特筆することもない或る日のこと

「お腹すいた………」


呪術高専東京校の鍛錬場のど真ん中、これからの呪術界を担うのであろう才能ある生徒たちの必死な体当たりを軽々といなしながらなまえは絶望を孕んだ呟きをもらした。一年の釘崎、虎杖に関しては気を抜けば吹っ飛ばされそうになる鍛錬中によそ見してそんなこと言う余裕があるなまえの様子に少なからずイラッとした。なまえは二人のそんな隙を見逃さず虎杖の襟首を掴んでぶん投げ、釘崎の脚を払って転がしジャージに向かってクナイを投げて地面に縫い付ける。「あ゛ー!!ジャージおろしたてなのにぃ!!」と叫ぶ釘崎の言葉を鼻で笑って「気を緩める方が悪いんだよー」べえ、と舌を出して大人とは思えない態度で転がる釘崎をおちょくっていた。
その瞬間にビュン、と眉間目掛けてやってきた棍棒を難なくキャッチして大刀を振りかぶる真希と刀を振り下ろしてくる伏黒に応戦する。畳み掛けてくるように狗巻が《止まれ》と呪言を用いてなまえの動きを止める。ビタ、となまえの動きが止まった瞬間小柄な体躯を活かして懐に忍び込みなまえが所持していた暗器を奪い反撃してくる狗巻に虚を疲れたように一瞬驚いた風だったなまえはすぐに楽しそうに笑って無理矢理封じられた身体を膂力のみでこじ開けるように動きだしたことで三者三様反応を示す。飛び出してくるパンダを視界に捉えることなく呪言で封じられているはずの身体で軽々とぴょんと飛び跳ね攻撃を躱し、狗巻ごと棍棒で叩き殴る。パンダに庇われた狗巻は無傷、パンダは呪骸故に核を絶妙にずらしたおかげで大きなダメージに至らない。一年以上なまえとの鍛錬を繰り返した二年組と子供の頃からなまえに鍛えられている伏黒にとってはこんな攻撃序の口、まだまだと真希、狗巻、パンダはにんまりと口角をあげ、伏黒ははぁと小さく嘆息した。
「ふふ、さすがに二年と恵は連携取れてるねえ。でも六人がかりでもこれじゃあ先が思いやられるなあ」と先程空腹がどうやら呟いていた時とは打って変わって楽しそうに笑うなまえの構えは隙だらけに見えて実の所どこを攻撃しても即反撃される未来しか見えなくて真希は「ったく化け物め…」と笑いながらも冷や汗を垂らす。
結局、地面に沈められた六人は、はっはっはー!と高笑いをキメる大人気ない大人を呆れた視線で見上げることしかできなかった。






ずずずー!かちゃかちゃ!もぐもぐ!おかわりー!出てきた食料が吸引力の変わらない掃除機よろしく吸い込まれては消えていく様に見慣れない様子の虎杖と釘崎はそれぞれ感嘆と不快感の表情を浮かべていた。寮の食堂は学生が本来使うべき場所なのだが、なまえが学生の頃から働く寮母の温情でこうして学生と一緒に同じ窯の飯を食うことを許容されている。二年組と伏黒に関しては見慣れた様子で、なまえの食べっぷりに口を出すものがいないことに釘崎はさらに頭を抱えたくなった。やっぱり呪術師ってのは変人の集まりだわ…、そんなことを漏らして真希の隣に着席する。

「なまえ先生すんげーよく食べんね。そんなに細いのに食ったもんどこに消えてんの?」

純粋な眼差しでなまえにそう問う虎杖になまえは頬を食べ物で膨らましながらふふふと笑った。

「動くとお腹すくからねえ」
「なまえのそれは異常だよ」

ぬっ、と突然現れた聴き慣れない声の持ち主の登場に生徒数名は驚いた様子で、なまえは大きな目を細めて口元を緩ませた。

「あ、やっぱり夏油帰ってきてたんだ。気配するなーって思ってた。海外どうだった?」
「うん、その話はまたおいおい。悟から両面宿儺の器の話を聞いてとりあえず戻ってきたよ。ーはじめまして、入学おめでとう。虎杖悠仁、釘崎野薔薇。夏油傑だ」

人好きのする笑みを湛えた夏油に誰?と思うものの、高専の教師であるなまえと知り合い風な姿にこの人も呪術師か、と差し出された右手に、あ、ドーモと持っていた箸を置いて手を差し出す。

「ふふ。猿からの脱却、おめでとう」

ニヤリ、と嗤う夏油の姿に虎杖はー猿?と目を点にさせる。

「げーとーうーくーん?非術師を猿っていうのはもういいけど生徒に言うのはどうかと思うよー??」
「ふふ、祝福してあげたんだよ。彼が猿だとは言ってない」
「もーほんと屁理屈。でもおかえりー!あ、美々子と菜々子またサボりだよー!なんとか言ってやってー!」

