あなたと迎える朝の特権

記憶にあるうちから悟は私のそばにいて私の面倒を見てくれていた。お絵描きがしたいといえばクレヨンを買ってくれたし、いつかテレビで見た魔法少女になりたいといえば敵役を買って出て私にけちょんけちょんにやられてくれていた。いつだって私に甘くて、私のお願いに否ということはない。周りだって悟は私の従順な犬だという認識をしている。悟だってそれを否定したことはない。




『さとる、そばにいて』
『はいはい、いますよ』


記憶の中にいる、今より少し尖ってて若い悟の姿が懐かしい。私にとってパパであり、ママである悟はいつだって優しかった。
お父さんは忙しくてほとんど家にいないし、お母さんはだいぶ前にいなくなっちゃった。子供の頃、だんだんとお母さんの顔が思い出せなくなってきて、このまま忘れちゃうのかなと思うと急に恐ろしくなって泣きじゃくることがよくあった。悟以外にも私の世話をしてくれる人はたくさんいたけれど、こういうときは悟に手を握ってもらったりぎゅっとしてもらったりしなければ怖くて眠れなくなってしまったことを今でも覚えている。



「なまえサンおきて、遅刻しますよ」


頭を優しく撫でられている感覚と、耳元で囁かれる声によって、少し朧げな昔の悟と抱っこされている小さな私にさようならをする。瞼を開けば愛しげに私を見つめる悟と目が合った。「おはようございます」「おはよう」「今日も可愛いですね」まるで今日もいい天気ですね、のトーンで囁かれる褒め言葉にも慣れてしまった。

何となく気恥ずかしくて、いつのまにか無断で立ち入ることを許可しなくなった自室には、先日から悟が勝手に入ってくるようになった。私は私でそれを特に拒みもしていない。悟の声で意識を覚醒させたが、まだ半分夢の中にいるようなふわふわした思考の中でベッドボードにおいてある時計を見ればいつもなら制服をきちんと着こなして朝食を食べにダイニングルームに向かっている時間だった。重たい体を無理やり起こそうとすれば剥き出しになった腰が鈍い痛みを訴えてまたベッドに沈みたくなる。


「あー、ごめんね。昨日無理させちゃったかな」


今日、学校休みますか?と真面目な顔をして尋ねてくる悟にふりふり、と首を振って返事をすれば困った顔をして勝手知ったるといった風にしまってあった下着と制服を差し出された。


「着せてあげるね」
「いいよ、自分で着れる」
「んーん、僕がしたいの」


そう言って腕を優しく持ち上げられて下着の肩紐を通されていく。最初は抵抗したけど一度やると決めたら悟は絶対に譲らないのだと言うことを最近知ったのでされるがまま着せてもらうことにした。昔は私の言うことには「はい」としか言わなかったのに、悟は意外と頑固で我儘なところがある。何年も一緒にいたはずなのに最近知った新たな一面に、少し嬉しく思ってる気持ちは秘密だ。
両腕に通された肩紐を肩まで上げて重力に従っていた胸を持ち上げられて下着をつけられる。恥ずかしかったけどその手つきにいやらしさはなくて、ただただ着せてあげたいという意思のもと動く悟の手に私は一人でいつもどきまぎしてしまう。「んっ、」我慢したいのにどうしても漏れてしまった声に思わずかあっと顔が赤らんでいくのが自分でもわかった。思わず俯けば背中のホックを閉めようと悟が私の背中に手を回して俯いた首元に唇を寄せてくる。


「また襲われたいの?」


昨晩を思い出すような低い声に痛む腰がずくりと反応してしまう。思わず飛び退けば悟は悪戯な顔を浮かべながらにひひ、と笑っていて揶揄われたんだとさらに恥ずかしい。
「ばか、朝から、やめてよ」
「だってなまえサン朝からかわいーんだもん。寝言で僕の名前呼ぶし」
「!う、うそ…!」
「嘘じゃないよ。ほら、次ショーツね。レースの可愛いの履かせてあげる」
「あっ、自分で、履けるから、やめて!」
「だーめ。僕がしたいって言ったでしょ?なまえサンは今自分がリカちゃん人形だとでも思っといて。好きだったでしょ?」


