恋に落ちると可愛く見える不思議

頭に浮かんだのは、またかよ。だった。

電話の向こうの相手はなんとも言えない冷ややかな、そして呆れた様子のマネージャー。もう何度目かわからない週刊誌掲載の連絡にその反応になってしまうのは仕方がない。自分でも呆れている。『ーーさんご存知ですか?記事になってます。お相手の事務所は否定されてますけど。おそらくまた売名ですかね。五条さん心当たりありますか?』淡々と告げられるその言葉の数々に頭を抱える。マネージャーの口から出た名前は確かに最近付き合い始めたと認識していた女の子の名前だった。新進気鋭の若手女優。艶やかなロングの黒髪が綺麗で、顔が小さくてめちゃくちゃ可愛い。バラエティ番組で一緒になって楽屋挨拶に来た彼女を一目見た瞬間惚れてしまって猛アタックしてお付き合いが始まった、と浮かれていたところだった。深いため息をついて電話を切った後に彼女に電話をかけるけれどもやはり繋がらない。トドメのように送られてきたマネージャーからの該当記事のpdf画像を開けて覚えのある瞬間の写真であると同時に嵌められたことを悟ってふらりとよろめく。横からスッと僕のスマホを覗き込む傑の楽しそうな声もいつもならイラッとするけどあまりのショックか怒りも湧いてこない。


「お、今回も派手にいったね悟。なになに?『またもや祓本五条悟に新恋人深夜0時の密会、お相手はー』あー、あの子。悟もう食ってたんだ。」
「言い方。まだ食ってないし。家までわざわざ差し入れ持ってきてくれて僕としてはそのまま上がってもらおうとは思ってたけどね、仕事あるつって彼女帰ったの。その瞬間の写真。マンションの中まで入ってきてるし絶対仕込みじゃんこれ。連絡もつながんなくなってるしまじでなんなの最悪」
「悟今年入ってこの手の記事いくつ出てるの?……あ、彼女連ドラ決まってるみたいだよ。今回は番宣に使われたみたいだね。本当女の子見る目ないんだな」
「……うっせー……」
「大体悟の好みの女の子ってこんな感じの顔の子ばっかりだよね。悟って女の子の顔しか見てない?」
「………まず顔が好みじゃないと付き合いたいとか思わなくない?」
「……それがダメなんじゃない?」


スマホであの子の情報をSNSで漁り始めた傑の指摘に更に撃沈した。呆れた表情を浮かべる相方に、もっと強く言い返してやりたいし、なんなら僕より遊んでるはずの傑は全然週刊誌にすっぱ抜かれてないのが理解できない。こいつのいう通り僕は昔から女の子を見る目がないらしい。学生の頃に、この子なら付き合ってやってもいいかな、なんて付き合った童貞を捧げた初めての彼女は親友と同時進行に交際を始めていたらしく知らない間に唯一無二の親友と穴兄弟になっていた。それを知った時は気持ち悪すぎてオ゛ッエ゛ーと二人して嘔吐いたのが懐かしい。メンヘラ女に包丁向けられたこともあるし、独身だと思い込んでた相手が既婚子持ちだったこともある。顔がいいことを自覚しているが、この顔で寄ってくる女の子に碌な女がいないということは何となく察している。自分の芸人としてのレベルがアップしていけばいくほどに話題性のある僕を狙ってか付き合う女の子に週刊誌に情報を売られたり、今回のように売名行為に使われたり、とにかくここ数年…、いやもしかしたら一度としてまともな女の子と交際した経験がないかもしれない。自分のこの容姿のおかげでいままで女性に困ったことはないがなんの呪縛なのか付き合う女の子全てがイカれているのだ。

若い頃はまだよかった。そりゃムカついたりキレたりしたことはあったけど、なんだかんだその経験が芸人という芸事に活かせているような気もする。話題にも事欠かないおかげで好きな芸人ランニングと嫌いな芸人ランキングはいつも常連だし。可愛い女優の卵やアイドルや、芸能人とお近づきになれるレベルの可愛い一般の女の子と夜な夜な遊んで楽しけりゃいっかと吹っ切れた時期もあった。だがそんなのも最近は飽きていた。できれば普通にドキドキするような恋愛だってしてみたいし、忙しい毎日に癒しが欲しい。なんで彼女だと思ってた相手に毎回毎回週刊誌に売られなきゃならないんだ。こんなの絶対おかしい。僕なんか悪いことした?いろんな人笑顔にする素敵なお仕事してんだよ??誰か僕のことも笑顔にしてよ。


