気付いた恋


スタジオ入りした夏目は、瀬戸の楽屋を見つけると荒々しく扉を開けて突撃した。
突然の夏目の登場に、瀬戸は飲んでいたお茶を噴き出す。
「えっ!?あっ、今日よろしくお願いします!!」
動揺しながらも立ち上がり夏目に挨拶する瀬戸。
夏目は眉間に皺を寄せながら瀬戸の向かいの椅子をガチャガチャと音を立て激しく引くとどっかり腰掛けた。
「あの…、な、夏目さん?どうかしたんスか?」
夏目は机の上に置いてあるオロナミンCの蓋をぺきゃっと開けて口にする。
そして喉を鳴らしながらごくごく飲んだ。
ぽかんとしている瀬戸を見て、夏目は舌打ちする。
「あんなビッチやめとけよ、本当見る目ねぇよなお前」
いきなりの発言に瀬戸はパニックになる。
誰のことを指しているのか全くわからず、自分が今まで噂になったタレントを思い出していく。
「や…梨本りなとは俺本当に何もなくて…」
最近熱愛報道を出されたグラビアアイドルの名前を挙げる。事実無根のため、夏目に怒られる筋合いはない。
しかし夏目はさらに眉間に皺を寄せる。
「あ?誰だよ梨本って知らねーよそんな乳バカ女」
「知ってんじゃん!」
「梨本のことじゃねーよ、宇佐美のこと言ってんだよ俺ぁ」
夏目から宇佐美の名前が出て瀬戸は内心焦った。
瀬戸は確かに同期の芸人、宇佐美に片想い中だが、それは誰にも話していない。
夏目とはプライベートでも世話をしてもらっているが、さすがに相談なんてことはしていなかった。
なぜバレているのか。
瀬戸は頭がパニックになった。
「この間、岡崎さんたちと一緒に旅館のロケ言ったろ」
夏目が話し出して、瀬戸はその日のことを思い出した。
瀬戸にとって先輩の岡崎と夏目の番組のロケ中、たまたま片想い中の宇佐美と、若手俳優の神谷祐二がプライベートで旅行に来ているところに遭遇したのだ。
元々仲が良いらしいが、神谷祐二も宇佐美に対して恋愛感情があることは瀬戸もなんとなく気付いていた。
その夜は瀬戸が襲いかかる形で宇佐美とセックスをしたが、突然寝起きどっきりの奇襲に大慌てで話し合うどころではなかったのだ。
「そのロケがなにか…」
「あの時ヤッただろ」
「えっ!?」
「俺たちが寝起きどっきりに行く前だよ、ヤッただろ宇佐美と」
においも誤魔化してとにかく宇佐美の存在を隠したというのに、それでもバレている事実に、瀬戸は焦っていた。
夏目が誰かに話してしまうことはないが、他にも気付いている者がいるのかも、と思うとハラハラする。
「……な、んで…、そう思うんですか…」
夏目は瀬戸のことをじっと見た。
「浴衣の裾、短くなってた」
「え…?」
「チビの宇佐美のと取り違えたんだよ、今度のオンエアで確認してみろよ。お前の浴衣の裾が、最初よりも短くなってる」
呆れた顔して夏目は机に頬杖をついた。
それだけでバレてしまっていることに瀬戸は驚くとともに、夏目の鋭さに感心した。
瀬戸は、バレたならもう仕方ないと思い、椅子にきちんと座り直すと夏目に顔を寄せた。
「…どうしたらいいスか?俺、本気なんですけど、ウサがなびいてくれないっていうか…」
「あいつが邪魔してんだろ、神谷祐二」
「なんでそこもわかるんスか」
「俺たちっつーか、お前と出会した時のあいつらの顔見りゃわかる。神谷は宇佐美のことが好きだし、宇佐美はお前に後ろめたい顔してたから悩んでんだよ」
夏目の観察眼にはため息が出るほどだった。
瀬戸は感心して椅子の背もたれに体重を掛ける。
「つまり、お前の浴衣着た宇佐美が部屋に戻ったら、神谷は嫉妬に狂うだろーな。ぜってぇハメられてるぜ」
「そこまで推測しなくて良いです!!」
瀬戸は青い顔をして騒いだ。
「あんなビッチのどこが良いんだよ、お前にはもっといい奴いるぜ」
夏目は頭の後ろで手を組んで、見る目のない瀬戸を見下した。
「好きになっちゃったもんは仕方ないッス」
「ふうん」
夏目はそう呟いて怠そうに立ち上がった。
「ま、その言い分は分からんでもないけどな」
「夏目さん…」
「本当に好きなら、神谷に取られねぇように気を付けろ。あっちは顔も性格もお前みたいなクソよりも優れてんだからよ」
励ましてるんだか貶してるんだかわからない言葉を吐いて、夏目は瀬戸の楽屋を出て行った。

収録が終わった夏目は、違う階で宇佐美が撮影していることを聞きそのままの足で宇佐美の楽屋へ荒々しく入っていった。
「おいウサビッチ!!」
「えっ!?えっ!?お、お疲れ様です…っ」
衣装から私服へ着替えていた途中だった宇佐美は、突然の夏目の突撃にかなり驚いた様子だった。
上半身裸だった宇佐美の体を、夏目は舐め回すように見る。
そしてずんずん距離を詰めた。
「え、な、夏目さん、なんですか…び、ビッチってなに…」
「お前のことだろーが」
夏目はそう言って宇佐美のピンク色の乳首をきゅっと指でつねった。
「んぁあっ」
乳首が弱い宇佐美は突然の刺激にびくびくっと体を跳ねさせた。
夏目は宇佐美の感度の良さに内心感心しながら指でくにくにと弄る。
「ひっあっ、や、夏目さっ、あんっやめてください…っ」
宇佐美は着ようとしていた服を床に落とした。
夏目を押し退けようとする手は力弱い。
夏目はひくひくしている宇佐美の首筋へキスをしながら、乳首を弄る。
「ひゃっあっあっ、だ、め…、な、なんれ…っ夏目さ…っ」
夏目は宇佐美がもう勃起していることに気付いた。
「こんだけで勃つのかよお前」
宇佐美はカッと顔を赤くする。
「あっだ、って、夏目さんが…っ、触るから…っ、ぁぁんっ」
宇佐美は濡れた目で夏目を見る。
夏目はそんな宇佐美を見て鼻で笑った。
耳元でそっと囁く。
「おいビッチ…お前が貞操ゆるゆるだから犯されるんだろーが。襲う側のせいにして逃げてんじゃねぇぞクソ」
まさかこのタイミングでどすの効いた声で説教されるとは思っていなかった宇佐美は泣きそうな顔で夏目を見た。
「な、…、なに……」
快感を恐怖に変えて震える宇佐美の両頬を夏目は片手でぎゅっと掴んだ。
「てめぇのがばがばケツマンコはちんこ欲しくて疼き出してるだろーが、残念ながら挿れてやる気はねぇ。いい加減誰でも彼でも股開くのはやめろクズ」
「ひっ…」
自分の為を思って言ってくれているのか貶しているのか全くわからない言葉を吐かれて宇佐美は青い顔をしながらとにかく頷いた。
夏目はフンッとまた鼻で笑って宇佐美の楽屋を颯爽と出て行った。
宇佐美は謎の恐怖体験にへなへなと膝から崩れ落ちる。
「こ、こえぇーー……」
熱を持っていたペニスはおかげで萎えていた。


