男にキレる兄
気付けば、もっと話してみたいと思うようになっていた。
きっと最初の印象とのギャップに、もっとエリナを知りたいと思ったんだ。
それが純粋な気持ちか、下心はないのか、と言われると、正直わからねぇけど…
第 6 話
「なんでそんな怒ってたんだよ!」
「うるせぇ!だってなんか怪しいんだもん!」
エリナの部屋を離れて、しばらく廊下を進んでから、サッチに強く掴まれていた右手を振り払う。
声を掛けると、勢いよく振り返るサッチは、目が血走ってて怖ぇ。
「もん!ってお前なあ……何もねぇよ。」
「ふーん、そうか?お前こないだの朝飯の時、エリナのこと探してただろ?」
ぎくっ、と肩が強張る。
そして少し考えてから思った。
仲良くしたい、もっと話してみたいと思うことの、一体何が悪いんだろうか。
何故、俺は後ろめたく思わなければいけないのか。
「あぁ、そうだよ!探してたから何なんだよ!いねぇのかなーと思っただけだろ?」
「ズボン破いた後に、帽子壊すスパンが短ぇ!」
「なんで知ってんだよ!」
昨日のズボンのことも知られていたことに、少しゾッとして、二の腕を摩った。
きっとエリナに聞いたんだろう。
「別にわざとじゃねぇよ。」
「晩飯も最後にもらいに行って、話そうとしてないか?」
「……いやそれは、」
「わざとじゃねぇか!」
いつまで経ってもヒートアップしているサッチにイライラする。
過保護にも程がある。
「なぁ、仲良くしたいと思うのがそんなに悪いことか?」
「今度は開き直りか!」
「違ぇ、聞け!俺はただ純粋に年も近ぇし、色々話してて面白いと思っただけだ!」
「下心がないだと!?あんな可愛いエリナにか!?」
「お前どうしたいんだよ!?」
ああ言えばこういう。
正直、俺は口喧嘩は得意じゃない。
もっと頭脳派の……マルコとかイゾウとか、その辺なら言葉巧みに交わしたりできるんだろうけど。
「一回燃えれば落ち着くか?」
「お前こそ、海で頭冷やしてこいよ。」
俺が構えると、サッチは鞘に収めたままの剣を構える。
こうなったらエリナがどうとかではなく、ただ意地の張り合いのような状態だった。
「船壊すんじゃねぇぞ。」
「こっちのセリフだ。」
じり、と足を僅かに動かした時だった。
「いて!」
「うぉ!」
ゴン、と頭に衝撃。
突然の痛みにしゃがみ込むと、続いてサッチも同じように呻いて、膝をついている。
「おめぇら何してんだよい。」
「「マルコ!!」」
そこには、口元は笑ってるが、眉を吊り上げてこっちを見下ろしているマルコ。
これはこれで怖いことに変わりはないが、サッチの理不尽な怒りは収まるだろう、と胸をなで下ろす。
「エリナが俺んとこに来たんだよい。サッチの様子がおかしいから止めてくれ、ってなぁ。」
マルコが顎で指した方を見ると、俺の帽子を被ったエリナが、少し離れたところに立っていた。
相変わらず無表情で、俺と目が合うと肩をすくめて見せた。
「ごめん、マルコさんに助け求めるぐらいしか思いつかなくて。」
「エリナ、ナイスだ!」
殴られた頭は痛ぇが、本当に助かった。
笑いかけると何故かエリナは俯いて、エリナにはデカイ帽子が顔を隠す。
「サッチ、ちょっと落ち着け。」
「わ、わりぃ……」
マルコがそう言うと、さっきまでの俺への態度が嘘のように、サッチは頭を垂れた。
なんで俺の話は聞かねぇくせに、マルコの話は素直に聞くんだよ……
「マルコさんが、お兄ちゃんは私のことを心配してるんだ、って。」
「エリナ……」
エリナがサッチの側まできて、しゃがみ込んでサッチの顔を覗き込んだ。
眉尻を下げた情けない表情が、ちょっと面白い。
「エースはそんな危険な人じゃないよ、お兄ちゃん。」
「いや、エリナ……あのな?」
「大体、私を殺したって何の意味もないんだから。」
「だからそうじゃなくて……」
サッチがオロオロしてる。
エリナはどうやら、勘違いをしている。
サッチの心配は、俺がエリナに危害を加えるんじゃないか、という意味だと思っているみたいだ。
マルコは分かっているみたいで、密かに笑っている。
「サッチ、エリナだって子供じゃねぇんだ。エリナに任せてやれ。」
「そうだよお兄ちゃん、私は大丈夫。」
だからそうじゃないんだよぉ……というサッチの小さな声は、エリナには届かなかったみたいだ。
項垂れたサッチの背中に優しく手を添えて、エリナがまた口を開く。
「何かあったらちゃんと言うよ?私のこと、助けてくれるのはいつもお兄ちゃんなんだから。」
その言葉に、サッチが顔を上げて嬉しそうに笑う。
エリナもブラコンだが、サッチはそれを上回るシスコンな気がする。
「エース、帽子直ったよ。」
「あ、あぁ!サンキューな。」
エリナが立ち上がって、被っていた帽子を脱いで俺に手渡す。
飾りも見事に直っていて、俺は受け取ってその帽子を被った。
エリナの体温が移った帽子は、ほんのり暖かくて、それから香水とは違ういい匂いがした。
不釣り合いな大きな帽子を被ったエリナは可愛かったのにな、と思っている自分がいた。