転生したら美少女だったので人生勝ち確のはずが、未来のエースストライカーに身の程知らずの恋をする羽目になって泣いた






「ねー、糸師くんの話聞いた?」
「え、また告白されたの!?」
「今度は三年の先輩だって」
「それってもしかして佐藤先輩?」
「うん、糸師くんのこと狙ってるって有名だったもんね」
「それで、もちろんフったんだよね?」
「いつものセリフでね」
「あれね!」

「「サッカーすんのに彼女はいらねぇ」」

「糸師くん、そのセリフ以外で断ったことないよね?」
「理由考えるのがめんどくさいんじゃないの?実際ブルーロックから帰ってきてプロ入り確定してる身なんだからこんなとこで女と付き合ってる場合じゃないし」
「プロになったら女子アナとかと付き合いたい放題だしね」
「あ、でも糸師くんってどっちかっていうと学校の同級生とか幼馴染とかと電撃結婚してファン泣かせそうじゃない?」
「それめちゃありそう。でもさー、もし同級生だったらその相手って絶対」

「「ナマエ!」」

「ゴホッゴホッ!」

朝イチで帰ってきたテストの結果はイマイチ。少し落ち込んで友人達の話に適当に相槌を打ってたところ、思わぬところに自分の名前が出てして咽せた。

「いやいや!糸師くん、女の子と付き合う気ないんでしょ?わたしだってあるわけないよ」
「えー、でも席隣同士だし、学校の王子と高嶺の花だし、しかも二人とも雰囲気ある系美人なとこ似てるし。お似合いじゃん?」
「糸師くんは世界で活躍する人だよ?わたしじゃつりあわないよ。そういう話は迷惑だと思うからもうやめよ」
「え、でもさー」
「な、何?」
「糸師くん、ちょっとナマエに気があるっぽくない?」

「ゴホッゴホッ!!」

また変なところ入った。

「だって糸師くんよくナマエのこと見てるし、共通の趣味あるし」

ない!それだけは絶対にないから!!しかもどっちもそういうのじゃない!!

もう自分のキャラ忘れて叫んでやろうかと思ったけど、残念ながらできないのがわたし。高嶺の花イメージは絶対壊すわけにはいかないし。

どうやって大きな間違いを訂正しようかと悩んでいると、席をはずしていた糸師くんが教室に戻ってきた。

さすがに友人たちも本人が戻ってきたらその話は止めるだろう。よかった、これで話は終わり。そう思ったのに、その本人が険しい顔でこちらにズンズンと近づいてくる。自分の席に戻ってくるにしては圧のありすぎる顔で。

え、怖っ、何?

すると糸師くんは自分の席を通り越してわたしの前までやってきて、そしてそこでピタリと止まる。今まさに話題に出ていた学校の王子が自分のところに来るなんて思いもしなかったから震えて、そしてその後の一言でわたしは倒れるかと思った。

「おい」
「は、はい?」
「今日の放課後屋上に来い」

「「「……えっ!?」」」


うちの学校の屋上は定番の告白スポット。友人たちは「きゃーーー!」なんて騒ぎ始めるし、クラスの男子たちは「あいついったぞ!」みたいにザワザワし始める。

なのに当の本人のわたしだけがまだ事態が飲み込めなくてぽかんとしている。


いや、糸師くんがわたしに告白とかありえないから。


だってわたし、嫌われてるし。




◇◇◇




転生したら美少女だった。

自分の前世のことは幼稚園の時に思い出した。その時に鏡で見た自分の顔がめちゃくちゃ可愛くて、「これはもしや美少女!?」なんて思って、そのあとすぐに父、母、姉の顔を見にいけばそこにはとんでもない美男美女が並んでいたから自分は将来約束された美少女だとガッツポーズをきめた。前世婚約者を美女に奪われてその後事故死という悲しい運命をたどったから、神様が憐れに思って恵んでくださったのかもしれない。

そんな前世を生きてきたから今世は婚約者を寝取られたりしない正統派ヒロインになりたい。さわやかな、できればかっこいい、そして絶対に、絶対に!ぜっったいに!!!浮気しない誠実な人と付き合って、結婚するのがわたしの人生を賭けた目標。

ということで、誠実な人に好かれるため自分も清楚な人間になろうと努力して早十数年。気がつけばわたしは高嶺の花と呼ばれるようになっていた。

ここまできたら勝ち組!なんて油断してはいけない。本当のことを言えば寝取られたのは一度じゃなくて三回。婚約者の前の彼氏も、その前の彼氏も、なぜかみんな可愛い子に取られているのでわたしは多分浮気されやすい人間だったんだと思う。だから今世のわたしは高嶺の花であり続けて、ぜっったいに浮気しない人をゲットして人生勝ち確させなくてはならない。

でも。

人生二度目といえどもわたしも人間なわけで。しかも見た目美少女でも中身はただのモブ。性格美人でもなんでもないわたしが高嶺の花をやり続けるのは正直死ぬほどストレスが溜まる。そしてその溜まりに溜まったストレスを発散すべく向かった映画館でわたしはやらかしてしまった。



それは二週間前のこと。


「「…」」

隣の席の糸師凛と映画館のエントランスで遭遇した。バッタリと言う言葉がここまで合うことはないと思うくらいバッタリと。

糸師くんは高校一年生の時に世界一のストライカーを生み出す一大プロジェクトで世界で有名になった人で、学校で『王子』なんて呼ばれる人気者。

顔面偏差値やばい、高身長、サッカーのクラブチームを優勝に導いた実力者で、兄はあの日本の至宝。そんなスペックを持ってるわけだから元々モテてたけど、ブルーロックから帰ってきてからは他校の女子からもモテ始めて、告白された数は星の数。でもその全てを先ほどの言葉でぶった斬っているらしい。

なのになぜか「そんなところがクールでカッコいい!」とファンの数をさらに増やしてるんだから王子の名は伊達じゃない。

そんな糸師くんのことを当然わたしもかっこいいと思ってたし、学校の王子と付き合うってどんな感じなんだろうと人並みに妄想したこともある。だからこんなとこで会えるなんてラッキー!!