「おつかれさまでしたー」
スタッフに見送られて宇佐美はエレベーターに乗りこんだ。
「はぁー………」
深いため息をつく。
撮影は順調で、ネタも受けていたし気分良く帰れるところだったのに、突然の夏目の暴言に心は曇っていた。
しかし夏目が言ったことは全て正論だった。
最近宇佐美が、瀬戸や神谷の傷付いた態度を見てやっと気付けたことを夏目は簡単に当てて見せた。事情もよく知らないのにだ。
つまり誰がどう見ても宇佐美が優柔不断なのが悪いと言うことだった。
今まで聞かれても答えずに上手く話をそらしてきたが、もう答えを出さなければいけない状況になっていた。
瀬戸を選ぶか神谷を選ぶか、それともどちらも選ばないのか。
悩んでいるとエレベーターは途中の階で止まった。
誰か入ってくることに気付いた宇佐美は瀬戸だったら嫌だな、と旅館のことを思い出して苦い顔をした。
「あれっ?ウサさん!」
エレベーターの扉が開き足を踏み入れてきた人物は宇佐美を見て驚いた。
「おつかれッス!」
「……おー」
乗ってきたのは後輩芸人の田辺だった。
田辺も仕事終わりらしく、やりきった顔をしている。
宇佐美はそんな田辺の顔をじっと見つめた。
過去に宇佐美は、田辺にも二回ほど襲われて体を許している。
宇佐美で童貞を卒業した田辺はそれから男の体にハマって、芸風をゲイネタに変えるほどだ。
「えっ?なんスか?」
田辺は宇佐美の視線に気付いて何か期待の気持ちを抱いた。
「……お前また太っただろ」
しかし宇佐美は田辺を見て、こいつとだけは絶対にない。と思った。

その後の会話の流れで、宇佐美は田辺の車で送ってもらうことになった。
田辺が隣で楽しそうに話しかけてくるが、宇佐美はほぼ聞いていない様子で窓の外を眺めながら瀬戸と神谷のことを考えていた。
赤信号で停車した田辺は、そんな宇佐美を横目で確認する。
「…ところでウサさん、ごはん食べました?もし良かったら…」
「あ」
宇佐美の短い言葉が田辺の誘いの邪魔をする。
宇佐美の目線にはレンタルショップがあった。
「俺ここでいい」
「えっ!?」
宇佐美はそう言って突然シートベルトを外し始めた。
「え、ウサさん…っ!久しぶりに俺とシてくれないんッスか…!」
慌てる田辺に構わずに宇佐美はドアを開けて車から降りた。
「ねぇよバカ!」
バンッと勢いよく閉められたドアに田辺は目を瞑った。
そしてレンタルショップに向かって歩いていく宇佐美の姿を名残惜しそうに見つめていたが、後ろの車からクラクションを押され、いつの間にか変わっていた青信号をしぶしぶ渡った。


宇佐美がレンタルショップに入っても、変装用の伊達眼鏡とマスクをしているおかげで気付かれなかった。
宇佐美は邦画のコーナーで神谷が出演しているものを探した。
三本くらい手に取ってから、次にお笑いコーナーに移動する。
瀬戸がコンビで出しているDVDを借りようとしたのだが、どれも貸し出し中になっていた。
「………」
宇佐美はチラッと自分のコンビのDVDに目を向けて、誰も借りていないことを確認して少しショックを受けた。
結局神谷のDVDだけを持ってレジに行こうとすると、宇佐美は後ろから肩を叩かれ呼び止められた。
少し驚いて振り向くと、宇佐美はマスクの下で驚愕の表情を浮かべた。
「こんばんは、ウサさん」
「ゆ…祐二くん……」
さっきまでDVDのジャケット写真で見ていた顔が現れて、宇佐美は動揺した。
神谷は、宇佐美が手にしているDVDにすぐ気付く。
「嬉しいな、俺が出てるやつ借りてくれるんですね」
「あ…、え……、こ、これは……」
「言ってくれたらプレゼントしたのに……」
神谷の爽やかな笑顔に宇佐美はどぎまぎした。
「あぁ、いや、これはその……」
「そうだ、ウサさん。俺、今舞台やってて…大阪で千秋楽を迎えるんですけど、良かったら観に来てもらえませんか?」
「え…」
「実はこの間、平井田さんにお会いして、この話になったんですけど」
平井田は宇佐美と吉田のマネージャーだ。
新人の若い女で、イケメン俳優を見つける度に隙を見ては話しかけている。
「平井田さん、ぜひ観たいって仰ってて、良かったら一緒にどうですか?俺もウサさんが客席にいてくれたら、もっといい演技が出来そうなんですけど」
まさか平井田がそこまで調子に乗った話をしているとは思わなかった宇佐美は、内心驚きながらも、ぜひ行きたいという思いもあった。
神谷が今行っている舞台は、宇佐美がもともと好きな作品の原作が元となっているのだ。
東京公演の日は仕事で行けず、断念していたところだった。
「行きたい…けど、仕事によるかな…。大阪だし…」
宇佐美の消極的な返事に、神谷はさらに爽やかな笑みを向ける。
「平井田さん情報によると、ウサさんたちその日は大阪でお仕事みたいですよ」
「マジか」
だからこそそういう話になったことに宇佐美は気付く。
それならばとくに断る理由もなかった。
じゃあ行くよ、そう言おうとした宇佐美の言葉は、突然の黄色い悲鳴で邪魔をされた。
「ねぇあれ!神谷祐二じゃない!?」
変装もしていない神谷を見つけた女性が騒いだことにより、周りがざわつき始める。
「やば。ウサさん、気付かれないうちに行ってくださいね」
「あ、」
神谷は宇佐美まで巻き込まないように気を遣ってその場を離れていった。
結局きちんとした意思を伝えきれないままで、宇佐美はDVDを借りて店を出た。


