27
停泊五日目。
まだ明るいうちから宴会の準備が始まって、いつもの宴会より気合が入っているようだった。
料理だってサッチは昨晩から仕込んでいたし、クルー達はライトなんかを船に飾ったりしている。
やはり一番隊長の誕生日となると、ちょっと勢いが違うのかもしれない。
でも、毎年こんな頑張ってた記憶はないんだけど。
あぁ、もしかして今年で還暦とか……
「痛っ!!!」
「全部聞こえてるよい。」
ひっそりナレーションしてるつもりが、バッチリ聞かれていたみたいで、振り返るとトレーを右手に持ったマルコが立っていた。
そのトレーで私の頭を殴ったらしい。
「ねぇ、私何手伝えばいい?」
「ミラのとこに行ってきてくれよい。」
はーい、と返事すると、部屋にいるよい。と後ろから聞こえきたので、女部屋に向かった。
ナース達は皆飲むわけにはいかないので、非番の者だけが宴会に参加する。
あとは勿論、親父に着く。
ということは、ミラは非番なんだろうか?
「ミーラー、マルコがミラのとこに行けって。」
「はいはーい!ちょっとそこ座ってて!」
ノックをしながら許可を待たずにドアを開ける。
まあ自室でもあるので問題ないだろう。
座っておいてと指示されたので、手前のベッドに腰掛けていると、ミラは自分の引き出しを何やら漁っている。
「さてエリナ、じっとしててね。」
「え?」
その声に顔を上げると、大きなポーチを持ったミラ。
化粧ポーチだと思う。
ミラがにやにやしながら近付いてくる。
「今日はエリナちゃんに化粧をしてあげる。」
「え、何急に。」
「いいからいいから!」
鏡の前に移動させられ、慣れた手つきで髪の毛を束ねられる。
化粧台にポーチから出された化粧品が並べられていく。
「い、いいってば!似合う服もないし……!」
「あーら、前にあげたワンピース着てるの見たことないんだけどー?」
「う……っ」
隣を見ると、ベッドにミラからもらったワンピースが広げてあった。
勝手に私の引き出しを探ったな……
「でも、靴がないのよ……」
「大丈夫!はい、目閉じて!」
バシッと肩を叩かれて、思わず目を閉じる。
すかさず顔全体に何かを塗られ、どんどん作業が進む。
化粧なんてしたことがないから、こんなに色々何を塗ってるの?という戸惑いしかない。
「エリナももう子供じゃないんだから、オシャレしたいでしょ?」
「うん……まあ興味ないことはないんだけど……」
「けど?」
「なんだか馬鹿らしくなっちゃう時があって……」
えぇ?とミラ、化粧をしている手が少し止まって、また動き出す。
「どういうこと?」
「だって、私は女であることをやめたいって、そう親父に言ってクルーになったの。普通の女の子みたいにオシャレしたいだなんて、そんなことやっぱり言っちゃいけない気がする。そんなことしてる暇があったら、もっと皆の役に立たなきゃ。」
んー、とミラが考え込む。
私が親父に、唯一女なのにクルーとして認められたのは、私自身が女であることは捨てると頼み込んだからだと言っても過言ではない。
「でもねぇ、それはオシャレするなとか、そーゆーことを言ったんじゃないと思うわよ?」
「わ、分かってるけど……」
「大体、あんな可愛い下着買っといて今更何言ってんだか。」
「え!?ちょっと何見てんの!?」
思わず振り返ろうとすると、すごい力で正面に戻されたので、仕方なく鏡の中のミラを睨みつけた。
「ねぇエリナ、女として生きるのはやめるって、あなた恋もしたことないの?」
ミラがパフで顔全体をはたきながら言う。
くすぐったいし、嗅ぎ慣れない化粧品の匂いがする。
「恋って、この船で?まさかあ!」
「ふーん。恋ってどんなのか知ってるの?」
「え、」
言われてみれば、分からない。
「誰かにドキドキしたり、好かれたいと思ったり、その人ばっかり気になったりね。」
「ミラはあるの?」
「んー、まあね。でも確かに、この船に乗ってちゃ、ないかもね。」
ミラの笑いを含んだ声。
今度は細く柔らかい筆のようなものが、瞼を撫でる。
「私はずっと奴隷だったし、この船に乗ってからはみんな家族だから、やっぱり恋なんて分からないよ。」
ちょっと間があって、ミラが、ごめんね。と呟いた。
私はそんなに重く捉えて欲しくなくて、ううん。と笑った。
「例えばさ、エリナはヤキモチ妬いたりしたことはない?」
「あるけど、お兄ちゃんを取られたって感じだよ。」
「じゃあ胸がきゅーっと苦しくなったことは?」
「……」
「あるのね?」
思わず黙ってしまう。
頭に浮かんだのは、他の誰でもない、マルコの顔だった。
「エリナ、あなたは女の子よ。可愛い服を着たり、オシャレをしてもいいの。好きな人ができることだって、何にもおかしくないのよ。」
「でも、でもそしたら、この船にはいられなくなるかもしれない。」
