僕の推し事の話

最近のアニメのグッズというのは、恐ろしい商法を編み出したらしい。トレーディングー、ランダムで袋に入ったグッズで開封するまで中にどのキャラクターが入っているのかがわからない、という手法。推しが当たるまで永遠に買い続けるという地獄の所業のようなそれは数々のオタクを破滅の道に誘う。
だがそんな破滅の道ですらも、推しのためならと喜んで突き進む人間がこの世界に何人存在しているだろうか。オタクの心理をついた絶妙な巧妙な罠。しかしそんな彼らも推しを迎えた瞬間に、苦労したらしただけ推しを愛でて天国に召されるのだから、もしかするとウィンウィンの関係を築けているのかもしれない。


さて、そのグッズが買える場所は多岐に渡っており、ネットで買えるものが主流になった昨今、店頭限定で並ぶそれをじいと見つめてその場から動こうとしない男がいた。
中身など全く見えない。見えるはずもない商品をじいと見つめ集中し神経を尖らせる男は目元を遮る真っ黒のサングラスをかけながら微動だにしない。見えないものを見ようとする目すらも隠して、商品棚の前から一ミリも動かない大男に通り過ぎる客はなんだなんだと一瞥をくれてすぐに関わらんと避けていく。ここがアニメグッズだけを専門に取り扱う店であればまあ、姿格好は怪しいが気持ちを共感する人間もままいたかもしれないがここはコンビニ。コラボするアニメを知らない『一般の』顧客も大勢出入りするその店で男は陳列された中身が決して見えない商品が並ぶ一番奥の商品を視界に入れた瞬間天を仰いだ。


「く……コンビニ回って八軒目にしてようやく見つけた僕のなまえちゃん……ッ」


目頭を押さえてふるふると震え始めた男に向けられる不審な目はとどまる所を知らないが、相当感極まっているのか、そもそも自分以外の外野のことなど意に介したこともないのか集まる視線を気にすることなく男はまるで小さな生き物に触れるようにそうっとそうっとそれを捕まえて、愛おしげに見つめてから別の棚に視線を移した。


「……このコンビニは今日から僕となまえちゃんの聖地。そうだ、ここに教会を建てよう」


大きな掌で捉えたコンビニの商品に色づいた頬をすりすりと寄せる自販機よりも背の高い男の姿は異様以外の何者でもなく、コンビニの店員はずんずんとこちらに向かってくるその男に本能的に恐怖した。コンビニとアニメのコラボは珍しくない。この商品を買いに来る人間なんて発売当日にも関わらず既にごまんといたし、別のアニメとのコラボでも濃いキャラの人間は山ほど見てきた。店員にとってこういったコラボ商品を買いに来る人間は珍しい存在ではなく一々記憶に残すほどのものでもない。だが、今こちらに向かってくる男は今までのお客様と一線を画していた。べしょべしょと涙を流し続け、愛おしそうに商品の乗った手のひらを見つめながらこちらに迷いなく進んでくる男。目元の窺えない光を反射しないサングラス、恐ろしいほど小さな顔にだらりとかかる毛髪は真っ白なのにえらく若々しい。そしてそんじゃそこらじゃ出会わないほどの長身、モデル並みの足の長さとスタイルの良さ。そしてなによりぶつぶつとなにかを呟きながらえらく上機嫌にこちらに向かって歩いてくる様はホラー映画の幽霊よりある意味タチが悪かった。こわい。にげたい。だれかたすけて。店員は背後をさっと見やったが、いつもわいわいと仲良くバイトに励む仲間は誰もこちらを見てくれない。ああ、自分は生贄にされたのだと悟った。


「い、いらっしゃいませ」
「おねがいしまーす
「お、お預かりします」
「いやーここのコンビニ品揃えいいね!他の店舗ひとっつもなまえちゃん残ってないの。どういうこと?人気キャラってあんまり当たらないように数減らしてる?そうやって当たるまで購買意欲唆らせて当たるまで買わせ続けるのってどう思う?平等に作るべきじゃない?いくらなまえちゃんが可愛くて人気だからって、出回る数減らすのはどうかと思うよ?ま、僕には関係ないけどー!なんてたって全部見えちゃうもーん!…ん?ちょっと待って?出回ってる数が少ないってことは、どこぞの馬の骨とも知らない人間の手になまえちゃんのグッズが渡る可能性が低いってこと…!さすが公式様、わかってるよねー!!!」