「みょうじはなんか言ってた?」
「あー、多分ドン引きしてた」
「みょうじは大変だね私たちのスケジュール管理以外にも仕事あるのに更には定期的に悟の不始末させられるんだから」
「あーあー聞こえなーい僕正論キラーーイ」


手で耳に栓したら傑が呆れながら笑ってるのが目に入る。そして先ほどまで電話口で話していたマネージャー、みょうじの声色から冷たい視線を向けれているところまで想像できてしまって肩を落とす。


「お、なになに今日は結構落ち込んでるね」
「いやー…前のスキャンダルの時にみょうじがとってきた仕事流れたことあったじゃん。仕事決まった時にあの無表情なあいつが珍しくめちゃくちゃ喜んでたやつ。あれ以来あいつめっちゃ怖ぇーの。だからもう記事でないように気をつけようと思ってたのにクソー…また蔑んだ目で見られる…」
「ああ、みょうじ真面目だから」
「本当にな。今時あんな瓶底眼鏡どこで売ってんだか」
「眼鏡取ったら可愛いかもしれないよ?」
「ハッ漫画の読みすぎでしょ」


芸人祓ったれ本舗のマネージャー、みょうじなまえ。色気のいの字もないような代わり映えのしないダサいモノクロトーンの服、化粧っ気のない顔面に目が悪いのか分厚すぎる眼鏡のせいで小さく見える目、適当に結んだみたいな髪型。地味・ダサい・色気がないのモテないトリプルコンボのいわばモブ中のモブみたいな見た目してるマネージャーを思い浮かべて眼鏡取ったら美人説を秒速で否定した。大体毎日タレントの顔面見ながら生活してるせいで顔の造形についての目は肥えている。たかが眼鏡とったからって全人類可愛くなるわけがない。容姿が整っている人間というのは限られた人間なのだ。


「天変地異が起こってもみょうじのこと可愛いなんて思うわけない」
「…悟は本当にそういうところが駄目なんだと思うよ」


やれやれ、それじゃあ私はもう行くよ、と一見爽やかそうに見える笑顔を浮かべる傑はきっとまた女のところにでもいくつもりなのだろう。その顔が何故かムカついたのでこいついつか遊び歩いてる情報でも週刊誌にタレ込んでやろうかと思った。







朝目が覚めて寝ぼけながらテレビの電源を入れたら朝から自分の顔がワイドショーを賑わせていて思わずすぐにテレビを切った。…忘れていた。もう思い出したくもない女優の顔とセットになったパネルと隠し撮りされた写真に清々しい朝に茶々を入れられた気分だ。砂糖がたっぷり入ったコーヒーを飲んで、不快指数の上昇した気分をなんとか落ち着かせていればマネージャーからのメッセージが来たので身支度を整えて家から出る。はぁ、あいつの説教を朝から食らうのかと思うとまた気分が下がる。


「五条さん、おはようございます。今日も三分遅刻です」
「…細かいこといいでしょ。早く出して」
「はい。今日のスケジュールは把握されてますか?」
「……大丈夫」
「そうですか。では夏油さんピックアップに向かいますね」


相変わらず無造作な髪型と代わり映えのない服装をした瓶底眼鏡のみょうじが運転する車の後部座席に乗り付け、運転席の後ろにスペースのある空間で長い脚を組んだ。車窓に肘を乗せて黒いスモークの濃いそれからたくさんの車の行き交う道路を見つめた。無言の車内で何台目かわからない車とすれ違ったあたりでウトウトとしてしまいそうになったことに気付いてハッとする。みょうじの運転はゆるやかで波が少なくどうも眠くなる。…そろそろ昨日の件について説教でもお見舞いされる頃合いか。説教を始めるなら傑が乗ってくる前にしてくれ。説教を聞く態度ではないことは承知だがどうせ見るとしてもせいぜいバックミラー越しにしか見られてない態度を改善するつもりもなかった。


