女が気になる男
あいつは誰といても、あんな風に無表情なんだろうか。
笑うときは、あの変な笑顔なんだろうか。
泣いたりしないんだろうか。
サッチの前なら、もっと違う表情を見せるんだろうか。
あいつのことが気になっている俺がいた。
第 5 話
「あー……どうすっかなぁ、これ。」
身につけているものはパンツ一枚、右手には今まで履いていたハーフパンツ。
そのお尻のところが思い切り破けてる。
「着替えは洗濯に出しちまったし……」
簡単に言うと、暇つぶしにクルーと手合わせしていたら引っ掛けてしまって、盛大に破けてしまったのだ。
他にもう一着よく履くものがあるが、それは洗濯中だし、他に着替えはないことはないが、自分によく馴染んでいる服がこの状態なのは困る。
「……何してるんだ?」
がちゃ、とドアが開き、入ってきたイゾウが俺を見てギョッとする。
パンツ一丁で立ち尽くしていたからだろう。
状況を説明すると、とりあえず何か着ろと言われて、スウェットパンツを履く。
寝間着として置いてあるが、正直ほとんど履いてないものだ。
「エリナに縫ってもらってくればいい。」
その名前に、少し反応してしまう。
「あいつ料理以外もするのか?」
「あぁ。メインはコックだが、雑用もやるからな。この船で困ったら大体はエリナに聞けば、戦闘以外はどうにかなるさ。」
"戦闘以外は"というので、改めてやはりクルーではないんだなと認識する。
あの謝罪以来、エリナのことが何だか気になって、もっと話してみたいと思っていた。
夜飯を貰いに行く時間をわざと遅くしたりして、話すチャンスを作ろうとしているが、エリナの近くでサッチがいつも目を光らせていて、未だにエリナとはあまり話せていない。
「チャンスだな!」
「は?」
「い、いや!何でもねぇ!」
危ねぇ、声に出ちまった。
眉を歪めたイゾウに、手を振って誤魔化し、エリナの部屋を聞いて向かう。
「エリナー、いるかー?」
コンコンとドアをノックし、ちょっと周りを気にしながら声をかける。
もしサッチが聞きつけてくると、怖い。
「はい。」
ガチャ、とドアが開き、自分の頭1つ分以上も下から、エリナが顔を覗かせる。
「えーっと……あ、エース。」
「お、おう。」
もしかして、名前忘れられてる?
いやでも俺は新参者だし、白ひげは大所帯だし、あとこいつはあんまり他人に興味が無さそうだから仕方ないか、と思いながらもちょっと項垂れる。
「どうしたの?」
「あぁ、これどうにかならねぇか?」
右手に持っていたズボンを持ち上げると、エリナが手を伸ばし、破けた部分を確かめる。
「綺麗に縫い目で裂けてるから、縫えるよ。」
「本当か!?頼む!」
ぽんぽん、と勢いでエリナの肩を叩くと、エリナが無表情のまま頷く。
肩が細いことにびっくりして、俺は不自然に手を引いた。
女なんだから当たり前なのに、改めてそれを認識して必要以上に驚いてしまった。
エリナは特に気にしていないようで、ホッとする。
「入る?」
「え!?」
「お菓子作ったから、食べてく?」
部屋を覗くと、テーブルの上にクッキーやマフィンのようなものが大量に置かれているのが見えた。
俺がいうのもなんだが、あれは一人で食べる量なのか……?