宇佐美はアパートに帰宅すると、ビールを飲みながら借りてきたDVDを観た。
映画の中の神谷は相変わらず爽やかだ。
きれいな女優に一途な想いをぶつけているが、現実これが自分に向けられていると思うと、宇佐美は複雑な気持ちになった。
「あーー……。もう…、わかんねぇ……」
宇佐美はソファの上にごろんと寝転がった。
神谷が出て来る度に胸の奥が締まるのは、役柄のせいなのか、好きだからなのか。
宇佐美は耐えられなくなって観るのをやめた。
DVDを停止すると、テレビの画面は今放送している番組に切り替わる。
少し前に行われた一人芸の一番を決めるOP芸グランプリの予選の様子が放送されていた。
宇佐美はあ、と思ってテレビを消そうとしていた手を止める。
『一人芸で一番面白い芸人を決めるOP芸グランプリ!決勝戦に進んだのはこちら!ブチデラ加藤!縦地冬美!若竹!FFB山岡!同じくFFB瀬戸!佐々木用高!アンボーン後藤ー…』
熱いアナウンサーの実況とともに映し出された瀬戸を見て、宇佐美は驚いた。
普段はコンビを組んでいる芸人でも、一人芸ならエントリーすることが出来るOP芸グランプリ。
宇佐美の芸風は専ら漫才なので出場はしなかったが、同期であるFFBの二人がそれぞれ出ることは聞いていた。
山岡と瀬戸が二人して決勝戦まで進んでいることに、宇佐美はFFBの勢いに圧倒される。
「すげぇな、あいつら…」
『決勝戦は来週土曜日、夜の7時!生放送でお送りします!』
「来週土曜日か…」
宇佐美は同期の頑張っている姿に心が昂ぶった。
ぜひ現場で二人の勇姿を見たい。
熱くなっているところに、携帯が鳴る。
マネージャー平井田からのメールだった。
簡単な挨拶とともに、一週間のスケジュールが記載されていた。
宇佐美はそれを流し見していく。
来週土曜日、空いていたらOP芸の応援に行きたい。
そう思いながら土曜のスケジュールに目を通す。
「……大阪のショッピングモールにて営業……」
大阪、という字を見て宇佐美は眉間に皺を寄せた。
その次には、平井田からのメッセージが書かれていた。
“神谷祐二さんの舞台にお誘いいただきましたー!夜は空けてあるので、一緒に観に行きませんか?ぜひ!お願いします!”
「マジか…………」
宇佐美は頭を抱えた。
マネージャーらしかぬ態度は置いておき、神谷の舞台とOP芸グランプリの日がかぶっていることに頭を悩ませる。
ここでも瀬戸と神谷を選ばなければいけないのか。
そう思うと宇佐美は嫌になって、クッションに顔を埋めながら「あ゙ーーー!」と叫んだ。


翌日、宇佐美はアラマラ司会の番組の撮影で、FFBの二人と顔を合わせた。
「お前らすげーな、二人して決勝進むなんて」
宇佐美は同期の頑張っている事実に興奮しながら話しかけた。
「俺らもびっくりしてる…まさか瀬戸がライバルになるなんてなぁー」
山岡はそう言って笑う。
宇佐美は二人がとてもかっこよく見えた。
「ウサ、観に来てくれよ」
瀬戸の誘いに、山岡も乗った。
「あー…うん……、」
宇佐美は痛いところを突かれて言葉を濁した。
神谷の舞台の日と被っているからわからないなどと瀬戸の前で言えるはずがない。
「仕事?」
山岡が迷っている宇佐美に対して訊いた。
「うん、まぁ……その日仕事で大阪なんだ…。間に合うかわかんねぇ…」
宇佐美の言葉に山岡は残念がった。
宇佐美はちらりと瀬戸を見る。
「じゃー仕方ねぇか…」
瀬戸はそう言って、少し寂しそうに笑った。


宇佐美はずっと土曜の夜のことを考えていたが、結局気持ちの整理は付かぬまま当日を迎えた。
「営業のあとは、吉田さんはローカルの撮影があるんですけど、一人で行っていただいて!宇佐美さんと私は神谷祐二さんの舞台!観に行きましょう!」
大阪に到着し、営業先に向かう途中、平井田は宇佐美と吉田に今日のスケジュールを改めて説明した。
「平ちゃん、仕事なめとるやろ」
吉田はそう言いながらもそれを了承した。
「宇佐美さん、舞台は18時半からなので、少し早めに行って挨拶行きましょうね!フルーツ大福でも買って!」
神谷に会いたい一心の平井田はとにかく興奮していた。
「平ちゃんって、神谷くんのファンなん?」
吉田は平井田のいつも以上のテンションに圧倒されながら訊いた。
「私そもそもイケメンが好きなんですけど!やっぱり神谷祐二さんは別格ですね!!あぁーっ!一度でいいからハグしてもらいたいです!いやっ欲を言えばキスはしたいですね!」
「なんやそれ」
平井田の言葉に吉田は笑ったが、宇佐美はドキッとした。
若い女がこんなに熱を持ちながら語るほどの神谷と、キスどころかそれ以上の関係を持った宇佐美。
愛情を向けられてそれを遠ざけようとしているが、実際それは贅沢な話だった。
「宇佐美さん?どうかしました?」
宇佐美が黙り込んでいることに気付いた平井田は声をかけた。
「あ、いや……」
宇佐美は平井田に笑みを向けたが、どこかぎこちなかった。
このまま行けば、平井田と一緒に神谷の舞台を観に行くことになる。
もちろん神谷の舞台を観れば、東京で行われるOP芸の応援には行くことができない。
「……………」
宇佐美はそろそろ自分で自分の優柔不断さに苛ついた。


