この箱庭の定員は満員御礼

はぁ、ひんやりとした冷気に向かって体内の空気を吐き出せば、体内の温度から急激に外気に冷やされた水分が結晶のように実体化し、次第に煙のように空気に霧散していく。空に低く輝いていた太陽がとっくに沈み切った夜の闇とは対照的に燦然と輝く電飾が街を色めき立たせている眩しい光に照らされながら、電飾に負けず劣らずキラキラと目を光らせるなまえはそれを見つめている。単純なことにすぐに反応をするなまえのその楽しそうな様子に家入はフッと淡い笑みを漏らした。自分とは違う色素の薄い髪もイルミネーションの光を反射しているせいかいつもの髪の薄桃色とは違って見える。そういえばなまえが白熱灯の電球の下以外で直接光に照らされているところって初めて見るかも、と高専の制服姿とは違ってラベンダーカラーのロングコートを身に纏うなまえを上から下までまじまじと見つめていれば、どうしたの?とニコニコ笑うなまえがその煌めく瞳を家入に寄越す。


「楽しそうだな」
「うんッ!すごーい!こんなの初めて見た!宇宙から見る星も綺麗だったけど、東京って地上がこんなにキラキラしてるんだねえ!」
「…なんかなまえが直接光に照らされてるとこってレア」
「あはは!日中はいっつも傘さしてるもんね。たしかに!
…それにしてもさむ〜ッ硝子冷えてない?大丈夫?五条と夏油まだかなあ?」


高専内で暇を持て余していたなまえは任務の後メシ行こうぜ〜という五条の突然の連絡に二つ返事で行く行く〜!と嫌がる家入を引っ張って待ち合わせ場所に指定された商業施設がすぐ控える駅前にやってきたのだが、召喚した本人がなかなか現れない。任務遅れてるのかなあ?珍しいね、と白い手をスリスリと摩って暖を取るなまえに家入が口を開いた。


「まだ来なそうだし喫煙所行っていい?」
「うん?いいよ。私ここで二人待ってるから行ってきて」


東京の主要箇所の喫煙所は把握しているのか迷いなく歩き始めた家入は等間隔で立ち並ぶ木に括り付けられた電飾の下を歩く。寒々とした空気にそういえばもうすぐ年の瀬かーなんて思いながら喫煙所のスペースに入り込もうというところで背後から「こんばんは〜」とかけられた声に僅かに眉間に皺を寄せた。聞こえなかったフリをして視線を足元に落としながらコートに入れた四角い小箱を取り出し慣れたように底を叩いてタバコを一本取り出した。


「お姉さん綺麗だね!めっちゃタイプなんだけど」
「タバコ吸った後予定ある?ご飯行かない?」
「俺にも一本ちょうだい」


無視を決め込んでいるも関わらず話しかけてくる男に向かってふぅとタバコの煙を吹きかけてもめげずに馴れ馴れしい態度を取り続ける男に煙だけでなく唾でも吐きかけたい気分になった。せっかくの至福のひと時に水を差されたようで気分が悪い。


「ガン無視すごいね、ねえねえ、こっち向いてよ」


口に咥えたタバコを引っ張ろうとする男にさすがにぶっ飛ばしてやろうかと男を睨みつける。同級生に比べると明らかに戦闘能力は劣るが一般の女子に比べるとまだ護身術ぐらいは身に付けている家入が動き出そうとした瞬間、男の影の向こうにゆらりと現れた見覚えのある薄桃色の姿にニヤリと笑って「ご愁傷様」と呟いた。



「ねえ、お前何してんの?」


ゾワリ、身の毛のよだつような悍ましい殺気に男は驚いた猫のように身を竦みあがらせた。恐る恐る、背後を振り向くと瞳孔をかっ開いている色素の薄い顔貌の整った女がただただ真顔でこちらを見つめていたことを悟り、内心ほっとした。なんだ、この子のお友達かな?ラッキー。こっちも可愛い。どっちにしようか迷うレベルだな。誰か召喚して複数プレイでお楽しみにしけ込むかとまで考えたところで「君も可愛いね、一緒にどう?」と声をかけた瞬間に体が何かに叩きつけられたような衝撃が走り、時間差でじわじわと痛みが身体中に走る。な、なんだ?何が起きた?地震か?思わず目を閉じていた視界を開ければ恐ろしいほど至近距離で澄み切った蒼に見つめられていた。紅く色づく唇が自分に触れそうな距離にある。えっめっちゃ積極的なんだけど青姦希望ってこと?─なんて短絡的な考えに直結した男を喫煙所に設置された透明のガラスパネルに縫い付けなまえは問答無用で蹴り上げた。ガシャアアンと自分の股間の真下で響いたガラスの破壊音とガラスに突き刺さる目の前の女の足元が自らの股間の数ミリ先にある。あまりの恐ろしさにタマが竦み上がった。何が起きているのか一瞬理解できない。ニコリと微笑みもしない目の前の女はガラスに突き刺さったショートブーツをなんでもなさげに引き抜きバラバラと崩壊していく喫煙所のガラスパネルをどうでもよさそうに一瞥して脇に控えていた先程自分が話しかけていた女の手を引いて立ち去っていく。ガラスの破片がそこかしこに散らばる地面に腰の抜けた下半身がずりずりと落ちていく。な、なんなんだあの女…!もしかして俺、とんでもない化け物かなんかに声かけた?!ぶるぶると震える身体で長い髪を翻しながら黒髪の女とやりとりをしている女を見やれば先程の悍ましい殺気はどこへやら、黒髪の女を心配そうに見つめていた。


