手近なとこにあったベンチに腰かけて、ひー君はその隣をぽんぽんと叩く。
座れっちゅうことやろか。
おずおずとそこに腰かけると、ひー君は視線をウチから外し、前を向いてぽつぽつと話し始めた。
「お前はさっき聞いとったからわかると思うけど、俺、ずっとひな先輩が好きやってん」
「……おん」
「1年ん時、あの人が転校してきてから、ずっと」
知っとるよ。
ずっと前から。
あんま他人に興味を持たへんひー君が、少しだけ嬉しそうに話すテニス部の話。
そん中でも、秋から入ったマネージャーさんの話をするときのひー君の表情が、めっちゃ優しかったから。
その人んこと、好きなんやろうなって、思うてた。
「白石部長の彼女になっても気持ちは変わらんくて、けど、伝えることもできんくて、ずっとこの気持ち隠したまま、生きてくんやて思うてた。けど、」
「けど?」
「その想いも段々薄れはじめて。白石部長とひな先輩がいちゃついとっても、ちょっと前は死ぬほど苦しかったんに、今は全然平気になった」
「なして?」
「ひな先輩とおんなじくらい気になるやつができたから」
ひゅ、と、息が詰まった。
気づかんかった。
ひー君が好きなんはひな先輩だけやと思うてた。
やから、どこか安心もしとった。
ひな先輩にひー君の想いが届くことはあれへん。
せやから、ひー君を誰かに取られてしまう心配もあれへんって。
それなのに。
「そいつへの気持ちとちゃんと向き合お思て、ひな先輩への想いにけじめをつけたんや」
ひー君の声が遠い。
視界が真っ暗んなる。
ひな先輩や謙也先輩みたいに、ウチの想いがひー君に通じることはないんやろか。
絶望で胸が締め付けられる。
「日和?」
不意に怪訝そうな声で名を呼ばれた。
顔を上げると、頬に触れる骨ばった指。
その指に頬を滴る雫を拭われてはじめて、ウチは自分が泣いてたことを知った。
「泣くな、アホ」
ふわり。
学ランの黒が迫って来たかと思えば、あっという間にウチはひー君の腕の中。
「ちょ、やっ、」
何も知らんければ、嬉しいはずのこのポジションやけど、ひー君にひな先輩以外に好きな人がいると知った今は、ただ苦しさを煽るだけ。
「ひー君、離して……っ!」
なしてこないなことするん?
なしてこないに優しいん?
期待してまう自分が嫌で、ひー君の腕から逃れようと必死でもがく。
「嫌や」
「なして、」
気になるヤツが目の前で泣いてんの、ほっとけるはずないやろ。
耳元で響く、熱を帯びた声。
「話の流れ読めや、アホ日和」
抵抗するんをやめて、ひー君の顔を覗き込めば、悪態吐かれてすぐにそっぽを向かれてしまった。
せやけど、ウチから見えるひー君の耳は端っこまで紅くて。
さっきのがウチの空耳やないって証明してくれとる。
それが嬉しくて、今度はウチからひー君に抱きついた。
四天の卒業式!
Congratulations
on your
graduation!(言うとくけど、あくまで気になるだけやから)
(おん)
(好きかどうかはまだわからへんで?)
(それでも構へん!ひー君にウチのこと好きって絶対言わせたる!)
(そりゃ、楽しみや)
((そう笑うひー君の顔は、ひな先輩に向けてた表情とよく似てて、ウチのこと好きって言ってくれる日もそう遠くない気がした))
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