あれから、ひな先輩に遅れること10分くらいで、レギュラーの3年生が勢ぞろい。
白石先輩、謙也先輩は勿論ながら、ちーちゃん先輩や、果ては小春先輩まで、全員が学ランのボタンを奪いつくされとって、ウチは文字通り目を丸くした。
そして始まった歓送会っちゅう名の大騒ぎも、現在宴たけなわ。
「ほな、先輩らの卒業を祝して、2代目マネージャーのウチからささやかなお祝いです」
少し畏まった挨拶をして、昨日の夜作っておいたイチゴ大福を差し出す。
「おぉ、めっちゃ美味そうやん!」
「ほんまたい」
「水無瀬ちゃんもええ嫁さんになれそうやな」
口ぐちに感想をくれるのは、謙也先輩とちーちゃん先輩に、白石先輩。
「なーなー、日和。ワイらの分はないん?」
「大丈夫、ちゃんとあるで」
しょんぼりとした表情でウチの袖を引っ張る金ちゃんに、そう答えると、彼はぱっと明るい顔をした。
「よっしゃ、ほないただきまーすっ!」
「こら、金ちゃん!これは俺らの祝いなんやから、俺の方が先やっちゅうねん!」
お盆の上の大福に真っ先に腕を伸ばしたのは、金ちゃんと謙也先輩。
「あ、せや」
ひー君や他の先輩らも手を伸ばし始めたので、今思い出したふりをして重大宣言を行う。
「因みに今みんながとった大福のうち、1つだけわさび入りがあるんで」
びしり。
音を立てて空気が固まった。
「ちょ、水無瀬何とんでもないことしでかしとんねん!俺らの卒業祝いちゃうんかっ!?」
「やー、ちょっとロシアン的なことでもせんと面白味ないやないですか」
「いやいやいや、お祝いにそないなもん求めてへんから、誰も!」
「せやけど、謙也君。ワテら四天宝寺生はいついかなる時も笑いの求道者やないとあかんのよ?」
青ざめて反論する謙也君に対し、諭すような口調は小春先輩。
「せや、小春の言う通りや!」
「やったらユウジ、お前はこの危険かもしれん大福食えるんか!?」
「当然や!」
謙也先輩に煽られて、一氏先輩が大福を一口でペロンと平らげる。
「……ユウジ……?」
もごもごと口を動かしながらも無言の一氏先輩。
謙也先輩が恐る恐る名前を呼ぶと。
「あー美味かった。俺んはフツーのイチゴ大福や」
どうやらハズレだったらしい。
「ほな、次はワテが、」
一氏先輩同様、大福を口ん中に放り込んだ小春先輩を、みんなが固唾を飲んで見守る。
「う゛!」
「こ、小春っ!?」
呻いた小春先輩に、一氏先輩が慌てて駆け寄る。
「大丈夫か、小春!」
「うぅー……、美味い!日和ちゃん料理上手やわぁ」
口許を抑えて蹲っておいて、にかっとした笑顔を見せる小春先輩。
駆け寄った一氏先輩はじめ、全員がずっこけたんは言うまでもない。
「小春もユウジもハズレかぁ……」
「これで、今俺らが手にしとる8コとお盆の上の2コ……、確率は10分の1か」
「じゃ、じゃあ次私が、」
どないしたもんかと頭を悩ませとる3−2の男子部員をよそに、ひな先輩がぱくりと大福に噛り付いた。
「……ひな、どうや?」
「……うん、美味しい。フツーのイチゴ大福だ」
「よかったぁ」
食べたひな先輩本人より、白石先輩のがほっとした顔をしとる。
全く、どんなけ過保護なんやろ。
「ほな、次は俺が」
「それなら俺も食うたい」
「ぬん」
ひな先輩に続き、白石先輩、ちーちゃん先輩、師範。
ひー君や金ちゃん、健ちゃん先輩もそれに倣って大福をぱくり。
「みんな……どや?」
唯一まだ手に大福持ったままの謙也君が訊ねるけれど、全員が口を揃えた答えは「ハズレ」。
「ちゅーことは……」
さぁっと血の気が引く音が聞こえるくらいの勢いで頬を青白く染める謙也先輩。
「謙也さんファイトー」
「勢いよく逝っちゃってください!」
「財前っ、もうちょい心込めろやっ!水無瀬は字っ、字ぃっ!」
ぎゃあぎゃあと喚く謙也先輩を、レギュラー全員で囃して乗せる。
「ちっ……こうなれば、ままよ……っ!」
漸く覚悟を決めたらしい謙也先輩が一口で大福を飲み込むと。
「け、謙也……?」
「生きてはります?」
「っはぁ〜……」
がくんと俯いた謙也君の目の前で掌をひらひらとさせる白石先輩と見守るひー君。
「ハズレや……」
長い溜息を吐いたあと、謙也先輩は死地から生還した兵士みたいに清々しい笑顔を浮かべた。
ちゅうことは。
「後の2つのどっちかやな。水無瀬、頑張りやー」
さっきまでびくびくしてた謙也先輩はどこへやら、今度は心底嬉しそうににやにやしよる。
これでウチがアタリ引いたら、バカにされそうやな。
それは癪に障るから、何としてでもアタリは回避せな。
自分でもどこにアタリを置いたかわからんため、慎重に2つの大福を見比べる。
ちゅうても、見た目にはなんも変化がないようにイチゴと餡の間にわさび入れてしもたからな……。
直感で右側のを手に取って、ぱくり。
「あ、ハズレや」
口に広がるイチゴの酸味と餡子の甘味にほっと一安心。
「ちゅうことはあれがアタリか……」
「誰が食うんスか、アレ」
「作った張本人でええやろ?」
「え、ウチは嫌ですよ?ここはやっぱ謙也先輩が」
「はっ!?なして俺!?ここは後輩が頑張るべきやろ、なぁ財前?」
「俺は死んでも嫌です」
「ほんならやっぱ水無瀬が、」
「なーにをモメとるんやぁ?青少年諸君!」
残りモノには福があるっちゅうけど、まさかホンマにアタリが残ってしまうとは想定外。
ウチとひー君と謙也先輩で言い争っとると、勢いよく部室の扉が開いて、オサムちゃんが現れた。
「みんなのオサムちゃんの登場やで〜……って、お?」
部室に流れとった微妙な空気を見事に壊してくれたオサムちゃんは、机の上の大福に目を止めた。
「なんや、オサムちゃんのおれへんところで美味そうなモン食うとるやんけ」
「あ、オサムちゃんそれはっ、」
にこにこと大福に手を伸ばしたオサムちゃんに、白石先輩が制止をかけるけど、間に合わず。
オサムちゃんはアタリのイチゴ大福を一口で平らげた。
「……オ、オサムちゃん……?」
瞬間、かっと目を見開いて固まったオサムちゃんの肩をぽんぽんと叩いてみると、そのままバタンと床に倒れる。
顧問・渡邉オサム。
まさかの登場10秒後のリタイア。
「わーっ!?オサムちゃんっ!!」
「日和、水やっ!」
「いや、ジュースとか味の濃いもんのほうがええんちゃうかっ!?」
部室内が騒然となり、みんなでオサムちゃんの看病をするハメになったのは言うまでもない。
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