「…五条さん、今朝は顔色があまり良くありませんが体調不良ですか?」
「ごめんって、今度は気をつけー、…え?」
「またコーヒーしか飲んでらっしゃらないんでしょう。今日はイチゴサンド出てたので買っておきました。召し上がってください」
「…え、並んだの?」
「はい。…そろそろ朝食はご自身で調達してくださいよ。おそらく夏油さんも召し上がられてないと思ってプロテインバー入ってますので後で渡してください」


軽食用に、とよく渡されるパン屋の紙袋と、傑がよく食べている赤いパッケージのそれとペットボトルが二本入った小さな袋を渡されて紙袋から赤いイチゴの断面が綺麗なサンドイッチが詰められたパックを手に取った。ぺこ、と特有の音が鳴る蓋を外し、甘そうなそれにかぶりつけば、甘さと酸味が絶妙なバランスを織りなす期待していた味が口の中に広がる。朝飯を用意しない僕と傑のためにわざわざ送迎の前にパンとバータイプの栄養調整食品を買いに行っているらしいみょうじはいつも僕には甘い菓子パンを買ってくる。大体クリームパンが常なのだが、オープン前から並ばなければ手に入らない幻のイチゴサンドは滅多なことがない限り買ってこない。漫才大会に優勝した時、初めてゴールデン番組のレギュラーが決まった時、初めて冠番組ができた時…、みょうじがこれを買ってきたのは何度目だろうか。


「…いつものクリームパンの方が良かったですか?」
「…なんで?僕イチゴサンド好きだよ」
「……ですよね、昨日電話口で五条さんが沈んでたので今日は仕方ないので特別にイチゴサンド並んで買ってきました」
「大袈裟だね。たかが若い女の子にやらかされたくらいで僕がそんなに沈んでると思った?」
「五条さんは意外と繊細ですから」
「僕モテるから女の子の一人二人に振られたからって次すぐ見つかるし。別に世間から嫌われようとぜーんぜん気になんないし」
「……それもそうですね、また注目されましたし、これをバネにこれからも頑張ってくださいね。ただもうスキャンダルは控えてもらえると事務所は助かると思いますけど」
「なにそれ。めちゃくちゃ他人事みたいに言うじゃん」
「…あ、夏油さんもう待ってますね。さすが五条さんとは違います」
「はー?言っとくけど傑昨日も遊んでたんだよ?僕より問題児だから絶対いつかエライ目に遭うよあいつ」
「夏油さんは意外と根回しというか、そういうこときちんとされてるので大丈夫だと思いますよ」


なんだよそれ、僕が馬鹿みたいに聞こえるんだけど。ゆっくりと傑のマンションの前に止まった車に相変わらず全身真っ黒の傑がすかさず乗り込んできた。

「おはよう」
「おはようございます、夏油さん」
「はよ…ん。これみょうじから」
「ありがとうみょうじ。…悟はみょうじから無事怒られたのかい?」
「怒ってませんよ。…お二人とも大人なんですから私が怒らなくても大丈夫ですよね」
「…あちゃ。もしかして怒り通して呆れられたんじゃない?悟」
「呆れてなんかもないですよ。…私はお二人のファンですから」
「どうしたんだいみょうじ。今日はやけに殊勝じゃないか」
「たまには褒めておかないとなって。お仕事たくさん詰めておきましたから頑張ってくださいね」


バックミラーに映る大きな瓶底眼鏡の向こうの表情は相変わらずわからなかったが、いつも冗談を言う隙もないくらい無表情なみょうじが柔らかく笑っているような雰囲気があってそのことに妙な胸騒ぎがした。


「五条さん、夏油さん、みょうじさん、おはようございます!」
「「?」」
「おはよう、伊地知くん」

いつものバラエティ番組の収録のあるスタジオの駐車場にスムーズに入庫させたみょうじは車から降りるなりその場で待機していたひょろひょろの今にも倒れてしまいそうな男を手招きした。緊張した面持ちで自分たちに向かって挨拶してきた男の名前を呼ぶみょうじに先ほどの胸騒ぎが加速する。
とりあえず楽屋に行きましょうというみょうじに促されるままイジチと呼ばれた謎の男と共に、みょうじがエレベーターのボタンを押した。




