妹を想う兄
燃えて崩れ落ちる家から引っ張り出した時、あいつは泣いていた。
それ以来、俺はあいつが泣くのを見たことがない。
俺はあいつを連れて必死で走ったあの日から、一生この小さな手を守ってやろうと思った。
第 4 話
俺の朝は早い。
クルー達の朝ご飯を作るからだ。
と言っても、前日に仕込みがされているので、やることは少なくて助かっている。
前日の夜に済ませる仕込みは、エリナの担当だ。
朝が苦手なエリナに代わって、俺は早起きをする。
「隊長、こんなもんすかー?」
「もっとトロッとするまで待てって。」
せっかちな隊員が、スープの煮込み加減を聞いてくる。
料理をするのは俺とエリナの仕事だが、煮込んでる間を任せたり、器用な奴に野菜を切らせたり、量が多いので四番隊の隊員に手伝ってもらうことが殆どだ。
料理ができる頃には、においを嗅ぎつけてクルー達が起きてくる。
あとは流れ作業で厨房の奥から順に皿を回し、盛り付けていく。
「エリナのやつ、まだ寝てんのか?」
朝ご飯を殆ど配り終えて、ため息をつく。
相変わらずエリナの朝は遅い。
「サッチ、おはよう!」
「おう、エース。お前も遅ぇなぁ。」
寝癖のついた頭でやってきたのは、新人クルーのエースだった。
こいつもあんまり朝は得意じゃないらしい。
若いもんが揃いに揃って、情けねぇなぁ。
「ほれ、持ってけ。」
「おう、ありがとな。」
大盛りの皿を渡すと、笑顔でそれを受け取るエース。
だがテーブルに向かう足取りは遅く、何やら厨房をチラチラと覗き込んでいる。
「エリナか?」
「え!?」
ちょうど考えていた自分の妹の名前を口にしてみると、過剰に反応するエース。
おいおい、ちょっと待てよ。
まさか図星か?
「あー?なんでお前がエリナを探してんだよ。」
「え、いや、別に違ぇよ!これだけかなーと思ったんだよ!」
皿を指差して慌てるエースに、俺は目を細める。
怪しい。
足りないなら、もっと入れてくれ!ってこいつなら言うはずだ。
現にクルーになったその日から、遠慮もなしにそう言ってきた。
俺だって、それを見越してエースの皿は大盛りにしてる。
「ふぅーん。そうかよ。」
「あ、あぁ!なけりゃいいんだ!」
ははははは!とやたらデカい笑い声をあげながら、ようやくエースはテーブルにつく。
エリナとエースは言い争いこそしていたらしいが、仲が良くなったとは聞いていない。
「お兄ちゃん、おはよう。」
「!エリナ、」
エースの背中を見ていると、不意に声をかけられる。
噂をすれば何とやら、眠そうな顔のエリナが立っていた。
「お前、なんでパジャマなんだよ。」
「別にいいかなあと思って。」
「何回も言ってるだろ、女の子なんだからちゃんとしなさい!」
「明日からね。」
あぁ、何度目だろうこのやり取り。
前髪をちゃんまげにして上げて、服はパジャマのままだ。
もちろん化粧もしてないし、なんなら目なんて殆ど開いてない。
エリナはそのままカウンターの椅子に腰を下ろす。
「あのなあ、明日からってそれ何回」
ぐぅぅぅぅうううううううう。
話している途中なのに、ものすごい音がエリナの腹から聞こえてきて、俺の話は遮られた。
お兄ちゃん悲しい。
俺は無言で朝食の皿を差し出した。
エリナの目が、ちょっとだけ開いて輝く。
「いただきます。」
ちゃんと手を合わせてから食べるのは、この船ではこいつぐらいなもんだ。
そこは褒めたい。
と、エリナの背後でクルー達が騒ついていて、視線をやると、エースが飯に顔を突っ込んで寝ているのが見えた。
「そういえばよ、お前エースと仲良いのか?」
「エース?誰それ。」
がくっ、と頬杖をついていた俺の、顎が手から落ちる。
こいつの他人への興味のなさも、ここまでくると病気だな。
あれだけ騒ぎを起こした人間の、名前も覚えていないなんて。
「この前入った、ほらあそこの。」
指差すとゆっくり振り返って、2-3秒してから、あぁ。と頷いた。
「あの沢山食べる人ね。」
(この様子じゃ、別に仲が良いってわけでもなさそうだな……)
いつも通りの無表情に、少しホッとする。
そんな昨日今日船に乗ったばかりの男に、大事な妹を簡単に奪われてたまるか。
「そういえば、昨日謝ってくれたよ。怒鳴って悪かったって。」
「それだけか?」
「それだけ。」
食事を頬張るのをやめずに、エリナが頷く。
そんなにがっついてるわけじゃないが、エリナは食べるスピードが早い。
それによく食べる。
あっという間に皿が空になり、お代わり。と言ってのけた。
「どれぐらい?」
「んー、3割ぐらいで。」
先程より軽めに盛って、手渡す。
俺はエリナに甘いなぁ、とつくづく思う。
「あ、」
「あ?」
「気にしないでって笑ってあげたのに、それで笑ってるつもりかよ、って言われた。」
ふん、と鼻を鳴らすエリナ。
正直、俺はちょっと驚いた。
エリナの無表情は見ての通りで、中々その表情から感情は読み取りにくい。
だが、俺から見ればそれはもう一目瞭然で、機嫌がいいとか悪いとか、普通に分かる。
エリナが俺以外で信用しているマルコですら、俺ほどは分からないという。
それほどにエリナの表情というのは、分かりにくいらしいのだ。
「エースが?お前が笑ったのを分かったって?」
「ちょっと、誰から見ても笑ってたわよ。」
なんてこった、エースはこの無表情な妹が笑ってみせたのを見抜いたらしい。
で、さっき探してたってことは、エリナのことが気になってるんだろうか?
「お兄ちゃん、プリンちょーだい。」
「お兄ちゃん、頭痛くなってきた。」
「大丈夫?一緒にプリン食べよう?」
俺は落ち込みながら、エリナと一緒にプリンを食べた。
こいつは本当に、よく食うな。