石探しの旅に出て帰ってこない婚約者は私と結婚するつもりはないらしい









その場所に一歩足を踏み入れれば目の前の光景に視線が釘付けになるのも仕方ないと思う。

ポケモンたちが生き生きときのみを食べ、自由に陸を歩き、空を飛んでいる。何度も行ったことがあるサファリゾーンは人工の施設だから、こんなにも広大な自然が残っているところでポケモンがのびのびと過ごしているのを見るのはもしかしたら初めてかもしれない。

縄張り争いなのかそれともメスをめぐっての争いなのか。わたしはポケモン博士じゃないからどういう理由で喧嘩をしているのかわからないけれど、なんだかわたしが住んでいる場所よりも野生みが強い気がするのは流石に気のせいかな。

あのモコモコとしたポケモンはなんて名前だろう。カントーにもホウエンにも、それからわたしが行ったことのある地方にいないポケモンたちがたくさん。馴染みのあるディグダのはずなのにディグダのあなにいないだけで違うポケモンに感じるのはわたしがこの風景に圧倒されているから。

わたしがぽかんとその光景を見つめていれば、後ろからゆっくりと歩いてきた男性が口を開いた。

「これがガラルの名物、ワイルドエリアだ。お気に召したか?」
「もちろんです!」
「そりゃよかった。で、ねがいぼしが見たいとか聞いたけどあってるか?」

一目惚れしてもおかしくないくらいに端正な顔立ちをしている彼の顔を見るにはわりと頑張って顔を上げないといけない。きっと彼の彼女さんはモデルみたいにすらりとした人か首が凝ってない人なんだろうな。何が言いたいかというと背の高い彼を見上げると首が痛い。一度どこかでマッサージに行ったほうがいいかも。

そんなどうでもいいことを考えていたら、ふと目があった彼の瞳の奥がにこにこと感じのいい話し方の割に笑ってないような気がした。それはわたしが彼に申し訳なさを覚えているからなのか、それとも彼がトップジムリーダーなんてお忙しい身なのにこんなことに付き合わされてることに心の奥で憤りを感じているからなのか。

多分両者だろう。そんな彼にわたしができることはただ一つ。

「ほんっとーーーにすみません!!」

謝るのみである。

「…は?」
「お忙しいのにこんなことに付き合わせて!旅には慣れてるから一人で大丈夫だって父には言ったんですけど、可愛い一人娘だからとか言って過保護なんです。もう二十歳超えてるのに」
「はぁ」
「いつもは婚約者がいるところに旅に行ってたからこんなことにはならなかったんですけど、今回はいなかったからですかね…。でもまさかジムリーダー様にお願いするなんて暴挙にでるとは。ほんとすみません!わたしは大丈夫なのでお気になさらずお仕事戻ってください!」

わたしが遥か昔に流行ったというガラパゴスケータイなるもののように腰を180°近くまで曲げて謝り倒せば、彼はしばらく黙って、それから「ぶはっ」と吹き出すように笑った。

「………笑うとこでした?」
「いや、金持ちのお嬢様の物見遊山かと思ってんのがちょっと態度に出ちまってたかもしれねぇよな。悪かった。でも他の地方の人間にワイルドエリアに興味を持ってもらえるのはオレとしても嬉しいぜ?だからあんたが十分満喫するまでは案内するつもりだ」

なんてことだろう。回答までイケメンだった。

「いえ!全然出てないです!わたしが勝手に申し訳なさを感じてただけですので。一人でここにきてたら多分びっくりして腰抜かしてたので案内していただけて嬉しいです」

すぐ右手に紫ともピンクとも取れる不思議な光の柱。こんなの今まで旅したどこだってみたことがない。わたしがまた飽きもせずそれを見つめていると彼──ナックルシティ・ジムリーダーのキバナさんは「ああ」と口角を上げた。

「あれはポケモンの巣穴から漏れたダイマックスしたポケモンたちが放出するガラル粒子ってやつだ」
「ダイマックスってポケモンが巨大化するってやつですよね?」
「ああ」
「すごい、こんなふうになるんですね…。そういえばポケモンの巣穴に入れるって聞いたんですけど、もしかしてここに入れるってことですか?」
「まあな。でも一人はやめとけよ。ダイマックスしたポケモンは結構強いやつがいる。何人かで行って倒すのがセオリーだ」
「そうなんですね…。わかりました。それでそのダイマックスというのとねがいぼしという石が何か関係してるって聞いたんですけど」
「詳しい機構はまだよくわかってねぇしオレさまも専門外だから説明はできねぇわ。悪いな」
「いえ!ならねがいぼしがどちらで見られるのかを教えていただいてもいいですか?」
「ああ、それならオレも持ってるぜ」

そうしてキバナさんは右手首につけたバンドをわたしの前に差し出した。

「…バンド?」
「ねがいぼしを組み込んだこのダイマックスバンドでオレらは自分のポケモンをダイマックスさせてバトルしてる」
「ポケモンを巨大化して戦うんですか!!すごい!!メガ進化みたいなものなのかな…」
「へえ、メガ進化を知ってるのか。ダイマックスについて調べてる博士が知り合いにいるが、紹介するか?」
「え!いえ、そんな人様のお手を煩わせる訳には」
「ねがいぼしの研究しにきたんじゃねぇのか?」
「そんな高尚なものではなくてですね。………すみません、わたしはその、やっぱり物見遊山みたいなものなんです」
「へー?」

キバナさんは納得していないような面持ちをしてる。そりゃそうだ。だってわたし、あまりにしどろもどろだし。

いや、でも言えるか?初対面の人に『石探しの旅に出て帰ってこない婚約者を追いかけ続けた(物理)けど、全く会えないから時期に来るであろうガラルに先回りしてきた』だなんて。

そんなことのために案内させられてるなんて申し訳なさすぎてとても言えない。それに。


え、こいつ婚約者追いかけ回してるの?

婚約者に相手にされてないってこと?

かわいそーーー。


ってなるじゃん?いや、そうなんですけどね?彼にとっちゃわたし<<<<<石だし、婚約してるのに片思い歴15年だし、もうそろそろいい年だから結婚したいのに全くそんな話にならなくて困ってるんですけどね!!!

