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綺麗な水には慣れない

「お前、何を企んでるびょん」
「は?」

 突然投げかけられた問いに、名前は瞬きを繰り返す。お前、何を企んでるびょん。気になる語尾はまあスルーしておく。しかし、企んでいるとは果たしてどういった了見だろうか。名前は味方と思わせておいて実は敵でした、なんてありふれたパターンの人間では無いのだが。うーん、と唸っていれば、ぐるぐると威嚇される。早く答えろ、と急かされているみたいだ。最近の若者はせっかちだ、なんて自分のことは棚に上げる。
 しかし、心当たりはさっぱりないのだ。名前のヒーロー的行動を訝しむ発言はよく耳にする。偽善者だとか、裏がある、とか。酷い話だ。名前はヒーローのように強く優しい人間になりたいだけだと言うのに。野球選手になりたいから、バットを持って素振りをする。ヒーローになりたいから人に優しくする。どちらも夢に対してひたむきに努力しているだけ。前者も後者も変わらないだろうに。
 名前は困ったような顔をして、摩訶不思議な問いかけをしてきた彼らを改めて視界に入れた。伸びた八重歯が印象的な柄の悪い男子生徒と、それとは裏腹に教室の隅で本を読んでそうな物静かそうな眼鏡の青年の2人。見る限り、全く真逆のタイプだ。しかし、彼らは全く同じ目をしてこちらを睨みつけてくる。悪意、警戒、戸惑い、殺意、嫌悪、嫉妬、エトセトラ。細かいところまでは分からないが、いい感情では無さそうだ。

「企んでるって何が?」
「しらばっくれるなびょん!お前が骸さんについていろいろ嗅ぎ回っているのは知ってんだかんな!」
「骸さん……六道くんのこと?」
「気安く名前を呼ぶな!」
「そんな名前を言ってはいけないあの人みたいな言い方しなくても……」

 曲げていた腰を伸ばして、うーんと伸びる。ぴりぴりとした視線が背中に突き刺さる。名前の返答にどうやら納得がいっていないらしい。

「六道くんにはこの前助けて貰ったからそのお礼をするために、あちこち聞いて回ってただけだよ。友達……なのかな?」
「はあ?何調子乗ったこと言ってんだ、こいつ。柿ピー、やっちゃっていいよな?」
「めんどいからやめなよ」
「なんでだよ……!!」
「理由は何も聞いてないけど、骸様も何か考えているかもしれないし。勝手なことはできない」
「うっ……!!」

 彼らの言う骸様とは、名前が最近話すようになった六道骸のことだろうか。彼らは六道の下の名前に"様"や"さん"などの敬称をつけて呼ぶ。上下関係の見える呼び方だ。"さん"はともかく、"様"とは随分と畏まっている。話の内容から見るに、六道の言葉はこの2人にとって絶対とも思えた。それほど慕っているのだろう。

「君たちも六道くんの友達ー?」
「はあ?そんな生ぬるいもんじゃないびょん!!」
「じゃあ、舎弟とか?」
「……しゃてい?」
「面倒なことになるからもう話さないで、犬」

  眼鏡の青年が感情の無い目を此方に向けてくる。目の下のバーコードみたいなマークは何なのだろう。お洒落だろうか。
 名前は手に抱えたものを持って、よいしょーっと袋の中に放り込む。マスク越しに異臭が鼻を刺激する。

「ってか、お前何してるんだびょん」
「池の掃除!」
「くっさ!匂いがキツすぎて、ムカつくのに近づけねえ!」
「だから、そんなに距離とってるんだ。嫌われてるかと思ったよ!ワハハ!」
「嫌ってるのは合ってるびょん」
「え」

 名前は校庭にある汚い池の掃除をしていた。学校指定のジャージに、白いマスク、家から持ってきたゴム手袋、大きなゴミ袋。それらを持って、名前はまた池の中に突っ込んで、池の中のゴミを取り出しては袋の中に突っ込んでいく。
 池の傍には眼鏡の青年、そこから更に数メートル離れた位置に柄の悪い青年が立っていた。ちなみに、柄の悪い青年は鼻をつまみながら、大声で話してくれている。

「なんでこんなとこ掃除してるんら?」
「ここにものを落としたりとかしたら大変じゃん!臭いし、水も濁ってるから探すの大変でしょー?」
「こんな場所にものを落とす奴なんて、単細胞の馬鹿か、嫌がらせが理由とかじゃない限りはなさそうだけど」
「そうそう!池が綺麗になったら、落としても簡単に拾えるようになるし、落とそうとも思わないかなって思ったわけ!」
「お前、虐められてんの?」
「虐められてないやい!その哀れみの目はやめて!!」