「いいのか!」
「うん、あんまり食べ過ぎるとお兄ちゃんに怒られるから。その代わり内緒よ。」
だから分けてあげる。と言って、エリナは無表情のまま、人差し指を自分の唇に当てた。
エリナのその仕草に、何故かドキッとする。
「好きに寛いでて。これ、縫うね。」
エリナは引き出しから裁縫セットを取り出し、ベッドに胡座をかいて、俺のズボンを縫い始める。
俺はテーブルにあった複数の皿の内の一つを手に、床のラグの上に胡座をかいた。
皿には、数種類のクッキーとマフィンが乗っている。
まだほんのり暖かいクッキーを一つ、口に放り込んだ。
「うめぇ!」
お菓子なんて久々に食った。
甘さ控えめでサクサクとしたクッキーを、どんどん口の中に入れる。
「それはどうも。」
チラッとエリナを見るが、エリナはこっちも見ずに、そう言った。
俺はクッキーをがっついていた手を止め、スピードを緩めた。
これは、話すチャンスじゃないか。
早く食べ終わってしまっては勿体ない。
味わうようにゆっくりお菓子を食べながら、俺はエリナに何て話しかけようか考えた。
「ねぇ。」
「な、なんだ!?」
まさかのエリナが先に口を開いたので、びっくりしたのとちょっと嬉しいのとで声が裏返る。
エリナの視線は、相変わらず俺のズボンに集中している。
「あんなに嫌がってたのに、どうしてこの船に乗ることにしたの?」
エリナの質問は、俺が心変わりした理由についてだった。
「うーん、そうだなあ……なんて言っていいか分からねぇが……」
親父を海賊王にしたいと思った。
徐々にそう心変わりしたのは、親父やマルコやサッチや、この船のクルー達に惹かれたからだろう。
「親父と、その家族に惚れたからだ。」
そう答えるが、エリナは特に口を開くわけでもなく、やはり縫い物に集中している。
スルーされたのか、それとも何か考えているのか。
俺には何となくだが、後者に思えた。
「エリナは、なんでこの船に乗ったんだ?サッチがいるからか?」
今度は俺が質問する。
「そうね、お兄ちゃんと離れる選択肢なんてなかったから。」
「でもお前はクルーじゃないんだろ?何かあれば船を降りることだってある。そうなったらどうするんだ?」
「さぁ。そうなってみなきゃ分からないわ。」
「じゃあ逆に陸が恋しくならないか?海賊船じゃなく、陸で普通の生活をしたいとは?」
聞きたいことが、さっきまで言葉に詰まってたのが嘘のように溢れ出す。
エリナはやっと手を止めて、こっちを見る。
「私はあなたが羨ましい。だって、私はクルーにはなれない。エース、私はあなたのように白ひげの家族にはなれないの。」
陸なんて恋しくないわ、と言って、エリナはまた下を向いて、針を動かす。
予想外だった。
俺は、エリナは別にこの船に執着なんて無いんだと思っていた。
サッチ以外には興味がないと思っていた。
そうじゃない。
あの日、不貞腐れていた俺に怒ったのは、嫉妬もあったのかもしれない。
「悪かった……あの日、お前の気持ちも知らずに、俺……」
「それは本当にもういいの。私も大人気なかったと思ってる。」
「でも、お前には兄貴がいるじゃねぇか。何があったって、家族だろ?」
「私とお兄ちゃんは本当の兄妹じゃないのよ。」
初耳のそれに、俺はまた言葉に詰まる。
じゃあ何故兄と呼んでいるのか。
どういう関係なのか。
聞きたいことは沢山あるが、聞いてもいいのか戸惑ってしまう。
ふと、金髪と麦わら帽子を思い出した。
「別に気を遣わなくていいよ。」
「……おう。」
エリナが手を止め、こちらを見てそう言った。
またあの、何を考えてるのかよく分からない目で、真っ直ぐ俺を見る。
全部見透かされているような気持ちになる。
「なぁ。何があっても、お前だって家族だ。俺はそう思ってる。」
ありきたりな綺麗事のような言葉が、口をついて出たことを、直ぐに後悔した。
なんて恥ずかしいことを言っちまったんだ、と。
だが俺が羞恥で赤くなる前に、エリナの無表情が崩れた。
僅かだが目を見開いて、眉尻が下がったように思う。
そのちょっと切ない表情に、心臓が締め付けられる。
「ありがとう。そんなこと言われたの、初めて。」
あ、またあの変な顔。
あの不細工な笑顔だ。
「それ笑ってるつもりかよ。」
「はあ?失礼ね。笑ってるじゃない。」
無表情でドライだと思っていたが、どうやらそれは完全に俺の勘違いだったようだ。
エリナは素直で真っ直ぐで、でも不器用で、兄貴だけじゃなくこの船の家族が好きなようだ。
エリナの新たな一面が見れたことに、心踊っている自分がいた。