きみは不思議なおんなの子

「悠仁〜ッ!お腹すいた〜ッ!」

ごはんごはんごはん〜!子供のように喚きながらピンク色の頭を振り乱す少女は自分より少し濃度の濃いピンク頭をした少年に飛びついて身体を締め上げんが如く抱きついた。少年は慌てて手に持った包丁が抱きついてきた少女に当たらないように遠ざけ、ぎりぎりと抱きついてくる身体をなんとか引き剥がそうとするも力が強すぎて引き剥がせない。ーこの少年が非力というわけではない。かくいうこの少年もなんと砲丸投げをボール投げで世界記録をゆうに更新する化け物じみた筋力を持っている。ーその少年をギリギリと締め上げんとするこの少女は一体どれだけの膂力をその細腕に隠しているのか。自分より力の強い人間ーいや彼女は正確にいえば人間ではないのだけれど、ましてや女の子など遭遇したこともなかったものだから、少年は世界って広いんだなあ、なんて少女に締め上げられながら明後日のことを考えていた。そんな上の空が伝わったのか、少女はさらに力を込めて少年を締め上げる。


「ちょ、ちょー!なまえ痛ェよ!もー!離れんと作れるもんも作れんでしょーが!」
「だってー!おなかすいたんだもん!ね!五条先生もすいたでしょ?」

きゅるん、わざとらしく瞳を潤ませた少女ーなまえはソファに大きな体を預けてこちらを見ている男ー、五条に同意を求めるも、いつもニコニコと軽薄そうな笑みを湛える五条にしては珍しく呆れたような表情を浮かべてなまえを見つめていた。なぜならこの場所は五条がなまえに締め上げられている少年を呪術界の上層部から匿うために用意した部屋であり、そもそも彼女が抱きついている少年は、現在諸事情あって死んだことになっている。誰にも見られないように彼をこの部屋に誘導したはずだが、軽い稽古を見てやっている間にいつのまにかヤッホーとやってきたなまえの姿に人生で初めて顎が外れるかと思うくらい驚いた。そして成り行きで虎杖の調理する夕飯の御相伴に預かろうと言うのだから、なかなかどうして図太い神経をお持ちの少女である。五条ははあ、と小さくため息をついて呪力の一つも身に纏わないせいで、目隠しをしていると透明人間のように自分の視界に映らない少女を周囲に漂う呪力の流れから大体その辺にいるのだろうと察して視線を送った。

「んー、その前になまえ、どうしてここがわかったのかなー?」
「?だって二人とも気配ダダ漏れだもん!みんな呪力?かなんかの操作はしてるけど他の気配は隠せてないからね!
そうだ!そんなことよりなんでみんなに悠仁死んだなんて嘘ついてんの?恵も野薔薇も可哀想じゃん!すごいしょげてたんだからね?!」


私も悠仁が死んだかと思ってヒヤヒヤした!宿儺は私を食おうとするし、悠仁の心臓抜き取るしほんと最悪!

ギャンギャン!と喚くなまえはその間も少年ー、虎杖から離れることなくむしろぎりぎりとその身体を締め付けていく。出るところは出ているなまえの柔らかい体が押し付けられるせいで虎杖は某鬼狩りの少年を思い浮かべてその感触を感じないように目の前の野菜をカットすることに神経を全集中させていた。


「ほんっとおっかしーよねなまえって。僕の気配わかるって異常だから。それに…宿儺怖くなかったの?」
「別に。強かったけど呪霊よりマシ。攻撃当たるし。宿儺より野薔薇と閉じ込められたとこにいた呪霊のが面倒だったよ〜!落っこちた時に呪具なくしちゃうし終わったと思った」
「なまえは呪詛師とか呪肉体相手だと負けなしかな」
「でもまぁ宿儺はキツイ。どれだけボコボコにしてもすぐ傷治しちゃうんだもん、すんごい大変だった〜女の肉だァとか言って悠仁の顔ですんごい最低なこと言ってくるし。美味しいご飯作れる悠仁に戻ってくれてよかったあ」
「ねー俺飯炊係じゃないんだけど。てかなまえ〜そろそろ離れろって。俺包丁持ってるし危ねーよ?」