「本日付で祓ったれ本舗のマネージャーに就任しました伊地知潔高と申します。よろしくお願いいたします」
「「……は?」」

幸薄そうな目の前の男から発された言葉が理解できなかった。視線が勝手にみょうじに移動していく。いつものように瓶底眼鏡のせいで表情はわからない。珍しく傑も動揺しているのか自分と同じように二の句を告げずにいるようだった。

「はい。ほとんど引き継ぎも終わっていますので、これからは伊地知に任せてくださいね。優秀なので大丈夫ですよ」
「ま、待て。待って。みょうじ、どういうこと?私たち何も聞いてないけど」
「…そもそもマネージャーが何年も変わらないなんてこと珍しいんですよ。もうお二人とも立派な人気芸人さんなので、私はお役御免です」

珍しく口角の上がったみょうじは晴れ晴れといった様子で、微塵もこの決定に意を唱えるつもりがないことを悟った。冷静に考えると確かにそうだ。周りの芸人は二年や三年周期でマネージャーが変わっていくが、彼女がマネージャーに就任してから五年以上。会社が異動を判断するのも当然なほど月日が流れていたことを今更実感した。朝のイチゴサンドも、昨日のスキャンダルで怒られなかったのも、自分たちのファンだと言ったのも、きっと餞のつもりだったのだということがすぐに理解できた。

「…みょうじは次誰のマネすんの?」
「まだデビューしたての新人芸人二組なんです。よければどちらもよくしてあげてください」
「……仕方ないな。みょうじの顔を立てて可愛がってあげるよ」
「ありがとうございます。夏油さん、女性遊びは細心の注意を払ってくださいよ。五条さん、良い出会いがあることを願ってます。」
「…余計なお世話なんだけど」
「ふふ、お二人のこれからの活躍を陰ながら祈ってます」


芸能界という魔窟に身を落としてからマネージャーが変わることは久々とはいえ、もう何度も経験したことだった。今までと何ら変わらない。これから自分を送迎しにくるのがこの地味な女からヒョロイ男に変わるだけ。スケジュールの調整を、この男がするだけだ。それだけ。今までと何ら変わりない。今日の収録だって何の問題もなく終わった。終わった後にお疲れ様でした、と渡されるキンキンに冷えた水がなくて、傑と顔を見合わせたけど、違和感なんてこんなもんだ。きっとすぐに慣れる。そう信じて疑わなかった。

たかがマネージャーが変わっただけで、僕の調子が狂い始めた。朝、軽食の準備がない。甘いコーヒーだけ飲んで仕事に向かうせいで、血糖値不足なのか頭が回らない。適当にコンビニで買った菓子パンが美味しくない。女の子と遊ぶのもなんか面倒で最近は他の芸人とご飯に行くくらいでスキャンダルが減ったせいか人気に拍車がかかり今まであった絶妙な休息がなくなった。芸人としての仕事だけじゃなくて、ビジュアル面を活かした仕事も入るようになって仕事内容が多岐にわたってきた。働き詰めで、心を休める暇がない。ネタ番組に出るときのネタが精査できていない感じがする。なによりもみょうじの運転する車の眠たくなる時間が恋しい。伊地知が特別下手なわけではないが、発進停止の馬が合わない。伊地知が男だからか、みょうじが短足だったからかは知らないが、運転席のシートが後部座席を圧迫させるせいで足をゆっくり伸ばせない。小さな不満が積もりに積もって今すぐ爆発しそうだった。みょうじがマネージャーだった頃には感じなかった蟠りがずっと心の中で燻っている。収録終わりに車に乗り込む前に軽口を言えるくらいには慣れてきた伊地知に我慢ならない文句を言うことにした。


「伊地知〜僕の足長いの知ってるでしょ?運転席前詰めとけよ後ろキッツキツなんだけどー」
「ヒィッすみませんすみません」
「あー甘いもん食べたい。みょうじなら収録と収録の合間におやつくれてたのに」
「自分で用意しなよ悟」
「飴ならありますが…」
「ちーがーうーのー!飴じゃなくて、最近流行りのマリトッツォとかそういうのがいいの!」
「……あれ、みょうじじゃないか?車の中で反省会かな?私たちもよくしたね。懐かしいな」