「じゃ、俺は撮影終わったら先に帰るから」
「はい!おつかれさまでした!」
コンビでの営業が終わると、吉田は帰りの新幹線の切符を平井田から受け取って、テレビ局へ向かうタクシーへ乗り込んだ。
「じゃあ!行きましょうか宇佐美さん!」
張り切っている平井田に連れられながら、宇佐美は舞台が行われる劇場へ向かった。
「一時間も前に着いちゃいましたね」
劇場の前に到着した平井田は、腕時計を見ながら呟いた。
「まぁ挨拶もあるしちょうど良いですね!」
平井田はにやにやしながら宇佐美に言う。
そして浮かない顔をした宇佐美を気にもせずに引っ張って、楽屋に足を運んだ。

「ウサさん!来てくれてたんですね」
神谷はちょうどメイクを終えたところだった。
スタッフが神谷の楽屋からそそくさと出て行く。
神谷は椅子から立ち上がり、二人の傍へ寄った。
「平井田さんも、ありがとうございます」
神谷にハグされたいだのキスされたいだの騒いでいた平井田は、至近距離の神谷を見てメロメロになっていた。
「はぁーいい匂い!」
「…平ちゃん、恥ずかしいから静かにして」
宇佐美は平井田の頭に軽くチョップを入れてから、神谷に差し入れを渡した。
「ありがとうございます、嬉しいです」
神谷の笑顔は変わらず素敵だった。
平井田はさらに興奮しているが、宇佐美だって面食らいそうになる。
神谷はじっと宇佐美を見つめてから、平井田に目を向けた。
「平井田さん、ちょっとウサさんと二人でお話ししてもいいですか?」
「もっもちろんです!宇佐美さんっ、私先に客席で待ってますね!」
平井田は神谷の笑顔にわたわたしながら楽屋を出て行った。
扉が閉まるまで平井田の姿を見送った宇佐美は、神谷に視線を戻す。
神谷は少し意味深に微笑んでいた。
「良かった。弘樹さんが来てくれて」
突然名前の方で呼ばれて宇佐美は内心ドキッとした。
神谷は宇佐美を真っ直ぐ見つめる。
「来てくれないんじゃないかと思いました。今日は東京で、OP芸があるでしょう。瀬戸さんも出るって聞いた時に、弘樹さんはそっちに行っちゃうんじゃないかって心配してたんです。だから嬉しいな」
神谷の笑顔に、宇佐美は胸の奥をぎゅっと締めつけた。
「祐二くん、俺、」
神谷は口を開いた宇佐美の手を掴んで引き寄せた。そのまま宇佐美を抱きしめる。
「弘樹さん。俺もう、不安になりたくないんです。お願い…、俺だけのものになって」
神谷の腕の中は熱かった。
宇佐美はそのまま溶けてしまいたいと一瞬思ったが、神谷の背に腕を回さないように意識した。
「……祐二くんは、なんで俺なんかが好きなの」
「理由なんて、ないです」
「……………」
宇佐美は少し俯きながら、神谷の胸を優しく叩いた。
神谷の腕が静かに宇佐美から離される。
「祐二くん、俺、」
宇佐美が改めて発した声は小さかった。
神谷は自分の前に俯いて立つ宇佐美をじっと見つめる。
「俺はバカだから……、祐二くんみたいに、理由がない想いに自信なんて持てない……。理由を並べないと、自分の本当の気持ちに気付けないんだ……」
「…………」
「だから……、理由を聞いて欲しい」
宇佐美はちらっと目だけを神谷に向けた。
神谷は微笑んで、どうぞと一言言った。
「ゆ、祐二くんは…、本当にかっこいい。見た目だってそうだし、振る舞いもそう…。演技も上手いし、笑顔も素敵だと思う。俺も平井田と一緒だ…。祐二くんが笑いかけてくれただけで舞い上がりそうになるし、俺はこんな、三十代のおっさんなのに、なんか胸が、きゅんきゅんする…。き、キスだって上手いし、祐二くんに触られると、なんか、何も考えられなくなって、心地良い…。たぶんときめいてんだと思うし、恋心だって言われたら、そうなのかもしれない」
神谷は想いを寄せる宇佐美の心の内を話されて、胸の奥がざわざわしていた。
喜びのすぐ後ろにいる、気付きたくないリアルが、神谷を包み込もうとしていた。
「でも俺は今日、祐二くんよりも会いたい奴がいる」
続いた宇佐美の言葉に、神谷は瞬きをすることしか出来なかった。
「俺は今瀬戸に会いたい。あいつが必死で戦ってるところを見たい。あいつは祐二くんみたいな、王子様なんかじゃない。祐二くんは、さっきの平井田みたいに、そこにいるだけで誰かを笑顔に出来る。でも俺や瀬戸みたいな芸人は、自分の身を削って、汚れながら努力して、それで初めて、やっと誰かを笑顔に出来る。芸人なんて、俳優さんからしたら、かっこ悪いかもしれない。変な衣装着てコントしたり、気持ち悪い生き物食べさせられたり、落とし穴に落とされたり、散々な目に遭うけど、全部お客さんとか、テレビを見てる人に笑って欲しいから、人生かけて真剣にやってる。俺はそれが最高にかっこいいって思ってる。女の子に甘い言葉を紡いでる祐二くんよりも、ふざけたコントしてる瀬戸の方がきらきらして見える。今日はあいつが、今まで努力してきたことをぶつけて、認められる一番大事な日なんだ。俺は祐二くんよりも、瀬戸のことを応援したい。…その、同じ芸人としてとか、同期だからとか、思うかもしれないし、これって、べつに恋愛の好きとかじゃないような気もしてくるんだけど…、」
宇佐美は気まずくなって頭をぼりぼり掻いた。
そしてずっと黙って聞いていた神谷を見る。
神谷はふっと優しく笑った。
「…それは恋ですよ。だって、きらきらして見えるんでしょう」
「…うん……」
「俺も弘樹さんが、そう見えるから」
「……祐二くん、」
神谷は宇佐美に近付くと、またそっと腕を回して抱き締めた。
「さようなら、弘樹さん。いつも酷いことしてごめんなさい」
宇佐美は神谷の静かな声を聞いて、なにか熱いものが込み上げた。
「…俺の方こそ、ごめん」
神谷は、宇佐美を包み込んだこの腕を離したくないと思った。
このまま連れ去ってしまいたいと強く願ったが、心まで攫うことが出来ない空しさを感じて、胸の奥へ無理矢理押し込める。
代わりに宇佐美の髪の毛を優しく撫でたのだった。