ばふ、と大きな体に嬉しそうな表情でぎゅうと抱きついたなまえと、微笑みを湛えて「ただいま、なまえ」と軽々となまえの抱擁を受け入れる夏油の姿に虎杖は途端顔を赤らめる。ーまさか、恋人だったのか。自分と同じく初対面らしい釘崎もふーん、なんて言いながら二人を見やっていた。それに比べて先輩たちと伏黒の表情がげんなりとしているのが気になる。

「なまえ、熱い歓迎はありがたいんだけど悟に見られたらまた喧嘩になるよ」
「悟ゥ?知らなーい誰それ?」
「ーまた喧嘩したのかい?」
「なんのこと?五条の悟とかいうやつは私の知り合いにはいない」

ぷい、と子供っぽくそっぽを向いたなまえの姿に苦笑する夏油はなまえのそんな扱いに慣れている様子でよしよしと頭を撫でつけた。
ああ、そんなことをしたらまた…、と伏黒は深いため息をつく。


「なまえ先生と夏油先生って付き合ってんの?」


謎の空気が充満する場に一石を投じたのは純粋無垢な虎杖で、呪術師同士で職場恋愛とかあるんだー!なんてワクワクとしながら二人を見やっていた。そんな虎杖の様子に夏油はきょとんとしてすぐにぶは、と笑う。


「違うよ、なまえの恋人はー」
「んー、夏油が恋人かあ。いいかも。私たち付き合う?」
「……ちょっとなまえ、すぐ冗談言わないの」
「冗談じゃないし」


さすがの夏油もなまえの発言を窘めるもなまえがかなり怒っているらしいことが見て取れた。いつもニコニコと微笑みを絶やさないなまえが眉間に皺を寄せて額に青筋を立てている。ー一体あの親友は今回何をやらかしたのか。飄々としてつかみどころがないくせに意外と独占欲も嫉妬心も持ち合わせているなまえが親友に対してその感情を爆発させるところを何度か見たことがある夏油は何度目かわからない二人の喧嘩の仲裁役を海外出張から帰ってくるなり担わなくてはならないのか、と小さく嘆息した。


「…さ、今回悟はどんなポカをやらかしたのかな」


五条先生??と事情を知らない虎杖と釘崎は自身の担任の姿を頭に思い浮かべる。永遠と愚痴を溢すなまえに先日付き合わされた伏黒は関わりたくない、とばかりに夏油から寄せられた視線に気づいていないふりをして絶対に目を合わせないように注力した。そんな伏黒の様子に夏油は次に事情を把握してそうな真希に視線を移した。


「真希は知ってるかい?」
「どうせいつもの悟のイタズラですよ。あいついつまで小学生みたいなことやるつもりなんだ?」
「こんぶ!明太子!」
「おーあいつらの痴話喧嘩いつも壮大なんだよな。前回も校舎大破したし」


パンダの密告に夏油は今度こそ大きくため息をついた。いつまで十代の頃のような喧嘩をし続けるつもりなのか。二人して全く成長していない子供のまま大人になってしまっていることに、そしてそんな二人が教職についてることに頭を抱えた。
近づいてくる渦中の人物の気配に自分の腕の中にいるなまえも気づいたのかピクリとと眉を跳ね上げた。『わざと』聞こえるようになまえが声を張り上げる。

「とにかく!あのバカのことなんてもう知らない!!あんなゴミクズボコボコにぶん殴って焼却炉の中に捨ててやる!」
「だーれがゴミクズだってぇ?」


ぬっと夏油と同じく突然姿を現した五条の姿にいよいよ伏黒と真希は席を立って巻き込まれないようにその場を後にすることに決めたらしい。パンダと狗巻は面白くなってきたと目を爛々と輝かせている。
虎杖と釘崎は相変わらず頭の中を埋め尽くすクエスチョンマークの渦から抜け出せていない。


「悟、また君はなまえで遊んでるのかい」
「えー、なんのことー?てか傑、なになまえのこと抱きしめちゃってんの?離してくれる?」
「いい加減にしないと本当に嫌われるよ?」
「だーってなまえが葵から言い寄られて満更でもなさそうだったんだもん。ムカついたから仕返し」
「ハァ?!稽古してほしいっていうから約束しただけだし悟と一緒にしないでくれる?!」
「そんなの下心あるに決まってんでしょ」
「ないわ!!いくつ年離れてると思ってんの?!」
「はー?男はちょっとえろい年上のお姉さんが好きって相場が決まってるんだよ」
「……悟もそうなの?」
「えー僕?どうかなーどう思う?」
「………ドクズ!!!」
「ねえなんでなまえそんなに怒ってるの?ねえなんで?なんで?」