怖い。コンビニ店員は一人で話し続ける目の前の男が怖ろしくて仕方なかった。そもそもコラボグッズは中身が見えないようにきちんと梱包されているし、自分の好きなキャラがいたとてそれを狙って出せる人間などいないー、いるはずが、ない。しかもキャラによって発現数を減らしているなんてそんな話もあるわけないーはずである。推しが出なくて落ち込んだファン達の行き場のない怒りがイチャモンとなって吹き出した定型文で、そんなこと自分に言われても困る、と内心コンビニ店員は考えながらなるべく早く退店してもらうべく高速でレジを打った。高速で袋詰めをした。カードリーダーに向かって差し出されたカードがあまり見ない真っ黒なカードだったことには気づかないふりをした。袋を渡してしまえば男は途端に浮き足立たせながら店から退店していく。嵐のような、呪いの化身のような男にコンビニ店員は十歳は老け込んだような気分だった。






ポケットに突っ込んだ右腕に引っ掛かる安物のビニール袋がカサカサと音を立てる。得られた戦利品が入る宝物庫にしては安っぽい袋で心許ない。なかなかどの店舗にもなまえちゃんが残ってなかったせいでコンビニ行脚を繰り返した。絶対おかしいよ。なまえちゃん全然ないんだもん。ま、この辺のコンビニのなまえちゃんは僕が全部買い占めたから東京に住むなまえちゃん推しのニワカ共は一生コンプできなくて泣いてたらいい。
発売日当日に買いに来れるかヒヤヒヤものではあったがなんとかもぎ取った休日、今回のコラボ商品の全てを手に入れたことでほくほくとする気持ちが勝手に足取りに出てしまうのか自分が今術式を使って宙に浮いているのか地に足をつけて歩いているのかも曖昧だ。
早く全てを開封してなまえちゃんの姿を確認したいと逸る気持ちが抑えきれない。だが今日この商品を開封する場所はもう決めてある。
何週間ぶりかわからない一日休み、という貴重な時間を費やすにふさわしい場所へ浮き足立つ長ぁい足でずんずんと歩みを進めた。


何度目かのチャレンジかわからない安っぽいカフェで何度目かわからない同じ注文を、店員に尋ねられる前に、メニューを見ることもなく告げる。今度こそ、今度こそと願いを込めて握りしめる両手が武者振るいか震え始める。あまりにも緊張しすぎて、コンビニの袋に入ったままの戦利品を開封することもままならない。最強の特級術師である僕が日常生活でこんなに緊張状態に陥ることは滅多にない。この世に蔓延る呪いは大抵は僕より弱いし、僕にできないこともほとんどない。特別な『眼』を駆使して梱包されたアニメグッズの中から自分の推しだけをピックアップすることだってできる。そんな反則技を使える僕でも運を天に任せなければならないことだってある。そう、今日はつい先日から始まった例のアニメとのコラボカフェに来ており、注文特典でもらえるランダム配布されるコースターを目当てにやってきた。なんとキャラクターがアメリカンダイナー風の衣装を身に纏う特別イラストでグッズ展開もされており、普段は色っぽい衣装の多いなまえちゃんは元気溌剌としたヘソだしツインテール姿を披露している。…その衣装が発表されたときは信じられない可愛さに何度吐血しかけたことか。もちろん開始当日に血眼のようになって任務を終わらせて足を運んだ。なまえちゃんのグッズは個数制限ギリギリまで購入した。…一人でも多くなまえちゃんを推す他の人間の目に触れさせないためである。全部を買い占めておきたかったのに、個数制限を設けるとは公式はなかなかに慈悲深い。そんな僕の自分勝手な思考の天罰か、ランダム配布される特典の特別イラストの印刷されたコースターは悉く違うキャラクターが運ばれてくる。なまえちゃん以外に用はないので持って帰ったことはない。今日こそは、今日こそは!そんな思いで握り締める両手にどんどん力が入ってしまう。