なんてことにはならない。


なぜならわたしは糸師くんに嫌われているから。


理由はわからない。いつからなのかもわからない。ただ隣の席になって彼に睨まれてることに気がついて、そしたらわたしが近くにいる時普段に増して不機嫌そうな顔してるってことまで気がついちゃって、あ、嫌われてるんだなって。

ちょっと憧れてただけに結構ショックだったけど、隣の席なだけで特に関わってないわたしのことこんな睨むなんてなんなの!?と今ではわたしも糸師くんのことが苦手になってしまった。


さらにわたしが今から見るのがホラーだから(しかもコアな人しか見なさそうなB級もの、若干スプラッタ寄り)、知り合いに会うと非常にまずい…。

前世からのわたしのストレス発散法はホラーを見ることだし、なんなら趣味はホラー鑑賞なのに、みんなから「ミョウジさんは怖いのとか苦手そうだよね」「ホラーとかイメージなさすぎ。お化けとかスプラッタとか気持ち悪いし」と言われ、空気を読んだ結果「うん、苦手なんだよね」と嘘をつきました。それ、隣の席に糸師くんがいた時に言いました。これがバレたらわたしは可愛こぶるために嘘ついた痛い女だということになる。(まさしくその通りなわけだけど)

ということで、この瞬間、わたしのことが嫌いな糸師くんにホラー好きがバレないようにこの場を切り抜けてストレス発散するというミッションが発生した。


でもさすがに目と目がバッチリ合ったクラスメイトを無視はできない。それでわたしは鍛えた笑みを浮かべて話しかけた。

「こんなとこで会うなんてすごい偶然だね」
「…ああ」
「えっと、それじゃあまたね」

ありきたりな挨拶で終わろうとしたのに、さすが苦手な人なだけある。一言目で地雷を踏んできた。

「何見んだよ」
「え?」
「映画」
「え゛。えーーーーと…………………。ドラえもん…?」
「………は?」

この時の糸師くんの顔ときたら。文字通り「は?」という顔の後、いつもよりも深い皺が眉間に刻まれた。わたしのこと絶対クソバカって思ってる。

でも仕方ないじゃん!今やってる映画他に知らないんだもん!!そこにポップがあるからドラえもんやってること知っただけであって!!

「わたし飲み物買いにいくところだから、それじゃあね」

別に何か買うつもりなんてなかったのに糸師くんの冷たい視線が居た堪れなさすぎて逃げ出すようにポップコーンを求めるお客さんの列に並んだ。

糸師くん嫌い。ドラえもんいいじゃん。四次元ポケットの中には夢と希望詰まってるんだから。いや、見に来たのドラえもんじゃないけど。

とにかく折角列に並んだなら腹いせにポップコーンでも食べてやると優に三人前はあるであろうバケツサイズのポップコーンを買って、糸師くんに会わないよう急いで開場したホラー映画のスクリーンへと向かった。


そうしたら。



「「……」」



な、な、な、なんでいるの…!!?



なんとそこにいたのは糸師凛。しかもまさかのわたしが座ろうとしていた席の、隣の席に。スクリーンの端っこの二人席の一つだから、隣に誰も来ないって思い込んでた。そんなに混んでなかったし。っていうか、そこに誰か来るとしてもなんで糸師くん!?

神様は意地悪すぎる。どう頑張っても糸師くんにわたしのことを嫌わせたいらしい。

「おい」
「は、はい……」
「通りたいならさっさと通れ」

そう言われてようやく糸師くんがわたしが通れるようにその長い足を少し避けてくれていたことに気がついた。

「あ、はい……」

これからは一番奥の席はやめて手前にしよう。まあもうトラウマでしばらく映画館来れそうにないけど…。

ホラー好きもバレ、一人寂しくバケツサイズのポップコーンを抱えてるところも見られちゃえば今更隠すものなどない。どうせ嫌われてるから今更だし、糸師くんそんなに友達いなさそう(失礼)だからきっとわたしの秘密をバラしたりはしない、と思うし。もうなんでもいいやとわたしは考えることを放棄した。

それからはしばらく流れるどうでもいい広告を二人で眺め続けた。その間ポップコーンをやけ食いしてたわけなんだけど、さすがにわたしの勢いに引いたのか、それともポップコーンの量に引いたのか知らないけど、糸師くんがわたしをジトリと見てくる。

「どうかした?」
「それ一人で食うのか」
「うん。でもさすがに大きすぎたなって後悔してる。よかったら食べる?」
「あ?いら………もらう」

絶対いらないって言おうとしてた。サッカー選手って体調管理とか厳しそうだし、全然わたしのこと気にしなくていいのに。あれだけ睨んでおいて今更だし。

「え…無理しなくていいよ」
「んなのしてねぇ」
「それなら、どうぞ」

ポップコーンをわたしと糸師くんの間に置くと、糸師くんはそれを一つ口に入れる。ちょうどいい塩加減で今日のポップコーンは美味しいとは思っていたけど、糸師くんの表情が目に見えてぱぁっと明るくなって、あ、美味しかったんだってわかった。