いやでもこんなイケメンに婚約者に相手にされない可哀想な残念令嬢って思われるとか…………。元々残りHP1なのにダメおしでひんしになるんですが。





わたしに婚約者ができたのは10歳の時。カントーの有名企業の社長令嬢のわたしと、ホウエンの筆頭会社であるデボンコーポレーションの御曹司、ツワブキ・ダイゴの婚約は当時大企業同士の提携に繋がると経済界では大きく取り上げられたものだ。

その頃のわたしは少女マンガにどハマり中。
ヒロインはクラスで人気のサッカー少年に一目惚れして健気に片想いしてた。途中男の子のファンからの横槍で拗れるけど最後は男の子も実は一目惚れしてましたのハッピーエンド。かと思いきや女の子は自分に自信がなくてお付き合いを公表できなくてまた拗れて…。

なーんてあるあるの展開にきゅんきゅんして、同じスクールに通う男の子との間に生まれる恋に胸を馳せていた。というかスクールで人気の男の子に例に漏れず憧れていたから、婚約者なんて今時はやらない!って反対してた。

「とりあえず一回会ってみたらどうだ?こっちの一存では決められないし」というのは父のセリフで、わたしは「じゃあ一回会って、婚約解消してもらう!」と返して頑なに婚約者の写真すら見なかった。

なのにいつまで経っても会う機会が設けられない。どうも向こうがホウエンのジムめぐり中らしくなかなか予定を立てられないらしい。こっちはスクールでツワブキ・ダイゴとの婚約の噂が広まってしまって「婚約者とか今時あるんだねー(笑)」なんて言われているのに。

それで業を煮やして夏休み中に親にホウエン旅行をねだって、彼が今いるというルネシティへと向かった。

水の都で親がバカンスを満喫する中、一刻も早くツワブキ・ダイゴに会うべくわたしはジム前で彼を待ちかまえ、ジムに挑戦しようとする同い年くらいの男の子に声をかけては違うと言われ続けた。

そんなわたしは当然目立っていたらしく、それが二日続けばさすがに見かねたのかジムの綺麗なお兄さんが声をかけてくれた。

「誰を探してるんだい?見かけたら連絡してあげるけど」
「いや、その」
「ん?」
「……実はツワブキ・ダイゴっていう男の子を探してて」
「ふぅん。その子に何の用が?」
「わたし彼の婚約者なんですけど、婚約やめるには一度会ってその人と話をつけないといけないらしいんです」
「…婚約者?」

自分でもとんでもないことを言ってるのはわかってた。初対面の綺麗なお兄さんにこんな個人的なこと話してどうするんだって。でもツワブキの名前は有名だからちゃんと理由を言わなきゃやばいファンだって思われるかと思って。

それが功を奏したのかわからないけど、どうやら彼の居場所を知ってるらしいそのお兄さんは口元に指を添わせて上品に笑った。

「ふふ、強いのに石にばっかりかまけている変な子だとは思っていたけど、まさか婚約者にも会っていないとはね」
「え?」
「彼のところまで案内してあげるよ」
「お知り合いなんですか!?」
「ほんの一週間前くらいからだけどね。ちなみに彼はもうジムをクリアしてるからここで待ってても会えないよ」
「え」

お兄さんが声をかけてくれて本当によかった。じゃなきゃ彼に会えないままわたしの旅行が終わるところだった。

それでお兄さんの後をついてたどり着いたのは「え?そこに何の用が?」って感じの小さな洞窟で、奥からカーンカーンと甲高い音が聞こえてくる。そう、まるでピッケルで石を掘っているような。

え?なに、これ。

わからないまま進んでいったその薄暗い洞窟はやっぱりそんなに深くなくて、その音の主にはすぐに出会えた。暗い洞窟の中でもわかる水色に光る髪。軍手に予想通りのピッケルをもった男の子はこちらに気が付かず一心不乱に掘り進めているようだった。

「やあ、ダイゴ。いい石は見つかったかい?」

お兄さんが彼のすぐ後ろでそう声をかけると男の子はようやくピタリと手を止めてこちらを振り向く。

「………ん?あ、ミクリ!全然気が付かなかった」
「君が掘っている最中に気がついたことあったかな」
「あはは、ないね。……あれ、君は?」

ようやくわたしに気がついたのか彼はこちらに目を向けて首を傾げた。

この時の彼のいでたちといったら。顔も服も泥だらけ。確かにわたしが憧れてたマンガのヒーローみたいにキラキラした汗をかいてはいるけど、でもそれはやっぱり泥だらけ。わたしの趣味じゃない。

そのはずなのに暗い洞窟でもわかる彼の輝いた瞳からなぜか目が離せなかった。

「あ、あの、その」

言葉もうまく出てこない。おかしい。父のパーティーに何度もついて行ってるから、知らない人とだって上手に話せる処世術を身につけてるはずなのに。それに胸も苦しい。わたし、病気にでもなったのかもしれない。

「この子が君を探していてね。連れてきたんだけど。知り合いかな」
「あ、もしかして」

すると彼はわたしの前に立ってふわりと微笑んだ。

「やあ、はじめまして。君が僕の婚約者だよね?僕はダイゴ」

土で汚れた軍手のままわたしに手を差し出してくる。それがわたしに握手を求めてるんだと分かってとまどっているとお兄さんが一つため息をついた。

「ダイゴ、女の子にそれで握手はないよ」
「え!あ、ごめん」

彼はその軍手を急いで取って、そしてズボンで手を拭った後もう一度わたしに握手を求める。わたしはその手をしばらく見つめて、そして吸い込まれるようにその手を取った。

「これからよろしくね」
「は、はい」

彼は泥だらけなのに、ここは洞窟の中なのに、なんでこんなに輝いてるの?ってくらい彼の周りにはキラキラが舞ってて、握手した手を離す頃にはもうわたしには王子様にしか見えなかった。

これが一目惚れと言わずしてなんとする。え?スクールの男子?あれは恋なんかじゃなかったって今ならわかる。だって人を好きになるってこういうことなんだって一瞬でわかるくらい、稲妻に打たれたような衝撃が走ったんだもん。

「人が一目惚れするところ初めて見たな」

婚約破棄する!なんて息巻いてたくせにこんなことになったわたしを見て綺麗なお兄さん、もとい後のルネジムリーダー・ミクリさんは目を細めて「ワンダフル!」と笑うので、わたしは居た堪れなくてそのまま両親の泊まるホテルへ逃げ帰ったのだった。



