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コンパスの指し示す先


 ドン詰まりだった敵連合の物語は、ここから加速していく。

「なぜ…あんまりだーーー…」

 コンプレスがぽんと飛ぶ。暴れる巨体によって。

「主よ、なぜだァアアアア!!?彼は、弱すぎる!!!」

 怪物は嘆いていた。悲しんでいた。涙を垂れ流しながら。その光景は、もはや異常だ。ホラー映像と言っても過言ではない。

「Mr.大丈夫!?」
「ああ、名前ちゃん、危ないから君は下がっていたがいい」

 倒れたコンプレスに名前は駆けつける。彼はボロボロな状態であったが、名前の手を借りて、フラフラとしながらも立ち上がった。トガも、トゥワイスも、同じように怪物から吹き飛ばされていた。足元を歩く蟻を潰すような感覚で、あまりにもあっさりと。
 なんなのだろうかあれは。強すぎる。そして、味方ではなかったのか。名前も、他の連合メンバーも呆然とするしかない。

『が……き』

 すると、怪物が置いたラジカセから声が聞こえる。途切れ途切れのそれはようやく言葉になろうとしていた。それに、耳を傾ける。

『困っているようじゃな、死柄木よ』
「ドクター」

 ラジカセから聞こえた声。それに対して死柄木が答えた単語に、ほかのメンバーはぎょっとした反応をして見せた。

「ドクター!?探してたっつうドクターか!?」
『お友達も揃っとるようじゃな。元気かね?』
「ああ。ただ…一秒後にはミンチかも」

 怪物が両腕をあげる。ラジカセから怪物に意識を向けた。
 その瞬間、死を予感した。戦闘に乏しい名前でさえもこの状況が不味いと感じ取ったのだ。
 持ち上がった腕が地面にぶつけられる。その瞬間その拳から広がる衝撃波。それは、地面を抉り、切り裂き、こちらを襲いかかってくる。

「受け入れたいのに、だめだ、AFO。俺にはこいつ受け入れられない」

 ふわっと体が浮く。崩れた瓦礫と一緒に。視界が高くなる。そして、宙に放り出された体は重力に引っ張られていく。化け物だ。たった一振でこの威力だもの。死ぬ。死んじゃう。精々チンピラから身を守るくらいの能力しかない名前は何も出来ない。襲い来る暴力に身を任せる他ないのだ。

「ひい……!!」

 すると、ぎゅっと目を瞑るだけの名前の体を、焦げた香りと熱が包み込んでくれた。恐る恐るとまぶたを開けると、名前と同じように地面から放り出された荼毘が、震える彼女を抱きかかえてくれていた。

「しっかり捕まってろ」

 名前はその指示に頷き、彼の胸元にしがみつく。世話がやける、と呟く声はいつもと変わらない。この状況下でも冷静なのかと、感心しつつもキュンとする。空気を読めよお前の心臓、と言われるかもしれないが仕方がないだろう。吊り橋効果だ。もう惚れてる身に効き目が有るのかどうかは知らないけれど。

「なんだってンだよ…!!」
『そいつはギガントマキア。かつて身辺警護としてオール・フォー・ワンを支えた男じゃ』

 この状況の中、冷静に説明するのか。ドクター、どんな神経をしているんだ。内心ツッコミを入れたところで、ラジカセから聞こえる声は止まらない。

『AFOが最も信頼する人間の一人。尋常ならざる耐久力を持ち、複数"個性"所持に改造なしで適応している』

 荼毘は名前を抱えたまま、割れた地面の破片に着地した。ありがとう、と言えば、重いと返された。地味にショックである。それはともかく、他のメンバーも何とか無事なようだった。

『オールマイトに勢力を削がれ敗北を予感したAFOはそいつを隠した。実に周到!おまえを拾って数年後の話よ。自身がどうなろうとも、夢を、意志を、終わらせぬ為じゃ』
「そんな優しープレゼントには見えねェンだが気のせいか?」
『良い目じゃ。荼毘よ、その通り!』

 荼毘が名前を降ろす。下がってろ、と言われ、足を数歩後退させた。青い熱が彼の元に集まっていく。
 
『ギガントマキアは忠誠心が強過ぎるあまり絶望しておる!かつての主と死柄木との落差に』
「気に入って貰えるよう頑張ろうってか?」

 荼毘の手から青い炎が勢いよく吹き出して、ギガントマキアを襲った。後ろにいる名前でさえも、熱さを感じるほどの灼熱だ。その絶望的な巨体を青が大きく包み込む。
 しかし。

『それは無理じゃよ。今はな、どれ…』
「効いてないですよ、荼毘くん!」

 荼毘の炎に焼かれたギガントマキアは何事も無かったかのようにそこにいた。トガの言う通り炎が全く効いていない。だが、荼毘の広範囲に渡る炎による攻撃はこの敵連合でも重宝されるほど強力だ。それを物ともしないとなると、尋常ならざる耐久力という言葉も納得せざるをえなかった。これをどうやって倒せというのだろうか。

『マキア…』

 すると、その声を聞いた瞬間、ギガントマキアの動きが変わった。先程まで敵連合に容赦なく攻撃していた手を止め、彼の意識は声の発信源であるラジカセに向けられる。それを、大事そうに手に持つと、スリスリゴロゴロと大人しく頬擦りをし始めたのだ。絵面が酷い。でかい猫に見えないこともないが。

