あなたと生きたい

※五との恋愛感情ナシの世界線です




ベッドに振動が伝う人工的な振動で目が覚めた。ひやりとした空気が開けっぱなしにしていた窓から流れ込んでいて、身震いする。ひらひらと風によって揺れるカーテンの向こうは暗い。そういえば任務で疲れて枕に突っ伏したまま寝てしまったことを思い出す。未だ振動をし続けるスマホを手に取れば『夏油傑』の文字。好きな男からの着信に眠気眼を擦ってスマホを耳に押し当てた。

「もしもし、夏油?」
『………』

通話にでたのに、電話口にいるはずの夏油の声が聞こえない代わりに、なにやら人の言い争う声が聞こえる。僅かな音を拾って脳が判断する内容はとても不穏なものだ。思わず眉間に皺が寄る。


「もしもし、夏油?聞こえてる?任務中…だよね?大丈夫?どこにいるの?」
『………、なまえ、』


ぐっと何かを堪えたような夏油の声に思わず心臓が握られたかのような感覚になる。いつも私たちを導くような、大人で、達観してて、賢くて、強くて、優しい夏油の初めて聞く苦しそうな声。私の名前を呼ぶその声だけで、今が異常事態だということがわかってぼんやりしていた意識が急に冷水でもかけられたようにハッとする。最近の疲れた様子の夏油の姿が脳裏をよぎって嫌な予感が胸にさざなみのように押しかける。未だ電話の向こうから聞こえてくる何かに向かって罵倒するような汚い声と、助けてくれと言わんばかりに叫ぶ幼い子供の声に、なんとなくだけど状況が読み取れて慌てて呪具を身につけて飛び出した。


「うん、なまえだよ。夏油、どうしたの?大丈夫だよ。」
『すま、ない…、今、どうしても君の声が聞きたくて、』
「…そっか、今どこにいるの?任務だったよね?」
県の村だった市で、呪霊は、祓ったんだ』
「そうなの?仕事早いね、お疲れ様」


ふふふ、と笑ってやれば少しだけ電話向こうの夏油の雰囲気が柔らかくなったことに安堵する。手の空いていた補助監督さんを捕まえて、夏油の任務地に急いで車を出してもらう。夜だから道が空いていて、飛ばせば数時間でつくとのことだった。


『なまえ、私は、ずっと弱者のために呪霊を祓ってた。弱者のために、呪霊のあの味も我慢してきた』
「うん」
『君に言われて考えた。自分のために生きる、呪術師でありながら自分のために生きるってどういうことなのか、自分は何がしたいのか、何が欲しいのか、どう生きたいのか。ー非術師は尊いのか、醜いのか、救うに足る存在なのか』
「……うん、」
『今日、わかったんだ。非術師は私たち術師に守られる世界であぐらをかいてのうのうと生きるだけの猿だ。もう非術師を守るために生きるのはやめる』


冷ややかな声でそう呟く夏油の声に思わず生唾を飲んでしまう。今まで聞いたことのない温度の声色だった。私の、私たちの前から今にも消えてしまいそうな、そんな気配がして、補助監督さんにあとどれくらいで着くか尋ねる。まだかかります、と言う言葉に私は思わず後部座席の扉を開けて高速で走る車から飛び出した。


「ーふふ、いいじゃん。」
『軽蔑しないのかい?』
「なんで?しないよ?私ね、人が何かを大切にできる容量って決まってると思う。私なら高専で私を受け入れてくれた人たち。会ったことも話したこともない非術師全部守ろうとするなんてメモリの無駄遣いだと思う。いいじゃん猿。猿キラーイって言ってる夏油ちょっとおもしろい」


車外へ飛び出たままスマホで確認した地図を頼りに道なんて無視して建物の上、木の上、最短の直線コースを頭で引いて駆け抜ける。


『ー、私は君のそういうところがすごく好きだった』


夏油がまたなんとか絞り出したみたいな声で言葉を発する。『だった』って何。まるで今は好きじゃないみたいじゃん。


「………やっと好きって言ってくれたのに過去形なの?私も夏油のこと好きだよ」
『…君の好きと私の好きはきっと違う』
「む、なにそれ。じゃあ私の好きと夏油の好きがどう違うか確認しあお」