店員がどこかの席に注文された品持って行くたびに自分の分かそうでないか確認してソワソワする。これだけ日参して、毎回同じ注文を繰り返す僕の推しなんて絶対わかってるはずなのに毎回違うキャラを差し込んでくる店員は絶対に性格が悪い。あ゛〜〜〜ツインテールなまえちゃんのコースター敷きながら独自開発したなまえちゃんが毎朝飲んでる風スムージー飲みたい〜〜〜…!!!でも保存用も欲しいからできれば二枚は欲しい〜〜〜…!!!むしろ額縁に飾る用と三枚は欲しい〜〜〜ッ!!!いやいや、まずは一枚、とにかくお願いします。何がなんでもなまえちゃんのグッズをコンプしたい。この世に生み出されているのに自分が手にしてないグッズがあると考えるだけで悍ましい。そんなことを考えている間に頭上から聞こえた「お待たせしました」という声にハッとする。


「『なまえの宝石箱ジェラート』と『なまえのホワイトソーダ』です、そしてこちら特典です」すっすっ、と目の前に置かれていく見慣れたデザートとドリンク。いくら店員とはいえ、いくらメニューの名称とはいえ、なまえちゃんを呼び捨てでなまえちゃんの名称を賜った料理を置いていく店員にカチンとこないではなかったが、店員がコースターらしい小さい正方形を置いたのをもはや恐ろしくて直視できない。思わず目を閉じて目の前に商品が置かれたであろう気配を感じてから悠に一分程度黙祷を捧げた。早くたべないとジェラートが溶ける、なんてことも忘れて、普段なら到着した瞬間にかぶりつくデザートも今は緊張でそれどころではない。黙祷で精神を落ち着かせ、無我の境地で挑むのだ。天上天下唯我独尊、自分より尊いものなどこの世に存在しないと思っていたが、それは撤回させていただく。なまえちゃんこそが、この世の頂点。この世の理の全て。なまえちゃんさえいれば僕にとっての世界に平和が訪れる。
ゆっくり、緩慢に目を開けると、人工の明るいLEDの光がサングラスの隙間から六眼に差し込んできた。ゆっくり、ゆっくり、目の前に置かれたはずのコースターに焦点を合わせる。ーあぁ、そしてまた僕の世界に御神体をひとつ、お迎えすることができたことに全世界に感謝を伝えたい。


「い゛ぎででよ゛がっ゛だ」


思わずツインテールのダイナー風衣装を身に纏ったヘソだしのなまえちゃんが描かれたコースターを大事に胸に掻き抱いて、机に突っ伏して号泣した。








あの後、なまえちゃんメニューを堪能してコンビニでゲットした商品を開封した。全部なまえちゃんの商品であることにニンマリしつつ、初日からなまえちゃんをコンプできたことに達成感に包まれていた。
なまえちゃんコーナー化している飾り棚に今日手に入れたグッズと、額縁に入れたコースターを飾る。ああぁ…今日も僕のなまえちゃんが尊い。何着ても可愛くてエロくてほんとどうなってんの?なまえちゃんを生み出した奴の頭の中どうなってんの?天才か?ああ、あと数日に迫った二期の放送が待ち遠しい。これからまた半年、週に一回公式からの供給があるこの人生が素晴らしい。どれだけ仕事が忙しくても、なまえちゃんボイスで脳内自動再生される「悟、頑張って」で僕の疲れは秒でどこかへ飛んでいく。ーあぁ、君はなんで二次元にしか存在しないんだろう。この世界にいてくれたらきっと僕は君を幸せにできるのに。

ーこれは半年後にはそんな願いが呪いになってしまうとは想像もつかなかった僕の充実感に溢れたありふれた日常の一幕である。





りん様、リク企画にご参加くださりありがとうございました!
僕の推しの話の番外編ということで、六眼を駆使してグッズコンプしたりコラボカフェへ行く五条さんということでこのようなお話をかかせていただきました!
六眼の性能がどこまで見通せるのかわかりませんが(笑)推しの話の五ならたしかに限界突破してもなんとかして梱包見破りそうだなと思ってしまいました笑
僕の推しの話を楽しみにしてくださっていた様子が伝わってとても嬉しかったです〜!こちらのお話で完全に完結となります。素敵なリクエストをありがとうございました!!



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