有栖川有栖 | ナノ
いつもの構図

薄目を開けたら見慣れた天井があった。その事に別段、安堵する訳でもなく、緊張する訳でもなく、しかし、ただ、胸が疼いた。
卓上ライトの明かりとPCの液晶画面から洩れる明かりで、ここが確かに彼の部屋なのだと認識する。広い背中に向かって、声を投げる。
「起きとったんか」
「ああ。悪い。起こしたか?」
「ん。自然に目、覚めた。今、何時?」
「夜中の3時15分」
返答が幾分、疲れている。だったら、今日は俺を呼ぶのはやめときゃよかったのに。なんて、胸中では思っても、口には出さない。絶対出さない。俺は浮ついた世迷い事は嫌いだが、言霊は信じる。
「仕事、終わらんの?」
「いや、大方片付いてはいる。細かい修正を入れてた。大学だと最近部屋に学生たちの出入りが多くて落ち着かない」
助教授という仕事も大変だ。
「少しは寝たんか?」
「ああ」
「なら、ええけど」
「お前の方こそ大分疲れてるんじゃないのか、アリス?」
「なして?」
「事が済んだらすぐ寝ちまったじゃねぇか」
「……締め切り明けやねん」
「ふぅん」
「コラム2本とエッセイ1本。小説60枚。即行で仕上げて来たねんぞ。少しは感謝して欲しいな。火村センセ」
「おう。してるしてる」
火村の適当な相槌に俺は目を眇めた。
「……ほんまかいな」
「かつて俺がその手の嘘をついたことがあるか?」
「あるで」
「記憶にない」
随分と都合の良い記憶な事で。
寝相が悪かったのか、重い首を鳴らすと、視線が再び天井へ帰る。なんとはなしに出た言葉は彼の耳に絡みついた。
「お前の家の天井、なんか嫌やわ」
「……。は?」
「なんか嫌」
「なんでだよ」
「切ななるねんもん」
「それまた、どうして」
「なんでやろ? なんとなく」
「ふぅん」
「お前もなるやろ。俺の部屋の天井見ると」
「……」
しばしの沈黙の後。情緒なく吐かれた言葉に俺はベッドからずり落ちそうになった。
「ならねぇな」
「おい」
「お前どこかおかしいんじゃないのかアリス。まさかの天井フェチとかいうんじゃないだろうな」
「んな訳あるか」
天井フェチ。どんな趣味だ。
火村はキーボードを打つ手を止めて、キャメルを気持ちよさげに吸うと、自室の天井を見上げて、それから徐にこちらに視線を移した。
「あ、分かった」
「何が」
「お前の言う、その意味が」
「……」
なんとなく嫌な予感がしたのは長年の付き合いからくる経験からか。ベッドで身を起こし、床に裸足をつこうとした俺は全ての動作がたちまち封じられた。上には火村英生。両腕絡めた俺は鳥獣戯画のカエルの如きポーズをしている。
「何」
「これだろ」
「……はぁ? 意味が分かりませんが」
「こうするとお前には俺と天井が見える訳だ」
「そうやな」
「目が覚めたら俺はその構図から外れてる」
「……」
聞きたくないなと視線を横に逸らせば顎に手を添えて定位置に戻される。
「淋しくなんだろ」
「……うるっさいわー。ほんま」
「照れるなよ」
「ほんま、うるさい。黙れ」
居心地の悪さに身じろぎしても体勢からして不利である。喧しいのは俺ではなく火村である筈なのに、奴の口は黙らせるように俺の唇を無情に塞いだ。焦らす様に向きを変えて遊ぶと、息つく間もなく、舌が挿入された。胸の疼きはいつの間にか下降して、バレないで欲しいと俺はシーツに頬を寄せる。腹からそこまで、長い指先が滑り落ちていく。目を瞑る。息が出来ない。
「ちゃんとこっち見ろよ」
耳朶を噛まれ、俺はもうすぐ、暴露される。

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