それに、好きって言葉は直接顔を見て聞きたいな、と言えば夏油は押し黙った。しばらく沈黙が続いて、その間も光のない夜の闇の中をただただ駆け抜ける。今日は月が出ていないのか本当に真っ暗で、闇い空と暗い山の境界線が曖昧だった。全部真っ黒に染まってしまったみたいな景色をただただ走り抜ける。沈黙がどれくらい続いたのかはわからないが、電話の向こうが相変わらず煩くて、耳障りで、私は初めて人間に嫌悪感を抱いた。ー人間は、私にとって別にどうでもいい存在だった。人間のために呪霊を祓うなんて崇高な理念ハナから持ち合わせてないし、任務でも私が到着する前に死んじゃったり怪我したりした人間に同情したことない。初めて同情したのは天内理子の一件くらいでー。それもきっと、夏油や五条が守ろうとした人間だったからだと思う。私の行動理念なんてそんなものだ。私が大切な人を守りたい、私が大切だと思う人が守りたいものなら、私も守ってあげたい、弱いものを全部全部守ろうとする夏油とはちがう。そもそも私にとって人間はその辺うろちょろしてる蟻と同じようなものだった。踏んづけても気づかない、意識の外にある存在。そんな私を窘めるような夏油の、弱きを助け強きを砕くーいつも口酸っぱく言ってた言葉を聞かなくなったのは、いつ頃からか。
ーあぁ、これも、天内理子が死んだ日からだったかもしれない。


『…私は非術師を見下す自分を選択することにした』


その声は、殺意にあふれていた。
先日私が言った「自分のために生きて欲しい」という言葉の答えがそれなのだとすぐにわかって、ああ、やっと夏油が苦しくなくなるのなら、それでいいんじゃないとこっちのほうが憑き物が落ちたような気がした。


「ーそっか。いいね。じゃあまず、手始めに何をする?任務バックれる?しばらくボイコットとかする?繁忙期だから私と夏油いなくなったら五条ガンギレするかも」
『ーーーは?』
「優等生で、いい子ちゃんで、他人のために力を振るってた、ヒーローやめるって、ことでしょ?いいじゃん。何がダメなの?」
『そ、ういうことじゃ、ない。私はね、なまえ、術師だけの世界が作りたい。』
「ーーーエ。じゃあ私、この世界にいらないってこと?」
『……え?』
「…ん?だって私、こんな力あるし人間じゃないから非術師ではないかもしれないけど、術師でもないでしょ?まあ面倒だから、対外的に呪術師ってことにしては、いるけど…。
もー!夏油酷い!!私のこと除け者に、するつもり?」
『い、いや、そういうつもりじゃなくて、…ていうかなまえさっきから何してるんだい?やけに音声が飛んでるけど』
「いやだいやだー!夏油が私をいらないって言うー!!」
『ちが、…』
「違わないよ、夏油。術師だけの世界にしたいなら、まず私を殺しなよ。私は術師じゃない。知ってるでしょ?私は夜兎のなまえだよ」


トップスピードで夜を駆け抜けた先に見つけた夏油の気配。小さな村らしき場所でわらわらと集まっていた村民らしき人間は私を見てヒィと悲鳴をあげて化け物と声を上げる。空を飛んでるように見えたのだろうか。まあ人間ではないので化け物というのも間違いではない。私の人生に関係のない弱い人間が何を言おうがどうでもいいので怒りも何も湧かないけれど、鍬を持って挑んでこようとする汚い男どもをぎろりと睨んでおく。こんな土人形みたいな脆そうな人間、触っただけで殺しかねない。
夏油の気配のある場所に迷いなく近づけば、また話の通じなさそうな土人形が檻に囚われた幼い少女たちと夏油に向かって何かを叫んでいるのがわかったが、喧しかったので首根っこ掴んで室外へ放り投げる。障子ごと吹っ飛んだ人間から鳴ってはいけない音がした気がする。少し力加減を間違えてしまったらしい。骨折くらいで済んでるといいな、存外私も目に入る状況にキレているみたい。驚いた様子でスマホを耳に当てる夏油が私の名前を呼んだ。


「待った?」
「、どうして」
「夏油、助けて欲しい時くらい助けてって言えないの?電話かけてきたのそういうことじゃないの」
「私は、別れの挨拶のつもりで」
「は?何それ。もう高専に帰ってこないつもりだったの?」

沈黙。さっき土人形を投げ飛ばしたせいで壊れた障子の向こうから、びゅうと強く風が吹き込んできた。夏の終わりを知らせるような冷たい風が頬を掻き撫でてそのまま私の髪を攫っていくのと一緒に、どこかで嗅いだことのあるような少し甘い香りが乗っていた。真面目な話をしている途中なのに、なんの香りだったっけ、と外を見やればさっき私を見て騒いでいた人間がまた押し寄せてくる。双子を出すなと騒ぐ人間の声が耳に届くと同時にこんなド修羅場で私たちなに話してるんだろうと思うと少し笑えた。


