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一難去ってまた一難


「うわー、並んでるね」

名前が乗ろうと思って意気込んだアトラクションは随分と人気があるらしい。ずらりと人の列が伸びていた。土日だからか、遊園地に訪れる人の数も多いのだろう。気が遠くなるほどの長い列を眺めると、荼毘もうんざりとしてくる。

「これを待つつもりか」
「うん!」
「他にはないのか?」
「これが乗りたい!」
「本気かよ」

何を言っても聞く耳の持つ気のない名前に、荼毘はため息をつくばかりである。一体乗るのにどれだけの時間がかかるのだろうか。考えるだけでも疲れてくる。

「荼毘先輩、待つのあまり好きじゃない?」
「待つ時間が無駄だろ。詰まらねえし」
「そうかなあ…私、こうやって今か今かと思って待つの結構好きだよ」
「お前、打たれ強いよな」
「えへへ」

荼毘の言葉に名前は照れたように笑う。嫌味が嫌味として受け取られていないのが、何だか悔しく思えた。

「そっかあ。荼毘先輩、あまり待つの好きじゃないんだ」

ぽつり、と。名前が呟く。それだったら、待ち時間短い方がいいよなあと、名前は思った。ほんの少し彼のために願ったのだ。

「あれ?」

すると、不思議なことに列がぐんぐんと前に進み始めた。名前と荼毘は顔を見合わせながらも、前へ前へと進んでいく。

「あっちでショーが始まるんだって!」
「うっ!お腹が……!」
「お腹すいたから先に食べてあとから並ぼー」
「もう!たっくんのことなんて知らない!」
「ま、待ってくれ美智子ー!」

前に並んでいた人達が各々の理由により、バラバラに散らばっていく。不自然なくらいに短くなっていく列に荼毘はデジャブを感じた。

「うわあ!ぐんぐん前に進んでいくよ!ラッキーだね!」
「……そうだな」

名前はニコニコと嬉しそうに笑っているが、それにツッコミを入れるのさえ面倒な荼毘は静かに頷いた。アイスを食べられなかったという不運により、アトラクションに乗る時間が短縮されるという幸運が働いているらしい。この不可思議な現象に、荼毘は未だ慣れない。

「よかった!これで早く乗れそうだね!
「……そうだな」

名前の幸運は留まることを知らない。この後どのアトラクションに足を向けても、土日の遊園地とは思えぬほどびっくりするくらいに待ち時間は短くなっていた。ここまでいけば流石に怖い。事態が上手く行きすぎていて怖いのだ。名前は溜め込んでいた不運を今どれだけ幸運に転換させているのか。それを考えると末恐ろしく感じるのである。

「あのね、あのジェットコースターは落ちる瞬間体がふわって浮くの!」
「ああ」
「あの水のジェットコースターは後ろの方が濡れにくいよ!」
「へえ」
「あの観覧車はね、てっぺんでチューしたカップルは別れることは無いんだってジンクスがあるんだよ!」

次々に名前は目に入るアトラクションについてコメントを連ねていく。内容としては荼毘の関心を引くものでは無いが、本人は気にしていないようで楽しそうだ。しかし、初めてではないような口振りに、何だか違和感を覚えた。

「ここによく来るのか?」
「え?」
「詳しいから」
「う、うん!学生の頃から来てたから!」

ソワソワと落ち着かぬ様子で答える名前に、荼毘はなんとなくだが察した。周囲を見渡せば、家族や複数人の友達のグループなど見られるが、その中から男女二人組のカップルも見られる。名前も彼らのように、元恋人と共にここに来たことがあるのかもしれない。
元気づけるどころか傷に塩を塗る行為をしていやしないかと思ったが、名前はまたニッコリと笑う。楽しそうに、次はどこにいこうかとか地図を見て悩んでいた。
これまでも名前は、こうやって度重なる不運も笑って受け入れて乗り越えてきたのだろう。名前はそういった精神的な強さを持っているのだ。

「あ、新しく出来たお化け屋敷だ」
「……行ったことはないのか?」
「うん!初めて見た!ここにあったちっちゃいコースターなくなったんだなあ」

名前の目を引いたのは、新しく出来たというお化け屋敷であった。寂れた病院を舞台をしているからか、白い建物にはあちこち赤い手形やぼろぼろに崩れた箇所、錆びて黒ずんだ部分が見えた。実にお化け屋敷らしい、ありふれた外観をしている。中もお約束の展開ばかりだろうと荼毘は白けた目を向けた。