華麗に僕の嘆きをスルーした傑の視線の先を辿れば後部座席で項垂れる若手芸人にハッパをかけているのか励ましている様子のみょうじの様子が伺えた。自分たちのマネージャーをしていた頃とちっとも様子の変わらないみょうじの姿に安堵すると同時に新人と新たな関係を構築しているらしいみょうじに形容し難い不快感のようなものが湧いてきた。

「…伊地知ー僕今日は送迎いいや」
「ご、五条さん?!私何か試されてます?!」
「…悟のことはいいよほっといて、さ。帰ろう」

傑を乗せた車が発進するのを見届けて、長い脚を駆使してみょうじの乗っている車にずんずん近づいていく。
新人芸人との交流も先輩芸人として当然の義務だろう。今日はついでに家まで送ってもらって、みょうじのドライブテクに癒されよう。そんなことを考えて反省会をしているであろう車に乗り込んだ。


「ヤッホーみょうじー!今日は僕のこと家まで送ってよー!」
「「エッ?!ご、五条さん?!?!」」
「……五条さん、お久しぶりです。伊地知くんはどうしたんですか?」
「おいてかれちゃった!」
「そんなわけないでしょう」

乗車した瞬間に新人たちの手に握られていたおにぎりとペットボトルにまた不快指数が上がった。目を白黒とさせている新人たちに「家着くまでネタ見てあげるからいいでしょ?」と言えば渋々といった様子で運転席のシートを前方に引き寄せたみょうじの行動に思わず驚いた。そういえば、乗り込んだ瞬間、伊地知とそう変わらない後部座席の狭さだった。あ、あれ?もしかしてみょうじ、短足とかじゃなくて今まで僕に合わせてくれてたりした?
後部座席から運転席を覗き込めば相変わらずダサい服着て膝を高く立てたみょうじが運転席に着席しているのを見て、なぜか胸がざわついてしまったせいで、新人が一生懸命隣で披露しているネタが全く頭に入ってこなかった。


「五条さん、つきましたよ」
「……ん、あれ、僕寝てた?」
「……お疲れですね。きちんと休めてますか?」

苦笑しているようななまえの声色。そういえば新人が下車してからの記憶がない。どうやらぐっすり寝入ってしまっていたようだった。

「んー、最近スケジュールみっちみちなんだよね。あんま休めてない」
「祓ったれ本舗さんは本当にオファーがたくさんあったので詰めようと思ったら本当にたくさん詰めれるのでスケジュール調整が大変だったのを思い出します」
「…は、加減してたの?あれ」
「?もちろんです。体が資本ですから。私お二人の漫才が大好きなんですよね…ずっと活躍してて欲しいので五条さんのスキャンダルはいつもヒヤヒヤしてました。いつも口うるさく注意してごめんなさい。」

週刊誌の連絡が来るたびに冷ややかな態度を取っていたみょうじの今更聞く本音に驚く。そういえばみょうじがマネージャーの頃は漫才番組の出演が多かったし、ネタも今よりたくさん考える時間をとってもらえていた気がする。

「伊地知くんに五条さん少し疲れてるみたいだと連絡しておきました。休みが入るかは分かりませんが…あと、これ。すごく疲れてらっしゃったようだったので、何か甘いものでもと思って買ってきました。イチゴサンドは売り切れてたんですけど。良かったら明日の朝にでも食べてください。あ、冷蔵庫にちゃんと入れてくださいよ」


もはや懐かしささえ感じる見覚えのある紙袋を開ければ、いつもイチゴサンドのパックに食べたいと思っていた生クリームと果物がサンドされたスイーツが入っていた。え?みょうじってもしかしてエスパー?明日の朝?待ってられない。今すぐ食べたい。ぺこ、と特有の音を立てて取り出したそれを口に運べばイチゴサンドと同じく甘い生クリームとフルーツの酸味が絶妙な組み合わせで、疲れた体に幸福が染み渡るような気がした。