『AFOの録音音声じゃ。これで落ち着いたじゃろ?』
「要らんぞこんなん」
「認めてもらったら、トム部長にもあんな風にするのかな」
「心底お断りだ」
『要らん!?お断り!?この期に及んでまだ望めば手に入ると!?』
「あ?」
『黒霧と長く居すぎたな。目を覚ませ』
「ドクター、なんだよつれないな」
『フム…少々待っとれ。よいせ…』

 すると、ラジカセから声が止まった。死柄木の拒絶に怒っていたみたいだが、大丈夫なのだろうか。

「トム部長、ドクターに謝りなよ。でかい猫増えてもいいじゃん!私もお世話手伝うからさ!」
「お前にはあんなのが猫に見えるのか?どうかしてるぜ」
「でもさあ、……うっぷ」
「おい、汚ねえな……っ!?」

 その瞬間、嬉しくない懐かしさを覚える感覚が口の中に広がった。襲い来る吐き気。口から漏れる、黒い液体。神野でAFOが使った個性だ。なぜ今これが発動しているのか。そんな疑問を頭に埋めつくしながら、黒い液体は、名前たちを包み込んだ。

『さてと、少し話そうか』





「ゲボ、ゴホ、……ここは…っ?」

 目を開けると、自分たちのいた場所が先程と変わっていた。外にいたはずだが、今いる場所はひんやりとした冷たさを覚える室内だ。地面には管のようなものが張り巡らされおり、室内は視覚的にも空気的にも何処か薄暗かった。周囲には脳無が入った水槽のようなものが幾つも並んでいる。ゴポ、という水泡の音が静かに響いた。あまりにもおぞましい光景に名前は、ひえ、と声を上げて近くにいた荼毘に引っ付く。

「脳無…?これまでのと少し違う…」
「ほほう、分かるのか差異が!!ほほうほほう、やはり良い目を持っとるよ。そうじゃ違うんじゃこの子らは中位下位とは違うんじゃよ〜〜〜」
「すっごい嬉しそうに話してるよ、荼毘先輩」
「俺のせいって言いたいのかよ」

 まるで実験室のような、気味の悪い空間の奥。そこに、誰かがいた。椅子に深く腰をかけ、楽しげに、愉快そうに、唾を飛ばす勢いで言葉を連ねる姿。丸い眼鏡が薄暗い空間の中で光を反射している。

「最上位じゃよ。よりマスターピースに近づいたスーパー脳無じゃ!凄いじゃろう。これまでとは違うんじゃよ!!」
「ドクター、俺も頼みがあって探してた。ある"弾"を複製してほしい」
「髪が伸びたな死柄木よ!お父さんたちは元気かね?」
「ああ」

 死柄木の言葉で、推しについて語るオタクみたいに脳無について話すこの男が、"ドクター"であることを確信した。しかし、その姿ははっきりと見えない。うっすらとした黒いシルエットが見えるくらいだ。
 荼毘の背後から顔を出してじっと見つめていると、ふと眼鏡越しに彼と目が合った気がした。ちょっと気まずく感じたが、とりあえずニコッと笑顔を向けてみる。すると、ひゅっ、と息を飲む音がどこからか聞こえた気がした。

「あれがドクター?逆光で見えねえ」

 コンプレスが身を乗り出して、ドクターを覗き込む。
 しかし。

「来るな!!」

 すると、ドクターは勢いよくさらに部屋の奥へと身を隠してしまった。椅子ごと動いている。かがくのちからってすげー!おかげで、その姿は先程よりも見えなくなってしまっている。恥ずかしがり屋なのだろうか。

「ほっほ、すまんな。不用意に近づくな、いいな?近寄る時はいつ何時もワシからじゃ。破ればすぐに元にいた場所に帰しあいつにミンチにしてもらう」
「自分で呼んだんだろ。変なジジイだ」
「ねー!シャイかと思いきや、なかなかの過激派!」
「べ、別に不快な思いをさせたいわけじゃないんじゃ!名前、それは本当じゃ!すまんのう」
「え、私?なんかすごい謝られた。こちらこそごめんね…?」
「話が進まねえ」

 何故かとても申し訳なさそうに謝罪された。どんな情緒をしているのだろう。ちょっと心配になった。

「死柄木以外は初めましてかな?どこかで会っているかもな。ギガントマキア同様AFOの側近氏子達磨じゃ。今適当につけた名じゃ」

 この組織、本名を名乗る人が少なくはなかろうか。偽名で通していたり、適当に名前をつけたり、どんな倫理観をしているのやら。とはいえ、ヴィランにそれを求めるのもお門違いであることを、名前は気づいていない。

「さてと死柄木。招いてやったのは、AFOに免じての譲歩ゆえじゃ。ワシの命も技術もこの子らも、全ては偉大なるAFOに捧げたもの。おまえは今までそのおこぼれにすがっていたに過ぎない」

 ウィンウィンと音を立てて、氏子を乗せた椅子がこちらに戻ってくる。闇の中からうっすらと黒い影が姿を現そうとしていた。

「嫌っとるわけじゃない。ワシの為じゃよ。全てを捧げるに値するかどうか見極めたいのじゃ」

 丸いレンズから鋭い眼光がこちらを射抜く。死柄木を捉えている。名前はごく、と唾を飲み込んだ。

「何も為していない。二十歳そこらの社会の塵がワシに何を見せてくれるんじゃ?死柄木弔」

 それは恐らくこの敵連合の未来を左右する問いであった。それは、単なる力や、状況の話ではない。恐らく、これからの敵連合の指針となるもの。それは、心の話だ。