「ここのポップコーン、美味しいね」
「別に。普通だろ」

照れ隠しなのかプイッと顔を背けながらもう一つ口に運ぶ。ちょっとだけ可愛い。苦手なのに、顔がいいとそれだけで安易に好感度が上がりそうになるからよくない。イケメンってなんて得な人種なんだろう。一応わたしだって美少女に生まれ変わったはずなんだけど、絶対糸師くんみたいにこのアドバンテージを利用できてない。中身がモブだからかな。

わたしがそんなことを考えている最中も糸師くんの手は止まらなくて、隣からもしゃもしゃカリカリと音が響いて、意外な王子の一面につい「ふふっ」と笑みが溢れてしまった。すると糸師くんはムスッとした顔で「随分グロいドラえもんだな」と多分彼なりの反撃をしてきた。

「だって普通女が一人でホラー見るって言ったら引くでしょ。言えないよ」
「別に俺は引かねぇ」

そりゃ初期値の好感度が低すぎるからだよ。これ以上下がるものがないし。

「糸師くんが引かなくてもみんなは引くし。嫌われたら嫌だもん」
「そんなんで嫌いになるようなぬるい奴らと一緒にいる意味あんのか」
「普通の人はそんな簡単に割り切れないよ」

それにわたしは高嶺の花でいつづけて、誠実なイケメンと出会うという使命があるし。言えないけど。

「それよりわたしは糸師くんがホラー好きなのが意外だった」
「あ?ホラーは良いだろうが」
「そうだね。ホラーは良いよね」


その後は特に会話もなく、しばらくして映画が始まった。映画中は、お互いポップコーンを取るタイミングが合っちゃって、手が何度か当たって「「あ…」」みたいな。お互い苦手だと思ってた男女が急接近!?というありがち展開だったけど、もちろんわたしたちには関係ない。むしろ糸師くんにまるで汚いものに触れたかのようにものすごい勢いで手を避けらて、心の距離はますます離れた。

ちなみに映画はまずまずと言ったところで、わたしがこっそりやってる古のブログに感想を書いたら、唯一の読者さんがいつもみたいにコメントをくれて元気が出た。ちょっと愚痴りたくて苦手なクラスメイトに会ったことも書いてみたら、そっちは反応がなくて少し寂しかったけど。


そしてその翌日のこと。


「おい」
「は、はいっ!なんですか!?」
「これ」

朝のホームルーム後、友人と話していたら突然糸師くんに紙袋を押しつけられた。あまりに一瞬だったからわたしたち唖然として固まった。

固まったあと、ちょっとは空気読めと思った。これまで話してなかった学校の王子がわたしに急に話しかけてきたら何事かと思われる。高嶺の花だからって学校の王子に近づけば他の女の子同様睨まれるのは当たり前のことで、実際糸師凛ファンクラブの目が痛い。正直女子から嫌われるのは勘弁なので、こういうことは困る。

それにしてもなにこれ。もしかしたらポップコーンのお礼…?でもなんとなく嫌な予感がしたからこっそりと紙袋の中身を確認して、そしてわたしは勢いよくそれを鞄の中に突っ込んだ。 

「……」
「なになに!?何もらったの!?」
「え…?」

中身はホラーDVDだった。………そんなん言えるかっ!!

「……ドラえもんのDVD」
「は?ドラえもん?」
「わたしドラえもん好きなんだよね。それで糸師くんがDVD貸してくれることになって」
「え?ドラえもん好きなの?ナマエも糸師くんも」
「………うん」

もうお分かりいただけたと思うけど、わたしは嘘をつくのが下手である。しどろもどろにそう答えると、自分の席に戻って我関せずと反対方向を見ていた糸師くんの肩が少しだけ震えてるのが見えた。絶対「随分グロいドラえもんだな」って思ってる。ひょっとしたら人を勝手にドラえもん好きにするなって怒ってるのかもしれないけど。

でもわたしがホラー好きをみんなに知られたくないの知っててやってるんだからこれって立派な嫌がらせだよね?だから糸師くんはドラえもん好きって思われちゃえばいいと思う。

その日の休憩時間、わたしの話を聞いてたファンの女の子たちが糸師くんにドラえもんの話を振ってて思わず吹き出したら糸師くんにめちゃくちゃ睨まれたけど、そんなん知らない。どうせ女の子たちのこと無視するんだからいいじゃん。


と、こんなふうに文句は言うもののホラーに罪はない。渡されたホラーは楽しく見させていただいたし、ブログに長文の感想を書くくらいには好みだったので、お礼にお気に入りのすっぱいレモンの飴(スポーツ選手への差し入れといえばレモンの蜂蜜漬けという固定概念があるのでレモンにしてみた)をあげてみた。

「なんだこれ」
「DVD面白かったからそのお礼。すっぱくて美味しいよ」

すると糸師くんは不機嫌そうな顔をした。思ったより嫌がらせが応えてなくてムカついてるのかもしれない。もうなんでわたしが彼に嫌われてるのかは考えるのを放棄するけど、顔がいい人の不機嫌顔ってなんでこんなに圧があるんだろ。怖い。


ということで、糸師くんがわたしのことを好きとか絶対ないので呼び出された理由が皆目見当もつかない。まさかドラえもん好きってことにされたことへの報復じゃないよね…?そんなに怒ってない、よね?え、こわい。

呼び出された理由はわからないのに、休み時間のたびにわたしと糸師くんを指さしにやってくる違うクラスの人たちが増えていって、知らない間にわたしが糸師くんに呼び出されたことは学校中に広まっていた。

こわい、こわい、なに?ほんと、なに?マジで逃げたい。




そして無情にもその時はやってきたが、事態は思わぬ方に進んでいった。



「俺と付き合え」
「ええっ!?」

放課後、なぜかわたしよりも先にいる観衆の方々に見守られながら恐る恐る糸師くんの前に立てば第一声がそれ。出てきた感想は『なにこれ、罰ゲーム?』。

「え、あ、あの、糸師くんみたいなすごい人とわたしっていうのはその、なんていうか、その、ね?」
「そんなん関係ねぇだろ。俺はお前が好きだから告白してる」

はい………?

