有栖川有栖 | ナノ
VS猫

火村に電話をかけた。
「今、何してる?」
電話口で火村が答える。
「今、可愛い女の子の相手で忙しい」
ガチャン! と受話器をぶつける様にしておろしたのは言うまでもない。

「どう思う? なぁ、どう思う、樋口」
「どうも思わん」
「せやろ。最低やろ。思うとっても、口にすんなっちゅう話や」
「……お前、人の話適当に流すとこ変わってへんな」
「可愛い子って誰やねん! 女子大生か?! アイツはロリコンか!?」
「自分の性癖棚に上げて人の性癖に異議を唱えるのはどうかと思うで、アリス」
「女子大生かー……」
「あのな、まず人の話聞けっちゅう話や」
カンパリソーダを味わうことなく呷る俺に、樋口は呆れたような眼差しを向けてくる。事実、呆れているのだろう。俺はというと、段々目が据わって来るのが自分でもなんとなく分かってきていた。ペースは速い。けれど、飲まずにはいられなかった。
「でもなぁ、話に聞く限り、火村くんが浮気するかぁ?」
「した。現にしとんねん。この耳でよぉく聞いた」
「聞き違いちゃうのん?」
「……ちゃう」
言葉尻が細くなったのは自信がなかったからじゃない。現実を認めたくなかったからだ。だって、嫌ではないか。どこぞの男に目移りされても困るが、その辺を歩いている可愛い女の子に興味を移されれば、たちまち太刀打ち不可である。自分の性別を俺は呪いたくなる。
「……あの無神経野郎」
「ネジ1本飛んでんで」
「飛びたくもなるわ。あんまりやで」
「相当ダメージ喰らったみたいやな」
いつも蹴りの1発でも入れて許すやんか。そう言われれば立場もない。今回に限っては蹴りを入れる気力もないままに、打ちひしがれてしまった。
「どないしてそこまで凹んでるんかな? アリスくんは」
もごもごと口を動かして理由を述べれば、それは樋口に届かなかった。無駄に空気を食んだだけの俺の頭を樋口が撫でる。
「ん? 聞こえへんで」
「……誕生日」
「? お前今日とちゃうやん」
「俺のとちゃう。アイツの……」
「はーん……」
成程ね。と樋口は苦笑して、ポンポンと俺の頭を軽く叩いた。
「一番に祝ってやろうとしていたお前にその仕打ち。なかなか悪漢やんか。火村くん」
「……」
「優しくしてやろうか?」
「……ん?」
「火村くんの代わりに俺が」
面を上げると、メガネの奥で樋口が目を細めていた。樋口は高校時代に付き合っていた相手だ。どうしようもなく好きで付き合ったという訳ではなく、どちらかと言えば、お互い好奇心を満たすために付き合っていた。しかし、それで卒業までうまい具合に距離を保ち、別れても尚、友人として交流は続いている。稀有な存在だった。
「優しくしてやるよ」
もう一度、樋口は笑いながら言った。
「何言うてんねん」
「俺、今、フリーやし?」
「そういう問題とちゃう」
「なら、なんでお前は俺に甘えるかね?」
「他に友達おらん」
「嘘つけ」
「……」
昔からやけど、お前も随分勝手やなぁ。樋口はカウンターに頬杖をついて、嘆息する。迷惑をかけているのは分かっていた。
「……。すまん」
「急にしおらしくなんな。そそられる」
「怖い事言うな」
「なら、心にもない事思うな」
「?」
「女子大生に譲ってしまえる様な安い男ならさっさと捨てて俺んとこ来い」
言葉を奪われる。背中を叩かれる思いがした。ふと、カウンターに寝そべる携帯が震え始めた。火村だ。
「王子様のお出ましか」
「……」
「出ろや」
樋口に促されて恐る恐る通話ボタンを押す。
「アリス?」
「……おう。何か用か」
「人が話してる途中でいきなし電話を切る阿呆がいるか、馬鹿」
阿呆で馬鹿はここにいる。
「今、どこだ?」
「可愛い子はどうした?」
「あ?」
「先刻言うてた可愛い女の子」
火村が黙る。
「ばあちゃんの膝の上に乗ってる」
「……は?」
「だから、ばあちゃんの膝の」
「いや。待て色々待て。お前幼児に手ぇ出したんか?」
「3歳だ」
「幼児やないか!!」
「何言ってる。人間の年に換算したら大人だろ」
「換算?」
「捨て猫だったらしいが美猫だぞ」
「……」
「……アリス?」
樋口、と俺はスマホを離して、告げる。
「……猫やった」
「んなこったろうと思ったよ」
貸せ、と樋口は俺のスマホを奪い、愛想の良い声を作る。
「火村くん? こんにちは。俺、樋口言いますー。お宅の飲んだくれの彼女さんに捕まって帰してもらえんで困ってます。迎えにきてやってもらえませんか? 場所はー……」
電話口で火村が何と答えたかは知らない。ただ、俺に散々迷惑をかけられた樋口は、付け加えるのを決して忘れなかった。
「早よ来てくれんと、俺が連れて帰りますけど。ええですか?」
呆気に取られた俺に、樋口がスマホを投げ返す。ジャケットを羽織って、彼は店から逃亡した。



prev next


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -