02
食器の音、談笑があちこちで聞こえる。
みんなで揃って夜ご飯の時間。
私の目の前にはエース。
ただご飯の量が尋常じゃなく多く、エースの姿は見えない。
そして私の右隣にはマルコ、通称パイナップルおじさん。(私の中でだけの呼び方なので、もちろん内緒だ。)
「なぁ、エリナっていつこの船に乗ったんだ?」
「話したことなかったっけ。えっとね……ねぇ、いつ?」
「……俺に振るなよい。」
エースに振られた質問を考えてみたが、答えが分からなかったのでマルコに振ってみた。
マルコが、5年前だよい。と答えてくれる。
「元々海賊だったのか?」
「いんや、奴隷だよ。」
「奴隷?」
「そうそう。8歳?9歳?それぐらいの時に奴隷になってね。あーだこーだで皆が私を助けてくれたの。」
「あーだこーだ。」
「そう、あーだこーだ。」
マルコは黙ってご飯を食べている。
前回は回想シーンを遮られたが、こんなに早く回想するチャンスが再来するとは思わなかった。
「またなんで奴隷に。」
「えぇ?……思い出すから待って。」
「……なんで本人が忘れてんだよい。」
切ない過去の回想シーンを、とか言っていた私だが、過去は振り返らないタイプなので、あんまり覚えていない。
口を開いたマルコの方じっと見つめていると、いいのかよい。と言われた。
「何が?」
「いや、話していいのかよい?」
「え、話してくれないの?」
「……」
マルコの目が、お前はバカか?と言っていた。
確かに、自分の話を他人にさせるなんて変な話かもしれないが、うろ覚えなものは仕方ない。
マルコが話してくれるのを聞きながら、私は徐々に思い出していくことにした。
----------
「おい、掃除しろ。」
頭上から冷たい声で命令するのは、私の父親。
私が膝を抱えて座っている、この狭い場所は物置だ。
この物置が、私の寝る場所。
そしてこの父親は、私の唯一の家族。
母親は別の男と出て行った、その朧げな記憶だけがある。
家族といっても、酒に溺れるこの男は、私をこき使うだけだった。
掃除、洗濯、料理、そして村でちょっとしたお手伝いをして、わずかながらお金も貰っていた。
もちろんそのお金は父親に預けるので、私が与えられるのは、父親のご飯の残飯がほとんどだった。
ある日、海賊が私たちの住む村を襲った。
私はその時、いつものように物置で寝ていて、外の騒がしさと、そして何故か熱いので目が覚めた。
「え……火事!?」
物置の扉を開けると、家が燃え上がっている。
外からは複数の悲鳴や、男の怒鳴り声のようなものが聞こえる。
幸いにも家の中はまだそれほど火が回っておらず、外に飛び出すことはなんとか出来そうだ。
と、その時、誰かに足首を掴まれ、思わず悲鳴をあげる。
「ひ……っ!」
「エリナ……」
「お父さん!」
そこには、倒れてきた棚に押しつぶされ、床にうつ伏せになっている父親がいた。
普段から酷い扱いを受けているとはいえ、この時の私にとって、やはり唯一の家族だったんだろう。
泣きながら必死で棚を退かせた。
火が燃えうつり、私も父親も火傷は避けられなかったが、おかげで棚は脆くなり、なんとか逃げだせた。
外に飛び出すと、そこはまるで地獄のようだった。
そこらで倒れている村人、少し遠くで銃声もする。
あちこちに荷物が散乱しており、荒らされた跡がある。
海賊だ、と悟った。
「おーい!まだ人がいるぞ!」
「!」
海賊の1人が私たちを見つけ、声をあげる。
父親の服を握り、見上げると、彼の顔は真っ青だった。
これからどうなるかと考えると、私も涙が止まらず、震えるしかなかった。
「おい、女の子がいるじゃねぇか。」
宝石を片手で遊ばせながら、男がもう1人やってきた。
にやにやと笑ってこちらを見ている。
「お、お父さん……!」
私は父親の服を、一層強く握りしめた。
突然、父親が私の手を振り払い、突き飛ばした。
「こいつはやる!俺の娘だ!だから見逃してくれ……!」
勢い余って、私は海賊達の足元に倒れこんだ。
父親の震える声を背中で聞いて、呆然とする。
「おー!物分かりがいいじゃねぇか!だがなぁ、」
一人の男が、軽々私を持ち上げて、荷物のように肩に担いだ。
そして話している男が、銃を構えて父親に向ける。
「な、何を……!」
「お前が寄越さなくても、欲しいものは奪うし、お前を生かす価値もない。」
銃声、そして笑い声。
振り返った時には、父親は血溜まりの中に倒れていた。
ぴくぴくと動いている指から、目が離せなかった。
突然のことに頭がついていかないまま、そのあと私は船に乗せられ、海賊達の奴隷となった。
