不幸の芽を刈り取っていくね

※闇い夜に〜19話から分岐するifルートのイメージです



東京に戻ってから異様な気配がする。空港内に、私の行動を観察している人間がいる。じっとりとしたその視線はなかなか気配を完全に読ませてくれず、明らかに今まで相対した呪詛師共とは一線を画す存在だということは明白で、思わず背中に冷たいものが走る。星漿体が戻ってくるまでに始末をつけなければならない。私は気配に気付いていないふりをしてわざと隙だらけな女を装った。しかし、目的は私にないのか一向にアクションを取ってこないことに若干焦る。この気配の主の目的は何なのか。星漿体関係に違いはないだろうが、隙だらけの関係者を殺さないということは戦力の分散については重要視していない、ということ。こちらには五条がいるから正攻法では星漿体を捕らえることが困難だとわかっているのか。狙いは五条に絞ってる?どうやって攻撃を仕掛けるつもりだろうか。六眼と無下限術式については呪術界で周知の事実だろうしよほどの馬鹿でなければ正面突破はしないはず。ー今まで処理した馬鹿な呪詛師共はおいといて。
私は考えた。五条を戦闘不能にするにはどうすればいいか。あの完全無欠な男の隙を突く、隙ができるのはどんな時だ?任務が達成した時。そうだ、任務が達成、つまりは星漿体が高専内に到着し、天元様の元に送り届けたその時この任務は達成される。
この護衛任務に突然起こった星漿体の暗殺賞金レース。もしやこれはブラフ?別の人間に星漿体を襲わせ五条の神経をギリギリまで削ぐ。期限が切れ、安堵した五条には隙ができるかもしれない。そして高専へ送り届けたタイミング、二日無下限を切っていない五条は絶対に高専についたタイミングで安心して無下限を切るだろう。だが高専には天元様の結界がある。呪詛師は潜り込むことも不可能だろう。ならばやはり狙うのは高専に着く直前?懸賞金の期限が切れて五条たちが空港にたどり着いた時?どれも五条が油断するとは思えなくて腑に落ちない。やはり五条が油断するのは高専の結界内に入った時。もしや結界を何らかの方法でくぐり抜ける術でも持っているのか?私と同じように呪力がなければ天元様の結界には引っかからないー、まさか?いや、そんなことあるわけない。
虎視眈々とそんな状況を狙って、その状況を作れるほど頭の切れるやつ。…これ、今コイツを見つけないとやばいんじゃないだろうか。
そもそも、懸賞金をかけて襲わせているのは誰?星漿を狙っているのは呪詛師集団の『Q』と宗教団体『盤星教』と先生は言っていた。前者は五条と夏油が既に壊滅済み。ではこの懸賞金は盤星教がかけたもの?


私を観察している人間はどうやら気配を気づかれない程度に私のことをずっと警戒しているらしい。作戦を変更して私はわざと空港内で目立つ行動を取ることにした。気配を隠す意識を少しでも逸らして、私を追いかけさせる。僅かでも感じた気配を一瞬で叩くため今までにないほど意識を集中させた。目にも留まらぬ速さで空港内を走り始めたわたしに『誰か』が追いかけてくる気配。大勢いる人に紛れながら走り続ければ向こうも探索に力が割かれるのかだんだんと気配が読みやすくなってくる。さて、私をここまで追い詰めた人間はどんな人間なんだろうかと私を追いかけてきた人間の背後に周り羽交締めにもってきて、驚いた。

捉えた男の完成された肉体に。無駄のない計算されつくした筋肉、強者の持つ風格。


「背中取られるなんていつぶりだ?」


渾身の力で首を固めているはずなのになんでもないことのように首を捻って後ろを振り返る男の顔を見て驚く。こいつ、恐ろしくツラがいい。


羽交締めで固めていた二の腕を掴まれて拘束から抜け出そうとぎりぎりと握られる腕が痛いが、ここで離すわけにはいかない。さらにグッと力を込めて抜け出せないようにギリギリと首を締め上げた。


「ふっ、そんなに乳押し付けてくんなよ」
「乙女のおっぱいの感触はどう?」
「悪くねえな」
「悪いなんていってたらこのまま絞め殺してた、よっ!」


なんとかオトしてやろうと喉仏の両側を腕で締め上げるが男は依然平気そうにしている。なにこいつ、めちゃくちゃ力強い。夜兎の私の筋力でも締め上げられないってどういうこと?本当に人間?



「……オニーサン何者?」
「…ただの猿だ」


猿?猿ってあのお偉い術師がよく言う猿?
じい、と男を観察して、違和感。五条や夏油たちから感じられる独特のオーラがない。気配が読み取りにくい。ーまさか?いつか先生が言っていた天与呪縛の説明を思い出す。私並みの筋力なんて普通の人間にあるはずないでしょ?