それからしばらくのわたしたちはといえばもちろん進展はなかった。住む場所は遠いし、うちもデボンコーポレーションも何かと忙しくて、彼に会えるのは年に一度の大きなパーティーと、お父さん経由で連絡をとってご飯を食べに行った時くらい(それも年一、しかも親同伴)。

「やあ、元気にしてた?」
「うん!ダイゴくんは!?」
「もちろん僕もさ」

だからせっかく会えても交わした会話もこんな感じのあいさつの域を出ないもの。一度だけ二人でパーティー会場を抜け出すなんてキュンイベントがあったけど、わたしたちを探す大人たちとのかくれんぼになっちゃったからあんまり話せなかったし、隠れてる時ダイゴくんの顔があまりに近くてつい「ぎゃっ」て声が出たからそれもすぐに終了してしまった。すぐ目の前にあったダイゴくんのまつげ、長かったな…。なんであんなにかっこいいんだろう。

それはおいておいて。

こんな感じで二人でおでかけをするのはわたしたちが14歳になるまでお預けだった。



それはダイゴくんから「今度カントーに行くんだけど会えないかな」と連絡が来て決まったデートだった。前日の夜は楽しみすぎて夜寝られなくて、そのクマを隠すために背伸びしてすこしお化粧をして、それでクチバ港で彼の到着を待った。で、ドキドキワクワクソワソワしながら待った彼が到着して再会のあいさつもそこそこに言ったのが「カントーにはおつきみやまっていう洞窟があるんだってね」。

おつきみやま…?って思ったけど彼のあの良い笑顔で聞かれて案内しないという選択肢を取る人間がいるだろうか?いやいない。

「いいね、おつきみやま!ピッピがいるらしいよね。ピッピうちのクラスでも人気なの。行ってみよ!!」

洞窟でデートってあんまり聞いたことないけど、でもおつきみやまは流れ星が落ちる山だなんて言われてるロマンチックな場所だし、涼しいからきっと夏にはちょうどいい。それにトレーナー(というかチャンピオン)の彼が一緒だったら怖いポケモンに出会っても大丈夫だし。ということでわたしたちはおつきみやまに向かった。(サイクリングするつもりだったのにまさかのエアームドに乗って行くことになったときは怖くてちょっと泣いたけど。でも合法的にダイゴくんに抱きつけだからあれは最高の思い出)


このデートの感想を先に言ってしまうと、ダイゴくんは思っていたよりもずっと、ずーっと石が好きだった、になる。初めて会ったあの日、石好きなんだなぁと思ってたはずなのに、どうやら全然わかってなかったらしい。

「あれ、これなんだろ」
「それはつきのいしだよ」

わたしの足にこつりとぶつかったそれを拾い上げるとそれまでそわそわと石の壁を見ていた彼が火がついたようにつきのいしについて語り出した。ポケモンにも石にも詳しくないわたしは最初ちんぷんかんぷんだったけど、なんだか楽しそうに話すダイゴくんにわたしも楽しくなってきて、それで最後に「ダイゴくん博識だね!すごい!また教えてね」と言ったのだ。すると彼はにぱっという効果音が付いてもおかしくないくらいの素敵な笑顔でわたしの心臓に一矢を刺したあと「じゃあかみなりのいしは知ってるかい?」と石トークを再開したのだった。

それから彼が帰るまでわたしは色んな石についての逸話や用途を聞いたから、多分わたしはその日一日でその辺にいるおじさんの比じゃないくらい石に詳しくなったと思う。

で、それ以降は会えば洞窟で掘った新しい石の話、お土産はそこで掘った石、なんならピッケル持参の石堀りも何度もしたこともある。洒落たところに行くのはいつも思い出したように提案されるから、多分ミクリさんに「君、少しは女心って言葉を理解した方がいいんじゃない?」とか言われてるんだろう。多分じゃないな。絶対そう。

それでもわたしは会うたびに彼の博識なところ、好きなものに真っ直ぐなところ、それから努力に裏付けされた自信家なところに惹かれていった。それでもっとダイゴくんを知りたい、ダイゴくんとお話ししたいという不純な動機からわたしは石の勉強をし始めたわけなんだけど、そうしたらダイゴくんはもっとわたしを採掘に誘ってくれるようになって、それで味をしめたわたしがもっともっと石について詳しくなっていくと今度は「採掘に行くならパートナーがいた方がいいよ」とわたしに初めてのポケモンをくれて、そして育成やバトルの仕方も教えてくれた。それに浮かれて、ダイゴくんなしには採掘に行く気なんてなかったのに気がついたらダンバルと洞窟に向かっていて今やメタグロスまで進化したわたしの相棒はかけがえのない親友になった。

思い返してみれば、わたしの人生はダイゴくんと出会って180°変わったなと思う。ポケモンを育てたり、泥まみれになって掘った石を宝物箱に入れて家でニコニコ眺めるなんて、少女漫画読んでなんとなくクラブでバレーボールしてた数年前のわたしは想像もしてなかった。

こうしてわたしはどんどんダイゴくんに落ちて行ったわけなんだけど、でもわたしがどれだけ頑張ってもダイゴくんとの距離は変わらなかった。未だ婚約者としてのエスコート以外に手も繋がないんだから多分彼にとってのわたしは友達なんだろうと思う。

もちろんダイゴくんは大企業の御曹司だから、婚約者の扱いは心得てる。わたしが初めてカナズミシティに観光に行った時、ダイゴくんが案内してくれるとフレンドリィショップ前で待ち合わせしていたら、「見かけない顔だね?良かったらこの辺案内しようか」と知らない男の人に話しかけられたのだけど、少ししてやってきたダイゴくんが「僕の婚約者に何か用でも?」ってまるで本物の恋人みたいにわたしの肩を抱きよせてその男を追い払ってくれたし。あれはわたしの人生で三本の指に入るくらい心臓がドキドキした瞬間だったな。まあ男の人がいなくなったらすぐにその手は離れていってしまって現実に戻されたんだけど。

「ごめん、怖い思いさせたね。カントーまで迎えに行けばよかったかな」
「え!全然!?むしろありがとうございます!?」
「…ありがとうございます?」
「あ、ごめん、こっちの話。ダイゴくんがすぐ来ててくれたから怖いって思う前に終わっちゃったよ」
「ん。ならよかったよ。でもミクリの言う通りだったな」
「え、ミクリさん?」
「うん、婚約者にはちゃんと男避けをしとかないといけないって」
「男避け…」
「僕もこんなふうに君が危ない目に遭うのは嫌だし。だからこれ」
「これって」
「指輪。これつけてたら相手がいるってわかるよね?」
「うん……うん!!嬉しい…」

こんなの婚約者への普通の対応だってわかってる。わたしの知り合いの子は婚約者から会う度に花束やプレゼントももらってるって言ってたし。でもこっちは完全に惚れてるんだから指輪一つで天国に登るくらいに嬉しいって思ってしまうのは仕方ない。本当に、ミクリさんには頭が上がらない。あの日ミクリさんにバレて本当に良かった。

わたしが浮かれて指輪に控えめについた真紅の石を太陽にキラキラと反射させてはしゃいでるのを見てダイゴくんはくすっと笑った。

「よかった。ミクリが僕のこと朴念仁だとかいうからこれも見当違いのことしてるか心配だったんだよね」
「そんな!すっごく嬉しいよ!ありがとう!それにこの石、とっても綺麗」
「うん。その石はガーネットっていって昔から魔除けの意味が込められてるんだ」
「ガーネット…」

こうして浮かれててもすぐにわたしはただの婚約者だという現実はわたしを襲う。

だってガーネットに込められた言葉は友愛。そりゃ指輪をつけた君が僕のものみたいで嬉しい、だなんて漫画に出てきそうな歯の浮いたセリフをダイゴくんが言うとは思わないけど(恋愛面において。普段はそれっぽいこと言ってるけど)。ダイゴくんのことだから石言葉は知ってるだろう。それに多分わたしの気持ちだって気付いてる。

なのにこの石を渡してくるってことはわたしのことは友達以上に思えないってことなのかな?いや、ダイゴくんはそんな遠回しに何かを伝えるような性格じゃないから多分本当に魔除け(男避け)の意味で渡してるんだろうな。でももしわたしのことが好きだったらこの石を渡したかな?少しは考えるんじゃないかな?

未だガーネットの色の豊富さについて語る姿を見てひょっとしたらこの人はわたしが自分のことを好きだってことにも気がついてないのかもしれないとまで思ってしまった。これみよがしに右手の薬指につけたんだけどな。

でも未だ楽しそうに話すダイゴくんをみると結局「まあいいか」と許してしまう。彼はわたしが小さい頃夢見てた理想の王子様とは違う。汚れた軍手で握手を求めてくる朴念仁で、ピッケルを持ったまま洞窟内で寝てしまうような人。でもまっすぐ好きなことに打ち込む強い瞳にとてつもなく惹きつけられる。この人に好きになってもらいたいって思ってしまう。だから今はこれで良っかって、いつかは絶対にわたしのことを好きにさせてみせるって、そう思ってた。


たけど、彼がチャンピオンの座をミクリさんに引き継いで他地方に調査と言う名の採掘をしに行くようになって…。


「ダイゴくん、来週の土曜日会えるかな?実はうちの会社のパーティーがあってね。もしよかったら」
「もちろんエスコートするよ。……あ、ごめん、その前日からシンオウに行くことが決まってたんだった」
「シンオウ?」
「そう。シンオウの地下に化石なんかも見つかる大洞窟が見つかったんだけど、今回そこの調査を大々的にすることになってね」
「そっか、それなら大丈夫だよ!調査頑張ってね」
「ごめん、次は必ず行くよ」
「うん、ありがとね」

ちなみにこのときダイゴくんはシンオウに三ヶ月くらいいて、ホックホクの笑顔に化石と玉をたくさん抱えて帰ってきた。ちなみにお土産はずがいのかせきだった。もちろん今はもうラムパルドになってわたしのパーティーで活躍してくれているけど。

ダイゴくんはそれから結構なペースでジョウトやらアローラやらいろんなところに行くようになって、そしてそこで洞窟を満喫して帰ってくる。それってどういう仕事なのか果たしてわたしには謎ではあるけど、それは置いておいて、それに加えて次期デボンコーポレーション社長としての仕事もあいまってあちこち走り回っててわたしたちの会う頻度が格段に減ってしまった。


こんなんじゃ!好きになってもらえないじゃん!?っていうか会いたいんですが!!!


それでわたしは彼に会いたくなったら仕事の合間を縫ってダイゴくんのところに自分で赴くようになった。

………のだけど。


「ダイゴくんっ!来ちゃった!」
「ダイゴ?銀髪のイケメン??ああ、あの変な兄ちゃんのことか。彼ならもう旅立ったよ」
「え!?」
「結構長いこといたんだけど、つい昨日出ていったんだよ。残念だったね」
「えええええ!?昨日!?タイミング悪すぎる!」


「ああ、ずっとピッケル持ってた彼ですか。ずっとあの洞窟にこもってたんですけど、急にイッシュに行くしかないとか言って去って行きましたよ」
「い、イッシュ!?」
「あ、もし自分を訪ねてくる女性がいたらもう少ししたら帰るからと伝えて欲しいと言われました」
「いやそれ絶対帰ってこないやつ!!」


『アローラ旅行に行ったらホウエンのチャンピオンに会っちゃった!感じ良くてイケメンで惚れた』(SNSより抜粋)
「アローラ!?惚れる!?待って!!!これ以上わたしの道を険しくしないで!?っていうか元チャンピオンだから!!」



ずーーっとこんな感じ。

そりゃわたしの片想いみたいな婚約だけども。ダイゴくんは仕事なんだけども。それでもいいって確かに思ってたけども。でも少しはわたしに会いたいと思って欲しいって思うのは贅沢な悩みなのかな?

こんなにもニアミスを続けるわたしたちはひょっとして神様に婚約をやめた方がいいって言われてるのかもしれない。……でも好きな人には会いたい。だって好きなんだもん。

それで彼を追いかけ続け、そして敗れ続けたわたしはついに追いかけるのではなく次にダイゴくんが向かうのはきっとねがいぼしのあるガラルだろうと予想してここにやってきたのだった。



………うん、やっぱりこんな残念な半生、初対面のイケメンには言えない。




◇◇◇




「ドリュウズー♪もうすぐカレーできるからねー♪」
「リュッ」
「向こうのほうで遊んでるみんな呼んできてくれる?今日はリッチにあまくちゆでたまごカレーだよ!」
「リュズッ!!」


わたしがこのガラルに足を踏み入れてからもう一ヶ月が経とうとしている。ダイゴくんはガラルに来ていないどころかむしろ今はホウエンに戻っているというのにわたしがはなんとまだワイルドエリアにいて、そしてここで仲間になったドリュウズと一緒にカレーを作っている。

なぜか?

それにはもちろん理由がある。


「き、キバナさん天才ですか!?このカレー美味しすぎるんですけど…!!」
「このワイルドエリアじゃキャンプにカレーはつきものだぜ?みんな拾った実でいろんな味のカレーを作ってる」
「へぇ!ポロックとかポフィンみたいな感じ?いろいろ試してみたい…!!」

ガラル初日、キバナくんにせっかくだからとキャンプ飯のカレーをご馳走になったんだけどそれがあまりに美味しくて、わたしもガラルに来たダイゴくんを美味しいカレーで驚かせたい!と翌日キャンプ道具一式を揃え、その日からナックルシティのホテルじゃなくワイルドエリアでキャンプを始めた。

ちなみに流石に申し訳ないのでキバナくんに案内してもらうのは一日で終わったんだけど、元々よくワイルドエリアにトレーニングに来ているらしくもう彼とは何度も会っていて、

「つーかオレより年上だよな?」
「…まあ、そうですね。レディに歳聞いちゃダメですよ」
「そうかわんねぇだろ。つーか敬語使わなくていいぜ。オレもそういう堅っ苦しいのが苦手だから最初から使ってねぇし」
「でもジムリーダー様だし。それにキバナさん大人気じゃないですか!フォロワーえぐいくらいいてびっくりしたんですけど」
「ハハッまあオレさまだしな?」

……これだからバトル強いイケメンは。すぐに自分が一番強くてすごいとか言い出す。ほんと自信家なんだから。

「声に出てるぜ?」
「あ」

って感じで仲良くなった。で、その流れで口のうまい彼にわたしの残念令嬢エピソードは暴露させられたわけなんだけど、もちろん大爆笑されてその後取ってつけたように「オレさまは一途な女良いと思うぜ」とイケボで言われたので気がついたら彼の肩を思いっきり殴ってた。ファンに殺されないか大変不安である。

それからわたしはカレーを作って、メタグロスたちと一緒に食べて、そしてダイゴくんを待つ。あとはたまに会うキバナくんと話す。そして待つ。そんな感じでダイゴくんのことは何も進展のないまま一週間を過ごした。


うん、そこまではよかった。でも問題はその後。


それはワイルドエリア巡回中のキバナくんに焼いたマシュマロを食べようと大きな口を開けてるところに「よう」と声をかけられた時だった。今じゃない。

「で、婚約者は来たか?」
「………それ、聞く?」
「まぁここにいるってことはそういうことだよな」
「傷抉ってくるね…。まあそもそもガラルに来るかどうかもわからないし…。ていうか今どこにいるのかな……」
「連絡取ってねぇのか?」
「いつもは定期的にしてるけど、今回はわたしも先回りして驚かせてやろうって思ってたから連絡してなくて」

それに一年前にダイゴくんが新しい鉱石とポケモンの関係についての論文を発表をして以降は前よりも忙しいみたいで彼から連絡が来ることはあまりない。わたしから連絡すれば返って来るし、何か用事がある時はたまに連絡が来るって感じ。

だからどうしても会いたくなっちゃってダイゴくんに内緒でガラルに来たけど、ひょっとしたら見当違いのところに来てたのかな。前にねがいぼしを見てみたいって言ってたから絶対に次はここだと思ってたのにな。

ひょっとしたらあのアローラの時みたいに彼の居場所が分かるかもしれない。あまりに見当違いすぎるところにいるなら帰った方がいいかもしれないし。それでわたしは彼の名前を検索してしまったのだ。すると話題の一番上に出てきたのは彼の最近のインタビューのニュース。久々のダイゴくんの姿に吸い寄せられるように動画の再生ボタンを押した。


それがいけなかった。


「結婚はまだですね」


知りたくない事実がそこにありました。


最初は「久々のダイゴくん、顔も声もやっぱり最高…ッ」て泣いて、発表した論文について説明してる姿を見て「ちゃんと仕事してる!偉い!」って感動して、そしてインタビュアーさんの「元チャンピオンのポケモントレーナーとしても鉱石学の第一人者としてもひっぱりだこのダイゴさんですが、ファンのみなさんとしては恋愛事情なんかも気になってるんじゃないでしょうか。婚約中とのことですがご結婚はそろそろでしょうか?」という質問にわたしも前のめりになって。

そして苦笑いで質問に答えるダイゴくんにわたしは無事死んだのだ。もう25超えてるんですが、まだわたしと結婚する気ないんだ…。でもそうだよね。だってダイゴくんは別にわたしのことが好きなわけじゃない。それにうちとデボンコーポレーションとの提携ももう数年前に実現していて、親から結婚を急かされることもない。なんなら親からは婚約の件は2人の同意の上でやめてもいいとまで言われてる。だからこの状況で結婚しようって思う方がおかしいのかもしれない。

ずっと怖くて聞けなかった。ダイゴくんがわたしとの結婚をどう思ってるか。でもこれが現実なんだよね。わかってる。でもわかっててもつらいのが恋ってやつでして。

「………」
「………」

最初は隣で軽い休憩がてら自分のスマホロトムを見てたキバナくんもダイゴくんのその一言で手を止めてこちらを見た。いや、気まずいよね、本当に申し訳ない。

「あはは、なんかごめんね。もうアラサーなのに何やってるのって感じだよね。もうそろそろ帰らなきゃって思ってたし、ちょうど良かったのかも。ほんと、キバナくんの手を煩わせちゃって申し訳なかったです」

鼻の奥がツンとする。こんな歳になって人前で泣くなんて恥ずかしいからそっとキバナくんに背を向けると、彼はいつもと変わらないトーンでわたしに話しかけた。

「ミロカロ湖とか、たしか見張り塔跡地とかもまだ怖くていけてないとか言ってたよな」
「え?」
「そのへん全部回って、カレーもリザードン級まで作れるようになってから帰るのでも遅くねえんじゃねえか?」
「でも…」
「せっかくなら満喫していけって言っただろ?オレさまのワイルドエリアを嫌な思い出にはさせねぇよ」

