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道を開く天災



「こんな生活いつまで続けるんだ?」

 スピナーは心の中でずっと積りに積もったその言葉を、吐き捨てた。
 敵連合の今の本拠地。人目につかぬような、寂れた小さな建物がそれである。死柄木はソファに座り、コンプレスは義手に触って調子を整えようと何とか足掻いている。トガとトゥワイス、名前は持って帰った金目になりそうなものをゴソゴソと漁っては遊んでいるようであった。ちなみに、名前が偶然CRCの屋敷内で拾ったコインはなかなか貴重なものらしく、売れば金になりそうだと言うのがコンプレスの見解だ。ちなみにそのお金は吐いてダメになってしまった彼女の服代に消えそうだけれども。

「終わるまでだよ」
「八斎會と協力してたら今頃寿司でも食ってたかな」
「冗談だろ」
「ハッハッハ、ただまァ、お国を騒がす敵連合の実像がこれとは憧れてくださる皆さんに申し訳が立たねえな」

 トガはネックレスを手に取り、首に当てる。似合うよ、といえばニッコリと可愛らしい笑顔が返ってきた。トゥワイスからはゴテゴテとした指輪を指に通される。大きかったので中指につけ直した。うーん、微妙。尖った唇がそう描く。
 すると、扉がガラッと音を立てて、開いた。そちらに視線を向ける。そこには、久方ぶりに見る荼毘の姿があった。

「荼毘先輩!!」

 名前は飛ぶように立ち上がり、ひょこひょこと彼を出迎える。素直に喜色を浮かべる名前とは打って変わって、荼毘はいつもと変わらぬ、温度のない眼差しで名前を見た。その青い視線は名前の中指に動いて止まる。

「なんだこれ」
「指輪!戦利品の1つです!」
「趣味悪ぃな」
「やっぱり?」

 荼毘のツギハギだらけの手が名前の指を攫う。そして、元々ぶかぶかだった指輪を名前の指から難なく抜き取った。それをまじまじと見た後、すぐさま興味を無くしたのか、ポイッとトゥワイスに投げる。トゥワイスはそれをキャッチし損ね、その代わりにトガが器用にその掌の中に閉じ込めた。嫉妬ですか、と尋ねる声は何処か楽しげだ。荼毘は誰が、と吐き捨てるように笑った。

「何だ全員お揃いかよ。律儀に仲間集め勤しんでンのな俺だけか」
「オメーは焼き殺し回ってるだけじゃねェか。1人でも連れてきたことあったか!?」
「ゴミしかいねェんだ。何の志もなくただ生きてるだけのゴミが多くてさ」
「人を見る目がないのでは?」
「てめェだけは黙ってろ」
「荼毘先輩、怪我とかはないの?大丈夫?」
「んなヘマはしねぇ」

 壁に寄りかかって立つ荼毘の横に、名前も真似するようにたつ。とはいえ、散々横に引っ付いてきた割には何も言わず、ただチラチラと彼の顔を伺ってくる。そんなソワソワと落ち着きのない彼女に荼毘は心底うぜえ、絶対めんどくさい事考えてんだろ、という感情を素直に表に出していた。

「なんだよ。言いたいことがあんなら早く言え」
「えっ!なんであるって知ってんの!」
「お前、もう少し自分のわかりやすさを理解してたがいいぜ」
「荼毘先輩は私の事なんでも分かるんだね!」
「俺じゃなくても大体のやつはわかると思うけどな」
「もー!照れなくていいんだよ」
「うぜえ」

 うんざりしたような顔をしつつも、荼毘は名前から離れることはしない。どこにいってもついてくるだろうという予想は立てていたし、ソワソワしつつもニコニコと久しぶりに荼毘と会えたことを素直に喜ぶ彼女に何だかんだで絆されてしまっている部分もあるのだろう。荼毘本人としてはそんなことは無いと首を横に振るであろうが。

「どこ行ってたの?」
「あちこち」
「何してたの?」
「お前らと違って真面目に勧誘」
「誰と会ったの?」
「色々」
「例えば?」
「ゴミ」
「うぅっ!えっと、うーんと、」
「尋問みたいだな。めんどくさい彼女かお前は」
「か、彼女だなんて、えへへ」
「都合のいい部分ばかり拾うな」

 テンポのいい質問のオンパレードに荼毘は辟易している様子であった。味気のない返答に名前も、これは詳しく教える気が無いな、とようやく気づいた。
 荼毘には名前の感情が筒抜けなのに、名前は荼毘が何を考えているのか、さっぱりと分からない。少しでも理解できたら、彼に寄り添えるのにな。そんなことを思いながら、次は何を聞こうとうーんと悩む。
 そんな彼女を荼毘は横目で何も言わずに眺めていた。そこには呆れの色も混じっているが、普段の荼毘を知っているものからしたら、その視線も優しいものだ。それに、当人は気づかず、頭を抱えているものだから、不思議なもんだな、とスピナーは他人事のように思う。なんせ他人事でありたいので。

