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灰になった真実を貴方は知らなくていい


*今回の作中には残酷、残虐、暴力、グロ描写がございます。後々のお話で今回のお話は大体どういった内容だったのか分かるように致しますので、飛ばして下さっても問題はありません。苦手な方は避けて頂くようお願いします。




お化け屋敷の中は薄暗かった。荼毘の持つ懐中電灯を頼りに前に進んでいく。
舞台は病院となっているだけあって、消毒液のようなツンとした匂いが鼻につく。歩いている場所は病院の廊下らしき場所のようで、壁に人体模型が飾ってあったり、血に濡れた包帯が転がっていたり、あちらこちらから「助けてくれえ、薬はもう嫌だあ…!」と呻く声が聞こえてくる。その度に名前は「うひっ!?」と変な声を上げて隣にいる荼毘に引っ付くものだから、彼からしたら歩くのに邪魔で仕方ない。

「荼毘先輩、絶対離れないでね!?」
「歩きにくいから少し離れろ」
「つめたい!!!!通常運転!!!!でもここでは冷たくしないで!!!!」
「うぜえ」

ほんの少しの意趣返しでお化け屋敷に乗り込んだのはいいものの、名前はかなり煩い。いつもと変わらず、いや、いつも以上にうるさいものだから、荼毘はお化け屋敷に入り込んだことを早々と後悔していた。恐らくだが、名前は声を出すことで恐怖心を抑えるタイプのようだ。

「もう無理…怖すぎて無理…」
「語彙力なくなってるぞ」
「恐怖に支配されてる状態でそんなぽんぽんと言葉が出てくるわけないじゃん…」

名前はぎゅうっと荼毘の腕に抱きついてくる。振り払ってもいいが、更にうるさくなりそうなので荼毘は辞めておいた。それに、ビビる度に腕越しに名前の体が跳ねるのが、面白いのだ。

「次は霊安室だな」
「絶対やばいところじゃん!!やだよー!!行きたくないよー!!」
「じゃあずっとここにいろ」
「それもいやーーー!!」

名前が引っ付いているせいで、荼毘の体は重い。しかも、名前は荼毘の体に顔を押し付けているため、全く周囲に目を向ける気もないらしい。まるで介護である。荼毘は名前の体をズルズルと引きずりながら、霊安室の部屋へと入っていった。

そこで、荼毘はあることに気づいた。ピクリ、と鼻を動かす。消毒液の匂いと共に、鉄っぽい香りも混じってきたのだ。そう、荼毘だからこそ気づいた。死に近い匂いに慣れた彼だからこそ、この匂いの違和感に。

これは、血の匂いだ。

ここまで再現するのかと感心したのもすぐのこと。懐中電灯の明かりの向こうにぼんやりとした黒い影が見え、荼毘は足を止める。それに釣られて名前も足を止めざるを得なくなり、彼女は突然足を止めた荼毘に声をかけようとしたが、その前に彼の手によって口が塞がれた。

「むぐ!?」
「静かにしてろ」

あまりにも真剣に静かな声で言うものだから、名前はこくりと大人しく首を縦に振った。恐怖に支配された名前にとって、荼毘は唯一の心の拠り所なのだ。

「見れば卒倒するんじゃねえかってくらい怖い幽霊がいる」
「!?!?」
「俺が追い払ってくるから、ここでしゃがみこんで目を瞑り、耳を塞いで待ってろ」

名前は荼毘の言葉に首を横に振る。こんなところで1人にされるなんてとんでもない。名前も共に行くことを目で訴えるが、荼毘は面倒くさそうにため息をつくだけだ。

「いいのか?夜眠れなくなるぞ」

その言葉で名前の体は固まった。それを確認した荼毘は、名前の体を静かに下にしゃがみこませ、その手を耳に持っていった。

「俺がいいって言うまでここでそうしてろ」
「でも、」
「いい子にしてたらアイスを買ってやる」
「あいす…」

単純な頭の作りをしている名前は、先程食べ損ねたアイスの誘惑に釣られる。怖いのはやだ。アイスを食べたい。でも、一人でいるのはやだ。そんな迷いと不安が名前の瞳に浮かび上がっていた。

