卒業生のLHRが終わり、ばらばらと帰宅を始めたころ。
うちとひー君は何故か部室の陰に隠れとった。
「なぁ、ひー君」
「なんや」
「ウチらなしてこないなトコに隠れとるん?」
事の始まりは、ついさっき。
ウチが目の前を歩くひー君に対して大声で呼びかけた瞬間、口を塞がれて物陰に連行された。
「第2ボタン狙うてくる女の先輩らから逃げるため」
ウチが「ひー君」と言うた瞬間、後ろからドドドド、という地響きと一緒に、十数人の女の人がこちらに向かってきたのは、かなり怖かった。
なんとかその人らを撒いたつもりやったんやけど、その集団の中に頭のええ人がおって、部室の前に待ち伏せされてたもんやから、こっそりコートの裏側に回り込んでフェンスの抜け穴から入り込んだっちゅうんが、今の現状。
「早めに追い出し会の準備しとこ思うたんがパァや。どっかの誰かが大声出すから」
「ごめんなさい」
というか、第2ボタンって、男の先輩が女の後輩にあげるもんで、男の後輩が女の先輩にあげるもんやないと思うんはウチだけか?
「あ、日和ちゃん、光君!」
ひー君と押し問答しとったら、名前を呼ばれて肩が跳ねた。
「しーっ!」
にこにこと手を振ってくるんは、ひな先輩。
口許に指を当てるジェスチャーをすれば、先輩は首を傾げながらも静かにこちらにやってくる。
「どうしたの?」
「ひー君が先輩らに狙われとるんです」
「光君も?」
ウチらんとこにやってきて腰を屈めた先輩に耳打ちすれば、驚いたように目を見開いた。
「ひー君も、っちゅうことは白石先輩らも?」
「そう。蔵と謙也君、2人のボタン狙って、女の子たちが教室に押しかけてきてね。もうびっくりしたよ」
うわぁ、さすがっちゅうかなんちゅうか。
あからさまに顔を引き攣らせたウチに対して、ひな先輩はくすりと微笑む。
「しかし、光君までとは……。有名人は苦労するね」
「ホンマっスわ。俺は先輩らとは違うて、まだ来年も学ラン着るんやっちゅうねん」
そして、ひー君に向かって言葉をかけるひな先輩。
対するひー君は口を尖らせつつも、少しだけ笑顔を覗かせた。
「表にはもう人いなかったから、部室入れるんじゃないかな」
「やっと諦めたんスね、あの人ら」
ひー君は、やれやれ、と言わんばかりに伸びをして立ち上がる。
「ほな、日和。部屋整えるで。ひな先輩は、悪いんスけど、もうちょいここで待っとって貰えます?」
「ん、了解」
ひな先輩には「おおきに」と返して、ウチには「早よやるで」と軽く小突くひー君。
「あ、せや」
部室の扉を閉めかけて、ひー君は思い出したかのように、外のひな先輩を振り返る。
「ひな先輩。もし部長のボタン全部奪われてたら、代わりに俺の第2ボタンやりますわ」
にやり、と笑って冗談なんか、本気なんかわからん言葉を吐くひー君。
突然の申し出に、ひな先輩も一瞬きょとんとしとった。
「ありがとう。でも大丈夫。蔵のボタン、奪られちゃう前に貰ったの」
はにかんだひな先輩が、こちらに向かって見せる掌の中には1つのボタン。
「……流石部長。抜かりあれへんな」
ひな先輩に苦笑を返して、扉を閉めるひー君。
その横顔が悲しそうに沈んでたんをウチは見逃さんかった。
やっぱりまだ諦めてへんのやろか、ひな先輩のこと。
ひー君に好きな人がおることは、入学以前から薄々気づいとって。
テニス部のマネージャーになってすぐに、その相手がひな先輩なんやって知った。
せやけど、そのひな先輩には白石先輩っちゅう彼氏がおって、2人の間に他人が割り込む隙なんて全くあれへん。
なのに、ひー君はひな先輩ばっかし見つめとる。
勝ち目なんて全然ないのに、なしてなんやろ。
ウチの方がちゃんとひー君を見とるのに、なしてウチには向いてくれへんの?
「日和。ぼさっとしてんと手動かせや」
「あ、ごめん……」
ウチを叱るひー君に、さっきまでの悲しそうな雰囲気はない。
心を読み切れんひー君と2人っきりの部室で、切なさばかりが胸に溢れた。
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