「……もしかしてお兄さん呪力ないの?呪詛師、じゃない?」
「あぁ、呪詛師ではねェな。呪術の使えねえただの猿だ」
「え、まじ?いるじゃん天与呪縛。本物だ!」
「は?本物?」
「そう。私も呪力ないの。ゼロ。天与呪縛ってことになってる」
「ーーーは?お前高専の人間だろ」
「うん。行く当てなくて拾ってくれたのが呪術師でさ。呪具さえあれば私も呪霊狩れるから通ってるの」
「お前も『視えて』んのか?」
「?呪霊のこと?視えてるよ」
「お前なんで呪術師やってんだ?呪力ねえ人間なんてゴミ以下の扱いだろ」


ハッと乾いた音を立て自嘲気味に笑う男の視線に一瞬言葉がつんのめった。本来天与呪縛のフィジカルギフテッドの人間に対して、呪術界は冷たいらしい。呪力があればこそ、術式があればこその世界だ。それがなぜわたしは等級を得ることができたのか。おそらく五条の庇護下にあるから、だと思う。わたしを準一級に推した冥冥さんは言っていた、『五条くんに頼まれたからね』と。それを聞いた時一瞬余計なことすんなよ、と思わないではなかったが、きっと五条くんの介入がなければ君は万年四級だったと思うよ、という冥冥さんの言葉にぐっと押し黙って納得したものだ。
だからこその「なんで呪術師やってんだ?」なんだろうな。正直この人、たぶんわたしより強い。し、体術だったら五条も夏油も負ける。術式ありだとその限りではないかもしれないけど。一級術師に勝つ非術師って何???ほんっとわけわかんない業界だよね!!こんなに強いのにゴミ扱いされるんじゃあそりゃあ呪術師なんてやらないね!!私だって状況が状況だったら呪詛師になってたかもしれないし!!……呪力なけりゃ呪詛師じゃなくてただの犯罪者か!

思考に意識が引っ張られたせいか一瞬の隙に肘をぐっと引き下げられそのまま背負い投げの要領でぶん投げられかける。まさか締め上げてる私ごと振り切られるとは思わなかった。地面に叩きつけられる前に手持ちのサバイバルナイフを男の硬い腿にぶっ刺す。空いた両手で地面に着き、そのまま側転の要領で地面から離れた両足で鳩尾めがけて蹴りを入れれば少し体を捻って急所は避けたものの男は吹っ飛んでいく。そのまま逃げられないように追撃するも空中で体制を整えた男がどこから湧いたのか体にいつのまにか巻きつく呪霊から武器を取り出した。



「オマエ、顔と身体だけの女かと思ったがなかなかやるな」
「…セクハラだよ?それ」
「俺が褒めてやってんだから喜べよ」
「たしかにおにーさんはイイオトコだ」
「ふっ、見る目あんじゃねーか、呪術師なんてやめちまえよ」
「………運が良くてさ、なんとかなってんだよね呪力なくても。おにーさんこそそんなに強いなら改心して私と一緒に呪霊ぶっ殺そうよ」
「あ゛?誰がんなクソめんどくせーことやるかよ。あんなゴミの掃き溜め二度と行きたくねェわ」
「………その武器収めてこの件から手を引いてくれない?もうすぐ五条たちここにくるよ。それに私に見つかった時点でお兄さん五条に不意打ちできないし。最後まで無下限切らせない」
「ヤダネ。せっかくの金がパァだ」



金?懸賞金のことだろうか。だがそれはもう間も無く切れる。今頃まだ彼らは空の旅の途中だし、こんなとこにいる時点で間に合わない。それになんでこいつこんなに自信満々なんだ?本当に自分なら五条を殺れると思ってる。さすがに五条の術式については知ってるよね?…無下限に対応できる力でもあるのだろうか…私はまだ何か見落としていることがある?


「金って懸賞金のこと?」
「……さァな」
「?あと数分で切れるしどっちみちお金はパァじゃない?」
「大元からもらう予定なんでな」



ニヤリと笑う男。大元?この懸賞金をかけている大元と繋がっているのか。私を馬鹿だと思っているのかペラペラと内情を話してくれる男に内心感謝する。少しずつパズルのピースが集まってきた気がする。
懸賞金の大元が盤星教かはわからないが星漿体を殺ればこの男は大金が手に入る。うーん、じゃあ私が大元を殺ればこの男は星漿体暗殺を諦めるのかな。見たところ快楽殺人犯って感じでも、星漿体に個人的な恨みがあるわけでもなさそう。ただただ金のためにやってる感じ。