劇場の客席へ先に座っていた平井田は、なかなか来ない宇佐美のことを思ってそわそわしていた。
周りをきょろきょろ見渡すと、満員の客席が目に入るが、宇佐美はなかなか姿を現さない。
「もぉーウサさんったら…!もうすぐ始まるのにぃ−、」
腕時計と入場する扉を何度も交互に見ていたが、とうとう宇佐美が来ないまま、客席の照明が落とされた。


宇佐美はタクシーで駅まで向かうと急いで新幹線に乗り込んだ。
東京駅への到着は夜の九時を回るが、瀬戸が決勝戦に残っていれば直接会場で応援は出来る。
宇佐美はタブレットで大会の放送を見ながら心臓をバクバクさせた。


「一番面白い一人芸を決めるOP芸グランプリ!!ついに最終ステージとなりました!」
熱気の凄い会場内で司会のアナウンサーが興奮した様子で口を開く。
「最終ステージで戦うのはこちらの四名です」
大きなモニターに勝ち残っている四人の芸人の名前が映る。
「Aブロック、前回の王者を倒したFFB山岡!Bブロックからは、芸歴たった一年でここまで来た!縦地冬美!Cブロック、何度目のファイナリストか!今度こそ王者を目指す若竹!そしてDブロック!長年連れ添った相方、今夜は最大の敵だ!FFB瀬戸!この四名の中から!OP芸を制する王者が!今宵誕生します!」
アナウンサーの言葉に、残った芸人も、審査員も真剣な顔になる。
「えー岡崎さん、最終ステージの面々、どう思われますか」
司会に振られて、岡崎は自分の席から前のめりになって口を開く。
「いやー、今回はなかなか凄いなぁ。若竹さんの若手に負けへんって思いがビシビシ伝わってくるけど、縦地がそれを下剋上できるんちゃうかーみたいな勢いもあるし…」
「FFB二人ともが残っていることに関してはどうでしょう」
「単純に凄いよな!本人たちも、より高まるんちゃうかなーって思うけど。今までにないパターンやしなぁ。ヤラセかぁ?」
岡崎の呟きにすかさず隣りにいた夏目が口を開く。
「桜テレビだからヤラセだよ」
「えーヤラセではございません!」
アナウンサーが苦笑いで二人の黒いジョークを止める。
「ではネタ披露の順番を決めていきたいと思います!」
大きなモニターに映された四人の芸人の名前がランダムに動く。
審査員長がボタンを押し、ルーレットで順番が決まるようになっている。

『一番目はFFB山岡!二番、縦地冬美!三番、FFB瀬戸!そして最後に若竹!』
新幹線で東京に近付いて来た宇佐美は、画面と時計を交互に確認した。
「三番目…なんとか間に合いそうか…」
心臓はバクバクしていた。
神谷を振ってから瀬戸の元へ向かっているのだ。
なんとしても間に合わなければ、神谷にも失礼になる。
瀬戸が優勝すること、その瞬間同じ場所にいられることを宇佐美は胸の内で願った。


『私ィ、今は仕事が恋人って感じかな−?休日もぉ、エステとかぁ、ネイルとかぁ、忙しいし。うーん。ほら、最近ドラマでもあったじゃん?私、結婚しないんじゃなくてできないんです…、って…え?あ、逆!あはは!やっだ、それじゃあただの行き遅れじゃーんうふふ、やだもう』
宇佐美がタクシーに乗ってテレビ局に向かっていると、とうとう二番目の縦地がネタを始めた。
「う、運転手さん、もっと速く行けませんか?」
「そんなこと言われてもねぇ、無茶な運転なんて出来ないよー」
運転手は、急かす宇佐美を迷惑に思いながらも、少しアクセルを強く踏んだ。

『縦地さん、今のお気持ちは?』
『いやーもう、こんなステキな場所でクズな女が出来て本当最高ですぅ』
ネタを終えた縦地がアナウンサーと話している。
宇佐美はタクシーから降りて急ぎながらテレビ局へ入っていく。
『では夏目さんにお話を聞いてみましょう』
『まぁテレビで見て前から思ってたんですけど、近くで見てもやっぱりブスだなーって思いましたね。でもまぁブスがやって初めて笑いになるネタなんで、面白かったです』
『いやっ、私べつにそんな自分のことブスだと思ってませんけどー!』
『大丈夫、ちゃんとブスだから』
『ちゃんとブスってなんなんですか!え、なんで夏目さんに振ったんですか?私あの人嫌いです!』
『おいコラ落とすぞブス』
『ひーーー!!!』
『審査員の皆様には公正な審査をお願い致します。えー、では一旦CMです!』
CMに入ったところで、宇佐美はタブレットを観るのをやめた。
スタジオに向かって走る。
「ウサちゃん!どうかしたの!?」
すごい速さで走って行く宇佐美を、後ろから呼ぶ声がする。
振り返るとプロデューサーの八田だった。
「八田さん!OP芸ってどこですか!」
「こっち!こっち!」
今自分がいる場所と逆の方を指すので、宇佐美は慌てて八田の元に駆け寄る。
「八田さん、俺、現場で観たいんッスけど!入れますか!?」
「目立たないように入ってくれたらいいよ!若竹さんの応援に他の芸人もこっそり来てるから、そこに混じって!」
「ありがとうございます!!」
宇佐美は八田に案内されて、スタジオに飛び込んだ。

