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躓いた愛にサヨウナラ


目を瞑り、耳を塞ぎ、名前はひたすら耐えた。恐怖に負けそうになった時は、頭から被った荼毘のコートに縋り、ただ静かに彼の言うとおりにいい子にして待っていた。名前にとっては、1秒さえも長く感じる瞬間であったと思う。つい声を出して荼毘を呼んでしまったが、名前の不安が耐えきれず爆発してしまった結果である。それでも、ちゃんと目は瞑り、耳を塞いで、動かずに待っている自身を褒めて欲しいと名前は思う。

「荼毘先輩ー…」

ぐすんと鼻を鳴らしながら、何度も彼の名を呼ぶ。このまま帰ってこなかったらどうしよう。そんな不安が浮かんでは、無理にかき消し、浮かんではかき消しの繰り返しである。荼毘は基本的に冷たいが、少し優しいと名前は思っている。そんな彼が名前を置いて行くはずはないと思っているが、無理矢理このお化け屋敷に連れ込んだ本人であるため、信じようとしてもなかなか難しいのだ。しかし、名前のできることと言えば、ただじっと静かに恐怖に耐えて荼毘の帰りを待つのみである。

「おい」
「うひゃあ!?」

すると、名前の背中に何かが触れ、名前は叫び声を上げる。思わず耳から手を離し、目も開ければ、すぐそこに荼毘の姿があった。

「だ、荼毘先輩ーーー!!」

名前はボロボロと涙を零しながらも、荼毘に抱きつく。いや、むしろ突進と言ったが正しいのかもしれない。まるでイノシシのように突っ込んでいく名前を、荼毘は平然と受け止めた。

「遅いよー!!私、怖かったんだからねー!!」
「そうか」
「置いてかれたかと思ったよ!!」
「約束しただろうが」
「そうだけどさー!!」

ぎゅう、ぎゅうと。名前が荼毘に抱きつけば、これまたびっくり。珍しくも荼毘も名前の背中に腕を回して抱き締め返してくれたのだ。その温かさに、名前は思わず声を上げる。

「荼毘先輩が!!優しい!!」
「いつもだろ」
「いや、それはない」
「突然真面目に答えんな」

ぺしっと頭を叩かれ、名前は笑う。ああ、よかった。彼が帰ってきてくれて。名前の胸は安堵感でいっぱいに包まれていた。

「さっさと出るぞ」
「ちゃんとアイス食べさせてくれる?」
「次は室内で食えよ」
「うん!!」

荼毘は名前の体を包み込んでいたコートを手に取り、それを羽織る。すれば、すぐに名前が腕に引っ付いてくる。やはり怖いものは怖いままらしい。そのまま荼毘は名前というひっつき虫を連れて、先程戻ってきた道を再び歩き出した。