船倉が私の寝床だった。
長い時間、私はそこで奴隷としてこき使われた。
でもそれは、父親と暮らしていた時と変わらなかった。
掃除、洗濯、料理……
違うのは、私が成長し、思春期を迎えた頃からの、海賊達の私を見る目つきだった。
私は彼らのおもちゃでしかなかった。
八つ当たりで暴力をふるわれ、都合のいい時には優しくされることもある。
何年経ったか分からない。
ある日、私は酔った船員に暴行され、船倉で横になっていた。
顔や体中が痛く、熱もあるのか体に力が入らない。
そんな時、船倉の外が騒がしくなった。
海賊同士で争うが起きることはあったが、今回はちょっと様子が違う。
しきりに船員達が「白ひげだ」と騒いでいる。
そしてらしばらく経ってから、船が浸水していることに気付いた。
「うそ……」
船が傾き始めている。
外はまだ騒がしい。
手足につけられた拘束具が邪魔をして、逃げ出すこともできない。
船倉の奥で横たわる私の、足の方はすっかり水に浸かっている。
段々、外の声が小さくなっていく。
「(ここで溺れ死ぬの……?)」
奴隷でしかない人生だったなあ、とちょっと笑えた。
だが同時に自由になれるような感覚に、どこかほっとしているのも事実だった。
その時、バン!と力強く船倉のドアが開けられ、誰かが入ってくる。
「おーい、マルコ!引き上げるぞ!」
「待ってくれ!船倉に誰かいるよい!」
マルコと呼ばれた男は、逆光で顔は見えなかったが、私の方に歩いてきた。
目を細めて彼を見上げる。
何か彼が話しているが、反対に私の意識はどんどん遠ざかっていく。
彼の手がこちらに伸びてくるのを見ながら、私は意識を失った。
----------
「そうそう、思い出した!それからオヤジが家族にしてくれて、私も白ひげの一員になったんだよ!」
そう、私がさっきから失礼にもパイナップルおじさんと呼んでいるマルコは、私の命の恩人なのだ。
彼が見つけてくれなければ、私は今頃船と共に海の底にいる。
「お前、大変だったんだな。」
エースが目を細めて、肉を食べていた手を止める。
「エース……」
ぐちゃ。
突然エースの顔が、目の前の料理に突っ込む。
聞こえてくるいびき。
「いや寝るんかい。」
マルコが横で小さな溜息をついた。
今日も平和です。
みんなで揃って夜ご飯の時間。
私の目の前にはエース。
ただご飯の量が尋常じゃなく多く、エースの姿は見えない。
そして私の右隣にはマルコ、通称パイナップルおじさん。(私の中でだけの呼び方なので、もちろん内緒だ。)
「なぁ、エリナっていつこの船に乗ったんだ?」
「話したことなかったっけ。えっとね……ねぇ、いつ?」
「……俺に振るなよい。」
エースに振られた質問を考えてみたが、答えが分からなかったのでマルコに振ってみた。
マルコが、5年前だよい。と答えてくれる。
「元々海賊だったのか?」
「いんや、奴隷だよ。」
「奴隷?」
「そうそう。8歳?9歳?それぐらいの時に奴隷になってね。あーだこーだで皆が私を助けてくれたの。」
「あーだこーだ。」
「そう、あーだこーだ。」
マルコは黙ってご飯を食べている。
前回は回想シーンを遮られたが、こんなに早く回想するチャンスが再来するとは思わなかった。
「またなんで奴隷に。」
「えぇ?……思い出すから待って。」
「……なんで本人が忘れてんだよい。」
切ない過去の回想シーンを、とか言っていた私だが、過去は振り返らないタイプなので、あんまり覚えていない。
口を開いたマルコの方じっと見つめていると、いいのかよい。と言われた。
「何が?」
「いや、話していいのかよい?」
「え、話してくれないの?」
「……」
マルコの目が、お前はバカか?と言っていた。
確かに、自分の話を他人にさせるなんて変な話かもしれないが、うろ覚えなものは仕方ない。
マルコが話してくれるのを聞きながら、私は徐々に思い出していくことにした。
----------
「おい、掃除しろ。」
頭上から冷たい声で命令するのは、私の父親。
私が膝を抱えて座っている、この狭い場所は物置だ。
この物置が、私の寝る場所。
そしてこの父親は、私の唯一の家族。
母親は別の男と出て行った、その朧げな記憶だけがある。
家族といっても、酒に溺れるこの男は、私をこき使うだけだった。
掃除、洗濯、料理、そして村でちょっとしたお手伝いをして、わずかながらお金も貰っていた。
もちろんそのお金は父親に預けるので、私が与えられるのは、父親のご飯の残飯がほとんどだった。
ある日、海賊が私たちの住む村を襲った。