すき…?そんなわけないじゃん?あれだけ睨んでおいて。いや、これ絶対罰ゲーム。そういえばちょうどテスト返ってきたところだし。

…罰ゲームやってる糸師くん想像できないけど。

でもなんにせよ答えは一択。

糸師くんわたしのこと好きじゃない→断る
わたし糸師くんのこと苦手→断る
糸師くんファン怖い→断る
多分罰ゲーム→断る
将来サッカー選手でモテるから浮気し放題→絶対断る

もちろん糸師くんの顔がいいことと、ホラー好き知られてるから気が楽ってところはプラスだけど、5番目の条件でわたしの中ではなし。ということで断ることは決まってるんだけど、糸師くんほどの人の告白を断るってどうしたら…。ファンが見てる前でファンが怖くて無理ですは言えないし、浮気し放題な人は遠慮しますなんて言えるわけもないし。

わたしが応えあぐねていると、糸師くんはさらに続ける。

「俺のこと嫌いじゃねぇなら付き合え。後悔させないし、好きにさせる。俺のこと好きか嫌いか、どっちだ」
「え、ええ…?」

ちょ、まっ、まって?この顔面の人にそんなこと言われて、こんな大衆の前で「嫌い」って言える人、いる!?てか普段あんまりしゃべらないくせにこんな時だけグイグイくるってなに!?顔面の圧すごいんだよ!でも負けるなわたし、「嫌い」って言ってやれ!


「き、きら」
「あ?」
「………い、じゃないです」
「好きか嫌いか聞いてんだ」
「え゛」
「どっちだ」
「………好き?」
「じゃあ付き合え」
「あ、はい」


え、瞬殺されたんですけど。わたし弱すぎない…?

いや、顔がいい人って人に言うこと聞かせる能力持ってるよね!?糸師くんだけ!?だって圧がすごいんだもん(泣)

向こうのほうでファンクラブの皆様が泣いてるのが聞こえてくる。多分わたし、これから呪いの藁人形で呪われると思う。そしてそんな悲しい目に遭うのに最後は『罰ゲーム』って言ってフラれるか、女子アナと付き合うことになったって言ってフラれるんだ。つらい。




わたしの初彼氏、こんなはずじゃなかったのに………。





◇◇◇




糸師くんと付き合い始めて一ヶ月。なんだかあっという間だった。

騒動は思ったよりも早く落ち着いた。わたしたちが付き合って変わったことといえば、男子から話しかけられることが少なくなって取り繕う回数が減ったことくらい。ファンクラブの女の子たちからは今のところとくに何もなくて、むしろ拍子抜けしてるくらい。だから割と付き合ってること自体は意外と悪くないといった感想。

付き合ってること自体は、だけど。

わたしを困らせているのは彼氏になった糸師くん改め凛。わたしのことが嫌いなはずだったのに、今ではむしろ、その、なんていうか…。



それは例えば告白の後の帰り道のこと。


「家どこだ?」
「…え、長谷の方、だけど」
「今日クラブ行くまで時間あるから送る」
「…………へ!?」

糸師くんはわたしの手を取って、ギャラリーをかき分けて歩き始めた。

こんなことになるなんて思いもしなかったから何を話したらいいのかまるでわからないし、糸師くんも何も話さないからわたしたちはしばらく無言だった。背の高い糸師くんに引っ張られる形で歩いていたから、手首が少しだけ痛い。

「あの、糸師くん?」
「凛」
「りん?」
「名前で呼べ」
「え、うん…」
「で、なんだ」
「あの、手が少し痛くって」
「ああ」

ようやく気がついたのかわたしの手首を解放して、そして立ち止まった。

「ワリィ」
「大丈夫だけど…あの、わたしたちって本当に付き合うの…?」
「あ?そうだっつってんだろ。別に今俺のこと好きじゃなくても好きにさせるから問題ねぇ」
「………」
「それともなんか問題あるか?」

問題しかなくないですか?だって糸師くんわたしのこと好きじゃないじゃん!

「えーと、その、ね?」
「……その猫被りはいらねぇ」
「ねっ!?」
「気持ちワリィんだよ、それ」
「……はぁ!?」
「お前はでかい口開けてポップコーンでも食ってろ」

いや、糸師くん失礼すぎない!?絶対わたしのこと好きじゃないじゃん。こんな男にはくん付けいらない。呼び捨てで呼んでやる。それに演技なんて誰がするか。

「凛ってみんなから王子って呼ばれてるのに全然王子じゃない」
「勝手に言ってるだけだ。俺は知らねぇ。お前だって高嶺の花だとか言われてるけど、違ぇだろ」
「そんなことないし!わたし凛の前以外ではちゃんとしてるもん」
「ふん。…まぁお前の素は俺以外知らなくていいけどな」

…………え。

「帰るぞ。さっさとお前の家がどっちか言え」

そう言うと凛はわたしの手を取って歩き始めた。

なにこれ、なんだか…。




例えば告白の日の翌朝のこと。


「おい」
「糸師くん……お、おはよ……」

嫌われてると思ってた人と付き合うことになっただけでも気まずいのに、その人がひょっとしたら自分のことが好きかもなんて思ってしまえば気まずさは天元突破。わたしが『気まずいです』という顔で挨拶を返すと彼はいつもみたいに不機嫌な顔をする。

「……名前」
「なまえ…?」
「戻ってる」
「あ」
「名前で呼べ」
「……凛?」
「…なんだ」

自分で呼ばせておいて、「なんだ」って何。そう思うのに、目を少しだけ伏せて顔は少しだけ赤い。

もしかして……照れてる……?

