有栖川有栖 | ナノ
神様に会いに行く

俺の家に(婆ちゃんの家に)マフラーをぐるぐる巻きにしたアリスが尋ねて来た。それはいい。大歓迎だ。いつも通り。さて、暖房の効いた俺の部屋に誘おうと冷たくなった手を取ろうとする。外はさぞかし寒かったろう。さっそく俺が温めて……。しかしアリスは、「おう、火村」今まさに握ろうとした手をひょいっとあげて、こう続けた。
「何ぼさっとしとんねん。行くで。初詣」

車両の窓から差す日差しはアリスの背中と顔の輪郭を照らした。日に透ける髪の色を柔らかそうだと思う。ゴトンゴトンと足元から振動が伝わる。すこぶる機嫌の良いアリス。すこぶる機嫌の悪い俺。一体どうしてくれよう、1月1日。
「そんなにおもろい顔すんなや」
「悪かったな。元々こういう顔なもんでね」
「ええやんか。忘れたらあかんで日本人の心」
「何を好き好んで人の多い日に人酔いしに出かけるのか解せねぇな」
「屁理屈ばっか」
「きっとウイルスが蔓延してるぜ」
「それ以上言うと絶交な」
「……」
絶交されると困るので、俺は悪態ばかりついていた口を閉ざす。だってしょうがないじゃないか。元旦に顔を見せに来てくれたと思ったら、「さ、出かけるで。支度し」の一言。手を握るどころか躱され、空調の効いた車で移動かと思いきや電車に乗るという。座席の背もたれに寄りかかり、アリスはさっさと文庫本を捲り始めた。なんだ。これ。放置プレイもいいとこだ。
「……目、悪くなるぞ」
「大丈夫」
「馬鹿。閉じろって言ってるんだよ。言葉の絢も通じねぇか」
「通じない。電車の中では静かに過ごしましょー。これ常識」
「俺は暇だ」
「俺は忙しい」
「せっかく2人でいるのにか」
「目、悪いのはお前とちゃうか。周りよう見てみ。ちらほら人いるやんか」
事実、電車には物好きな俺達と同じく人酔いしに行くのが趣味な人間が席を埋めていた。
「これ、近日中に書評を頼まれてんねん。時間がある時読んどかんと」
「へーへー。気鋭のミステリ作家さんは忙しいですね」
「今度は拗ねるか。忙しいやっちゃなー」
アリスの指がページを捲る。苦笑を漏らしながら。俺は相手にしてもらえないのに飽きて、流れゆく外の景色を眺めることにした。日がでているとはいえ、寒風の中、一体どこの神社まで連れて行かれるのか。腕を組んで横目でアリスを見遣る。柔らかく整った顔立ちに、嘆息が出た。俺も、相変わらず甘い。そうして過ごす内、電車は目的地を告げた。

「……アリス」
「あれ、えっらい人やな。でも、あっちの神社よか空いてて良かったな」
「良かったな、じゃないぜ。もう参拝したじゃねぇか。帰るぞ」
「だって、おみくじ引いてへんもん」
「は?」
「おみくじ」
元旦に神社に来る習慣のない俺は長蛇の列に並び、ここはゴールデンウィーク中の高速道路かと遠くなりそうな意識をどうにか保ちながら賽銭箱に小銭を入れ、手を合わせた。2秒で済んだ俺に対し、隣を見れば、アリスは神妙な顔で何やら懸命に手を合わせて呟いている。最後に一礼した彼が、踵を返したものだから、てっきり昼食でも食べに行くのかと思ったのだが。
「せっかく来たんやもん。おみくじ引かんと」
「帰ろうぜ」
「なんで? おみくじ楽しいやん」
「また並ぶのかよ……」
「さっき程やないって。な? 火村センセ。お願い」
あざとい。実にあざとい。小首を傾げてそう言えば、俺が反対しないのを見越しての所業だ。帰ったら、覚えてろ。
喜々として100円玉を入れたアリスはおみくじを選ぶ。促されて、俺も引かされた。一体何が記してあるのやらと文を読み始めたところで、先に読み終えたらしいアリスが小さく呻いた。
「……なんだよ? 凶でも引いたか?」
「小吉やった」
「ふぅん」
「恋愛運が……」
「が?」
「相手の心変わりに気を付けましょう、やて」
実にどうでもいい内容ではないか。
「ふぅん」
「ふぅん、ちゃうで! お前、他人事のつもりやろ!」
「ちなみに俺は大吉だった」
アリスが激昂する。
「なんやねん!! 恋愛運は!?」
「束縛し過ぎるのは真の愛情とは言えません」
「……」
「……」
「怖い。怖いわ、ここのおみくじ。なんか色々な意味で怖い」
「気をつけろよ。いつ心変わりするか知れないぜ」
「いやいやいや。自分こそ、真の愛情とは何かをよう考えや」
2人して、おみくじを結びながら、寒空の下、並んで話す。去年も一緒だった。今年はどうだろう。こうしてやっぱり一緒にいる。それだけで、満たされる。そういう相手がいる事。その幸福。たったそれだけの幸福のためにどれだけの祈りが必要だろうか。
「大丈夫やもん。俺、ちゃんとお祈りしたから」
拗ねた様に言う恋人が心の底から愛おしい。
「コーヒーでも飲みに行こうぜ。熱いやつ」
「ん」

たまにはらしくないこともしてみるもんだなと思った、新年最初の日。


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