苦笑する虎杖を見上げ、虎杖が切っている食材を確認すれば確かに捗っていないことが見て取れたので仕方ないと虎杖の身体を拘束していたなまえは口を尖らせて虎杖から距離を取った。三度の飯より好きなものはないほど食欲旺盛ななまえは同級生の虎杖が料理上手と知ってからしばしば彼にごはんつくって〜とせがんでは彼に懐いている。
ソファに腰掛ける五条はそんななまえにこっちおいで〜と手招きした。

「むぅ。てかアレ悠仁のこと殺そうとした人たちの仕業ってホントなの?」
「…そうだよ。悠仁おっかない人たちに狙われてるからね。最低限力つけさせるまでは死んだことにしとくの。」
「ふーん。ま、悠仁よわっちいから仕方ないねププ」
「あ〜ッヒッデー!!なまえなんて呪力ゼロじゃんかー!」
「無駄に呪力はあるくせに私より弱い奴に言われても屁でもないも〜んッ!」

ぎゃーすかぎゃーすか。青春の真っ只中の若人たちの楽しそうな姿に五条は頬を緩ませた。
ひょんなことからこの呪術高専に通うことになった虎杖悠仁となまえ。方や両面宿儺の指を食った少年、方や異世界からやってきたと言い張る呪力ゼロの若い頃に遭遇した男を彷彿とさせる力を持った電波少女。どちらの存在も今までの呪術界にはなかった風である。

五条が大切に大切に、強く聡い呪術師となるよう若い芽を育てていた矢先のこと、まだ入学してひと月程度の彼らに振られるべきではない任務に彼らは遭遇した。宿儺の指を媒介にした特級呪霊ー自然発生した任務ではないことは明白だった。それに彼らが任務にあたることになったのも、偶然ではない。宿儺の器と対外的にはフィジカルギフテッドとしてはいる呪力ゼロの正体不明の少女ー馬鹿の集まりが無い頭絞ってまとめて二人を一緒に始末しようとしたのだろう。能天気に笑う少女がいなければ、その任務に当たっていた他の一年も死んでいたかもしれない。ヘラヘラニコニコといつも楽しそうに笑うこの少女が、一度戦闘となれば己の持つ膂力をもって人が変わったようにどこぞの漫画のような戦闘民族化してしまうなど、誰が想像できるだろうか。


単純なフィジカルだけでの勝負ならこの世界最強の呪術師、五条と言い線を張ると本人に言わしめた彼女は虎杖たちの目の前に突然現れた。呪術高専に通う一年の三人組が当たった任務で討伐予定だった呪霊の腹から、なぜか彼女は救い出された。呪霊の腹から出てきたというのにほぼ無傷、すぐに回復した彼女はここは地球か?宇宙に帰るから宇宙船をよこせー、など意味不明な発言を繰り返した末にしきりに二百年ほど前に終わったはずの江戸がどうたら、ここにはターミナルはないのか等々訳の分からない厨二病としか思えない発言の連鎖に一年の三人組は背筋がゾワゾワする思いでそれを見守っていたのだが、まあまあ落ち着いてーと宥めに入った五条に襲いかかり身一つで戦車でも通ったのかという程の破壊の限りを尽くした。『五条悟』相手にここまでやってのけた彼女の戦闘能力の高さにこれは只者ではないと先ほどとは違った意味で背筋に冷たいものが走った三人と少女を軽くいなす五条はようやく彼女の話を本腰入れて聞き入れることになり、まあ紆余曲折を経て、彼女が違う世界からやってきたかもしれないという普通の思考回路では納得も理解もできない可能性を全員が俄には信じ難いと思いながらも受け入れることとなったのである。更には彼女は『人間』ではなく『夜兎族』という種族の天人ーまあ俗に言う宇宙人のようなものだと言い張った際には全員がキャラ濃いな…と思いつつも彼女が別の世界からやってきた少女であるらしい、ということに結論付けたわけだが、それについて五条は君面白いねー採用☆という形で呪術高専に一年として編入させたーというのが彼女ーなまえという少女のデタラメのようなプロフィールである。