彼の優しさがじわりと沁みてくる。なぜ彼が人気があるのがよくわかる。

彼の優しさにもっと泣きたくなってしまったけど、「……キバナくんがイケメンなこと言ってる」と冗談で誤魔化せば彼は八重歯を見せてニッと笑った。

「オレさまはいつでもイケメンだっつーの」
「そうだよね」
「おい、いつもの返しはどうした」
「今は無理だって。でもそうだよね。せっかくのガラルなのにね。うん、それなら今からありったけのレアな実使ってカレー作る!!で、体重なんて気にせず食べる!!」
「いいな。ならオレさまも作るから食べ比べしようぜ」
「キバナくんのカレーとわたしのカレー並べるとか鬼畜」
「キバナさま特製失恋なぐさめカレーと失恋やけ食いカレーって題で投稿するか」
「公共の場に晒さないでもらっていいですか!?」

じょーだんだって笑ってたけど結局作り終わった後わたしのまだ不恰好なカレーと自分の完璧なカレーを並べて写真を撮ろうとするから「ちょっっと待って!?」「大丈夫大丈夫」「なにが!?」って感じで阻止してる間に辛いのは少し和らいでいた。


正直カントーで一人これを見ていたらショックで死んでたと思うけど、ここはガラル。キバナくんの言う通りガラルを嫌な思い出にしたくないからせっかくだしこれは失恋旅行ということにして目一杯楽しんでしまおうとカレー作りに熱中して、新しい実を見つけるためにワイルドエリア中を回っていたら捕まえて仲間にしたい子たちも見つかって。

「なんで全然日照りか砂嵐にならないの!?モグリューに会えないじゃん!!」(ドリュウズのシンボルエンカウントなら割とどんな天候でもいけることをモグリューを捕まえた後に知った。いや、でも、自分で進化させたい)

「ポケモンの巣にガラルニャース!?ちょっとキバナくんに手伝ってもらおう!」(ニャースは一人で行けと言われた。最初の頃は心配してくれたのに)

「ココガラの個体値厳選を始めます」(なかなかわんぱくな子と会えなくて苦労した。ミントはどこで買えますか。え、バトルタワー?ジムチャレンジ後?そうですか…)

そんな感じで気がついたらわたしの手持ちの子達は増えていった。それで帰るのはモグリューがドリュウズに進化してからにしようとか、カレー図鑑埋まったらとか、せっかくだしキバナくんのジュラルドンのキョダイマックスを見てからなんて言ってたら気がついたら一ヶ月も経っていた。

小さい頃からずっとダイゴくんと結婚することだけを夢見てた。採掘から帰ってきて泥だらけのダイゴくんを出迎えて、「お風呂沸いてるよ!早く入ってきてね」って言って、その間に彼に温かい料理を準備する。二人で向かい合ってご飯を食べて、それからダイゴくんの体温に包まれて眠る。

ずっとずっとそれだけがわたしの幸せだと思ってたけど、どうやらそんなことなかったらしい。可愛いポケモンたちに頑張って作ったカレーを振る舞って、それでまた新しい仲間をゲットしたり、バトルしたり。今の生活はその夢を一時忘れさせてくれるくらいに楽しくて幸せだった。

ひょっとしたらダイゴくんもそうなのかもしれない。石とポケモンに囲まれた生活で毎日が楽しいからわざわざその生活を変える結婚なんて別にしなくていいって思ってるのかもしれない。

自分もその立場になるとそのダイゴくんに無理させる必要はないんじゃないかなって思えてくる。そしてそう思えた今、思い切ってダイゴくんから離れてみるのもいいのかなとも。

だからダイゴくんから「ようやくホウエンに戻ってこれたよ。明日か明後日は時間あるかい?僕がそっちに行くからよかったらご飯でも…」なんて普段だったら被せる勢いでYESの返事をするお誘いにわたしは初めてNOを告げたのだった。

「ダイゴくん、色々考えたんだけどね。わたしたちの婚約、一回破棄した方がいいと思うんだけど、どうかな?」











「………は?」






◆◆◆




久しぶりに婚約者の声を聞けるのはやっぱり嬉しかった。彼女の声を聞くと張り詰めていたものが緩むというか、ずっと忘れていた息の仕方を思い出せたような感じがする。僕は調査に熱中すると連絡を忘れるタイプだから、僕たちがここまで上手くやれてたのは彼女がまめに僕に会いにきてくれていたからだなと改めて思った。


最初、親父が婚約の話を持ってきた時は正直右から左だった。「ダイゴ、お前に婚約者ができることになった」「へぇ」ぐらい。

それよりも次の洞窟に行って化石を見つけたい。あとはジムに行って次のバッチを手に入れて、メタグロスをもっと強くして、それで次の街でまた洞窟に行く。

だから婚約者の子が僕のいるルネに来るという話を聞いてもまさかわざわざ僕に会いに来てるなんて思いもしなかったし、僕も会おうなんて考えもしなかった。

けどミクリが彼女を連れてきた瞬間、何かが変わった。洞窟の中なのに煌めく彼女の瞳はまるでその時僕が探していた琥珀のようで、目が離せなくなった。なんとか取り繕って握手を求めたけどまさかの汚れた軍手をつけたままで、あれ、僕ってこんなに人と接するの下手だったかなと自分でも何かおかしいと思った。でもそれが恋だなんて思いもしなくて、ミクリに「人が一目惚れするところ初めて見たな」なんて揶揄われても、「一目惚れ?誰が?」って感じで全く気が付いてなかった。

恋というには可愛くないもっとドロドロした気持ちを抱いていたくせに、何分自分の気持ちに気がついてないから、その時の僕はこの子が婚約者なら悪くないなって思う程度にとどめていた。

でも色恋にあまり興味のない僕がそう思うくらいなんだから彼女は社交界では人気者だった。一応僕という大企業の筆頭の御曹司と婚約してるからみんな表立っては動いてはなかったけど、いくら政略結婚でも相手は選びたいのはどこの誰もが一緒で、親がカントーの一流企業の社長で本人の顔も性格も良いっていうんだから裏で声をかけられた。

僕はそれに心のどこかでモヤモヤを抱えつつも彼女がいつも笑顔で僕の元に走ってきてくれていたからスルーしていたけど、僕より少し年上のジョウトの社長の息子が、彼女に「今度2人で会おうよ」も声をかけていたのには我慢ができなかったらしい。