「もう!大丈夫だった?!なんか溝鼠みたいなのに触れられそうになってたから焦ったじゃん!自分で自分の身くらい守ってよ!あんなのすぐ伸せるでしよ?!」
「めんどくせーじゃん。無視で終わるならそれが一番」
「もおおおおお!なんでたったの数分目離しただけですぐ変なのひっつけんの?!」
「お前私の彼氏かよ」


やっぱあの二人クソかわいいな、ていうか溝鼠ってまさか俺?─さっき自分に降りかかった不幸も忘れてワイワイやっている二人組をぽやぁと性懲りも無く見つめていれば電飾の光が反射する頭を後ろからバックハグする白髪の男と、黒髪の女の肩をやんわりと引き寄せる髪を引っ詰めた個性的な髪型の男が現れた。え、男連れ…真っ黒の学ランのような服を着ているが、まさか学生か?


「硝子、大丈夫だったかい?」
「おいコラクズ、勝手に触んな」
「ちょっと〜五条重いんだけど」
「あーマジで丁度いい俺の肘置き〜てかなまえやりすぎだって〜俺らの出番ないじゃん。喫煙所崩壊してんのウケる」
「なまえはもう少し物理頼りなところ直したほうがいいよ。アレ夜蛾先生に報告したほうがいいね」
「ええっ!やだあ!また怒られる!!」
「ホント馬鹿だな〜なまえ。お、このコートあったか
「ちょっと〜任務明けなのにコートのポケットに手ぇ入れないでよ汚い」
「汚い?!?!汚くねーわ!!」
「おーい行くなら早く行こ」
「そうだね。少し遅くなってしまった」
「今日何食べるのー?」
「焼肉。いつもんとこ」
「きゃーサイコー!五条の財布すっからかんにしてやろ!硝子早く行こ
「なんでいつも俺の奢りなの?」


女二人が歩き始めたのを後ろから見つめる男二人…でけー…あれタッパいくつあるんだろ。目の前で凄まれたらちびるかも。ていうかなんだあの男のサングラス。夜なのにサングラスつけてる高校生って何?片方はボンタンだし。ヤベー奴らだ。会話から察するに女の子もおそらく未成年なのだろうのに平気で喫煙スペースでタバコ吸ってたしもう片方も……コレだ。自分のチノパンにかかるガラスの破片にため息を漏らした。何あの力。霊長類最強のアスリートでも勝てなくない?怖いんだけど。見た目はあんなにかわいいのに……「おにーさん」……ん?
自分に降りた影に違和感を覚えて頭を上げれば先程まで可愛い女子二人とわいわいしていた男が丸い特徴的な形のサングラスを取って俺を見下ろしている。─え、何こいつ…顔面やば。


「あいつらに声かける前に自分の顔面ちゃんと見た?目ちゃんとついてる?…いや、ついてなくていいや。そんなゴミみたいな目に、腐った脳みそにあいつらの記憶植え付けないでもらえる?」
「悟、悟。もういいだろう。なまえも硝子もこんな些末事もう忘れてるよ。早く行こう」
「それもそーだな。…あ、もちろん二度はないから。今度その顔面俺が見かけたらどうなるか、わかるよな?」



ギン、と凄む男は長い足を折りたたんで座り込む俺に目を合わせてくる。今にも殺されそうなその気迫にさっき縮んだタマがまた縮んだ気がする。
キラキラと宝石のような瞳に映る自分の姿はこの男に比べれば確かに溝鼠のようだった。声にならない声を絞り出して返事すれば途端に興味なさそうに長い足を繰り出していく。─あぁ、俺はなんてとんでもない事案案件に首を突っ込んでしまったんだろうか。




「五条ー夏油ーはやくーお腹すいたよー!」
「はいはい。ほら悟、愛しのなまえが呼んでるよ。…それよりコート似合ってるかわいいねくらい言ったらどうなんだい」
「るっせー!なまえには言うなよ!!!」
「小学生男子か君は」



なまえと家入が先導する一歩後ろを五条と夏油が追従する形で、さっきまで起こったことなんてもう忘れたかのように冗談を言い合い、楽しそうに笑いながらキラキラと輝く青白い光の中に溶けていった。








佐久間さま、今回はリク企画にご参加くださりありがとうございました!
お祝いのお言葉に加え闇い夜に煌めくはを応援してくださってありがとうございます!!
ツボと言ってもらえて嬉しいですたくさんネタ送ってくださってありがとうございました!!
幼児化ネタは他の方が送ってくださってたので、そちらで書かせていただきますね〜!!
プリンセスホールドはいつか登場させるつもりなので、お楽しみにしていただければと!
モブが完膚なきまでにやられてしまいましたが楽しんでもらえていると嬉しいです!素敵なリクエストありがとうございました!!


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