男が気になる兄
私は、お兄ちゃんが大好きだ。
だからお兄ちゃんが惚れたこの船に、私も乗りたかった。
そして息子と呼ばれて嬉しそうなお兄ちゃんを見て、少し寂しかった。
家族だというこの船のクルー達が、羨ましくて妬ましかった。
第 6 話
「エリナ!これ直してくれ!」
ノックの音に、ドアを開けると、そこには笑顔の眩しいエースがいた。
今度は、帽子についていた飾りの紐が千切れたという。
彼がズボンを破いて、部屋を訪ねてきたのは昨日のことなのに、もう次の物を壊したらしい。
お馴染みのテンガロンハットを左手に、右手には麻袋。
おそらく、その袋の中に飾りの数珠球のようなものが詰められている。
部屋に招き入れ、飾りを繋ぐための新しい紐を探す。
「よく物を壊すのね。」
「え!?い、いやー、俺昔からそうなんだよ!」
突然テンションが上がったように、声を大きくするエース。
なんでテンション上がってるの?
物を壊すのがやんちゃな男の子の証拠、とか?
「なぁ、エリナ。その……前の話の続きをしてもいいか?」
ベッドで胡座をかいて、麻袋から数珠玉を取り出す私に、エースがそう言った。
前の話、とは何か。
直ぐにピンと来なかったが、とりあえず頷いておく。
「実は俺にも弟が二人いるんだが、その二人とも血は繋がってねぇ。」
「そうなの。」
「でも大事な弟達だ。この船の皆と変らねぇ。」
だからエリナも家族だ、皆もそう思ってる。とエースは続けた。
昨日もそう思ったが、この人は優しい人だ。
第一印象は最悪だったが、もしかしてあれから私を気にかけて、こうして話をしにきてくれたのかもしれない、とさえ思える。
「ありがとう。でも私は男に生まれたかったわ。そしたらオヤジさんに息子と呼ばれて、お兄ちゃんともずっと肩を並べていられたかもしれない。」
折角エースが励ましてくれたのに、私の口から出るのは捻くれた答え。
でもこれが本音だった。
私が女であるが為に、この船では本当の家族と呼んでもらえない。
前にエースに言われたように、何かあれば医療班達と共に船を降ろされることだって考えられる。
どれだけ想っても、ずっと一緒には居られないかもしれない。
「なぁ、エリナってサッチが好きなのか?」
「好きよ、分かるでしょ。」
「そうじゃなくて、男としてか?」
まさかの質問だった。
男として、つまり恋愛対象ということだろう。
「考えてもみなかったわ……そうね、今考えてみたけど……」
目を閉じで想像してみた。
手を繋いだり、キスしたり……
「……それは違うみたい。」
あぁ、途中で気持ち悪くなってきた。
「ぶっ……!お前なんて顔してんだよ!」
「あなたホント失礼ね。私の顔見て何回笑えば気が済むの。」
そんな酷い顔をしていただろうか。
大きな口を開けて笑うエースを見て、明るい笑顔だなあと思った。
その時、ドンドンとドアを叩く音がして、エースの笑い声が小さくなってフェードアウトする。
「はい。」
「エリナ!お兄ちゃんです!開けなさい!」
なんだか慌てたような、お兄ちゃんの声。
ふとエースを見ると、エースもなんだか慌てたようにキョロキョロしている。
よくわからないままドアを開けると、勢いよくお兄ちゃんが部屋に入ってきた。
「エース!お前何してんだよ!」
「違う!ただ俺は帽子を……!」
一体、何が違うというのか。
必死でベッドの上の帽子を指差すエースと、こめかみに青筋を立てているお兄ちゃん。
全然、状況が飲み込めない。
「どしたの。」
「エリナ!お前もそんな簡単に男を部屋に入れるな!」
「え?男?でもこの前マルコさんも、」
「マルコはいいんだよ!」
肩をガッと掴まれる。
マルコさんはよくて……あと他の男はダメってこと?
「イゾウさんも、」
「イゾウもいいの!」
「ジョズさ」
「ジョズもいいの!」
じゃあ誰がダメなんだ。
エースも同じことを思ったみたいで、今度はエースが口を開く。
「じゃあ誰がダメなんだよ!?」
「お前だよぉぉぉおおおお!」
私の肩を離して、今度はエースの肩を掴む。
お兄ちゃんが何だか凄く怖い。
「大体なんで皆"さん"がついてるのに、エースは呼び捨てなの!?」
「え、うーん。別に意識してなかった。」
「そーゆーとこぉぉぉおおお!」
呼び方がなんなんだ。
そうゆうとこ、ってどういうとこ?
エースの肩を持ってブンブン揺らしながら、お兄ちゃんは叫んでいる。
流石にエースが可哀想だ。
「おい!サッチ!もうやめてくれ……!あ、頭痛い……」
エース白目むいてない?
「ねぇお兄ちゃん、何怒ってるの。怖いんだけど。」
「エリナは危機感が無さすぎる!」
「はいはい、落ち着いて。」
背中をさすりながら、自分の右手でお兄ちゃんの右手を握る。
ね?と顔を覗き込み、ゆっくりエースから手を離すように誘導する。
エースは安堵の溜息をつき、お兄ちゃんは目尻を下げる。
「ご、ごめんエリナ。」
「私より、エースに謝ったら?」
お兄ちゃんはカッとすると暴走することがある。
今回は何を怒っていたのか、焦っていたのか知らないけど。
お兄ちゃんは、謝るからこっちにこい、と言ってエースの手を引いて部屋を出て行った。
途中エースは振り返って何か言いたそうだったけど、とりあえず置いていかれた私は、もう少しだった帽子の修理を続けた。