「おにーさんお金に困ってるの?」
「生きるのには金が必要だろ?」
「うーん、そうだね。じゃあ呪霊殺してもらえばいいじゃん」
「お前本当頭弱いな。俺もお前もあの世界じゃ猿だ。いいように使われて報酬もろくにもらえずにポイ捨てされるに決まってるだろ」
「………、私一応準一級だよ?お金はきちんともらえてる」



そういった瞬間目の前の男の動向が僅かに開いた。信じられない、とも言いたげな顔で。



「五条のおかげだけどね」
「ハッ、お綺麗なその顔で男誑かしてんのか?」
「…お兄さんだって女誑かしてる顔してるよ」
「違ェ無ぇな」
「…お兄さん雇ってるのって盤星教?」
「あー、黙秘」
「それって答え言ってるようなもんだよ。じゃ、こうしよう!」
「あ?」
「お兄さん、盤星教から金で雇われてるんだね?星漿体を狙ってる団体のうちの一つ。今回の賞金レースも盤星教と手を組んだ五条を油断させるブラフってとこ?このまま星漿体を狙うなら私は貴方を五条たちに任せて盤星教の人間一人残らず皆殺ししにいくよ。天元様の邪魔するってんならどうせ処罰されるでしょ。私が殺してもお咎めなしだよね。そもそも私残穢残らないから証拠も残らないし。盤星教壊滅させたら貴方はお金もらえないしタダ働きになるよ?タダ働きしてまで五条と戦うリスク、取る?」
「…頭弱ぇつったのは取り消すわ」
「こっち来てからなんか狡猾になっちゃったんだよね」
「……ハハッ!クソ、お前のせいで大金がパァだ」



突如トップスピードで突っ込んできた男に顔を顰めるも繰り出される攻撃を既で防ぐ。確かに、私を殺せば盤星教はなくならないだろうしターゲットをまず私に絞るだろうね。でも私は『体術』で瞬殺されるほど弱くはない、自信がある。男から繰り出される一打が重く、恐ろしく速い。思わず神威との幼い頃からの鍛錬を思い出した。


「……イカれてんのか?」


思い切り顔を顰めながら言う男になんのことかと怪訝にすれば「こんな時に笑うか?」と言われ自分の口角が上がっていたことに気づいた。


「あは、お兄さんとの殺し合いが楽しくて」
「……お前ほんとにただの女か?」
「んーん、人間じゃないよ。私宇宙人なんだ」
「ハ?????」
「ふふ、だから天与呪縛じゃないの。ね、もっとやろうよ、殺し合い。お兄さん強いから楽しくなってきちゃった」


ボキリ、と指の関節を鳴らせば引き攣った顔を浮かべる男。ハァー、と長いため息の後高められていたはずの闘志がみるみる萎んでいくのが見えて拍子抜けする。なんだ、面白くなってきたところだったのに。



「タダ働きはごめんだね」


両手を上げて投了のポーズを取る男に向かって私はにんまりと笑った。





_______________



「誰そいつ?」



空港の到着口で合流するなり私の横にいる男に指差して怪訝な顔をする五条に、そういえばこの男の名前も知らないやと私は私で苦笑いを浮かべた。


「そーいやお兄さん名前は?」
「伏黒甚爾」
「だそうです」
「いやだから誰」


「とりあえず高専についてから説明するよ」と道中、逃げられないように手首をがっしり掴んでいる私の手を訝しげに、不機嫌そうに睨みつけてくる五条に冷や汗を垂らしながら高専までなんとか無事に帰ってきた。男はずっとおとなしくしてたけど五条も夏油も男を警戒していてピリつく空気がようやく少し穏やかになって、星漿体の女の子と護衛だと言った女性は明らかにホッとしている。
説明を求める五条と夏油に「今回の懸賞金の黒幕」と言えば二人の空気が再び一気にピリついた。


「お前なんで手なんか握ってんだよ今すぐ殺せ」
「いやなんかこの人めっちゃ強くてさ、倒せなかった!だから交渉してね、手を引いてもらったんだ。けど一応任務終わるまでは心配だからね、私が監視してるんだよ」
「……お前天与呪縛のフィジカルギフテッドだな」
「!なまえと同じ…?」
「いや、私は天与呪縛じゃないってばッ」
「あ、そうだったねそういえば」
「俺がこいつに負けると思ってんの?今すぐ殺してやるよ!」
「ハハッ六眼も案外お子ちゃまだな」
「あ゛?なんだって?」
「狙ってる女に手を握られてる俺が羨ましいのか?さっきなんて胸押し付けられて迫られたぞ?」
「ちょ!語弊!!!!!」
「なまえ…?お前こんな男がタイプとか言わないよな?」
「えっ?タイプかタイプじゃないかと言われればタイプだよ?正直ど真ん中ストレート」
「はっ??????」
「だってめっちゃかっこよくない??」
「……殺す」
「やってみろよクソガキ」