「もう二度と会わないつもりの相手に好きだったとか言っちゃうの?言い逃げなんてされちゃあ、私夏油のことずっと忘れられなかっただろうな。それってもうほとんど呪いだよね」
「…なまえ、私は、」
「で、何この悪趣味な檻。壊していい?」


少し傷んだ木製の檻の中にいる子供を一瞥し、すぐに目を逸らした。私が木枠を破壊すると同時に罵声怒声がそこらで噴出する。ー五月蝿い。


「ーーー!!」
「!ーーー!!!」
「うん、夏油が猿って言いたくなる気持ちわかる」
「、なまえ」
「で?夏油が言いたいのはコレを皆殺しにしたいってこと?いいんじゃない?それで気が済むなら殺れば?」


私の言葉で今まで喚き散らしていた村民たちは今度は悲鳴をあげて逃げていく。驚いたように目を見開いている夏油の様子がおかしくて笑える。何をびっくりしてるの。私はここへやってきてよくしてくれたみんながやってること真似して呪霊祓ってただけだよ。出会った時にみんなが人間殺したいっていうなら人間殺してただろうね。誰かさんが私に「弱いものは助けろ」なんて説教垂れるから今はそんなことは思わないけど。そう言ってやればみるみるうちに夏油の顔が歪んでいく。


「殺せば?って言ったけど、私夏油の言葉に納得したわけじゃないよ。夏油は『術師だけの世界が作りたい』って言ったよね。私は『術師』じゃないから、夏油の言葉に賛同できないし、応援もできない。術師以外殺すからって理由であいつら殺すつもりなら私を殺してからにしたら?私も死にたがりじゃないから黙ってやられるわけにはいかないからね、抵抗させてもらうよ」
「君は、呪術師だ」
「ー一応そういうことにはなってるけどさ。ちがうよ。私は夜兎なんだって。他の術師から非術師って言われてるの知ってるでしょ?都合いい解釈しないで。大体非術師と術師の線引きは?術式持ってるか持ってないか?じゃあ補助監督や窓は?呪霊見えてるか見えてないか?天与呪縛で見えてないのに力は持ってる人間は?」

いつも考えすぎるくらいなにかを考えながら生きている夏油が、こんな線引きの曖昧な結論を導き出したことに頭が痛くなりそうだった。ー夏油の考えがわからない。あんなに弱者を慈しんで愛していた夏油が、なんでそんな選択をしたのか、わからなかった。

「ー決めたんだ。呪霊を生み出す非術師をこの世から消してしまえば仲間は傷つかないだろ。ー私はこのままの世界で心の底から笑える気がしないんだ。君たちの進む道を逸れたとしても、ー欲しいものが手に入らないとしても、自分の中の正解だと思うものを選択する」


そう言った夏油の表情は冷たく、いつも微笑みを湛えた表情は表情筋を失ったように固まっていた。声色も表情もとても冷たいのに、言ってる言葉だけは私には夏油の優しさにしか思えなくて、彼が選択した守るべきものがやっとわかって頭を侵略し始めていた頭痛がすうっと消えていく。自分のためなんて言って結局やっぱり他人のために動いて決断してる夏油が滑稽だと思った。滑稽で、かわいそうで、やっぱり、どうしようもなく好きだと思う。