そんなふうにされたらどうしたらいいかわかんないじゃん。なんか、わたしも顔熱くなってきた。困る。




それからたとえば二週間前のこと。


「教科書忘れた」
「見る?」
「ん」

おかしいなって思った。だっていっつも教科書なんてほとんど見てないのに。

それでも凛は机をわたしの机に寄せて、そして、教科書を覗き込む。

近い。

さすが学校の王子と言われてるだけあって凛は顔が尋常じゃなくいいし、なんかこう、匂いまでイケメンで、無駄にどきどきさせられる。いやでも凛は全然わたしのタイプじゃないじゃん。ほら、下まつ毛とか好きなタイプじゃないでしょ?そもそもモテてモテていくらでも浮気できちゃいそうな職業の人は怖いから将来の旦那さんにはできないんだから、うつつ抜かしてる場合じゃない。

少しでも好きじゃないところを探そうとこっそりと凛を見つめていたら、教科書を見ていたはずの彼がこちらに視線を向けてきた。

「見てんじゃねぇ、バカ女」
「っ!」

そう言って凛はわたしのおでこを軽くデコピンしたあと狸寝入りを始めた。

こっちはあなたの気まぐれに付き合ってあげてるんですけど。ムカつく。

こうなったらわたしもやり返してやると目を閉じている凛の頬を摘もうとした。でも目を閉じてたくせになぜかわたしの手を的確に掴み返された。そしてぱちりと目が合うと、凛はあろうことかわたしのその指をがぶりと噛んだ。

「っ!!」

思わずガタンっと足を机にぶつける。急な大きな音に先生に「どうした?」と聞かれてわたしは俯いた。

「い、いえ、なんでもないです…」

その時、凛は机の下てわたしの手を包み込むように握っていた。そして気が付いたら指は絡められていて、優しく、でも次第に簡単には振り解けないくらいの力に変わっていく。

苦しいくらい跳ねる心臓を抑えてわたしがこっそり凛を睨みつければ、彼はいたずらっ子のように舌をべーっと出してくる。

その瞬間、今までだってかっこいいと思ってたはずの凛がなんだかものすこくかっこよく見えちゃって、どうしようってなった。

告白された日以降凛から「好きだ」とかそんなことは言われたことはないし、キスだってそれ以上だってもちろんしていない。時々こうして揶揄われるだけで、むしろまだわたしのこと嫌いでしょって思うこともあるのに、気がついたらわたしは凛に振り回されていて、そしていつも凛のことを考えていた。


どうやらわたしは凛のことが好きになってしまったらしい。


どう頑張ったって凛と結婚できることはないんだから、わたしを待ってるのはもう二度と経験したくない好きな人との別れ。見た目は女子高生でも精神年齢はもうとっくの昔に成人してるわたしは、多分まわりのどの女子高生たちよりも恋に臆病だった。

だから一生わたしのことを大切にしてくれるそこそこの誠実な人としか付き合わないって思ってたのにな。最悪。

まだ来てもない別れの日を考えて少し泣いたし、それから少しして凛が罰ゲームで告白してきたって知ってまた泣いた。


「糸師、マジで告白すると思わなかった」
「こういう罰ゲーム乗るように見えないもんな」
「糸師の成績見たか?あれはやべぇ。ガチだ」
「いや、どんだけ成績悪くてもミョウジさんと付き合えんなら勝ち組だろ。つか糸師イケメンで将来サッカー選手なんだからうちの学校のマドンナじゃなくて女優と付き合って紹介してくれよな!俺らの希望奪ってんな!」


タイミング悪くクラスの男子たちが話してるのをたまたま聞いてしまったのだ。

ほらね、わたしのばーか。でもこれ以上好きになっちゃってから聞いてたら立ち直れなかったから、今知れて良かったのかもな。今ならまだ戻れるし。

もうすぐ最後の進路調査。ほんの少しだけ凛が行くことが決まってるフランスの言葉を覚えようかとフランス語学科を受けようかと思ってたけど、その大学名は訂正することになる。




◆◆◆




「じゃあ次のテストでなんかの科目ドベだったやつ罰ゲームしようぜ!」

それを聞いていた糸師凛はくだらねぇと思った。冷めた視線を向けられていることにも気が付かず、クラスメイトたちは話を続ける。

「罰ゲームっつーと数学とかか?」
「おまっそれ自分が得意なやつだろ!させるか!」

なんで俺の周りはバカばっかりなんだ。そんなくだらねぇことやる時間があったらもっとマシなことやれ。とは思うけど、そんなことは言わない。くだらないことに関わる方がくだらないから。

さっさと学校終われ。こっちは一分一秒でもサッカーしてぇんだ。

そう思っていたはずなのに話は変わった。

「つーか罰ゲームってなにすんだよ」
「んー、じゃあミョウジさんに告白とか!?」

あ…?