僕は気がついたら彼女の手を取って「少し抜け出さないかい?」と連れ出していた。

もう12歳。されど12歳。僕はもう旅に出ていたからずっと親の監視下にいる必要はないと思っていたけど彼女は箱入り娘だし、どうやら大企業の子供二人がいないのは騒ぎになったらしく(というか多分例のジョウトのやつが騒いだんだと思う)、すぐに大人たちが僕たちを探し始めた。咄嗟にテーブルの下に二人で隠れたけど彼女の親に心配かけても良くない。それで出て行こうとしたら彼女がいたずらっこのように「心配しすぎだよね?もう少し隠れてようよ」と笑った。

その時の僕の心臓は痛いくらいに鳴って一周回って止まるんじゃないかと思った。しばらくの間その胸の鼓動に戸惑って、少しして落ち着いてくると今度は彼女が今どんな顔をしてるのか気になって、それで彼女の顔を覗き込んだ。そうしたらその可愛い顔は面白いくらいに一瞬で真っ赤になって、その後聞こえてきたのは「ぎゃっ」と蛙が鳴いたみたいな声。

それがあまりに面白くて僕が笑ったせいなのか、それともその「ぎゃっ」のせいなのかわからないけど、それで場所がバレてかくれんぼはおしまい。親父には人生で一番怒られた。だから彼女と2人で会うのは14歳までお預けになった。

初めて2人で出かけたのはおつきみやまだった。おつきみやまに行きたかったって言うのはもちろんだけど、初めて会ったあの日、洞窟の中なのにきらきらと光っていた彼女の瞳が忘れられなくてもう一度見たかったからって言うのが後から気がついた本音。

そしてそのおつきみやまでルネの洞窟とはまた違った輝きを見せる彼女の瞳はやっぱり僕の心を捕らえて離さなかった。僕はそれが見たくてそれから彼女を何度も何度も洞窟に誘った。そして彼女はその度に僕に新しい宝石をくれた。僕はそれが大好きだった。僕だけの宝物だと思ってた。

彼女の瞳をそう称するくせにまだ恋してるって気がついてないんだから「朴念仁なのに嫉妬は一人前なんてね」ってミクリに言われても仕方ないと思う。

「嫉妬?」
「嫉妬してただろう?電話の向こうで彼女を呼ぶ男にさ」

それを言われたのはたまたまミクリと一緒にいる時に彼女から電話がかかってきた時だった。それはいつもの「ダイゴくん元気にしてる?」から始まる定期的な連絡。その頃彼女は僕に合わせて石を勉強してくれていて、「今日は足を伸ばしてジョウトまで行ってみたよ。そうしたらダンバルがメタングに進化したの!」だとか、「今日久々におつきみやまに行ったらつきのいし拾ったよ。ダイゴくんに石について教えてもらうきっかけだったから懐かしくなっちゃった」だとか、いつも僕が興味を持つような内容を話してくれていた。そんな彼女との会話はいつも楽しくて、彼女からの電話を心待ちにするくらいには良い友人だって思ってた。

そういうくせにミクリの言う通り嫉妬だけは一丁前だったらしく電話の向こうで男の声がした瞬間面白くなくてつい「誰かいるのかい?」なんてわざわざ聞いた。いつもお世話になってるスクールの先輩だと答える彼女に「じゃあ僕からもよろしく言ってたって伝えておいて」なんて言って。

それで「婚約者が他の子に変わるのが嫌ならちゃんと男避けくらいはしておいた方がいいんじゃないかい?」って言われて彼女に渡したのが僕が初めて自分で採った石で作った指輪。親父が母さんに渡した婚約指輪の宝石が人生で初めて採った石だって聞いていたから真似したんだけど、婚約者とは言え友人だと思ってる相手に渡すにしてはどう考えたって重すぎる。でも僕はそれもやっぱり全部無意識だった。

だから彼女に愛の言葉なんて囁いたことなんてない。彼女はいつだって僕のそばにいてくれるって思ってたから、だから僕は彼女に恋をしてるなんて気がつかなくても済んでしまっていた。

だけどそろそろ結婚適齢期というものらしい。記者に「婚約中とのことですがご結婚はそろそろでしょうか?」と問われた。それで僕が頭に浮かべるのはもちろん友人だと思ってる彼女1人。

そうか、確かにそろそろ結婚するべきなのかもしれない。そう思うけど彼女は僕に対して早く結婚したいとかそういうことは一切言ったことがない。そう言えば彼女は結婚についてどう思ってるんだろう。婚約者のくせにそんな話をまるでしてないのっておかしいのかもしれない。でも彼女はきっと頷いてくれる。いつものあの宝石のような瞳を嬉しそうに細めて、それで「もちろん!」と。それからお互いの両親に挨拶をして、諸々準備を初めて、それでようやく結婚に辿り着く。とりあえず一番忙しい波は超えたしまずは彼女に連絡しよう。まだやることはたくさんある。だから僕は記者に上の空で「結婚はまだですね」と答えた。

婚約指輪は何の石にしようか。僕たちが初めて一緒に見つけた石になぞらえてムーンストーンを添えても良いかもしれない。あれは愛の誓う石でもあるし。でも彼女に似合うのは…。

彼女に似合う石を考えると胸が躍る。それで浮かれたまま彼女に電話をした。

けれど。



「わたし今ガラルにいて、しばらくここで過ごそうと思ってるの」
「ガラル?」
「うん。それで色々考えたんだけどね、ダイゴくんも石集めで忙しいし、わたしもしばらくガラルで色々やりたいことあるし、わたしたちの婚約、一回破棄した方がいいと思うんだけど、どうかな?」
「…………は?」


その後会社同士は自分たちの婚約がなくなっても問題ないとかそんなことを言っていたと思うけど、そんなのは全く耳に入ってこなかった。頭が真っ白になって、それから心臓がジワリと嫌な意味で鳴り始める。

彼女が僕のものじゃなくなる?他の男のものになるかもしれない?想像しただけで吐き気がした。

それでようやく気がついた。自分がどれだけ彼女のことが好きなのか。朴念仁だというミクリの言葉も、なんなら一目惚れだと言ったあの日の言葉さえ今なら意味がわかる。

僕はずっと無意識に彼女は僕のものだと思ってた。周りに男が近づかないようにメタグロスを持たせて僕との婚約話を広めて、重たすぎる指輪を彼女の右の薬指にはめて僕のものだと周りを牽制しておいて、それの一体どこが友人なんだろう。

ずっと石ばっかりだった自覚はある。それを許してれてた彼女に甘えてたとも思う。でも自分たちの婚約が企業同士のためだとかそんなことを思ったことは一度もない。だって君の輝く瞳に映る男は僕1人でいいってずっと思ってたんだから。