「黒霧が捕まってもう一ヶ月くらいか」

 死柄木がポツリと何気なく呟く。
 黒霧はオール・フォー・ワンが死柄木のために残してくれた"力"というものを手に入れるために単独で動いていた。しかし、その最中黒霧はヒーローたちに捕まってしまったのだ。死穢八斎會との戦いで仲間を失った、ヒーローに仲間が捕まった、大きな力を持つオール・フォー・ワンもいない。正直にいえば今の敵連合は弱いのだ。

「結局失敗しやがった。おかげで"ドクター"探しも難航中だ」
「お守りの黒霧さんがいなくなって寂しいねェ弔くん。ねえ、"ドクター"ってどんな人なんですか?」
「先生の主治医だよ。用心深い人でアジトのパソコンでしかコンタクトを取れなかった。脳無の開発と管理もあの人がやってた」

 つまりは、オール・フォー・ワンを支えていた縁の下の力持ち的な存在であったのだろう。確かにこれから敵連合の力をつけていくとしたら、必要不可欠となる人材と言えよう。
 問題は彼がどこにいるのか、というところだ。

「いくら用心深いっつったってよー、アピールしてくれてもいいのにな」
「寂しいの否定しなかった」
「仕え先の愛弟子が絶賛放浪中なんだぜ!?」
「トガちゃん、しっ!だってあんなにお世話になったんだもん。トム部長も寂しいに決まってんでしょ!」
「うるせえぞ、お前ら」

 からかいすぎたのか死柄木から睨まれたので、名前はぴゃっと荼毘の背後に隠れた。荼毘は我関せずと言った素振りで欠伸を漏らしている。

「…なァ、俺たち一体どこに向かっているんだ?」

 そんな中、先程から黙り込んでいたスピナーが口を開いた。

「俺はステインに触発されてここにいる!」
「はぁ?」

 スピナーの突然の発言に、死柄木は眉を顰める。しかし、それに構わず彼は言葉を続けた。

「前時代的価値観の残る田舎で、トカゲやろうと蔑まれ育ってきた。それが当たり前だと思っていた!俺の心には何も無かった」

「夕方の報道番組でステインの最後を見るまでは!」

「彼は世界を変えようとしていた!1人で!」

 スピナーの咆哮は止まらない。1歩、また1歩と前に出る。この時名前は、CRCの屋敷で彼が吐露した焦燥を、燻りを、思い出した。

「あの時俺は初めて世の中が窮屈なんだと知った。いても立ってもいられなかった!そしてここにいる!」
「なんだ。空っぽのコスプレ野郎じゃねぇか」
「そうだよ、俺ァスッカラカンなのさ!」

 相変わらず優しくない横槍を入れる荼毘を、名前は突く。ふと目があう。首を横に振ればため息をつかれた。
 スピナーは死柄木の元まで来ると、その胸元を掴みあげる。そして、心のままに問うた。叫んだ。訴えた。

「だから、このだらけた現状が分からねえ!どでけえ風穴ぶち開けられると思ってた!答えてくれ死柄木!俺たちはどこに向かっているんだ!?」
「だから…じ……」

 それは、死柄木が答えを紡ごうとしたのと同時の出来事であった。
 ドドドドドド、と。その言葉通りの地響きが、この建物を、敵連合を襲った。突き上げられるような揺れを体全体で感じ取る。うわ、と名前が不安定にバランスを崩しているうちに、周囲は皆警戒態勢をとり、外に飛び出していた。名前もついでと言わんばかりに荼毘に手を引かれ、建物から抜け出す。建物から出る時、小さな石が頭に落ちてきた。痛い。相変わらず不運である。

「探したーーー…やっと見つけた。ずっと合図を待っていた」

 外に出ると、目の前の地面がひび割れ、盛り上がっていくのが目に見えた。嫌な予感に身の毛がよだつ。

「お前がオール・フォー・ワンを継ぐ者か」

 凶悪的な巨体。絶対的力を感じさせる存在感。ビリビリと痺れたように震える空気。名前はそれを目にした時、ゾッとした恐怖を覚えた。
 崩れた瓦礫と共に、立ち込める砂埃の中に、怪物がいる。死柄木がつい先程話していた、黒霧の探していた力というワードが、脳裏を過った。

「これが力かァ…!?黒霧!」
「どういう事だよ」
「黒霧さんこんなの求めて旅立ってたのか!?」
「先生が遺してくれた戦力らしい」

 いや、とは言っても、これは本当に。

「で、でかっ!!」
「捻りのない感想だな」
「いや、ここまで大きかったらそんなもんしか出てこないって!」

 開いた口が塞がらない。人って驚くと本当に口がだらしなく開いてしまうものなのだと、改めて認識した。それほどの衝撃だった。

「俺はオール・フォー・ワンに全てを捧げる。さァ…後継、その価値お前に在るのか示してくれ」
「は?」

 その後、敵連合を襲ってきたのは、その容姿に見合った圧倒的な"力"だった。