸にボコボコに殴られて痛い。悟と硝子と夏油にはお腹を抱えながら笑われた。







蘭様、今回は企画へご参加いただきありがとうございました!
神威転移以外のご指定が無かったので好き放題書かせていただきました!神威と五条をいつか絡ませたいなあと思ってたので書いててめちゃくちゃ楽しかったです!楽しんでくださるお話に仕上がっているといいのですが…!
今回は素敵なリクエストありがとうございました!


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