同化の時間が迫っていると言うのに殺し合いを始めた五条と伏黒甚爾と名乗る男に呆れてため息をついた。
尚も合点がいっていない夏油に「盤星教にお金で雇われてたらしくてね、私が盤星教の人間皆殺しにするって言ったらタダ働きはごめんだつって諦めてくれたよ」といえばようやく納得したようだった。
いくら声をかけても止まらない五条をおいて星漿体の女の子を連れて夏油は天元様の元へ降りていった。




「六眼も大したことねーなやっぱお前俺にしとけば?」
決着は早々についた。まさかの伏黒甚爾が持っていた呪具によって五条が致命傷を受けた。今は血まみれで地に伏している。こんなにボロボロになった五条を見たのは初めてで驚いて駆け寄ったが「死にはしねーだろ」と言う伏黒甚爾の言う通り僅かではあったが呼吸をしていたので安堵する。ぶらぶらと揺らしている呪具からは異様なオーラ。奥の手はこれだったのか。どういう原理かは知らないが五条の無下限を超えて攻撃できるものが存在するとは思わなくて手を引いてくれて助かったとホッとする。やっぱ強いなこの人、と思いながら硝子に電話をかけようとしたときだった。


「ハハッこれが反転術式…!」
「へっ?」


血に伏していたはずの五条は瞳孔ガン開きさせてゆらゆらと立ち上がる。胸と頭に一突き入れられてたはずの傷は塞がっている。声をかける前にハイになった様子の五条が見たことのない掌印を組み始めたので思わず後ずさった。


「術式反転『赫』」
掌印を組むなり膨大なエネルギーが五条の指先から放たれる。呪具でなんとかそれを防いだものの数十メートル吹っ飛んだ伏黒甚爾。それを唖然としながら見ていた私を五条が力強く引き寄せた。


「お前は俺のだから」


よそ見してんじゃねーよと耳元で囁かれて思わず心臓を跳ねさせた私は悪くない。







結局星漿体の女の子は天元様との同化を拒んだらしく、夏油は二人を連れて戻ってきた。もうとっくに同化の時限は過ぎている。まあ、そりゃあ嫌だよね、と笑えば星漿体ー天内理子ちゃんは少し困ったように笑っていた。



異音を聞きつけてやってきた夜蛾先生にこってりと絞られた五条が、天内理子ちゃんは盤星教の人間に殺されたといって海外に匿い、名目上任務を失敗させたとして偉い人に怒られた。盤星教は星漿体の命を脅かしたとして解体、そして伏黒甚爾はなんと高専の臨時講師として体術をメインに指導しにやってくることになった。あんだけ呪術界と関わるの嫌そうだったのに。
「六眼のガキからお前奪うのおもしろそーだなと思って」と言っていたがそんな碌でもないことに私を巻き込むなと言いたい。伏黒先生のおかげで五条が常に私にべったり張り付いていい迷惑である。…たかがペットに執着しすぎでは??

今日も今日とて伏黒先生からのしごきのせいで地に伏す自称最強コンビの写真を撮っていたずら心からメールを作成すると、すぐに返信が送られてきた。
メルアドを交換した理子ちゃんから送られてくるメールにはよく写真付きで海外をエンジョイしている様が定期的に送られてきて、いつも頬が緩む。今回も『ザマーミロなのじゃ』と爆笑している写真が添付されている。楽しそうで何より。生まれてきた時から何かの犠牲になる人生なんて糞食らえだ。天元様も何やら安定しているらしいし、今回の任務は大変だったけどひとまず一件落着といったところ。



「何にやけてんの?」
「んー?ほら見て」
「お、理子ちゃんからかい?いつからそんなに仲良くなったんだ」
「へへ、女の子のお友達二人目」
「相変わらず友達少な」
「五条だって夏油しか友達いないくせに」


なんだと、と言いながら頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜられてボサボサになった頭を指さして笑う五条。あーもう、なんて言いながら髪を直してくれる夏油、いつも通りのそんな日常が戻ってきた。「お前らまだ元気そうだなもう一回沈むか?」なんて言う伏黒先生に三人で顔を見合わせて飛びかかった。








六花様、今回は企画へのご参加ありがとうございました。前サイトでのサーバーダウンからの新サイトへの移転など、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。無事こちらにたどり着いてくださっているのを祈るばかりです…
今回は長編の甚爾生存ifをリクエストくださり、ありがとうございました!長編の感想までいただけて感無量でした!!嬉しいです。
一話にまとめ切るのが難しく、とても長くなってしまって申し訳ないです…別の方からのリクエストで甚爾生存ifのお話があったので六花様からのリクを先に書き上げたほうがわかりやすいかと思いまして、順番前後しましたが書かせて頂きました。楽しんでいただけるといいのですが…!これからも驟雨をよろしくお願いいたします。


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