私はその時、いつものように物置で寝ていて、外の騒がしさと、そして何故か熱いので目が覚めた。
「え……火事!?」
物置の扉を開けると、家が燃え上がっている。
外からは複数の悲鳴や、男の怒鳴り声のようなものが聞こえる。
幸いにも家の中はまだそれほど火が回っておらず、外に飛び出すことはなんとか出来そうだ。
と、その時、誰かに足首を掴まれ、思わず悲鳴をあげる。
「ひ……っ!」
「エリナ……」
「お父さん!」
そこには、倒れてきた棚に押しつぶされ、床にうつ伏せになっている父親がいた。
普段から酷い扱いを受けているとはいえ、この時の私にとって、やはり唯一の家族だったんだろう。
泣きながら必死で棚を退かせた。
火が燃えうつり、私も父親も火傷は避けられなかったが、おかげで棚は脆くなり、なんとか逃げだせた。
外に飛び出すと、そこはまるで地獄のようだった。
そこらで倒れている村人、少し遠くで銃声もする。
あちこちに荷物が散乱しており、荒らされた跡がある。
海賊だ、と悟った。
「おーい!まだ人がいるぞ!」
「!」
海賊の1人が私たちを見つけ、声をあげる。
父親の服を握り、見上げると、彼の顔は真っ青だった。
これからどうなるかと考えると、私も涙が止まらず、震えるしかなかった。
「おい、女の子がいるじゃねぇか。」
宝石を片手で遊ばせながら、男がもう1人やってきた。
にやにやと笑ってこちらを見ている。
「お、お父さん……!」
私は父親の服を、一層強く握りしめた。
突然、父親が私の手を振り払い、突き飛ばした。
「こいつはやる!俺の娘だ!だから見逃してくれ……!」
勢い余って、私は海賊達の足元に倒れこんだ。
父親の震える声を背中で聞いて、呆然とする。
「おー!物分かりがいいじゃねぇか!だがなぁ、」
一人の男が、軽々私を持ち上げて、荷物のように肩に担いだ。
そして話している男が、銃を構えて父親に向ける。
「な、何を……!」
「お前が寄越さなくても、欲しいものは奪うし、お前を生かす価値もない。」
銃声、そして笑い声。
振り返った時には、父親は血溜まりの中に倒れていた。
ぴくぴくと動いている指から、目が離せなかった。
突然のことに頭がついていかないまま、そのあと私は船に乗せられ、海賊達の奴隷となった。
船倉が私の寝床だった。
長い時間、私はそこで奴隷としてこき使われた。
でもそれは、父親と暮らしていた時と変わらなかった。
掃除、洗濯、料理……
違うのは、私が成長し、思春期を迎えた頃からの、海賊達の私を見る目つきだった。
私は彼らのおもちゃでしかなかった。
八つ当たりで暴力をふるわれ、都合のいい時には優しくされることもある。
何年経ったか分からない。
ある日、私は酔った船員に暴行され、船倉で横になっていた。
顔や体中が痛く、熱もあるのか体に力が入らない。
そんな時、船倉の外が騒がしくなった。
海賊同士で争うが起きることはあったが、今回はちょっと様子が違う。
しきりに船員達が「白ひげだ」と騒いでいる。
そしてらしばらく経ってから、船が浸水していることに気付いた。
「うそ……」
船が傾き始めている。
外はまだ騒がしい。
手足につけられた拘束具が邪魔をして、逃げ出すこともできない。
船倉の奥で横たわる私の、足の方はすっかり水に浸かっている。
段々、外の声が小さくなっていく。
「(ここで溺れ死ぬの……?)」
奴隷でしかない人生だったなあ、とちょっと笑えた。
だが同時に自由になれるような感覚に、どこかほっとしているのも事実だった。
その時、バン!と力強く船倉のドアが開けられ、誰かが入ってくる。
「おーい、マルコ!引き上げるぞ!」
「待ってくれ!船倉に誰かいるよい!」
マルコと呼ばれた男は、逆光で顔は見えなかったが、私の方に歩いてきた。
目を細めて彼を見上げる。
何か彼が話しているが、反対に私の意識はどんどん遠ざかっていく。
彼の手がこちらに伸びてくるのを見ながら、私は意識を失った。
----------
「そうそう、思い出した!それからオヤジが家族にしてくれて、私も白ひげの一員になったんだよ!」
そう、私がさっきから失礼にもパイナップルおじさんと呼んでいるマルコは、私の命の恩人なのだ。
彼が見つけてくれなければ、私は今頃船と共に海の底にいる。
「お前、大変だったんだな。」
エースが目を細めて、肉を食べていた手を止める。
「エース……」
ぐちゃ。
突然エースの顔が、目の前の料理に突っ込む。
聞こえてくるいびき。
「いや寝るんかい。」
マルコが横で小さな溜息をついた。
今日も平和です。