「? なんか変な匂いがする」

名前の鼻腔を擽る匂い。先程までは消毒液のような鼻につく匂いだったのが、焦げ臭さが勝った匂いになっていたのだ。名前は首を傾げるが、荼毘はそれに冷静に返す。

「……そういう演出だろ」
「そうかー!すごい凝ってるね!」

でも、病院を舞台にしているのに何故焦げ臭さが必要なのだろうか。そんな疑問は湧いたが、あまり気にもならなかったので名前は口を閉ざした。

「うひゃあ!?」

荼毘の身体に顔を押し付けていたからだろうか。前方をちゃんと見ていなかった名前はなにかに躓き、転びかけたがその寸前で荼毘に支えられて留まった。

「ひぇぇえ…荼毘先輩、ありがとう」
「ちゃんと前を向いて歩け」
「うう…だって怖いもん…」

前を向いて怖いものが目に入ったらと思うと、恐ろしくて仕方ないのだ。そのせいか、名前は荼毘の腕で目を隠して、恐る恐る進むようにしていた。

「それより、私何に躓いたんだろ?」

名前は足元を見る。そこには、黒色の大きな塊があって、名前は首を傾げる。何のセットなのだろうか。

「はっ!?私みたいなビビりを転がせるためのセットか!?」
「あー、そうそう」
「荼毘先輩、棒読み!!」
「気のせいだ」

荼毘は名前の手を引いて、前へ進んでいく。先を急いでいるかのように、その足取りは早く感じた。

「荼毘先輩?どうかした?」
「何がだ?」
「え、いや、うーん…なんか分かんないけど」
「なんだ、それ」
「で、でも、なんか変だなって思って」

名前は自身の手を引く荼毘の手を見る。先程と比べて、随分と熱を持っているような気がした。そして、辺りに立ち込める焦げたような匂い。
名前はあることに気づき始めていた。

「荼毘先輩、火を使った?」
「……」

荼毘の背中からは何も答えは返ってこなかった。しかし、無言は肯定の意である。名前はますます確信に近づいた気がした。

「ダメだよ、荼毘先輩、流石にここじゃ」
「…今更だろ」
「で、でも、やりすぎだよ、荼毘先輩」

名前は馬鹿ではあるが、鈍くはない。この場が普通ではないことを察していた。荼毘は少し侮っていたのだ。名前のことをバカで考えなしだと。
名前は自覚はしていないが、ヴィランの仲間ではある。しかし、彼女は荼毘たちと違ってイカれていない。はみ出しものでも、何かしらの大義があるわけでも、ステインに触発された訳でもない。一般的感覚を持ちえている、普通の人間なのだ。彼女と荼毘たちのあいだにある溝が、それである。

さて、どうしたものか。この現場がバレちゃあ、名前も黙っていられやしないだろう。敵連合を抜け出すか、警察に届け出るか、それとも泣いて止めてくるか。
どちらにせよ、荼毘の下す判断は1つ。邪魔する場合はこの手で、彼女をーーー。

「こんなに燃やして…修理費どれだけかかると思ってるの!!」
「あ?」

修理費?荼毘の頭上に疑問符が浮かぶ。

「荼毘先輩も実は怖がりだったんだね。私、全然知らなくて…」
「は?」
「でも、いくら怖いからってお化け屋敷のセットを壊すのはダメ!しかもここ、新しく出来たばかりなんだから!」
「おい、まて」

話が噛み合っていない。それよりも、何か勘違いをされている。荼毘はそれに気づいて止めに入るが、名前は止まる気配はない。

「これからは一緒に頑張って進もう!私、もう荼毘先輩に任せっきりにはしないから!」
「何の話だ」
「え?荼毘先輩がビビりって話だよ」
「それはお前だろうが!」

ぐにっと鼻を摘めば、ふがっと間抜けな声が聞こえてくる。

「だ、だって、あまりにもお化け屋敷が怖いから、セットを燃やしたんじゃないの?」
「……」
「え?違った?じゃあ、この焦げ臭いのは……?」
「……ああ、そうだな。俺は怖がりだ」

荼毘は疲れきった顔をしながら、適当に返す。本当のことを知られれば面倒なことになるのは間違いない。それならば、名前の勘違いを利用してこの場から逃れることにした。
しかし、それに気づかない名前は納得したような顔して得意げに頷く。

「だよね!なんだー!荼毘先輩も怖がりなんだー!平気そうにしてたのにね!」
「そうだな」
「よし!じゃあ、次は私が電気持つね!ゴールまで一緒に頑張ろう!」

先程まで散々びびって荼毘に引っ付いていたくせに、荼毘が怖がりだと勘違いした途端名前の態度はコロリと変わる。その差が大層うざい。もう一度言おう。うざいのだ。

「名前」
「ん?」
「アイスはなしな」
「ええ!?なんで!?私言うこと聞いてたじゃん!!」

ぴーぴーと小鳥のように喚く名前を無視して、荼毘はずんずんと前に進んでいく。すれば、名前は慌ててそのあとを追いかけてきた。
馬鹿はやはり馬鹿なのだと、荼毘は後ろから聞こえてくる名前の声にそっと安堵した。

ああ、よかった。彼女が躓いた黒い塊の正体に気づかなくて。