腹の立つ顔ー、とはいえアイマスクで隠した目元のせいで頬から下しか出ていない顔でなまえの顔を覗き込むその表情は口角が上がるのが抑えられないとでも言いたげで、なぜこんなに怒りを爆発させているのかもちゃんとわかっているだろうにそんなことを楽しそうに宣う五条の様子になまえはついにぷるぷると震えながら右手を振り上げそのまま五条の顔面を振り飛ばした。


ガシャアアン、吹っ飛んだ五条の姿にいつかの学生時代を彷彿とさせる食堂での事件が頭によぎるー夏油と寮母はすぎし日の思い出の再現か?と苦笑を漏らした。食堂を破壊しなかっただけなまえの力加減の成長を垣間見るが沸点の低さは変わっていない。吹っ飛んだ五条はなんでもなかったように起き上がり腫れ上がった顔面がみるみるうちに回復していくのを認めたなまえは眉間の皺を濃くした。


「相変わらずキッツイ一発〜ッ」
「ハァ、なまえ、これ以上は寮母さんが困るからやめな。それに生徒たちの前だよ」


夏油の言葉にハッとしたなまえは食事をしていた生徒たちを振り返る。三者三様の表情を浮かべていた彼らになまえは一気に冷静になる。事情を知らなかった虎杖と釘崎もなんとなく彼らの関係性を理解し始めた。
びっくりさせたね、ごめんね、と謝るなまえにパンダと狗巻は慣れたように「お前らの喧嘩は漫才みたいでおもしろいぜ」「しゃけしゃけ〜」と笑い、真希は「なまえさんそろそろ悟と別れた方がいいぞ」と顰め面を浮かべる。それに伏黒が大きく頷いた。そんな先輩たちとしゅんとする先生のやりとりに虎杖は「で、なまえ先生はなんでそんなに怒ってたん?」と純粋が故の疑問を飛ばす。伏黒が余計なことを言うなと虎杖を背後からどついた。


「悟が…」


いつも自信満々に輝く青い瞳に長い睫毛が影を落とすその瞳はゆらゆらと揺れていて、その奥に鎮火したはずの炎がまた揺らぎ始める。その場にいる伏黒以外の一同は一体五条が何をやらかしたのか、とごくりと生唾を飲み込んだ。


「京都校の………髪が青くてかわいー子とツーショット撮ってたの。ニッコリ笑ってピースして……!これ何って聞いたら撮ってーって言われたから撮ったって。しかも私の前でその子のこと結構タイプだったとか言うし…!そんなに殺されたいなら今すぐ殺してやる…!」


なまえの言う特徴に合致する女生徒を夏油以外の全員が頭の中で想像できた。伏黒は何回も聞いたその愚痴にハァとため息をつく。虎杖は呆れた表情で「先生……」と漏らし、パンダは「悟が悪いな」と言うのに狗巻が同調する。釘崎と真希は首切りのジェスチャーを五条に送る。問題の五条はと言えば、なまえに胸ぐらを掴まれているのにニヤニヤと嫌らしい笑みを湛えて「あー久しぶりのヤキモチ焼くなまえかわい〜安心してよ僕が好きなのはなまえだけだし久しぶりにやきもち焼いてほしくて言っただけ〜」とふざけたことを言い出す始末。そんな五条に鉄拳制裁を下したのは夏油で、「さすがになまえがかわいそうだ私がもらおうか?」と言うのに過剰反応した五条が今度はキレた。学生時代を彷彿とさせる三つ巴の戦いのゴングが高専の学生寮で鳴り響き、特級術師二名と夜兎、いつかの問題児三人組のじゃれ合いという名の喧嘩が始まった。ゲンコツを携えた学長により終戦を迎えたが、暴れまくった末に食堂は再び全壊、学生寮の一部も崩壊、そのせいで虎杖と伏黒の部屋が被害に遭い、お気に入りのグラビアポスターが木っ端微塵になったことに虎杖はさめざめと涙を流した。
目で追いかけることも困難な激闘の数日後、ケロリとしたなまえと五条が仲睦まじげに高専内を手を繋ぎながら歩いているのを目撃した生徒たちはこんなのが教師としてやっているこの学校は終わっている、と全員が同じことを心の中で呟いた。





のん様今回はリク企画へご参加くださりありがとうございました!お祝いのメッセージ、応援のメッセージも添えてくださりありがとうございます!!乙骨くんも登場させたかったのですが原作と同じように海外に出ている設定にさせていただきました…夏離反なし五前提の一年組と二年組とわちゃわちゃするお話ということでこのようなお話にさせていただきましたー!多分夏が五の隣にいる世界線だと今よりちゃんとしてないのでこういう意地悪もやってそうだな…という感じで書かせてもらいました。ifストーリー書いてて楽しかったです!素敵なリクエストありがとうございました!


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