「ちゃんと戻ってくる?…置いていかない?」
「……しない」
「ほんとのほんと?」
「ああ」
「うん、わかった。約束だからね…!」
「……ああ」

震えるその体を慰めるかのように、あやすかのように。荼毘は自身のコートを脱ぐと、それを名前の体に被せた。名前はきょとりとした顔を見せたが、自身の体を覆う布が荼毘のものだと気づいた瞬間緊張で強ばった表情がほんの少しだけ緩んだ。そして、縋り付くように、そのコートを頭からすっぽりと被る。そして、荼毘の言った通り目を瞑り、耳を手で塞いだ。体も丸み込み、ダンゴムシのような格好になっている。
荼毘の言葉に従った名前の姿を確認して、荼毘はそのまま前へと進んでいく。懐中電灯を灯した先の方へ、視線を凝らして見てみる。

ぐちゃ、ぐちゃ。肉の裂く音。はあ、はあ。荒い息。閑静とした空間に、気味の悪い音が響いている。その音に近づけば近づくほど、血の香りも強くなる。ゆらりゆらりと不自然に動く黒い影に、光を当てれば。

「派手にやったもんだな」

赤い血飛沫に濡れた白い壁と床。辺りに散らばる肉片。元人間であっただろうと思える塊が転がっている。その中心に立つ、赤色に染めあがった男。それを、荼毘は無感動な目で見つめていた。
まるで、ホラー現場かなにかか。確かにここはお化け屋敷だ。しかし、目の前のこれは作り物じゃない。この赤も、血の匂いも、腐臭も、転がる死体も、その中心で新たな獲物を見つけて汚い笑みを浮かべる男も、確かな現実だ。

「あひゃ、あひゃひゃひゃひゃ」
「頭のネジ飛んでんな、お前」

そりゃあお化け屋敷から出てきた人たちもリアルだとか、殺されるかと思ったとか、言葉にするわけである。なんせ、これは現実であり、相手も殺す気でいたのだから。
土日の遊園地。しかもお化け屋敷という、密閉された空間。叫び声も、飛び散る赤も、振りかざすナイフでさえも、アトラクションとなりえる。ヴィランにとっては都合のいい場所だ。
今日は何人がこの男の毒牙にかかったのか。そして、何人がこの現場を見て素通りしていったのか。
ああ、なんて滑稽!なんて痛快なのか!この遊園地の中で一等に面白い。ジェットコースターよりも、コーヒーカップよりも、どのアトラクションよりも面白くて仕方がない。

だが、その行為に大義はあるのか。いや、ないだろう。

「なら、いらねえよな」

荼毘の手から炎が燃えあがる。それは、荼毘に襲いかかろうとした男に移り、ぼうぼうと音を立てる。その青色から「あひゃひゃひゃひゃ」と笑い声が未だ木霊する。うるさかったので、炎をまた追加すれば、声は笑いから苦しそうな呻きに変わる。そして、時間が経てば、黒い焦げに変わり果てたその塊は床に崩れ落ちた。
荼毘はそれを足で蹴りあげる。どうやら息絶えたようだ。

「さて、どうしたもんか」

辺りに散らばる肉片を見て、後ろの方でダンゴムシ状態になっている名前に思いを馳せる。
さて、これを見て名前はどんな反応をするだろうか。ショックを受けるだろうか、泣き叫ぶだろうか、逆に言葉をなくすだろうか、他の客のようにアトラクションか何かと勘違いするだろうか、それともーーー。
想像は尽きない。色んな表情を浮かべる名前、まだ見た事もない顔をする名前を脳裏に浮かべさせる。それは、とても面白い。面白いはずなのだが。

「乗らねえなあ…」

理由はわからないが、あの笑顔が消え失せる可能性にたどり着いた時、荼毘は即座にこの光景を彼女に見せることを却下した。気分が乗らない。そういう気分ではない。
全部燃やしてしまえばいいか。そう結論を出し、もう一度その手に炎を灯した時、何かが荼毘の目の前に飛び出してきた。

