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当たり前の現実に今気づいたの


 チョコが嫌いな人。ゴキブリが大好きな人。幸運な人。不運な人。金で動く人。愛のために全てを投げ打つ人。秘密を抱えながらも器用に笑って生きている人。抱えた秘密に押しつぶされそうになっている人。世の中には色んな価値観を持った人がいる。

「おろろろろろろ」
「名前、お前また吐いてんのか」
「…んぐぅっ…げほっ、…ごめん…」

 異形排斥主義集団、通称CRC。現代のシーラカンス。その名の通り異形型の人間を差別し暴行に勤しむくそ野郎共だよ、と死柄木から教えてもらった。世界は広い。そんな組織あったんだ、と。名前は人知れず驚く。そりゃそうだ普通に生きてりゃ耳にしないもの、とコンプレスはケタケタと笑った。しかし、異形はあんまり好ましくない言葉だという。かしこまった場では使わない方がいいと、スピナーから助言を貰った。彼はゲームやちょっとした小ネタの知識を持っており、こうしてちまちま名前に教えてくれることが多々あるのだ。
 何故今回初めて知った組織についてこうも長々と語っているのか。別に教えて貰った知識をひけらかしたいわけじゃない。現在進行形にて、名前を含めた敵連合はそのCRCが住処としている屋敷を襲撃しているからだ。意味は読んで字のごとくである。
 それに対して、CRCの人たちはもちろんいい顔をするはずもない。特にスピナーに対しての侮蔑の眼差しはあまりにも酷かった。更にはここは聖域だのなんだのと抵抗してきたので、連合メンバーが問答無用で皆あの世に送り出した。おかげで、彼らの言う聖域とやらも彼ら自身の血により穢されてしまっていた。まるで、R指定の映画や漫画で見るような惨劇だ。
 というわけで、敵連合は今日も今日とて犯罪行為に手を染めている。なんせヴィランなので。
 
「宗教って儲かるんじゃねエのかよ!?」
「どこもカツカツなんですねェ」
「あー!折れた」
「俺の義手も軋みが酷い。義爛に新調してもらおうや」
「その金がねェんじゃねェのか!?」

 さて、何故敵連合がCRCを襲ったのか。答えは簡単、金がないからだ。強盗なんてスマートではない、とコンプレスは小言を漏らすが、背に腹はかえられぬ。金がなければ、折れたトガの武器を治すことも、コンプレスの義手を新しくすることも、食べることも、生きていくことさえもままならないのだ。
 とはいえ、ここも立派なのは見目だけだったらしい。金目になりそうなものは大してなさそうであった。皆、ゴソゴソと屋敷中漁り回ったが、結果としては肩を落とすばかりである。

「ついてこなくていいって言っただろ」
「病み上がりですから、安静にしててよかったんですよ」
「流石に何もしないでいるのは良心が痛むし…うぇっ」
「逆に手間を増やしてるだけじゃねぇか」

 そんな中、名前は袋に顔を突っ込んでゲーゲーと吐いている。スピナーがその背中を撫でてくれた。いつまでも世話の焼ける、という小言はまるでお母さんのようだ。
 最近ようやく回復の兆しを見せてきた名前は、皆のストップを無視して、この襲撃についてきた。目の前でバンバンと人が殺されて死にゆく様は、これまでのんびりと平和的に生きてきた名前には刺激がなかなか強かったらしい。溢れる血飛沫、飛び出す内蔵、簡単に引き裂かれる血肉。それを目の前にして、名前は気づけば皆の背後にて嘔吐していた。
 それに対して死柄木は、うわあと引きながらも、どさくさに紛れて名前に手をかけようとしたCRCの1人の頭を5本の指で触れる。すると、飛び散った血が名前の頭の上を覆った。噎せ返るような血の香りが鼻を強く刺激する。それでまた吐いた。死柄木は折角助けてやったのに、と不服そうだった。

「リアルだ…」
「見なきゃいいだろ。ほら、外出てろ」
「でも私、今回も何も出来なかったから、お金を探すくらいはしなきゃ…」
「虚ろな目で何が探せるってんだ」

 ぐしぐしと口元を拭く名前は、ふと隣に目をやる。そこにはトガが切り刻んだ1人の肉塊が転がっていた。ナイフに切られた肉の断面がくっきりと見えている。名前は再び袋の中に顔を戻した。吐きはしなかったが、胸から上に押しあがってくるムカつきはなかなか収まらない。
 こりゃあダメだ。そう言ったのは誰だったのか。頭を抱えたスピナーが、未だに嘔吐いている名前を引っ張って部屋を出た。荼毘がいない間、彼女のお世話係は未だ彼となっているのだ。

「少し落ち着いてきたかも…。はあ、秀ちゃんは大丈夫?」
「いや、それはこっちのセリフなんだが」
「だって、ここの人たち、秀ちゃんに酷いこと言ってたよ」

 名前の言葉にスピナーの目が大きく見開かれる。そして、深くため息をつかれた。

「今更だろ。こんなもん何ともない」
「秀ちゃんは強いねえ」

 名前は垂れた鼻水を啜り、力なく笑った。吐きすぎて体力が消耗しているからか、いつもよりも覇気がない。とはいえ、鉄臭い香りで充満したこの場で、その笑顔はとても不釣り合いに見えたことだろう。
 いつもと変わらぬ名前を見たスピナーは、彼女の名前を呼んだ。その口は酷く重々しいものだ。小さな瞳孔はこちらに向かず、ただ真っ直ぐと前を見つめていた。

