「……進路決まったヤツもおれば、これからっちゅうヤツもおるように、高校3年間、あっちゅう間やったちゅうヤツもおれば、長かったちゅうヤツもおるかもしれへん。せやけど、この教室に全員が揃うんは、笑うても泣いても今日が最後や。精一杯名残惜しんでいきや。3−2のみんな、卒業おめでとう!」
式を終えたあとの最後のLHR。
珍しく真面目な顔して、真面目なことを言ったオサムちゃん。
多くのクラスメイトが涙した。
「ほな、クラス委員。最後の仕事頼むで」
オサムちゃんに促されて、委員長の坪井君が号令をかける。
「3年間、ありがとうございました!」
「「「ありがとうございました!!!」」」
涙声の坪井君の挨拶に合わせて、クラス全員が一斉に頭を下げた。
「……こちらこそ、おーきに。自分らの担任になれて楽しかったで」
一瞬呆けたような顔をした後、いつものニヒルな笑みを浮かべたオサムちゃん。
教室を去る間際の声が、震えていたのは気のせいではないだろう。
ありがとう、オサムちゃん。
オサムちゃんの出てったドアに向かってもう1度頭を下げた。
「ひな、何しとるん?」
「あ、蔵」
そんな私の行動を不可解に思ったのか、蔵がきょとんとした顔を向けてきた。
「いや、オサムちゃんに感謝の念を送ってみた」
「なんやそれ」
「ちゅうか、オサムちゃんなら後でもっかい会えるやろ、俺らは」
苦笑を浮かべる蔵に続いて、現れたのは謙也君。
「確かにな。俺らが中学ん時から、追い出し会の最後に乱入して来るもんな、オサムちゃん」
「そうなんだ」
「まぁ、ちょっとええお菓子とか持ってきてくれるからありがたいねんけど」
「お得意のコケシもよう発動するけどな」
中高6年間、オサムちゃんの指導を受けた2人ならではの思い出話に私は目を丸くする。
それなら、その時もう1度ちゃんとお礼を言っておこう。
「そういえば、追い出し会ってこの後すぐだっけ?」
「おん」
「だったら、早いとこ行ったほうがいいよね。光君とか日和ちゃんとかもう待ってるだろうし」
今日が最後の卒業生とは違って、在校生はHRも通常通りの長さのはず。
3年生の他のクラスも最後の話を終えたところもちらほらあるようだし、急いだ方がいいんじゃないかと、2人を急かすけれど。
「あー、行きたいんは山々なんやけどな……」
「多分、ちゅうかほぼ確実に、俺ら少し遅れると思うねん」
「何で?」
「「あれ」」
首を傾げる私に対して、蔵と謙也君が揃って廊下を指差した瞬間。
「「「きゃーっ!!!」」」
その先で女の子たちの歓声が一斉にあがった。
「えーと、あのコたちはもしかして……」
今日は卒業式。
そして卒業式にまつわるジンクスといえば、制服の第2ボタン。
「その、もしかしてや」
「中学ん時も大変やったもんなぁ。俺はまだ1、2コボタン生き残ったけど、白石なんて全部奪われとったもん」
「そうなんだ……」
苦笑する2人に対して、私の想いは複雑。
好きな人のハートを掴むと言われる第2ボタン。
謙也君にはなずなちゃんという彼女がいるし、蔵と私は付き合って2年が経つ。
確かに四天宝寺テニス部はアイドル顔負けの集団だし、騒いでるコたちの多くが芸能人に対する憧れに近い眼差しで、みんなをみてることも知っている。
それに私というカノジョがいたところで、蔵に対するアピールを止められなかったのは、去年のバレンタインで既に証明済み。
だけど、それでも。
その中の誰かに蔵の第2ボタンがとられてしまうのは、嫌だな。
それがハートを掴めるなんて言われてたら、尚更。
「多分俺らが向かう先々で、ちょっとした戦場になるやろうから、ひなは先に部室行っといて」
「白石の言う通りやな。巻き込まれたら怪我しかねんもん」
「うん……」
なんとなく邪魔者扱いされてるようで、素直に頷けずにいると、ぽんぽんと蔵の左手が頭に乗せられる。
「そないな顔せんと、手出して」
「何?」
苦笑を浮かべた蔵が、少しだけ距離を縮める。
「これ、先に渡しとく」
周囲の目から隠すようにして渡されたのは、学ランの第2ボタン。
「ひなにやる前にとられたら適わんからな」
口元を吊り上げて綺麗にウィンクする蔵。
「俺は、ひなだけのもんやから」
「ありがとう……」
嬉しさに目を細めると、頭に乗っけられた蔵の手が、わしゃわしゃと髪を撫でる。
「えーなぁ、白石とひなは。おんなじクラスで」
謙也君の彼女であるなずなちゃんは、隣の1組。
ボタンを渡すために彼女に会うにしたって、廊下の人だかりを突破しなくてはならない。
「そない弱気なこと言うてると、紅林さんに渡る前に、取られてまうで、第2ボタン」
「そないなヘマするわけないやろ!」
「ほんなら謙也、準備はもうええな?」
「当たり前や!なんとしてでも死守するで!」
まるで試合に臨むかのような気合いを入れる2人。
「ちゅうわけでひな、俺ら、ちょっと遅れるって財前たちに言うておいてくれへんか?」
「了解。2人の武運を祈ってます」
蔵に貰ったボタンを握りしめて、2人に促されるまま彼らを置いて部室に向かう。
後ろであがる歓声と、我先にと争うような音に、心の底から彼らの無事を祈願した。
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