この時の凛は、ナマエが他の男に話しかけられているときと同じぐらい眉間に皺が寄っていたし、眼光は鋭かった。

「それ罰ゲームじゃねぇじゃん」
「ばーか、ミョウジさんにフられんだから罰ゲームだろ?」
「もしOKだったらご褒美だし!」
「バカすぎるだろ!付き合えるわけねーじゃん!」
「でも誰にも邪魔されずにミョウジさんと話せるとかやっぱご褒美じゃね?ドベじゃなくてクラス一位のやつにするか」
「じゃあやっぱ数学な!」
「「おい!」」

お前らのどうでもいいゲームにナマエを巻き込むんじゃねぇと言いたいが、ここで凛が言ったところでなぜかこういう話は尽きない。凛がナマエに近づく男を睨んで牽制しているにも関わらず、結局またこんな話が出ているのだから。



凛にとってナマエはどうでもいい女子の一人だった。いや、顔は好みだったから最初からどうでもいい女子ではなかったけど、少なくとも付き合いたいだなんて感情はまるで皆無だった。それこそ「サッカーすんのに彼女なんて邪魔」だと思ってたから。

そんな凛が高嶺の花のことが気になり始めたのは、隣の席になってすぐのこと。本当に些細なことがきっかけだった。いつも誰かに囲まれている彼女が一人で席に座っていて、そしてスマホを見ていた。別に見るつもりは全くなかったけど、偶然にもその画面が見えてしまった。

それは凛がよく見ているホラー映画を紹介している人のブログだった。

凛が一番好きなホラー映画について何気なく検索した時、そこにたどり着いた。その映画は昔からある映画でホラー界で知らない人はいない作品だから、そこに辿り着いたのは本当に偶然だった。

凛はその映画で一番怖いと思うシーンはよく言われる父親が斧を持って追いかけてくるシーンじゃなくて、もっと前の、父親が少しずつおかしくなっていく始めの方の違和感のところだった。そして、その人は自分と全く同じところに焦点を当てて作品を紹介していた。それでこの人が面白いと言ってたホラーを見てみたいと思って実際見てみればそれが実に自分好みのホラーで、感性が合うんだと思った。それにホラー以外の、ごくたまにの何気ないブログも割と好きだった。雨が降る前の匂いが好きだとか、桜は葉桜が好きだとか。

その時は俺以外にもあの人気のねぇブログを見てる奴がいんのかと、こいつもホラーとか見るんだな程度だった。

でもそのブログで紹介されていた葉桜の写真の背景にうちの学校が少し写っていたことと、ホラーの感想に対して一度コメントをしたら「いつもブログ見てくださってありがとうございます!多分わたしのブログの唯一の読者様です」とクソ重たい返事が返ってきて、「もしかしてコイツが書いてんのか?」となった次第。

それから凛はアイスと名乗ってブログに何回かコメントを残した。紹介されていた映画が面白かっただとか、逆にこれがおすすめだとか。彼女は唯一の読者の凛に優しくて、飾らなくて、学校で見る気取った高嶺の花とはとても思えなかった。それから隣の彼女を観察してみれば高嶺の花だとか言われてるのに意外とそんなに成績良くなくて、テストの結果に一喜一憂してるとか、窓際の席が気持ちよくてたまにうとうとしてることに気がついて、そんな自分しか知らない一面を可愛く思うようになってしまった。

すると彼女の周りにいる男が目について、気がつけばその男どもを睨むのが日課になっていた。目力のある凛からの睨みは結構効いた。それなのにわんさか羽虫は沸いて出てくるからからイライラは止まらず、眉間のシワはだんだんデフォになる。もちろん凛はそれがナマエに「わたし嫌われてる」という誤解を与えることになるなんて思いもしていなかったから、自分と映画館で会った時のことを『わたしのことが嫌いな人と映画館で隣になって、気まずかった』と書いているのを見た時は結構ショックだった。

でもそのおかげでナマエと素で話すようになれたのなら問題はない。これからの態度でわかってもらえばいい。元々恋愛思考じゃない凛はそう考えていた。

でも事態は罰ゲームの存在によって変わった。

こっちはお前らがあいつと話してるのを見てるだけでもイライラするのに、告白だ?これ以上イラつかせんじゃねぇ。

凛は立ち上がって何の教科にするかを話し合う男たちの元へと向かった。

「英語」
「「「は!?」」」
「英語にしろ」

英語は勉強が壊滅的に苦手な凛の、唯一できる科目だった。凛がクラスで二位を取っているのはもちろん英語だけ。ちなみに一位は同じく英語だけ得意なナマエなのだけど、凛はもちろんそんなことは知らないし、直情型ゆえ一位は他の男だと思い込んでいるから、まだ科目も決まっていないのにその存在しない男を一位の座から引き摺り下ろすことしか考えていなかったのだ。

「糸師!?え、お前も参加すんの!?」
「クラス一位の奴がって話なら俺も参加ってことになってんだろ」
「まあ確かにそうだけど。え、お前もミョウジさんに憧れてんの?」

クラスメイトたちは自分達が憧れる高嶺の花と隣の席の凛が最近ちょっといい感じじゃね!?と思っていた。相手が糸師凛なら勝ち目ねぇなとも思っていた。でもやっぱり高嶺の花が誰かのものになるのは面白くないから、揶揄った。凛の性格上、揶揄えば眉を顰めて不参加になるかもしれないと期待して。

けど凛の気持ちはそんな半端なものじゃなかった。

「お前らと一緒にすんじゃねぇ」

この気持ちは憧れなんかじゃない。

凛が睨むとクラスメイトたちは「糸師、こっえーーーー!!」と頷くしかできなかった。

かくして罰ゲームならぬ褒美ゲームの科目は英語となった。すんなり高嶺の花が学校の王子のものになるのもなんだか癪で男子たちはみんな英語を頑張った。だからこのクラスの英語の平均点は相当上がって、英語の担当は泣いて喜んだし、クラス順位が一位から四位にまで落ちてナマエは少し落ち込んだ。


告白について凛に勝算があったかというと全くそう言うわけじゃなかった。自分から告白だなんてもちろん初めてだからやり方もよくわからない。でも自分の知ってるナマエは押して、押して、押せば断れないタイプだったから、とにかく押して付き合う権利をもぎ取ってしまえばいいと考えていた。