「…五条さん、本当に美味しそうに甘いもの食べますね。私幸せそうに甘いもの食べる五条さん見るの好きでこのパン屋さん通ってたんですよね」


自宅マンションの照明がフロントガラスから逆光となって差す暗い車内で、後部座席を振り返るみょうじの瓶底眼鏡の向こうの小さな目が優しげにふにゃりと緩んだのが見えた。
ーあ、ヤバイ。これ、ヤバイ。生クリームのついた手が、みょうじの後頭部に吸い寄せられる。気づいたらみょうじの後頭部をこちらに引き寄せてさっきまでマリトッツォを食べていた口で口紅もついてない自然な色の唇に吸い付いていて、適当に結んだのだろうポニーテールが揺れていた。
あれ、僕、なんでみょうじにキスなんてしてるんだろう。いや、だって、今まで気づかなかったこいつの気遣いがすごい嬉しくて、今こいつの気遣いはあんなパッとしない新人に向いてるのかと思うとムカついて、今まで見たことないくらい優しそうな顔をしたこいつのこと可愛いってー…、かわ、可愛い?地味・ダサい・色気がないのモテないトリプルコンボのこいつのこと、可愛いって思った?は??

「ご、ごじょうさん、なに、して…」

動揺しているのか珍しく吃ったみょうじをよく見れば、瓶底眼鏡に隠れていない頬に赤みが刺して、露出した耳まで真っ赤に染まっていた。え、えー…めっちゃ照れてる何それ可愛いー…えー…。歴代の彼女の三分の一くらいしかない目が驚きのあまりか何度も瞬きを繰り返していた。…なんか小動物みたいで可愛い。ていうか眼鏡邪魔だな。

「眼鏡邪魔だからとっていい?」
「?!ど、どういうことですか…?!ってあ!やめてください!返して!」

後部座席にぽいと放った眼鏡の下のみょうじは、決して美人ではなかった。だが、度が重い眼鏡で屈折して見えていたのか、目元は眼鏡をしていた頃に比べてかなり大きくは見えたし、いつも無表情なみょうじが赤い顔をして慌てている様は可愛い以外の何者でもなかった。みょうじが、可愛い。マジか。

オーラのある女優じゃない。可愛いアイドルじゃない。愛想が良くて常にニコニコ笑ってる綺麗な一般人でもない。ダサくて色気もないけど担当外れた僕が疲れてること気にして家までちゃんと送ってくれて車の中で寝たまま放っておいてくれて僕の好きなパン屋にわざわざ寄って僕の好きそうなものを買ってくれるみょうじは間違いなく癒しだった。何なら普段かけてる眼鏡を外して顔を真っ赤にさせているみょうじを見ているとこちらまでドキドキしてくる。全然タイプじゃないはずなのに、なんでこんなにドキドキしてんの僕。答えは簡単。目の前のみょうじなまえが可愛くて仕方がないからだ。女の子の可愛さは、顔じゃない。この世に生を受け二十八年余り、僕はようやくこの境地に到達することができた。


「天変地異、起こったわー…」
「はい?!五条さん!どうしたんですか?!ついに錯乱しました?!最近スキャンダル少ないなって感心してたのにこんなのひどいです!」
「うん、うん。僕今までマジで見る目なかったみたい。こんな可愛いの目の前にいたのに気づかなかったなんて」
「………は?」
「なまえ、僕の彼女になってよ」


当然、いい返事が返ってくるとばかり思っていた五条自身自覚のある渾身のキメ顔でかました告白は何冗談言ってるんですか早く返って休んでください!と車から叩き出されてそのまま流されてしまった。そんな日々浮き名を流していた女性の趣味が悪い週刊誌常連スキャンダル芸人五条悟が心を入れ替え、モテないトリプルコンボだが心根の優しい元マネージャーに毎日のように迫り彼女が絆され交際をスタートさせるのはそう遠くない未来のことであった。




いづは様、今回はリク企画にご参加くださりありがとうございました!執筆が遅くなってしまい大変申し訳ありません!
祓本設定以外に特に指定がなかったので既存のシリーズで書くか迷ったのですがマネのお話を書いてみたかったのでこのようなお話にさせていただきました!
楽しんでいただけると幸いです。
今回は素敵なリクエストありがとうございました。


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