「あああ、なんで、なんでこんなことに……!!…頼む、生きてくれ…死なないでくれ……!!」

まだ生きている者がいたのか。この地獄絵図の中で生者がいたことに荼毘は少し感心した。
横から飛び出してきた男はあちらこちらに傷がついていてボロボロだった。何だか見覚えのある気がするのだが、それがなかなか思い出せないので荼毘は頭を捻る。
彼は床に伏す女の元に駆け寄ると、嗚咽を漏らしながら抱きついていた。残念ながら、女の方は息絶えているだろう。腹から飛び出た臓器を見れば、誰だってそう判断を下すに違いない。

「あ、あの、クルーの方ですよね。ありがとうございます。この人の仇をとってくれて…」

男は荼毘を見て、静かに謝礼を述べる。しかも、クルーと勘違いされていた。継ぎ接ぎの見た目のせいか、お化け屋敷の脅かし役員だと思われているようだ。全くもって違うけれど。
更にいえば、荼毘からしたら別に仇をとったつもりはない。ただ殺そうとしてきたから逆にそれを返しただけである。それだけなのに誠実に礼を述べられるのは、何だか変な心地であった。荼毘だって、彼の大切な人を手にかけた男と同じ、ヴィランであるのだから。

「もう少しで、結婚するはずだったんですが……ひっく…」
「へえ…」

何故か語りだした男に荼毘は適当に相槌を打つ。そろそろ迎えに行かないと名前が動き出しそうだと、少し焦っていた。早くこの肉片の始末をせねばならないのだ。
しかし、この男がどうも邪魔だ。纏めて燃やしてやろうか、なんてそんな考えが浮かんだ時。

「荼毘先輩ーーー!!まだーーー!?置いていってないーーー!?」

ああ、やはり動き出したか。後ろの方から名前の声が響き渡る。荼毘は頭を抱えたくなる気持ちを抑え、その手に炎を浮かばせようとした。
しかし、その前に男が呟いた言葉を耳にして、その手を一瞬止めた。

「名前……?名前の声か……?」

泣いていた男は名前の声を聞いて、その名を口にしたのだ。知り合いだろうか。それだと面倒だと感じた荼毘だが、そのあとに続いた言葉を聞いて確信した。

「やっぱり…名前のせいだ…名前のせいで、この人も死んだ…名前は死神なんだ…!あいつのせいで…!くそ!なんで…!別れたのに…!」

ああ、なるほど。荼毘がこの男を見覚えがあるわけだ。なんせ、彼はつい先日義爛からタブレットで見せてもらった記事に載っていた写真の男なのだから。
よくよく見てみれば、男の腕の中で血に濡れた女も同じ記事に写っていた。写真よりも今血で濡れた姿の方が随分と美しく見えるのは、やはり荼毘もイカれているからなのか。
荼毘は静かに笑みを浮かべ、改めてその手に青色を灯した。

「なあ、そんなにその女のことが好きなら、同じ場所に連れて行ってやろうか」
「は?」

荼毘の言葉に男は目を見開く。そこからポロリと大粒の雫がこぼれ落ちた。その瞳の中では、ゆらりゆらりと青色が狂気的に揺れていた。

「安心しろ。お前らを地獄に落とすのは、死神なんて大層なもんじゃねえさ」
「や、やめてくれ!!いやだ!!いやだ!!死にたくないぃぃぃぃ!!」

荼毘の周辺は青色の炎で包まれる。助けを求める男も、転がるだけの肉片も、お化け屋敷のセットまでも、轟々と燃える炎の餌食になる。ああ、またニュースで取り上げられるだろうか。荼毘はくつくつと喉を鳴らして笑う。

「そろそろ迎えに行かねえと」

何も知らない彼女は今頃泣きながら荼毘を待っているのかもしれない。愛した人の最後の悲痛な叫びも、検討外れな憎しみも、他の女に囁いた愛の言葉も。彼女は何も知らない。だが、それでいいのだ。

その全てを、荼毘は燃やしつくしてしまったのだから。