 ジトっとした目で見られて、名前は反発する。いじめられてはいない。周囲からは奇異な視線を向けられたり、呆れられたり、引かれたりするくらいだ。あれ、なんか悲しくなってきたぞ。

「じゃあ、なんでお前がそんなことをする必要があるんだよ。お前に得ねえじゃん」
「得?そりゃあ、私がここを綺麗な池にすることによって苦しむ人が減ってくれればそれだけでいいよ!」
「うぇー、何こいつ。気持ち悪い」
「失礼な!私はヒーローを目指してるだけ!!」
「ヒーロー?ますますわかんねえ。柿ピー、こいつ変なやつじゃね」
「人のこと言えないからね!?」

 びょんという語尾や頬に乗ったバーコードやら、突っ込み所満載な2人には言われたくないセリフだ。名前が強く反論すれば、なんらとー!!とまた反発が返ってきた。話は平行線上に続きそうだ。

「見返りを求めぬ優しさほど信頼できない」
「だって、そういうのがヒーローってもんでしょ、柿ピー」

 そう言うと、眼鏡の青年は納得出来ぬような、それさえも面倒だと言わんばかりに、顔を逸らされた。視界にも入れたくないってことか。悲しい話である。
 しかし、仕方ないだろう。2人にとって理解し難くとも、これが名前の紛れもない本音だ。ヒーローが世界を救うのに、理由を見出すだろうか。人を救うことに、見返りを期待するだろうか。悪を挫き、弱きを助ける。助けを求める手は握って引っ張りあげる。それが、名前の信じる理想のヒーローだ。

「あ!お前、骸さんだけでなく、柿ピーまで簡単に名前呼びやがって!」
「なあに?犬くんも呼ばれたいの?」
「やめろ!!」
「そこまで拒絶する!?ちょっと傷つくんですけど!!」
「お前、やっぱり怪しいびょん!なんで俺らの名前まで知ってんら!」
「さっきお互いに名前を呼びあってたじゃん!」
「あ」

 柄の悪い青年、犬はそっと自身の口を手で覆い隠す。しかし、もう何もかも手遅れである。眼鏡の青年、柿ピーは呆れたように重々しくため息を落とすばかりだ。
 どうやら2人はますます名前を怪しみ出したようだ。犬はまた低い声で唸り始める。柿ピーからの眼差しは相変わらず冷たい。これでは、振り出しに逆戻り。友達の友達とは不仲だなんて、気まずいにも程がある。どうしたらいいのだろう。うーんと考えたとき、名前はふと思い出した。チョコをもぐもぐと咀嚼する六道の姿を。

「ねえ、チョコいる?」
「は?ちょこ?」
「六道くんもそんな反応してたよ。この前食べたらすごい美味しそうにしてたから、よかったらこれ渡しといてほしいな!」

 どうも六道は神出鬼没な男なようで、名前が探しても簡単に姿を現してくれない。そのせいか、彼のためにと思ってまた新しく買ったチョコを名前は渡せずにいたのだ。だが、この2人ならば、名前よりも六道と親しげに見える。名前よりも六道にチョコを渡してくれる可能性は高く感じられた。

「……骸さんが?」

 そわそわ。柄の悪い青年は興味ありげに落ち着きを無くした様子を見せる。非常にわかりやすい反応だ。
 名前は手に着けていたゴム手袋を外すと、自分のカバンの中を漁った。その中から目当てのものを見つけると、それをぽいっと眼鏡の青年に投げて渡す。眼鏡の青年はそれを難なく受け取り、じっと見つめた。

「なにこれ」
「麦チョコだよーん!」
「こんなうんこみたいなものを骸さんが!?」
「いや、うんこじゃないから!下品だな!」

 まあ、でも確かにそう言われたら、そう見えなくもないが。眼鏡の青年も柄の悪い青年と同じ思いらしい。小さなチョコの粒を見て、嫌そうに顔をゆがめている。

「流石にこれは……」
「もー!気になるなら食べればいいじゃん!そしたら、六道くんにも渡せるでしょ!」
「げえ、これを?」
「見た目だけで人も食べ物も判断してはいけません!」

 柄の悪い青年は渋々と袋を開け始める。なんだかんだで好奇心には抗えなかったらしい。恐る恐る手をつける姿は、先日の六道と少し似ていた。ふふっと声に出さず笑うと、名前は彼らに背を向けて、池の清掃の再開し始めた。
 暫くすると、背後から「うっま!!」と、感激したかのような声が聞こえた。思わずにんまりとした笑みを浮かべたのは、無理もない。しかし、名前はこの時気づかなかった。六道のためにと思って渡した麦チョコが、まさか2人の胃の中に全て収められることになるとは、夢にも思っていなかったのである。