君が教えてくれた唯一のこと@


こたつに入れている足が熱くなって、左手を突っ込んでさすった。
数学のノートから机の上に置いてあったエアコンのリモコンに視線を変える。28℃にもなっていて、俺はエアコンの電源を切った。
「えー、切っちゃうの−?」
後ろから文句が出た。
振り向くと俺のベッドの上に寝転がりながら携帯を触っていた奈々枝ちゃんが茶色い眉毛をハの字にしていた。
白くて長い脚をパタパタさせて、奈々枝ちゃんは寒いと唇を尖らせる。
「そんな格好してくるからだろ」
奈々枝ちゃんは冬なのにこっちが寒くなるようなミニスカートをはいている。
「だってミニスカートしか持ってないんだもん」
奈々枝ちゃんはそう言ってミニスカートの裾をひらつかせながら、ベッドから降りてこたつの中に避難してきた。
こたつの中で奈々枝ちゃんの足が当たる。
俺は無視して教科書に目を移した。
「勉強してるの?」
「テストだからね」
「こんな時期に?」
「そうだよ」
「つまんない」
奈々枝ちゃんは頬杖をついて不機嫌な顔をした。
そして俺が見ていた数学の教科書を奪い取り、目を通した。
パラパラページをめくりながら、難しい顔をする。
「数学なんて出来なくったって生きていけるよ」
とうとう何もわからなかったのか、教科書を閉じて俺に渡してきた。
「それはそうだけど…。出来ないと生きていけない人もいるよ」
「だれ?」
「…数学の先生とか」
俺の言葉に奈々枝ちゃんは可愛い顔をして笑った。
「ごもっともだね」
「…………」

奈々枝ちゃんは近所に住んでた六つ上のお姉さんで、共働きでほとんど親が家にいないような俺のところに来てくれたりして小さい時からずっと遊んでもらっていた。
顔や言動が可愛い奈々枝ちゃんは、大学を途中で退学して二十歳の時に結婚した。
どっかの会社の社長で、結婚するなり東京に出て行った。
だけど夫になった男が不倫をして、たった二年半で奈々枝ちゃんの結婚生活は終わった。
だから奈々枝ちゃんはこんな田舎の実家に帰ってきていて、こうして暇つぶしに俺の家に遊びに来てはごろごろしている。

奈々枝ちゃんが閉じてしまった教科書をまた開き直していると、つんと頬を触られた。
振り向くと奈々枝ちゃんは微笑んでいる。
「タカ坊、かっこよくなったね。モテるでしょ」
「…まーそれなりに」
「ねぇ。もう初体験した?」
「てか…その呼び方やめろよ、こどもじゃないんだし」
「いいじゃん、タカ坊はタカ坊でしょ。ね、シた?」
こうなると奈々枝ちゃんは答えるまでぐだぐだ言い続けてくる。
長くなるのはわかってるから、俺は正直に答えた。
「シたよ」
「いつ?」
「中二の時」
「へえー」
奈々枝ちゃんは机に頭を乗せた。
茶色い長い髪がさらりと流れた。
いい匂いがする。
「なんだー。初めてじゃないんだ」
「なんで奈々枝ちゃんががっかりしてんの?」
なぜか気落ちしてる奈々枝ちゃんに目を向ける。
奈々枝ちゃんも俺のことを見つめ返してきた。
そして顔を上げるとまた手を伸ばしてきて、俺の頬を細い指でふに、っと軽く摘まんだ。
「それなに?」
奈々枝ちゃんはなんだか熱い目で見つめてきた。
「ほっぺた触るってことは、キスしたいってことだよ」
奈々枝ちゃんはそう言って俺の目を見た。
見つめ返すと、ゆっくり、目を瞑った。
俺は、俺からのキスをおとなしく待っている奈々枝ちゃんの顔をじっと見た。
可愛いのに、不倫されたなんてかわいそうだ。
「んもう、なんでして、」
焦れて目を開き文句を言いかけた奈々枝ちゃんに、俺はキスをした。
すぐ離れると奈々枝ちゃんは驚いた顔のまま俺を見た。
自分から言いだしたくせにそんな顔するんだな。
俺はとくに何も言わずシャーペンを握り直し教科書に目を向けた。
しかし問題を読む隙も無く、奈々枝ちゃんに襟を引っ掴まれて、キスし返された。
一回目も二回目も、奈々枝ちゃんの唇はグロスの味がした。
少しべたついて、グロスがついた唇って好きじゃないなって思ったけど、でもやっぱりその奥には柔らかいものがあった。

「あ、あっ…あん…ッ」
奈々枝ちゃんの胸は小さいけど、柔らかくて気持ちが良かった。
勉強しないといけないのに、って思いながら奈々枝ちゃんの体を撫でた。
小さい時からずっと一緒にいて、本当の姉のように慕っていた年上のお姉さん。
そんな人に誘われて、俺は普通に勃起できたし、結局他人なんだなって思った。
「ぁぁぁ…ッ」
奈々枝ちゃんは俺の背中に腕を回してきた。
細い腕。奈々枝ちゃんの体は小さい。
「ナオヒトさん…ッ」
奈々枝ちゃんは俺に抱き付きながら、知らない人の名前を呼んだ。
「………………」
それが誰なのか、まぁ大方元旦那なんだろうけど、そんなことはどうでも良かった。
もちろん最初から重く受け止めてはいないけど、奈々枝ちゃんが俺のことを好きなわけじゃなくて良かったって、内心ほっとした。