「ーいや」
「、は?」
「嫌だ、って言ってんの!!」
「……」
「考え直して。私とこのまま高専に帰って」
「君はいつも本当に子供みたいなわがままを言うね」

いつものように困ったみたいに笑って仕方ないな、って言ってくれると思ったのに、夏油は厳しい表情を浮かべているだけで私は思わず唇を噛み締める。

「いやだ。夏油がいなくなるのも、おいてかれるのもいやだ。
確かに、灰原が死んだのすごい辛い。九十九由基が言ったみたいに非術師が呪霊生み出してるっていうなら、なんで頑張ってる私たちがが割りを食わなきゃなんないのって思う。…でも、私この世界が好き。初めて友達ができたこの世界が好き。美味しいご飯で溢れてるこの世界が好き。美味しいご飯作って、寮の中毎日綺麗に掃除してくれる寮母さん、非術師だけど大好き。みんなでよくいく中華料理屋のおじさん、いつもよく食うなってオマケしてくれるし大好き。そんな人も夏油に殺されるの黙って見過ごせないし私は殺したくない。
わがまま言ってることもわかってる。ごめん、夏油に、自分のために生きてって言ったのに、夏油は自分で選択したのに、それを否定してる。でもね、嫌なの。私夏油がいなくなる毎日想像つかない。ばいばいするのいやだ。だって、夏油のこと好きだもん。
非術師がいて、夏油が笑えないっていうなら、私毎日夏油を笑わせてあげる。私能天気だし、難しいこと考えるの苦手だし、バカだから、多分毎日一緒にいたら夏油も難しく考えるのバカらしくなると思う。夏油の欲しいものって何?私一緒に探してあげる。私にあげられるものなら全部探して全部夏油にあげる。だから、おいていかないでよ。私のこと、五条のこと、硝子のこと、置いてどこかに一人で行かないで。五条と二人で最強なんでしょ?夏油がいなくなったら五条どうなるの?一人になっちゃう。私たちのこと、ひとりにしないで。
術師を守りたいっていう夏油の気持ちはわかった。私、今より頑張って強くなって呪霊いっぱい祓うから。弱い術師が死なないように稽古もいっぱいつけるから。それでももし、仲間が死んで悲しくなった時は、悲しいねって寄り添うから。だから、私といてよ。私を選んでよ。
それでも行くって言うなら、私別にあいつらのこと守りたいなんて気持ちひとつもないけど、殺させない。夏油を呪詛師なんかに絶対してやらない。死んでも守る。夏油のこと、引きずってでも高専に連れて帰る。夏油が非術師殺そうとする場面にストーカーみたいに、背後霊みたいについてって全部阻止してやる!私から逃げられるとこ想像できる?!」


ない頭使ってまとまらない考えを勢いに任せて吐き出せば、夏油は口を開けてこちらを見つめていた。


「ねえ!聞こえてんの?!」
「…君は、悟のことが…」
「はあ?!五条が何?!」
「いや、……今の本気かい?」
「本気だよ!」
「……、私のこと、好きなのかい」
「いつも言ってるじゃん!馬鹿なの?!」
「それは、親愛的な、友愛的なものかと、」
「はァー?!」
「……悟ともいつも距離近いし。強い男が好きだって」
「夏油強いじゃん。人間で私と体術の稽古付き合えるのなかなかいないよ?…まさか夏油いままで私が五条のこと好きだと思ってた?なんで?あいつ私のことゴリラっていうクズだよ?」


何言ってんの?と言ってやれば大きくため息をついた後に夏油が泣きそうな顔で微笑んだのを見て思い切り抱きつけば、背中に大きな掌を回される。あったかくてほっとするいつもの夏油の香りを鼻いっぱいに吸い込んで、ぎゅうと抱き付けば「痛い痛い」と苦笑する声に心から安堵した。


「ずっと君が欲しかった。ーどうしても醜い非術師を許せない私のことを好きでいてくれるだろうか」


首筋に顔を埋めるように隙間なんて一ミリもないくらいに私にしがみつく夏油の体は震えていた。


「ばかだなあ。術師を守りたいと思うやさしい夏油が変わらずに好きだよ」


とんとん、と指先で背中をゆっくり優しく叩けば、首筋に冷たいものが伝うのがわかった。いつもあんなに強い男が弱っている姿になぜか不謹慎にもキュンときて、ぎゅうと丸まった夏油を包み込むみたいに抱きしめる。
遠くから、車から飛び出しておいてきた補助監督さんの「なまえさ〜ん、夏油さ〜んいますか〜?」という声が聞こえてすっかり我に返った。
合流した補助監督に状況を説明すれば、すぐに高専へと連絡が回り、夏油と幼い双子を連れて高専へと帰還した。あの村への沙汰を聞けば村全体で少女二人を監禁し、暴力を加えていたとして多くの大人が逮捕された、らしい。呪術や呪霊に関連する事件だったので緘口令が敷かれニュースになることはなかったが。こういうことは閉鎖的な場所でままあることらしく、監禁されていた少女二人は高専が運営する保護施設に預けられることとなった。怯えた様子で大人に連れていかれる二人を見送って、やっぱムカつくからあいつらもっと殴っとけばよかったかな?と笑えばまた夏油は泣きそうな顔で微笑んでいた。