「FFB瀬戸さんです!どうぞ!」
ちょうど司会のアナウンサーがそう叫んだ。
暗転してから、ステージに瀬戸が現れる。
宇佐美は息を乱しながらも、間に合ったことにほっと安堵した。
瀬戸は着物を着て、ステージの真ん中に置かれた座布団に座る。
持っていた扇子を置いて、深く一礼した。
「いやぁー、どうも。硬亭竿勃と申します」
宇佐美はドキッとした。
瀬戸が今から披露しようとするネタのキャラクター、硬亭竿勃は、エロい落語をするという下よりの笑いである。
OP芸決勝の場で下ネタを出すのは、禁止されてはいないせよ、正攻法ではない。
審査員の岡崎や夏目も、瀬戸のネタの出だしを見た途端“逃げた”と捉えた。
そんな会場の空気に、瀬戸は口の端を上げて笑う。
「いやぁ、皆さん、期待してますねー。あの子なんて本当ムッツリな顔してる、可愛いのに本当怖いなぁ…。でも残念だけど−、いつものエロ落語はやめだ。なんたって生だから。変に口滑らしたら大変なことになる。今日はちゃんとした話をしましょう」
瀬戸は流暢に喋った。
唇が震えそうなのを隠して、周りは瀬戸の緊張を微塵も感じなかった。
瀬戸のネタはエロ落語を禁止して、普通の小咄をするがなぜだかいやらしく聞こえてしまう、巧妙に練られた疑似エロ落語だった。
普段のエロ落語ありきのネタだが、一段階上のネタを決勝戦にぶつけてきたことがわかる。
制限時間たったの四分。
そこに今の瀬戸の全てが詰まっていた。
瀬戸が喋ると会場全体が笑う。
宇佐美は鳥肌が立った。
努力している芸人はたくさんいる。面白い芸人だってたくさんいる。
しかし今この瞬間、一番日本中の人々を笑顔にしている芸人はただ一人。瀬戸だけだ。
「瀬戸……」
宇佐美は思わず呟いた。
置いて行かれている。素直にそう思った。
神谷に話した通り、宇佐美の目に映る瀬戸はきらきらと輝いていた。


その後若竹のネタ披露を終え、CMが明けたあと、ついに審査結果が発表された。
審査員七名が選んだ芸人の名前が順番にモニターに出され、それを司会のアナウンサーが順番に名前を呼び上げる。
「FFB瀬戸!FFB瀬戸!FFB山岡!若竹!若竹!FFB瀬戸!FFB瀬戸!」
瀬戸は目を輝かせて唇を噛んだ。
「決まったぁあーー!優勝はッFFB瀬戸ぉおーー!!」
アナウンサーの叫びに近い言葉とともに、勢いよく紙吹雪と銀テープが会場を舞った。
同じステージに立っていた相方の山岡は、自分が負けた悔しさを上回る相方の勝利への喜びから、強く瀬戸を抱き締めた。
がっちり握手を交わしている瀬戸の元へ、審査員長が優勝トロフィーを持ってやって寄る。
「瀬戸さん!!今のお気持ちは!!」
トロフィーを受け取った瀬戸に、アナウンサーが熱く質問をする。
「最高です!!俺を支えてくれた皆さんに、感謝の気持ちでいっぱいです!!」
普通の発言をする瀬戸を見て、審査員席で観ていた夏目は小さく舌打ちしてぼそっと呟いた。
「ド素人かクソつまんねー」
「嬉しいくせに何言ってんだ。あいつのこと可愛がってんだろ?」
隣にいた岡崎に言われて、夏目はふんと鼻で笑う。
親しい夏目が瀬戸を選ばなくても優勝出来た結果に、内心は喜んでいた。
「今のお気持ち、どなたに伝えたいですか!」
「なんだよあの質問」
「あれは司会が悪いから、そう言ってやんなって」
夏目と岡崎の会話が聞こえていない瀬戸は、笑顔で口を開く。
「同期の、獅子の宇佐美に!!」
瀬戸の言葉を聞いた途端、ずっと眺めていた宇佐美は我慢できずにステージに上がり込んだ。
「えっ!?」
「おっと…宇佐美さん!?宇佐美さんが応援に来ていたようです!!」
会場全体が、宇佐美の乱入に目を丸くする。
しかし一番驚いているのは瀬戸だった。
「う、ウサ、なんで…、大阪じゃあ…、」
瀬戸の言葉は、感極まって涙を浮かべる宇佐美を見て続かなくなる。
「このやろぉー…!!最高かバカヤローー!!」
宇佐美は思いきり瀬戸の襟を掴むと、驚いて半開きになっている瀬戸の口に思いきりキスをした。
「えぇええどういうことだーーー!!!?」
周りがさらに驚きの声を上げる。
「と、とにかくおめでとう!!OP芸今年のグランプリは、FFB瀬戸圭介さんでしたぁぁーー!!!」
周りがざわめいている中、司会のアナウンサーが締めの言葉を言って、番組は終わった。


「えっえっ!?今のウサさんでしたよね!?」
舞台を見終えた平井田は、宇佐美が来ないためもう一度舞台裏へ顔を出しに行った。
そこで神谷が観ていたテレビに、宇佐美が映っていることに目を丸くする。
「こっこれっ、生放送だし…っ東京ですよね!?えぇえなんでどういうことなのぉー!!」
慌てふためく平井田の横で、神谷はため息をついた。
「完敗……。地上波でキスしちゃうなんてなぁ…いつの間にあんな大胆になっちゃったんだか……」
神谷は椅子の背にもたれかかりながら、天井を眺めた。
遠くを見ながらも口元は、小さく微笑んでいた。



「お、驚いた…、ウサ、大阪だって言ってたよな…?」
番組が終わったあと、楽屋で瀬戸は宇佐美に言った。
「死ぬ気で帰ってきた…」
「あ、ありがと…」
二人の間に気まずい空気が流れる。
瀬戸は先ほどの宇佐美のキスに内心舞い上がっているのだ。
「あ、えと…、こ、のあと…時間あるか…?」
宇佐美から話を切り出すが、瀬戸は申し訳なさそうな顔をする。
「わり、夏目さんと約束してて……」
瀬戸の返事を聞いて、そっか、と言おうとした宇佐美の後ろの扉がバーンッと勢いよく開く。
「おい瀬戸ぉっ!今日のメシはなしだかんな!!」
突然登場したのは夏目だった。
宇佐美はこの間のことを思い出して焦る。
「えっ、え!?」
戸惑う瀬戸を、夏目は睨みつける。
「どーせそいつとヤんだろ!俺ァ山岡と肉行くから!」
「ヤっ!!?」
「ヤりません!!」
顔を真っ赤にする宇佐美を見て夏目は舌打ちする。
「なに処女みてぇに恥ずかしがってんだよビッチ!!猫かぶんのも大概にしろよ!!」
夏目はそう言ってまた扉を思いきり閉めて、嵐のように去って行った。
「…………………」
「……………うち、来る…?」
夏目の毒に慣れず呆然とする宇佐美に気を遣って、瀬戸はそう言った。