付き合ってしまえば絶対に惚れさせる自信はあったから。




◇◇◇




うちの学校の王子と高嶺の花カップルの一日を見てほしい。



「おい」
「何?」
「なんでいつもレモンなんだ」
「え?レモンの蜂蜜漬けだめ?差し入れの定番だよ」
「お前のは酸っぱすぎんだよ」

この段階から俺たちは『また始まった…』と顔を見合わせる。糸師の勢いに負けて付き合いはじめた感のあった高嶺の花が糸師に差し入れをしているという事実。それから「いつも」という言葉でもう何度も差し入れをもらっているというアピール。

最近、男がミョウジさんに話しかけようとするとすぐにこうして彼氏によるマウントが始まる。普通に話してるように見えるのにきっちり男を睨んで『俺のに手を出すな』と牽制してくる糸師に、怖ぇぇぇ!と震えた後、清楚で誰からも好かれるミョウジさんが彼氏の前になると普通の女の子に変わる様子に俺たちは恋心を砕け散らせていた。

「酸っぱい方が疲労回復にいいかと思って」
「俺は酸っぱいのは好きじゃねぇ」
「そうなの!?もっと早く言ってよ。じゃあ何が好きなの?」
「…お茶漬け」
「それ、差し入れできなくない?」
「うるせぇ。好きなもん聞いてくるからだろ」
「えー、お茶漬けかぁ。あ、わたしあれ好き。鯛の刺身乗ってるの」
「それは俺も」
「出汁と生卵と鯛のお刺身ごはんにかけるやつなんだけど一緒?………あれ?お茶かけてないからお茶漬けじゃないのかな?」
「それは鯛めしだろ。お前バカか」

宇和島鯛めし知らないんだー。まあ俺もこの間たまたま知ったんだけど。つか普段の清楚な感じよりも素の方が俺は好きだなー。あと糸師口悪すぎ!そんな男やめて俺にしとしときなよ!

なんて思ってはいけない。それは大体そのあとのフラグだから。

「…鯛めし知らなかっただけでバカ呼ばわりやめてよ。そういう自分はどうなの」
「………」
「そういえばさっきテストの成績返ってきたけどどうだった?」
「………」
「あ、無言のわりには見せてくれるんだね。って、え、凛成績悪…。頭良さそうな顔してるのに」
「うるせぇ。俺はサッカーしかやらねぇんだよ。そんなこと言うお前はできんのか」

糸師が隣の席のミョウジさんの机から成績の紙を取り出して見始めると、ミョウジさんは「あっ!ちょ、人の勝手に見ないで!」と紙を取り返そうとする。でも糸師はその長い腕でひょいと避ける。それを繰り返した結果、届かない紙に手を伸ばす姿はまるで糸師に抱きついているよう。糸師は「おい、見えねぇだろうが」とか言ってるけど、まんざらじゃない顔だから絶対わざとやってる。あいつ性格悪いの俺知ってる。つーかミョウジさんが倒れないようにちゃんと腰抱いてるし。

「お前も似たようなもんじゃねぇか」
「いや待って、凛よりは良いから!」
「高嶺の花とか言われてんのに勉強はできねぇんだな。猫被りが足りてねぇんじゃねぇか」
「ちょっと!そういうこと人がいる場所で言わないでって言ってるじゃん!それに英語は一番だから!ほら!凛より上!」
「あ?………一位お前だったのかよ」
「え?」
「なんでもねぇ。仕方ねぇから今度うまい鯛めし食べさせてやる」
「あ、うん……ありがと」

教室でいちゃつくな。




あと最後の進路調査の前の初めての大げんかの時の話はもはや伝説。


「ちょっと勉強教えてもらってただけなのに…。あんなこと言うなんてひどくない?」

放課後。少し居残りをして俺がミョウジさんに勉強を教えていたら糸師がとんでもなく酷いことを言った。それに対して口を尖らせて糸師を廊下に連れ出したミョウジさんに糸師はもう一度同じことを言う。

「バカなんだからそんな勉強頑張る意味ねぇだろ」
「そんな無責任なこと言わないで」
「……あ?」

この時点で場の温度が三度くらい下がった。なのにこの後の台詞でもう雪でも降ってんのかってくらい凍りついた。

「将来が決まってる凛と違ってわたしは今頑張らなきゃいけないの。凛は関係ないんだから放っておいてよ」
「…………おい」

あまりにも低い声にミョウジさんはすぐにしまったという顔をして、「……ごめん、進路悩んでたから八つ当たりしちゃった」と謝ったけど、糸師の絶対零度の態度は治らない。

「んなのどうでもいい」
「え?」
「なんでお前の将来が俺に関係ねぇんだ」
「…それは、だって、凛はサッカー選手になるし」
「それがどうした」
「そんな人とずっと一緒にいられるとか夢みたいなこと思ってないよ」
「じゃあお前は俺と別れる前提で付き合ってんのか」
「だって…」

一瞬言葉を止めた。言いにくそうにしているのを感じ取って糸師は「なんだ」と次の言葉を促した。

「凛がわたしのこと好きじゃないって知ってるから」
「は?」
「あの告白、罰ゲームだったんだよね?どういう内容かは知らないけど、なんでわたしのことフらないのかなって思ってた。それにもしこのまま付き合ってたとしてもこれから綺麗な女優さんと会えばすぐに気が変わるって思ってた」