「ーねえ!硝子!五条!どう思う?!今回は傑が悪いよね?!」
「アー??お前らの痴話喧嘩に俺巻き込まないでくれるー?大体なんでこのゴリラが俺こと好きになると思った?傑趣味わりー」
「は?!話聞いてた?!痴話喧嘩じゃないよ!傑が一人で勘違いして抱え込んで拗らせて挙げ句の果てに非術師大量虐殺しようとしてたって言ってんの!五条は後で殺す」
「ーこの場合は巻き込まれそうになった村の非術師が一番可哀想」
「でもねー、ほんと殺したくなるくらいきっしょかったー大人なのにちっさい子供にビビってキーキーずっと喚いてんの。めっちゃ殴られた跡あったし。ありえないでしょ?夏油がキレるのわかるよ」
「うん、そんなクズは夏油に大量虐殺されてた方が良かったかもね」
「硝子掌返し早すぎる」
「まーたまにあるよなそういうこと。呪術界の上の人間はある程度そういう胸糞地域把握してるけどそんなとこ派遣されて傑も運悪かったなー!ていうか無視しろよ非術師のどーでもいー言葉なんて!適当にその子供回収して終わりでいいだろ!」
「傑は五条と違って思いやりのある人間なんですぅ」
「お前だって似たようなもんだろうが!」
「ハァ?!一緒にしないで!」


ギャーギャーと相変わらずすぐに喧嘩する悟となまえの様子に今までなら心のうちに靄がかかっていたのに、すっかり晴れ渡っていることに自分でも単純で呆れてしまう。今なら、ずっと変なプライドが邪魔して言えなかったことを親友に言えるような気がした。


「ー悟」
「あ?んだよ傑」
「…私たちは、今でも二人で最強、だろうか」


一人で最強に成ってしまった親友。心のどこかで置いていかれたような寂しさ、悔しさ、ー羨ましさ、妬ましさ。一言では片付けられない感情がぐちゃぐちゃに絡み合って解けなくて、もういいやとぶちんと鋏をかけようとした。鋏を持つ手をゆっくり握るどころか蹴り飛ばしながら強引に絡まった糸を解いたなまえを見やれば、優しげに微笑まれて心臓が絞られたようにぐっと痛む。


「あ?何当たり前のこと言ってんの?俺の隣歩けるのお前以外にいると思う?」


怪訝そうな表情で、でも目を逸らすこともなくじぃとこちらを見つめながらそう言う悟の言葉に嘘もおべっかも一つも感じられなくて。こんな簡単なことひとつさえ目の前の親友に聞くことができなくなってしまっていたことが、今は不思議でならなかった。


「ーなに、傑。もしかして俺に置いてかれるかもとか思ったわけ?ぷぷ。ヒヨってやんのーホンットお前って寂しんぼだよな」
「ふ、ふふ」
「あ?何笑ってんの。ホント頭おかしくなっちまった?」


少し前ならすぐに頭に血が上っていた悟の煽り文句さえ、今は笑えてくる。
秤にかけていたこの目の前の日常と自分の理想。秤さえも壊しにかかったなまえのせいで難しく考えることすら馬鹿らしく思えて能天気な笑顔で手を差し伸べるなまえの手を取ってなまえが誘導するままついてきた場所では、汚れてしまった自分の考えを誰も蔑むことも叱ることもせず受け入れてくれた。隣で手を握るなまえがいつも通り何も考えてなさそうな顔で笑っている。


「なまえ」
「ん?なあに?」
「…好きだよ」
「!あは、わたしもすき」


両手を広げてやれば薄い桃色の髪をふわりと広げながら飛びつく勢いで腕の中に入ってくるなまえを抱きしめれば、あの時非術師を殺していれば手に入らなかったずっと欲しかった温もりが今ここにあると実感できた。
タバコをふかしながら「見えねーとこでやっとけ」や「オエ。同級生のラブシーン見るに耐えねえ」とか言ってる二人は口ではそういうものの私たちのことを祝福してくれていることが見て取れて、それがひどく幸せだと思った。





カイ様、この度はリク企画にご参加くださりありがとうございました!
夏油が離反せず、もし夏油とくっついたらということで、色々考えたのですが、五→夜兎主だと絶対に夏はそれに気づいて好きだと言わないだろうなと思えてしまって夜兎主→夏なのに夏→夜兎主→五だと夏油は思い込んでる世界線で書かせていただきました。
夜兎主設定利用した本編とはもう根本から前提が違うお話ですのでこんなお話もあったのかな〜といった形で楽しんでいただければ幸いです。
夏油の情操教育がなければ一緒に呪詛師落ちもありえたと思いますが…(笑)
夏とのルートはいろんな未来があり得て考えてて楽しかったです!素敵なリクエストありがとうございました!


prev next