でもそんなのちゃんと言わなきゃ伝わらない。今更そんなことに気付く僕はバカだ。

だけどそれで君を手放すだなんて、そんなことできはしない。君が僕の知らない男に笑いかけて、僕じゃない男に触れられるなんて想像しただけではらわたが煮え繰り返る。

ガラルのジムリーダーの上げたSNSの写真に、僕のあげた指輪を外してカレーを作ってる君が映ってるなんて、そんなの無理だ。



だから今から僕は君を取り戻しにガラルに行くよ。





◇◇◇




「ワイルドエリア、抜け出せねぇだろ?」

出来たあまくちゆでたまごカレーを食べようとした時にキバナくんがやってきたから彼と彼のポケモンを誘って食べ終わった時に言われた一言。

「ほんと最高!!…キバナくん、ありがとね」
「ん?なにが」
「あの日帰ろうとするわたしを呼び止めてくれなかったら多分二度とガラルに来ようなんて思えなかったし、それにこの子達に会えなかった」
「このオレさまが案内してンなことになるなんて許せねぇだろ」
「うん…。ほんと素敵なところ。来て良かった。それにみんなが可愛すぎてね!?ドリュウズもニャイキングもアーマーガアも見た目いかついのにとんでもなく甘え上手なの!わたしを離してくれない!!メタグロスとラムパルド以外にこんなに大切に思えるポケモンに出会えるなんて思わなかった」
「オマエ、トレーナーに向いてるんだろうな。元々メタグロス見て思ってたけど、こいつらも懐いてるしよく育てられてる。ドラゴンタイプがいたらうちのジムトレーナーの試験誘ってた」
「え、ええっ!?」

流石にそれはわたしには荷が重いけど。でも。

「実はわたし、しばらくガラルに住もうと思ってて」
「マジで?婚約者はどーすんだよ」
「実は今朝ちょうど連絡が来たの…。そこでわたしもやりたいことできたし、ダイゴくんも忙しいし、婚約破棄した方がいいと思うんだけどって伝えたんだ」
「やりたいこと?」
「そう!この歳になってなんだけど、わたしジムチャレンジしてみたくて!」
「ははっつーことはオレさまとも戦うわけだ?」
「最後まで行ければだけどね。でももしいけたなら絶対勝つよ!」
「ふはっ!いいんじゃねえか?オレはお前がそう決めたんなら応援するぜ?ま、とりあえず未来のジムトレーナー候補と写真撮っとくか」
「いや、ドラゴンいないし…って、ほんとなんでも写真撮るじゃん」

キバナくんの写真癖にももう慣れたものでスマホロトムがこちらに向くとついわたしもポーズをとってしまう。それでロトムがぱしゃりと音を立てた。

その時、バサバサっという音と共に銀色のからだが目に入った。

「……エアームド?」

このワイルドエリアにエアームドはいただろうか?いや、少なくともこのエリアにはいないはず。それでゆっくりと視線を上げるとそこには。

「ねぇ」

わたしとキバナくんの会話を止める声。耳馴染みのいいこの声をわたしが聞き間違えるはずがない。

「え、え、え、だ、ダイゴくん…!?」

そこにいたのは見たこともないくらい不機嫌な顔をした彼の姿。

「どうしたの!?あ、ねがいぼし見にきたんだよね」
「君を迎えにきたんだよ」
「えっ!?」
「なんで驚いてるの。婚約者を迎えに来るのは普通のことだと思うけど。…君のメタグロスはどうしたの?」
「え、あ、今はボールの中にいるけど」
「へぇ?」

わたしのメタグロスは強すぎるからワイルドエリアでポケモンを捕まえるのには向かない。だから今はもしもの時のために控えてもらってるんだけど。

ダイゴくんは珍しく不機嫌を隠しもしないでわたしの手を掴んでぐいっと引き寄せたかと思うと、彼の顔がわたしのすぐ近くまでくる。昔あのパーティーの時ぶりの距離に思わず叫び出すかと思った。

「あ、あの、ダイゴくん!?」

するとダイゴくんはわたしの手をそっと指でなぞってきた。それがくすぐったくて、恥ずかしくて、何が何だかわからなくて思わず「ひゃっ」と声が漏れ出ると彼がわたしの耳元で囁いた。

「ねえ、僕があげた指輪は?」
「え?そ、れは」
「今朝言ってたこと、本気ってことかい?」
「あ、の」

やっぱり怒ってる、よね?でも、なんで。

「僕の答えは、婚約解消するときは僕たちが結婚するときだ、だよ」
「へ?」
「確かに最近調査が忙しくてあまり会えなかったし、君がずっとそばにいるって勝手に思って君を好きだと気付きすらしてなかった僕がいけなかったのはわかってるんだけど」
「…………へ?」


すき…?


ほれってわたしの知って好きで合ってるんだろうか。いやでもそんなわけないよね?だってダイゴくんはわたしのこと好きじゃな…。

「でも君は僕のだから」

そんな、バカな。

今の状況が信じられなくてキバナくんに助けを求めようと彼の方に目を向けようとすればダイゴくんはそんなの許さないとばかりにわたしの顔を自分の方にぐいと向かせる。

「ッ!」
「僕が女心を理解できてなかったことは謝せて欲しい。一生かけてね。でも君にももう少し僕という男をわかってもらわないといけない」
「だ、だいごくん…?」

どろりと甘い声に熱を帯びたわたしの大好きなターコイズブルーの瞳に死ぬんじゃないかと思うくらい心臓が鳴っている。だけど、ダイゴくんはわたしを許してくれない。

「僕は15年もかけて囲ってきた女を逃すような甘い男じゃないよ」

そう言うとダイゴくんはわたしの顎をぐいっと強く持ち上げて、そしてそのまま唇を奪った。

「んむっ!?」

わたしはダイゴくんにされるがままだった。だからその向こうでダイゴくんがまるでこれは僕のものだと言わんばかりの激しい敵意を向けてキバナくんを睨んでいたことをわたしは知らないし、この後わたしが育てていたポケモンがすべて鋼タイプなことを知ってニコリと微笑んで、「やっぱり君は僕のだね」だなんて言うなんて思いもしてない。


わたしは世界一重い女だったと思うけど、どうやらわたしはダイゴくんをとんでもなく重たい男にしてしまったのかもしれない。









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