やばい。俺らが罰ゲームで高嶺の花に告るとか言ってたの知ってたのか。いや、でもあれ最終的には糸師の出来レースだったんだけどな。

「お前、俺が罰ゲームで告白したと思ってんのか」
「うん…」

これは初めての修羅場か?これで別れることになったら俺にも可能性が!素のミョウジさんのが好きだし、俺なら受験で不安なミョウジさんの気持ちわかってあげられるし。

なんて思ってはいけない。

「いつからそう思ってた」
「…最初からそうかなとは思ってたよ」
「二ヶ月前だろ」
「……なんで?」
「お前わかりやすいんだよ。明らかに俺のこと避けやがって。んなのに俺が好き好んで乗るわけねぇだろうが。罰ゲームでもお前に告らせんのは嫌だからわざわざ乗ってやっただけだ」
「……え?それって」
「俺をその辺にいるような男と一緒にすんじゃねぇ。俺は自分の意思で告白したし、お前はそれをOKした。だからお前と別れる気なんざねぇ。一生な」

まだイマイチ事態が飲み込めておらず目をパチパチと瞬きさせるミョウジさんに糸師はため息をついた。

「バカなお前にわかるように言ってやる。俺はお前がホラー好きなのを映画館で会う前から知ってた」
「…………………へ?」
「お前がやってるブログの唯一の読者は俺だ」
「え、ちょ、ま、え!!アイスさん、なの!?え!うそ」
「映画館で会ったあの日、お前がブログであの映画見に行くって書いてたの見て俺も見に行った。隣になったのは偶然だが」
「へ!?」
「あとお前は俺がお前を睨んでたとか嫌ってたとか思ってたみてぇだが、お前が他の男と話すのが気に入らなかっただけだ」
「ま、ま、ま、まって!あの、場所移そ?人に聞かれちゃう」
「別にいいだろ、聞かせておけば」
「よくないよ…」


ミョウジさんは慌てたように糸師の手をとって走って行った。行き先は多分屋上。


え?俺ら?


もちろん見に行っちゃうよなー。



◇◇◇



信じられない事態が起きている。

凛が告白してきたのは罰ゲームだけど罰ゲームじゃなかったってことだけでも頭パンクしてたのに、凛がわたしのホラーブログの読者さんで、わたしが映画見に行くの知ってたから見にきてて、しかもわたしが男子と話すのが気に入らなかったって。

それって……。いや、でも、そんな。

どうしたらいいかわからなくて屋上に着いてもだんまりを決め込んでいたら凛から「もういいか」と急かされる。

「ま、まって、まだ心の準備が…」
「俺はお前のことが好きだ」
「うっ」

う、うそだ…

「嘘じゃねぇ」
「…わたし、まだ何にも言ってない」
「お前が自己肯定感低いのはもうわかった。だからちゃんと言葉にして言ってやる」
「う゛」
「女なんてサッカーすんのに邪魔だと思ってた。でも気付いたらお前を目で追ってたし、ブログのやり取りだけじゃなくて直接話したいって思ってた。素のお前を知ったらお前が他の男の視界に入んのすらムカつくぐらい好きになってた。こんな感情は一生他の女に抱くことはねぇ。そもそも女に興味を持ったのもお前が初めてだ。わかったら俺が他の女を好きになるとかいうトンチンカンな考えはさっさと捨てろ」

凛から出てくる言葉は刺激が強すぎて、途中で「待って」とか「あの」とか口を挟もうとしたのに最後までやめてくれなかった。だからわたしのHPは残ってるわけもなくて返事なんて絶対無理。

「おい、聞いてんのか」
「や」
「こっち見ろ」
「だめ」
「なんでだ」
「い、今凛の顔見たら多分心臓が破裂しちゃう」
「……お前はクソバカだな」


「へ?」


凛にキスをされていることに気がついたのは痛いくらいに抱きしめられてまるで食べるようにわたしの唇に噛みつかれたとき。とっさに胸板を押し返したけど、普段鍛えている凛からすればわたしの抵抗なんて意味をなさない。

その口づけはわたしが抵抗を止めるまで続いて、終わった時にはわたしの息は上がっていた。

「次に俺が他の女のどこに行くからとかいう馬鹿げた理由で別れるなんて言ったらその口その場で塞いでやる」
「い、今は言ってなかった」
「今のはお前が悪い」
「何にもしてないよ…!」
「……それで、わかったか」
「……」

人生二度目だというのに男のことを何にもわかってないらしいわたしは、さっきのキスの余韻が抜けなくて、ついこう言ってしまったのだ。

「もっかいしてくれたら、わかる、かも」
「………あ゛?」

え?なんでめちゃくちゃ怒ってるみたいな表情してるの?

「おい、バカ女」
「い、痛っ」
「煽った責任、取ってもらうからな」

二の腕を爪が食い込むかと思うくらいに掴まれて、眉を顰めたけど、凛の翠色の瞳の奥に思いもしなかった欲が宿っていることに気がついて、『間違えた』と思った。

結局そのまま無表情の凛に連行されることになったんだけど、どこに行くのかとか、このあとどうなるのかとか、わたしたちを覗いてたらしいクラスメイトたちの顔が赤いだとか、もうほんと、色々と怖すぎて嫌になる。


◇◇◇



「で、わかったか」
「…………はい。で、でも勉強の邪魔はやめてよ。わたし、路頭に迷っちゃうから」
「あ?路頭になんて迷わせねぇよ。お前は卒業したらフランスに連れて行く」
「……は?」
「だからお前はフランス語の勉強しとけ」
「え、ええ!?何言って…」
「英語ができんだからフランス語もできんだろ」
「いや、そういう問題じゃなくてわたしフランス行くの!?」
「俺がお前を一時だって離すわけねぇだろ。さっさと進路希望にフランスって書いとけ」


無事?凛の気持ちをわからされた結果、凛が一途を通り越して超がつく重たい男だと知ったんですがどうしたらいいですか。落差激しすぎて風邪ひいちゃう。




 





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