「なんか飲む…?」
「あ、いや…」
宇佐美は瀬戸の家に上がった。
瀬戸の家に来るのは、結婚しようと言われて振った時以来だった。
その時にはなかったOP芸のトロフィーが飾られる。
二人は向かいに座りながら、ぎくしゃくしていた。
「……あの…、来てくれてありがとうな…。嬉しかった…」
「お、おぉ……」
瀬戸はそれ以上切り出せなかったが、一体あのキスはなんだったのか。それだけが気になっていた。
宇佐美はそれを感じ取って、なんてことをしてしまったのかと羞恥にかられる。
しかし自分から話さなければ、と思い脚を組み換えて正座した。
正座に動揺している瀬戸を前に、宇佐美はゆっくり口を開く。
「お、おれ……!祐二くん、振ってきた…!!」
「えっ、うん……、えっ!?」
瀬戸はやはり二人がそういう関係にありつつあったことに焦る。
「俺、瀬戸とか、祐二くんに、甘えてた…。そんで、二人とも傷付けてた…っ。どうすればいいかわからなくて、めちゃくちゃ考えた…で、決めた。っていうか気づいた!」
宇佐美は真っ直ぐ瀬戸を見つめた。
「俺はもう瀬戸しか見ない…っ」
宇佐美の言葉に、瀬戸は心の内側がじんわりと温かくなっていくことに気付いた。
「ウサ…」
「って、いうか…、きらきらしてて、瀬戸しか見れない…!」
そう言って赤く染まった顔を隠すように俯いた宇佐美に、瀬戸は心を打たれた。
「ウサ……!!」
「わっ」
瀬戸は耐えられずに宇佐美に抱きついた。
瀬戸の勢いに、宇佐美は後ろに倒れる。
「せ、せと…っ」
「夢みたいだ…、OP芸も優勝して、ウサも傍にいてくれるなんて」
瀬戸はそう言って、近い距離で宇佐美を見つめた。
「好きだ、ウサ…」
「っ、ん……」
二人はどちらからともなく、そっとキスをした。



「あっあっあんっ瀬戸っあんっそこばっかやだ…っ!」
寝室に移動した二人はお互い裸になって触れ合った。
瀬戸は宇佐美の敏感な乳首を口と指でいじめる。
「あぁんっ瀬戸っあっあっひゃう…っあぁんっ」
「可愛い、ウサ…乳首だけでちんこぐずぐずじゃん…」
宇佐美のペニスはすでに我慢汁を溢れさせていた。
「これだけでイけるな、」
瀬戸はそう言って宇佐美の乳首に吸いつく。
「あっあぁんっやっあっまだ、イきたくな…っ、いっぱい、瀬戸としたい…っ」
「俺がそれだけでイきそうだって…」
瀬戸はそう言って笑うと、宇佐美の脚を開かせた。
ローションを出して、宇佐美のアナルへ垂らす。
「あんっ」
「めっちゃエロい…」
宇佐美のアナルは誘うようにひくひくしていた。瀬戸は指を挿入する。
「んんっ…」
「中うねってる、」
瀬戸はくちゅくちゅと指で中を掻き回した。
アナルを慣らしながら、瀬戸は宇佐美の顔を見る。
いやらしい音に宇佐美は顔を赤くしながらも感じていた。
そして瀬戸の視線に気付いてさらに恥ずかしそうにした。
「み、見んなよ…っ!」
「どこ見てもエロいけどな…。乳首も、ちんこも、ここも…」
宇佐美は体全体で、気持ちがいいと瀬戸に訴えていた。
「あぅっ」
瀬戸の指が二本に増える。
「ふっうっ…あぁっあんっ」
瀬戸は中を弄くりながら、また宇佐美の乳首を舐める。
「ひぁっあっ!あっあはぁっ」
「乳首舐めると中きゅんきゅんしてる…」
「変、なこと…言うなぁっ!あっあんっ」
宇佐美はぎゅっとシーツを掴む。
今までは無理矢理されていると思うようにしていたが、それが解けた今、一つ一つの動きが快感であることに気付く。
刺激に貪欲になって、脚はどんどんだらしなく開いていった。
瀬戸の指よりももっと、欲しいものがある。
「お、願…っ瀬戸っ、も、挿れてぇ…っは、やく…っ」
「んー?」
「あっ、んっ、ちんこっ挿れてっ、あんっ瀬戸ぉ…っ」
瀬戸の胸の内で言葉に出来ない物が込み上げる。
瀬戸は微笑んで宇佐美の唇へキスをした。
そして勃ちっぱなしだったペニスを、宇佐美のアナルへ挿れる。
「あっあっ」
ぬぷ、と先端が入り込んできて、宇佐美はぞくぞくと震えた。
それがぐいぐい突き進んできて、宇佐美の腹の中を満たす。
「はっ、あっ、あん…っ、瀬戸っ瀬戸ぉ…っ」
そしてずるずると抜けていき、またごりゅっと中を抉るようにして突っ込まれる。
宇佐美は瀬戸のペニスが入っている感覚にひくひくした。
「あっあんっ瀬戸っあぁんっあぁあっ」
「ウサん中…、やば…っ」
瀬戸も息を上げながら腰を動かした。
もっと乱れる宇佐美が見たくて、前立腺を掠めるように突く。
「あっあぁっ!そこっあぁんっきもちいっあっあぁんっ」
「ウサ…っ」
瀬戸は宇佐美のピンッと勃った乳首を抓った。
「あぁんっ!」
びくんっと跳ねる宇佐美の中がさらに締まる。
「やっやんっあっあぁんっ瀬戸ぉっあぁっだめっあぁんっ一気にしちゃ、ぁぁあっ!」
宇佐美は絶え間なく来る快感の波に頭をぶんぶん振って瀬戸に訴える。
しかし乱れる宇佐美に感情が高ぶる瀬戸は、懲りずに乳首と前立腺を同時に刺激していく。
「あっあっ瀬戸っ瀬戸っ!あぁ〜〜っ!らめらって…っ!あたまっ、へんになるからぁっ!」
襲い続ける快感に怯えて宇佐美は泣いた。
やめてほしい刺激、しかしそれをずっと続けられる心地良さもある。
宇佐美は泣きながらも貪欲に瀬戸がくれる刺激を求めた。
「あぁっあぁっせとっせとぉっあぁんっきもちいっあぁんっ俺っ、おれっおかしくなるっあぁあっ!」
「ウサ…っ、ウサ、可愛い…っ」
瀬戸はそう呟きながら、宇佐美の中をごりごり突いた。
「ひっあっあっもっイッちゃうっおれイッちゃうからっああぁっイクぅっ」
宇佐美は凄まじい快感に耐えきれずに射精した。
びゅるびゅると勢いよく飛び出た精液は、全て自分の肌の上へ落ちる。
「はっあっ、はぁ…っ」
「ウサ…っ」
瀬戸は宇佐美の中からペニスを抜いた。
そして射精して息を乱している宇佐美の体を裏返す。
「せとぉ…っ」
「ウサ、」
尻を突き出させて、瀬戸は後ろから挿入した。
「んんっ」
「ウサ、ちんこ触らなくてもイけたな」
瀬戸はそう言いながら宇佐美のペニスに触れる。
「ひにゃあっ」
射精して敏感になっているペニスを擦られて宇佐美は変な声を出す。
「待っあっあっやめてっあぁあっちんこだめらからぁあっ」
「ちんこぐちょぐちょ、」
「ああああ弄っひゃらめっあああっひんじゃうっあああっ」
宇佐美はぼろぼろ涙を流し、開きっぱなしの口からも涎を垂らした。
膝をついている脚もガクガク震えている。
快感に溺れている宇佐美の腰を掴んで、瀬戸はがつがつ腰を振った。
「ウサっ、ウサっ」
「あぁんっやっあぅっ瀬戸っせとぉっ!あぁんっ」
「俺も、イきそう…、っ!」
瀬戸はそう言って速く動く。
「中出していい…?ウサ…っ」
宇佐美はぎゅっとシーツを握る。
「ああっ出してっ瀬戸の精液中に出してぇっあぁあっ!」
「はっ、あっ、ウサ…っ、あぁ…っ!」
瀬戸はぶるっと震えてから射精した。
宇佐美の中へどくどく注がれる。
OP芸のためしばらく抜いてなかった瀬戸の精液はとても濃く大量に出た。
「あっあぁ…っ熱い…っ瀬戸の…っはっ、ぁぁ…っ」
「はっ…ぁ、っ、ウサ…っ」
にゅぽっと瀬戸のペニスが抜ける。
宇佐美はとうとう支えきれず体を崩した。
蕩けた表情をする宇佐美の顔にそっと寄り、瀬戸はキスをする。
「ん…っ、ふ…、んぁ…っ」
舌を絡ませ合いながら、瀬戸は宇佐美のアナルへ指を挿入する。
指で掻くと、精液が卑猥な音を立てながら出た。
「ウサ…、俺いつもより、なんか気持ちいい…」
「ぁ、っ、ん、…おれも…っ」
何回も体を交えた二人だが、気持ちが通って初めての夜は格別だった。
「瀬戸、」
「なに…?」
「もう一回して…っ」
いつもなんだかんだで嫌がっていた宇佐美の素直なおねだりに、瀬戸は心の奥をぐっと締めた。
「かわいすぎ…」
瀬戸はそう言ってまた宇佐美にキスをした。