「行かないのか」
「え、うん…別にいいかなあって」

ふいっと名前の顔が不自然に背けられる。繋がれた手がこの場から離れようとぐいぐいと引っ張ってくる。先ほどと比べて打って変わった態度に、荼毘はある1つの可能性にたどり着き、ニヤァっとした笑みを浮かべた。その顔は悪いことを思いついた小学生の悪ガキのようだった。

「俺はこれに行きたい」
「へ!?」

全く心にもないことを口にすれば、名前からは素っ頓狂な声が上がる。その素直すぎる反応に荼毘は噴き出すのを堪えながら、引っ張ってくる腕を逆にこちらに強く引く。名前の顔色が青くなる。

「散々付き合ってやっただろ。今度は俺に付き合え」
「やだやだやだやだやだ!!行くなら1人でいってきてよ!!」
「おいおい、ここまで来ておいて別行動か?」
「無理無理無理無理!!」
「好き嫌いはよくねえな。死柄木にもよく言ってるじゃねえか」
「それ食べ物の話だから!!」
「食い物もお化け屋敷も一緒だろ」
「違いますけど!?!?」

無理にでもお化け屋敷に並ぼうとする荼毘とそれを必死に抵抗する名前の姿は周囲の目を引いた。とは言っても、その周囲の目からしたらじゃれ合うカップルにしか見えないらしく、その視線も生ぬるいものであった。

「私本当に無理だもん!!やだやだやだやだやだーーー!!」
「わがまま言うんじゃねえよ。ほら、列も少ねえからすぐに順番も回ってくるな」
「あーーーー!!やだやだやだやだーーー!!」

しかし、男の力にかなうはずもなく、名前は呆気なく短い列の最後尾に連行される。

「怖いのやだ…」
「意外だな。好きそうなのに」
「何その思い込み!!怖いの嫌いだよ!!心臓止まったら荼毘先輩のせいだ!!」
「そしたら火葬してやるよ」
「いらない!!」

プルプルと小動物のように震える名前は、本当にホラーが苦手なのだろう。並んでいるうちからすっかりとビビってしまっているのか、その瞳も潤み始めている。何とか荼毘の目を盗んで逃げようと何度か試みるが、がっちりと掴まれた腕は離れてくれない。

「リアルだったねー」
「怖かったー!本当に殺されちゃうかと思ったー」

お化け屋敷から出てくる人達の声を聞いて、名前の顔はもっと悲壮なものになっていく。その分かりやすい反応に、荼毘は心が踊るのを感じた。普段振り回されっぱなしなので、その意趣返しのようなものである。

「今日の夜トイレ行けなくなったら荼毘先輩のせいなんだからね!!」
「じゃあオムツでも穿いて寝ろ」
「何その羞恥プレイ!!荼毘先輩の変態!!」
「俺がさせてるみたいな言い方やめろ」
「実質そうじゃん!!やだよー!!やだやだやだよー!!」
「喚くな。そろそろだ」
「ヒェェェエエエ!!」

いくら泣こうが叫ぼうが、お化け屋敷への入口は近づいてくる。名前はぶんぶんと首を横に振るが、荼毘はそんな彼女の手を引っ張る。
そんな対称的な2人を見て、お化け屋敷の入口に立っているクルーは苦笑していた。

「もうしばらくお待ちくださいね」
「え?もう?次?次はいるの?」
「まだダメなのか」
「前に入った方と鉢合わせになるかもしれませんので、少し時間を空けているのです。申し訳ありませんが、お待ちくださいませ」
「やだーーー!!前の人進まないでーー!!」
「うるせえ」
「なら離して!!」
「まだか」
「あと少しですね」
「やだやだやだー!!」
「まだか」
「も、もういいですかね…」

無表情でもう入っていいか何度も確認してくる男とひたすら泣き叫びながら抵抗する女に、クルーも引いているようだ。少し時間は早いがさっさと入れてしまおうと考えたらしく、クルーは荼毘に懐中電灯のようなものを渡し、「中は暗いので、足元には気をつけてくださいね」と笑顔で2人を見送ったのだった。中に入るまで、名前の悲痛な叫び声は響き渡っていた。