奈々枝ちゃんが布団の中に潜り込んで寝付いた頃に、携帯が鳴った。メールだ。
幼なじみで同級生の千葉からだった。
奈々枝ちゃんの隣に座ったまま携帯を開く。
もう寝た?
メールを読んでから時間を確認した。日付が変わりそうだった。
寝た。
そう返信すると、すぐに千葉から電話がかかってきた。寝たって言ってるのに。奈々枝ちゃんが起きてくるといけないから、俺はすぐに電話に出た。
『もしもしタカちゃん?遅くにごめんね』
「…どうかしたか?」
『わからない問題があるんだ…。ごめんだけど教えてくれない?』
「どれ?」
机に手を伸ばして教科書を取った。
千葉が言うページを探してパラパラ捲る。
『問5なんだけど…』
ややこしい問題だった。
長くなるだろうなと思ってベッドから降りようとすると、後ろから奈々枝ちゃんが腕を掴んできた。
「タカ坊ぉ、誰と電話してんのー?」
話し声で起きてしまったのか、奈々枝ちゃんは振り向いた俺の頬をつんつん突いて邪魔をしてくる。
「エッチしたあとに違う人と電話するなんてあり得なーい!」
「ちょっと…、奈々枝ちゃん」
俺は高い声で文句を言ってくる奈々枝ちゃんの口を手で押さえた。
『た、タカちゃん、ごめん、俺邪魔だったね!』
電話の向こうで千葉が焦っている。
全部聞こえているらしい。
「千葉、」
『ごめんね!俺自分で考えるから!お、おやすみ!』
千葉はそう言って慌ただしく電話を切った。
俺は通話が切れた画面を見てから、奈々枝ちゃんを睨んだ。
「誰?」
奈々枝ちゃんは笑っている。
「千葉だよ」
「なーんだ、ちーくんか」
もちろん奈々枝ちゃんも千葉のことを知っている。小さい頃は千葉の面倒も見てくれていたから。
「悪いことしたなぁ。てっきり女の子だと思ったから」
女だったら修羅場になるだろ。って思ったけどそれが狙いかと思ったらなんだか疲れた。
「まだ勉強するの?」
「もーいいよ、疲れたから寝る…」
俺は教科書を机に戻して、布団の中に潜った。背を向けた俺に、奈々枝ちゃんはくっついてきたけど、振り向くのはやめた。

翌朝、奈々枝ちゃんが泊まっていたことに気付いていなかった母さんが奈々枝ちゃんの姿を見て驚いていた。
「やだ奈々枝ちゃん。貴晴と一緒に寝たの?」
「うん寝たよー」
「やだわ、年頃の二人が!って言っても貴晴とじゃなんにも起こらないか。あはは!」
「あはは、起こんない起こんない」
「……………」
母さんも奈々枝ちゃんも笑いながら話を簡単に流した。
まぁ確かに、昨日と今日で俺と奈々枝ちゃんが変わったかと言えば何も変わっていない。なんにもなかったと言えばなんにもなかった。
俺と奈々枝ちゃんが部屋にいてどうでもいい話をする、それと同じようにエッチしたことを特別扱いしなければ、なんにもなかった。
なにをしたら、なにかがあったとなるんだろう。
「貴晴、あんた今日テストでしょ?ちゃんと勉強した?」
母さんは俺の前に朝食を出しながらそう言った。
「したよ」
「本当かしらね。奈々枝ちゃん、また勉強見てあげてね」
「だめだめー現役の方が賢いに決まってるよー」
奈々枝ちゃんは、本当に何もなかったような顔をしていた。

俺は登校するのがなんだかしんどかった。
テストだからではない。
千葉と顔を合わせるのが面倒だった。
千葉の勉強の助けを出来なかった俺は、なんて顔をして千葉に謝ったらいいのかわからない。
どういう言葉をかけたらいいんだ。
“昨日はごめん”
“奈々枝ちゃんが邪魔してきてさ”
そう言ったらいいのか?
面倒くさすぎる。
「おはよ」
下駄箱からシューズを出して履き替えていると、千葉の声がした。
顔を上げると千葉がそばかす顔を困らせて俺を見ていた。
「……はよ、」
「昨日はごめんね」
俺が悩んでいた言葉を千葉が口にした。
「奈々枝ちゃん、こっちに来てるんだね」
都会に出たままだと思っている千葉は懐かしむように言った。下駄箱に綺麗に入っていたシューズをそっと床に出して、脱いだ靴をまた綺麗に揃えて入れる。
「しばらくこっちにいるって」
「そうなんだ。なんか懐かしいね」
「…うん」
「そうだ、タカちゃん昨日何時に寝た?俺目が冴えちゃってさぁ。全然寝られなかったんだー」
千葉も今朝の奈々枝ちゃんみたいに、まるでなにもなかったかのように振る舞う。
結局、あの問題はわかったか?って、ただその一言だけなのに教室に着いても聞けなくて、とうとうお互いの席について、昨日の話は終わってしまった。

「………………」
あ。と思って、俺は一限目の数学のテストを解いている途中に、思わずシャーペンを持つ手を止めた。
昨日千葉がわからないって言ってたのと同じ問題がある。
俺は斜め前の席の千葉のことを見る。
猫背になりながら手を動かしていた。
千葉、あの問題、わかったのかな。
心の奥がもやもやした。
これは罪悪感っていうやつだ。

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