OP芸の優勝者は、翌朝8時からのニュース番組に出演するのが毎年恒例で、瀬戸も例外では無かった。
少し早めに起きた瀬戸は身支度を始める。
宇佐美はそれをベッドの上から眺めた。
「忙しいな、チャンピオンは」
「優勝者枠の番組っていっぱいあるからなぁ。これから嫌ってくらい俺をテレビで観るぜ」
「そーだな」
「ウサは?今日はオフ?」
「や、昼からパンパカパン…」
宇佐美はそう言いつつも、昨夜からずっと放置していた携帯電話を手に取る。
昨日スタジオに飛び込んだ時に電源を切ったままだったことに気付いて電源を入れる。
すると電源が入った途端、着信音が鳴った。
画面には平井田の名前が表示されている。
「あ、やべ…連絡すんの忘れてた…」
宇佐美は慌てて電話に出る。
「もしも、」
『ウサさん!!!何やってんですかぁ!!!』
あまりにも大きな声を出す平井田に、宇佐美は思わず携帯電話を耳から離す。
「わりぃ、昨日やっぱOP芸観たくて、」
『それは知ってます!!テレビで観ました!!そのことは後で話すとしてですね!その影響でウサさんも今日瀬戸さんが出演する番組に出るように声がかかったんです!!』
内容が聞こえた瀬戸も、宇佐美に目を向ける。
宇佐美はあからさまに動揺した。
「え、番組ってなんの」
『8時からの!!ニュース番組です!まさかウサさんと連絡取れないなんて思わなかったんで!!OKしちゃったんです!!』
「えええええ」
『早く支度してくださいいい!!』
平井田に急かされて、電話を切った宇佐美はベッドから跳び上がった。
「やべー!!瀬戸!服貸して!」
「なんでもいい?」
「もうなんでもいい!」
瀬戸はクローゼットから適当に出して宇佐美に渡す。
宇佐美は急いでそれに着替えるが、身長が低い宇佐美には、瀬戸の服は少し大きめだった。
「う、でけぇー…、袖捲ればいいか…っ!」
「……」
慌てながら着替えている宇佐美を、瀬戸は自分が用意する手を止めてじっと見つめる。
「なんで俺まで…っ、キスしたこと掘り下げられても困るよなぁ…!」
「……ウサ」
「あっ?」
焦っているところに声をかけられて、宇佐美は必死な顔のまま瀬戸の方に振り向いた。
「勃った」
「はっ!?…えっ!?」
瀬戸の唐突な言葉に宇佐美は耳を疑いつつも、瀬戸の股間に目を向ける。
瀬戸は穿いたばかりのパンツを押し上げていた。
「意味わかんねぇけど!?」
「ウサの彼シャツ状態見てたら…なんかキュンとして…」
「キュンってすんのは胸だろ!何ちんこ勃ててんだよ!バカ!」
怒りのツッコミをする宇佐美ににじり寄り、瀬戸は宇佐美を抱きしめる。
「お願い、行く前に一回抜いて…」
瀬戸が宇佐美の耳元でそっと囁きながら、耳を舐める。
「ひっあっ」
「口じゃなくて手でいいからさぁ」
宇佐美が赤い顔をして震えると、瀬戸はそれを見てにこにこ笑顔を向けた。
そんな瀬戸の頬に、宇佐美の張り手が食らわされる。

「いい加減にしろぉおッ!!!」

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