ぴょーんと跳ねるようにソファに飛び乗ってきたなまえの姿に五条は困ったように笑みを漏らした。

「ホントは今回の任務、君も消されるところだったんだから気をつけなね」

対外的には禪院甚爾と同じフィジカルギフテッドとして認識させている彼女ではあるが、上層部にとっては呪術師として評価する価値もない女であるという認識で、フィジカルギフテッドが鬼門である禪院家に真っ先に目をつけられ、おそらく今回五条のわがままで執行猶予のついた秘匿死刑を下された虎杖を抹殺するついでに狙われた彼女に五条は思うところがないわけではない。この戦闘能力ならば簡単に死ぬこともないだろうが天真爛漫に振る舞うなまえの薄いピンクの頭を撫でつけながら忠告をしてやればぱちぱちと勝ち気そうな眼を瞬かせてなまえはきょとんとしていた。

「え、そうなの?あれで死ぬと思ってんならだいぶなめられてるね私。
ていうかやっぱりこっちで死んだら元の世界に戻るとかじゃないのかなー?一瞬考えたんだよね宿儺に殺されようかなって」

なんでもないように平然とニコニコと笑いながらそう宣ったなまえの姿に虎杖はカッと全身が熱くなるのを感じた。

「なまえ!!!」
「わ!びっくりした何悠仁」
「簡単に、死ぬとか言うな!」

虎杖の突然の大声に色素の薄いまつ毛をぱちぱちと瞬かせたなまえは虎杖の言葉に意味がわからないと言いたげな表情を浮かべた。
その表情にさらに虎杖は顔を顰める。なまえは自分が正しい死に敏感なのに反比例するように人の生死に鈍感だ。なまえは強い。初めて五条先生と組手を交わしていた時に瞬きする間もないほど恐ろしいスピードで動いていた。今回自分が宿儺に肉体を奪われている間伏黒と共に宿儺を止めようと善戦したのはなまえだと言っていた。本人の言う通りきっとあの特級呪霊相手でもなまえならなんとかなっていたのではないかとさえ思う。だが、宿儺に殺されるということは自分が目の前の少女を殺してしまう、というわけであって、そんなのは死んでもごめんである。虎杖は厳しい視線をなまえに送り続けた。

「でも、死ぬときは死ぬよ?」
「〜〜ッなんでなまえはそんなに生に執着しない?!」
「そんなつもりないけど。弱い奴が死ぬのは当然でしょ」
「っ!〜そう、だけどッ!」
「なまえ〜、悠仁〜喧嘩しな〜い。それになまえ、死にたがるのは悠仁の言う通り感心しないなあ」
「?なんで?」
「だって死んで元の世界に戻るかもわからないんだし。それで死んだら死に損じゃない?ーほら美味しいご飯も食べられなくなるよ?」
「それは困る!」
「ーね!だから死んで元に戻るかもと思うのはナシ!ほら野薔薇も恵も悠仁死んで悲しんでたでしょ?悠仁もなまえが死んだら悲しいんだよ。もちろん野薔薇も恵もね。わかった?」
「…私が死んだら悲しいの?」


どうして?と言いたげにまた長い睫毛を瞬かせるなまえの姿に虎杖は息を呑んだ。


「悲しいよ。まだ一ヶ月しか一緒に過ごしてないけど仲間じゃん」
「なかま……、人間じゃないのに?」
「一緒に呪いを祓ってる仲間じゃんか」
「そっか、なかま…、」


なまえは虎杖の言葉でぽわぽわと暖かいものが胸に広がっていく感覚に困惑した。誰かに仲間だと言われたのが初めてだったからか、虎杖のような善性の塊のような存在に絆されたからなのかはわからない。
人間のくせに思い切り抱きついても思い切り鍛錬で殴りかかってもぴんぴんしている虎杖のことを気に入っている。お腹が空いたと言えば美味しいご飯を作ったり一緒にご飯を食べに行ったりして「なまえっていつもうまそうに食べんね」と柔らかく笑う虎杖のことを悪くないと思っている。そもそも自分の居場所に対して大きな執着を持たないなまえはもう呪術師として呪いを祓う生活にも慣れつつあって、今まで共に過ごしたことのある誰とも違うタイプの悠仁、野薔薇、恵との生活に、このままこの世界で過ごすのも悪くないかなと思い始めていたのも事実である。


「私けっこー悠仁のことすきー」
「ーは、え?」


いひひ、と笑って独り言のように呟いたなまえの言葉に虎杖は聞き間違いか?と未だににひにひと笑っているなまえを見つめる。なまえの隣で腰掛ける五条はニヤニヤとこちらを見つめていた。ー悪い大人の顔だ。それを見て聞き間違いではないのかと思い直し、急に首から上に血液が集中していくような感覚に慌てて顔を背けた。