昔よく付き合ったよね、何が面白いかわかんなかったけど今ならわかるよ、そう言って土踏まずを持ち上げながら丁寧にショーツに脚を通していく悟はそれはもう丁寧に丁寧にレースのそれを傷つけないように、ゆっくり脹脛、太腿を伝わせ最終的にはベッドボードに預けていた腰を掴まれて膝立ちにさせられる。ゆっくりゆっくりと上げられていく下着と一緒につつつ、と悟の長くて節くれ立った指が下半身から上がってくる感覚に思わずぶるりと震えてしまう。あまりの恥ずかしさにどうすればいいのかわからなくてベッドの上で私に跪いているような体勢の悟を見下ろせば太腿で不自然に止まった下着を摘みながらニヤリと笑って腰元にキスを贈られて思わず頭をはたいた。


「あたっ」
「もう!ほんとに遅刻する!はやく!」
「乱暴だなあ。よいしょ、っと」


お尻を柔らかく包むそれを微調整させていた悟は満足したのか「綺麗だね」と微笑んでキャミソールを手に取る。頭からスポン、と被り自分でできるのに肩紐に腕を通すのも手伝われてまるで私は赤ちゃんに退行してしまったような気分だった。
制服のワイシャツのボタンもきっちり下から上まで止められて、スカートを穿かされる。もはやここまでくると本当に着せ替え人形だ。学校指定のネクタイも悟の手によって美しい三角形に締められた。

「タイツ?ソックス?どっちにしますか?」
「………ソックス」


タイツなんてややこしいもの、時間がかかるし何より恥ずかしい。本当はタイツの気分だったけどソックスを選べば、はーい、と言った悟がタイツを持ってきた。なんで!!??


「質問の意味」
「んー、タイツの方が露出少ないでしょ。昨日太腿にもいっぱい痕残しちゃった」


嘘でしょ?タイツを履かせてくる悟によって再び脚を持ち上げられた時に内股に鬱血の跡が残っているのが見えて「ソックス履いててもそんなところ見えないよ!」と怒鳴ればキリッとした目つきで見つめられて思わず吃る。
「階段登る時とか見えたらどうするんですか?」
「見えるわけないでしょ。スカートの丈も短くない」
「男はみんな可愛い女の子のパンチラ狙ってるんですよ」

「そんなわけないでしょ」と口を開こうとしたのにそれに被せるように「なまえサンの身体を見るのは僕だけでいいからね」私が見下げているはずなのに上目遣いで私を見やる鋭い眼差しは反論の余地すら与えられない。ぐぅ、と押し黙った私に満足したのか悟はくくくと笑って再び私の脚に視線を戻した。
スルスル、と着圧のある生地が伸ばされながら脚に沿って上げられていく。スカートをたくし上げられて腰元でパチン、とタイツが密着した。結局全てされるがままになった着せ替え人形の出来上がりに悟はえらく満足げだった。


「ご飯できてますから、行きましょう」


いつの間に?と質問することはやめた。悟は忍者のように私の行動を先回りしていつも動いている。既に食卓には白米とお味噌汁以外のおかずが並んでいた。今日も美味しそうでお腹がぐぅ、と小気味良い音を立てる。

ふふ、と笑った悟が鍋に火をかけてお味噌汁をあたためてくれている間に、私と悟の分の白米をよそおうと動けばさっきまでキッチンに立っていたはずの悟が素早く椅子を引いてさっさと座れとばかりに「どうぞ」と言ってきたので仕方なしに着席した。


「ほんとに遅刻しそうだね、先食べててください」


お茶碗に白米を盛り付けながら笑う悟を横目に時計を確認すればたしかに時間はギリギリで、悟に甘えることにした。いただきます、と手を合わせて美しく盛り付けられ、私の好きなドレッシングがかけられたサラダを口にする。卵焼きもふわふわでおいしい。悟のご飯はいつ食べても最高だなあと思っていればニコニコした悟がお盆を持って配膳し、私の向かいに座って同じように手を合わせ食べ始めた。


「ごちそうさまでした」
「お粗末様です」


結局食べ終わるのは悟の方が早くて、慌てて食べようとした私に「遅刻しても良いからゆっくり食べてください」と言われて食べる姿を見守られる。もう慣れたことなので気にせず食事を続ければ悟はその間もずーっと笑顔で私を見ていて何が楽しいんだか、と変な気分になった。


