テニスコートの近くにある、四天宝寺で1番でっかい桜の木。
この木の下で告白すれば、両想いになれるっちゅうジンクスがあって、大人気の告白スポットになっとる場所。

部室から無言のまま手を引いてきたひな先輩と、ここで改めて向き合うと、妙な緊張が身体を走る。

「光君……?」

どうしたの、とこちらを見上げてくるひな先輩。

柔らかな声が俺の名を呼ぶたび、何となく嬉しくて、むずかゆいような気持ちになった。
俺が、初めて好きになった人。

せやけど、ジンクスとか占いとか、ありとあらゆるモノに頼ったところで、決して手には入らん人。

俺が先輩に対する想いを自覚した時には、既にひな先輩は白石先輩を好きになっとったから。
俺は、振られるんが嫌で、自分の想いを閉じ込めた。

1度だけ。
たった1度だけ、想いを爆発させそうになったことがあったけど、それも結局不発のままで。
このままずっと隠しとこう。

そう思っとった。

せやけど。



「俺、ずっとひな先輩に伝えたかったことがあるんです。聞いて貰えます?」
「……いいよ」

俺の緊張が伝わったんやろか。
ひな先輩も直立不動の姿勢になる。
それが可愛らしくて、自然と口許が綻ぶ。


「俺、ひな先輩のことがずっと、ずっと前から好きやったんですわ」


さあっと、少しだけ冷たい春の風が吹き抜ける。
ひな先輩は、ただでさえでっかい目を更に真ん丸に見開いた。

「ひな先輩?」

そのまま硬直してまった彼女の前で、掌を振る。

「え、あ、ごめん。あの突然のことで驚いて、その、」

頬を火照らせて、わたわたするひな先輩に苦笑が浮かぶ。
突然、なんちゅう言葉が出てくるっちゅうことは、やっぱし気づいてへんかったんやな、俺の気持ち。

「それで、先輩。返事は?」

改めて訊かんでも、ひな先輩の答えはわかりきっとる。
せやけど、先輩の口から直接聞かんと、この想いをいつまでも引きずってしまいそうやから。

この、忘れそうで忘れられへん想いにけじめをつけるために。

「ごめんなさい」

ぱっと勢いよく腰を折るひな先輩。

「光君の言葉は嬉しいけど、私は蔵が好きだから」

そう断言して照れ臭そうな表情を浮かべるひな先輩。

白石部長との絆の深さを改めて思い知らされたような気がした。

「……そう言わはると思うてましたわ」

想定通りの答え。
返されるとわかっていた言葉でも、少しだけ胸は痛む。

「せやけど、ありがとうございました」

ごまかされるよりも、はっきり断られたほうのがずっとええ。
叶わぬ想いと覚悟を決めているから、尚更。

「ひな先輩。最後にひとつだけお願い、ええです?」
「……何?」

戸惑い気味のひな先輩。
この俺が惚れたくらいの人やから。
アンタは。

「ひな先輩が好きな人と、これからもずっと幸せでおって下さい」

そう告げると、ひな先輩は目を数回瞬かせて。

「ありがとう。光君も、好きな人できたら今度はその人とちゃんと幸せになってね」
「はい」

困ったような顔をして俺の幸せを願うてくれたひな先輩。
桜のもとを去る彼女に、深々と頭を下げる。

ひな先輩。
俺が初めて好きになった人。

白石部長とくっついて、それでも変わらんかった気持ち。
多分これから先も、ひな先輩のことを想い続けるんやろう。
そう思うてた、けど。

ちくり、と痛む胸に、そっと手を当てる。

悲しいけれど、辛いけれど。
その痛みは想像してたもんよりは、軽い。

これで、きっと。

俺も、先へ進めるやろう。

ひな先輩への想いを過去にして。

「ありがとう、ございました」

先輩の後姿に向かって、もう1度だけ礼を言うた。




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