「なまえ〜悠仁照れちゃってるよ〜?このこのォ!童貞殺しめ!」
「ちょ!先生!何言ってんの?!」
「悠仁顔真っ赤じゃん。どうしたの?」
「ふふ、なまえ。思春期の男の子は多感だからね、不用意なこと言うとすぐヤラレちゃうよ?」
「??悠仁に私は殺れないでしょ?」
「なまえ!女の子がヤれるとかヤれないとか言わんで!!」
「???なんで???」
「ね、僕は僕は〜?僕のこと好き〜??」
「強いとこは好き〜」
「キャー!なまえが僕のこと好きだってー!あいたあッ?!」
「お触り厳禁でーす」
「エー。悠仁にはさっきまでベタベタしてたじゃん」
「悠仁はいいの〜先生はだめ〜」


ずるい〜なんで僕はダメなの〜?なんて喚いている五条と五条が伸ばす手をぱしんぱしんと高速で払いながら自分はいいけど五条はダメと言うなまえの言葉に虎杖は翻弄されていた。それってどういう意味?ホントに俺のこと好きってこと?えっ?ホントに?なまえが、俺のこと、すき??だからいっつも距離感バグってんの?だからいっつもお、お、おっぱい押しつけてくんの?!ジェニファーローレンスほど高くはないがそこそこある身長と、ピッタリ身体のラインに沿うチャイナ服はなまえのスタイルの良さを際立たせている。シンプルにタイプだ。多少変わったところがあるがタイプのなまえからすきだとか悠仁はいいのだとか言われたら十五歳男子、思春期真っ只中の虎杖の頭の中は当然お花畑になっていた。
さっきまでなまえの言葉でへこんでた気持ちもすっかりどこかへ出張に行ってしまったらしい。


「へへ、俺も好きー」


勢い余って出た言葉だったが、目の前で先ほどから繰り広げられていた高速の攻防戦を止める一打とはなり得たらしい。五条の手を払ったなまえは途端にパァと顔を輝かせた。やば、可愛い。え、これってもしかして今日からなまえが彼女ってこと?うわっまじか。初彼女だ。初彼女が宇宙人とか言ってんのちょっとやばいかもしんないけど言ってること意味わかんないところとかもはやすごいオモシロイし俺と同じように見知らぬ土地で急に呪術師になることになったなまえのこと、ちょっと似てるな、なんて思ったりして。しかも猫みたいに懐いてこられて近くをちょこまかされてるの悪くないしむしろ可愛い。なんならちょっとエロいとこもすごい可愛い。虎杖は高速でそんなことを考えていた。


「やったー!恵も、野薔薇もおんなじこと言ってくれたー!みんなで仲良しだねー!」
「……へ??」
「早くみんなで任務行ったりしたいから悠仁は早く鍛えて戻ってきてねー!あ、私手伝おっか?フィジカル強化しか手伝えないけどー!」
「…え?待って待って。なまえ、え?」


状況が飲み込めない虎杖はさっきから黙りこくっている五条を見やった。自分の置かれた状況を誰かに説明してほしい。そんな思いからだった。アイマスク越しではあったが、真顔でこちらを見ていた五条と目が合うー、その瞬間にとてもいい笑顔で「悠仁!!ドンマイ!!!」と親指を立てた担任の姿に虎杖は初めて五条に対して殺意が湧いた。
泣く泣く作り上げたいつもどおりの鍋は、なまえと五条は美味しい美味しいと言いながら平らげてくれたが、なんともいえないしょっぱい味がした。腹が膨れたのか食事の後は自分の膝の上で眠り始めるなまえに虎杖はいよいよ混乱し、五条の「童貞殺し」は言い得て妙だな、とほろり涙を流した。





レイ様、今回はリク企画へご参加くださりありがとうございました!
大変遅くなりまして、申し訳ありません…!
悠仁夢を書くのが初めてだったのですがとても楽しく書くことができましたー!!
料理が上手な悠仁に懐くってことだったので、五と鍋囲んでたシーンで書かせていただきました。ご期待に沿えているといいのですが…少しでも楽しんでいただけると幸いです!素敵なリクエストありがとうございました!



prev next