ご飯を食べ終わって悟に今日のお弁当を手渡され、運転手のキヨくんの元へ通学カバンを持って歩き出す。スマホを見れば、キヨくんの運転だと間に合うか間に合わないか微妙な時間だった。彼は法定速度をいつもちゃんと守る安全運転至上主義の人間なので彼の運転を信用している。寝坊した私が悪いな、とキヨくんに「寝坊してごめんなさい。いつも通りで大丈夫」と告げれば少し困ったように笑って「かしこまりました」と後部座席を開けられ乗り込んだ。ここまでついてきた悟にじゃあね、と言おうと車窓を下ろしたら、なぜか悟が運転席に乗り込むところだった。


「なんで?」
「伊地知の運転じゃ間に合わないですよ」
「いいよ、もう。ゆっくりで」
「なまえサンまだ遅刻したことないでしょ」


カチリ、シートベルトが閉まる音が聞こえて私も慌ててシートベルトを閉めた。

朝の混んだ道路をスイスイと車間を抜けていく悟の運転に私はハラハラとしながらシートベルトをぎゅうと握る。事故なんて絶対にしないと信じてはいるが、普段キヨくんの安全運転に慣らされている私には悟の運転は心臓がいくつあっても足りない。
見慣れた道だけじゃなくて抜け道のような道路も使ってビュンビュンと車は走り抜けていく。なんと予鈴の十分ほど前に車は校門前に到着してしまった。たくさん並んだ高級車を他所に一番校門近くに止められた車に小さく息をついて扉を開けようとすれば悟が既に後部座席の扉を開けて手を差し出して待っている。むう、と口を尖らせながらその手を握れば腰を支えられながら降ろされた。


「悟の運転する車怖いしやだ」
「でもちゃんと間に合いましたよ」
「……そうだけど」
「今日も頑張ってくださいね、なまえサン」


ポンポン、と頭を撫でられて悪い気はしなくて結局こうやって絆されるんだよなあと釈然としない気持ちを抱えながらも校門に向かって一歩脚を踏み出したら、手を引かれて再び悟の腕の中に戻される。もちろん登校する同級生や先輩なんかも通る道だ、私と悟をジロジロ見つつも何も見ていないように通り過ぎていく彼らに私はいたたまれない気持ちになる。学校の前なんですけど。何してるの。馬鹿なの?!


「ばかっ、悟、離せ!」 


思わず強い口調で拒否すればニヤリと笑った悟が耳元に私の大好きなその美しい唇を寄せた。


「言い忘れてたんですけど、今日ネクタイ緩めちゃダメですよ。髪もあげちゃダメ」
「ひゃ、な、なに…!」
「行ってらっしゃい、なまえ」



二人きりの夜にしか呼ばれない呼び方で背中を押されて、動揺して思わずつんのめりかけたがなんとか堪えて平静を装って校門を潜った。悟の方は一度も振り返ることができなかった。絶対ふざけた顔してこっちを見てるに決まっているから。
それでも真っ赤になった顔は隠しきれなくて校舎に入るなり思わずトイレに駆け込む。水垢ひとつついてない鏡には案の定りんごが如く真っ赤になった私が映っていて思わず頬を押さえつけた。
そういえばネクタイ緩めちゃダメってなんで?と思い出して悟が締めてくれた形のいい三角形を崩しても何も出てこない。何だったんだろうと再びネクタイを締めた。どうも悟よりも上手くは締められなくて少し不恰好になってしまったそれをトイレで一緒になったクラスメイトが締めてくれるというので髪をあげてお願いすれば首元を見たクラスメイトが固まってしまったので不審に思い鏡を見つめて驚いた。
虫刺されのような赤い痕がそこかしこに首についている。思わず声にならない悲鳴をあげて今日は絶対に髪を上げないと心に誓った。悟が従順な犬?そんなわけない!私には手に負えない猛獣だわ!でもそんなところも好きだと思う私はもう末期だと思う。







彩葉様、今回は企画へのご参加ありがとうございました!せっかくリクエストくださったのに、移転等バタバタとしてしまって申し訳ありませんでした。
今回は短編893パロの続編とのリクエストで、まさか短編の続編を希望してくださる方がおられると思わず、個人的に気に入っていた作品だったのでとても嬉しかったです!甘々どころかちょっと際どいお話になってしまった気がしますが…いかがでしたでしょうか……これ、R15とかじゃないですよね?全年齢で大丈夫ですかね?(笑)
とはいえ、書いててとても楽しかったです!今回は素敵なリクエスト本当にありがとうございました。


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