「ひとつ聞く」
「うん、どうしたの?」
「お前、ここ最近の敵連合についてどう思う」
「どう思うって…?」
「なんか、だらけてるだろ」

 だらけてる、と。名前は馬鹿みたいにスピナーの言葉をただ繰り返す。袋を片手にスピナーの後ろを着いてくる名前はぱちぱちと呑気に瞬きをしていた。

「どこに向かってんのか分かんねえ状態だろ」

 金がない。何かするわけでもない。ただ時間だけが食い潰されて行くような感覚。それに、スピナーは焦りを覚えているようであった。
 しかし、名前はそれになかなかぴんと来ず、うーんと唸った。なんせ現状の敵連合がどうであるかなんてのは、個人の解釈によって変わる。Aちゃんはあの子のこと好きって言うけど、Bちゃんはあの子のこと嫌いらしい。なんて、似た話もよくあるのだから。それと一緒だ。スピナーが今の敵連合に不満を持っているからと言って、名前が必ずしもそうというわけではない。

「私は、皆が傷つかないならそれでいいと思うけどなあ」
「やっぱりお前に聞いた俺が馬鹿だった」

 名前の言葉はやはりスピナーの望むようなものではなかったのだろう。スピナーはがっくしと肩を落として、これ以上は何も言うまいと歩調を早めた。距離が開いていく。怒らせただろうか。スピナーは名前のことを怒ったり呆れたりすると、こうして物理的に離れようとしてくるのだ。ちょっと前に一緒に行動していたから、名前は彼のそんな癖も知ってしまっている。だから、名前は彼の後ろ姿を一生懸命追いかけた。

「心配しなくても大丈夫だと思うよ。案外世界征服まで出来ちゃったりして」
「金欠なのに?」
「今売れてる芸人もアイドルも、最初は貧乏だったってよく聞くし!元気だして、秀ちゃん!」
「前向きだなあ、お前」
「まあね!」

 スピナーは呆れたような顔をしてみせる。まあ、名前だしな。その一言で許されるほど、名前の甘ったれた思考回路は敵連合の中でも浸透してしまっているのだ。
 とはいえ、何と言われようともそれが名前の中の紛れもない本心だ。名前としては、敵連合で何か為そうと思ってはいない。ただみんなと一緒にいる、というだけのためについてきているのだから。名前自身の感性は一般の人と変わることは無い。そのため、誰かを傷つけたり傷つけられたりするよりも、このままぬるま湯に浸った日々を送れる方がいいとさえ思っている。停滞したままの現状に燻った想いを持て余しているスピナーにそんなことなど言えるはずもないのだが。

「はあ、荼毘先輩、会いたいなあ。今どこにいるんだろ」
「あいつ、1人で勝手に動くこと多いもんな」

 名前は自身の唇を指でなぞる。そこに残った遠い熱を追うように。
 幻だったんじゃないかと疑ってしまうような、濃い夜。寝込んでいた名前のところに荼毘が来て以来、そこから彼とは1度も顔を合わせていない。
 今荼毘は何をしているのだろう。何処にいるのだろう。よく考えてみれば、名前は荼毘のことをあまり知らないのだ。なんたって荼毘という名でさえも、今はそれで通しているというくらいだ。彼の素性は全くもって伺いしれない。

「ところでさ、荼毘先輩って何してるんだろう。いつもどこにいるんだろう。秀ちゃんは知ってる?」
「俺が知るわけないだろ。あいつのことなんかよく分かんねえし」

 スピナーはため息混じりに言う。その口調は何処か刺々しい。荼毘のオブラートを取払ったストレートな言葉は、スピナーの柔い心に傷をつける刃と成り果てる。つまりは、素直な悪口である。苦労してんだなあ、と名前は何となくその背中を撫でてあげた。子供扱いすんな、と反発されたが。

「私ってさ、荼毘先輩のこと好きな割にはよく知らないよね」
「別にそれはお前だけじゃなくねえか。それに、知らねえのも荼毘に限った話でもないだろ」

 確かにスピナーの言う通りだ。敵連合のメンバーは謎が多い。発言の節々からは薄暗い何かを感じることが多々あるのだが、名前はそれに深くは触れないようにしている。何せ人はそれぞれの生きてきた背景があり、異なる環境があり、意思があり、そして自分だけの生きる目的がある。自分では無い他人だもの、それがきっと当たり前だ。
 だけど、名前は今更になってようやく実感したのだ。名前と荼毘を繋いでいるのは、名前の彼を想う気持ちと、敵連合という存在だけということに。

「ハッ!?もしかしていい男ってのは、ミステリアスでなくてはならないという条件でもあるのでは!?」
「は?なんだ突然」

 ああ、でも。いい男だけど、それはそれでなんか寂しいな。名前はむうっと口を突き出した。スピナーはその先端を見つけて、また面倒なこと考えてるな、と眉間を揉む。

「…ミステリアスなのも、いい男なのも、それってお前が荼毘のこと好きだからじゃねえのか」
「あ」

 スピナーが繰り出した花丸100点の答えに、名前の目から鱗がぽろりと零れ落ちた。