有栖川有栖 | ナノ
ライナスの毛布

「どういう子供だった?」
唐突に、隣でハンドルを握る男はそう聞いた。
「は? いきなり何」
「いや。お前、どんな子供だったのかと思って。大学の頃からしか知らないから」
「ああ。そうやな」
「昔から、本の虫だったのか」
「……まぁ、そうやな。外で遊ぶのもそれなりに好きな子供やったけど、いつの間にか、本を読んでたな。図書館通いもいつの間にか」
「へぇ」
「珍しいな。お前がそんなこと聞くの。俺の過去にそんなに興味があるん?」
「ある」
「珍し。素直か」
「お前は興味ないのか」
「ん?」
「俺の子供の頃」
「どうせ偏屈な子供やったやろな、とは」
「……」
「……」
「本気か」
「冗談や」
T字路を右に曲がって、奴、火村はちらりと視線を俺へと投げた。もの言いたげなそれに気づいて、俺はくくっと喉を鳴らす。なんだ。今日の火村は本当に奇妙だ。言いたい事があるなら、言えばいいだろうに。
「えっらい含んだ視線ありがとう。どうしたん? 奇妙やで、今日のお前」
「ライナスの毛布……」
「ん?」
「いや、別に」
「そーいや。見たな。大の男が2人で。スヌーピー展」
「……」
火村の歯切れが悪い。促すつもりで、言葉を選んだ。
「可愛かったやんか。俺らめっちゃ浮いとったけど」
創作の参考になるかはわかりませんが、息抜きにはなるかと思って。そう言って、差し出された2枚の券をもらったのが一昨日。洒落のつもりで誘ってみたら、意外にも乗ってきて、可愛らしくも深いあの世界観を満喫してきた帰り道だった。
火村は、どこで飯食う? と俺に尋ね、俺はどこでもええけど。出来れば肉がいい。なんて返す。話題を切り替えたいのがみえみえだ。そうはいくか。
「ライナスが印象に残ったん?」
「別に」
「可愛ええよな。あの子。毛布がないと安心できんって。子供の頃は多いよな。そういうの。タオルとか。ぬいぐるみとか。なんか知らんけど手放せんヤツ」
「そうだな」
「お前にもあったん? そんな可愛い頃が。お前の事やみょうちくりんな図鑑とか手元に置いておきそう……」
「なかったよ。そんなもん」
「ふぅん?」
「子供の頃は、何もなかった」
手放すと怖い物が。そう切って、火村は1軒の飲食店の駐車場に車を駐車させた。何か引っかかるものがあって、俺はシートベルトを外しながら、問う。
「へぇ? じゃあ、大人になってからは?」
「……。アリスお前」
「うん?」
「先刻からわざとやってるだろう」
「……バレました?」
ふぅと嘆息を漏らし、助教授は髪を乱暴に掻く。自分のでなく。俺の。
「今は中々手放せない毛布があって、困る」
「あ、そ」
「じっとしてないし平気で危ない事に巻き込まれてたりする厄介な毛布で本当に困る」
「へぇ。けったいな毛布があったもんやなぁ」
「自覚しろよ」
「お前もな」
気の抜けた火村の顔がおかしくて、俺は車のドアを開ける。いくらなんでも、このニヤけた面はいくら相棒といえども見せられたもんじゃない。
冬の匂いのする風が、俺の髪を揺らした。

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