「そんなの分かんないわよ。大体親父はね、一度家族と呼んだ人間を見捨てたりしないわ。あなたのことも、あなたが思うよりずっと、大事に想ってるわよ。」
ミラの言ってることも分かる。
それでも私は、皆と、マルコと、離れる方が怖かった。
さっきミラが言ったように、もしこれが恋なら、私は女として生きる道を取り戻して、この船を降りることになるんだろうか。
「はい、できあがり!」
目を開けると、そこには私の知らない私がいた。
髪の毛もセットされて、明らかに私は"女"だった。
初めて綺麗に化粧をしてもらった感動と、これを見てマルコはなんて言うかな、なんて思っている自分がいることへのショックな気持ちが、同時に湧いてきて混乱する。
「ワンピースに着替えてね。靴は後で渡すから、心配しないで!」
鏡から目が離せず、無言で頷いて返事をする。
「ほら、エリナは可愛い女の子よ。誰に恋してもいいの。」
ミラが鏡ごしに微笑む。
今私は、オシャレをした自分にワクワクしてしまっている。
見せたい、と思う人がいる。
でも、きっとこんな気持ちなんて、隠した方がいいのだ。
だって、私はこの大家族と離れたくない。
まだ明るいうちから宴会の準備が始まって、いつもの宴会より気合が入っているようだった。
料理だってサッチは昨晩から仕込んでいたし、クルー達はライトなんかを船に飾ったりしている。
やはり一番隊長の誕生日となると、ちょっと勢いが違うのかもしれない。
でも、毎年こんな頑張ってた記憶はないんだけど。
あぁ、もしかして今年で還暦とか……
「痛っ!!!」
「全部聞こえてるよい。」
ひっそりナレーションしてるつもりが、バッチリ聞かれていたみたいで、振り返るとトレーを右手に持ったマルコが立っていた。
そのトレーで私の頭を殴ったらしい。
「ねぇ、私何手伝えばいい?」
「ミラのとこに行ってきてくれよい。」
はーい、と返事すると、部屋にいるよい。と後ろから聞こえきたので、女部屋に向かった。
ナース達は皆飲むわけにはいかないので、非番の者だけが宴会に参加する。
あとは勿論、親父に着く。
ということは、ミラは非番なんだろうか?
「ミーラー、マルコがミラのとこに行けって。」
「はいはーい!ちょっとそこ座ってて!」
ノックをしながら許可を待たずにドアを開ける。
まあ自室でもあるので問題ないだろう。
座っておいてと指示されたので、手前のベッドに腰掛けていると、ミラは自分の引き出しを何やら漁っている。
「さてエリナ、じっとしててね。」
「え?」
その声に顔を上げると、大きなポーチを持ったミラ。
化粧ポーチだと思う。
ミラがにやにやしながら近付いてくる。
「今日はエリナちゃんに化粧をしてあげる。」
「え、何急に。」
「いいからいいから!」
鏡の前に移動させられ、慣れた手つきで髪の毛を束ねられる。
化粧台にポーチから出された化粧品が並べられていく。
「い、いいってば!似合う服もないし……!」
「あーら、前にあげたワンピース着てるの見たことないんだけどー?」
「う……っ」
隣を見ると、ベッドにミラからもらったワンピースが広げてあった。
勝手に私の引き出しを探ったな……
「でも、靴がないのよ……」
「大丈夫!はい、目閉じて!」
バシッと肩を叩かれて、思わず目を閉じる。
すかさず顔全体に何かを塗られ、どんどん作業が進む。
化粧なんてしたことがないから、こんなに色々何を塗ってるの?という戸惑いしかない。
「エリナももう子供じゃないんだから、オシャレしたいでしょ?」
「うん……まあ興味ないことはないんだけど……」
「けど?」
「なんだか馬鹿らしくなっちゃう時があって……」
えぇ?とミラ、化粧をしている手が少し止まって、また動き出す。
「どういうこと?」
「だって、私は女であることをやめたいって、そう親父に言ってクルーになったの。普通の女の子みたいにオシャレしたいだなんて、そんなことやっぱり言っちゃいけない気がする。そんなことしてる暇があったら、もっと皆の役に立たなきゃ。」
んー、とミラが考え込む。
私が親父に、唯一女なのにクルーとして認められたのは、私自身が女であることは捨てると頼み込んだからだと言っても過言ではない。
「でもねぇ、それはオシャレするなとか、そーゆーことを言ったんじゃないと思うわよ?」
「わ、分かってるけど……」
「大体、あんな可愛い下着買っといて今更何言ってんだか。」
「え!?ちょっと何見てんの!?」
思わず振り返ろうとすると、すごい力で正面に戻されたので、仕方なく鏡の中のミラを睨みつけた。
「ねぇエリナ、女として生きるのはやめるって、あなた恋もしたことないの?」
ミラがパフで顔全体をはたきながら言う。
くすぐったいし、嗅ぎ慣れない化粧品の匂いがする。
「恋って、この船で?まさかあ!」
「ふーん。恋ってどんなのか知ってるの?」
「え、」
言われてみれば、分からない。
「誰かにドキドキしたり、好かれたいと思ったり、その人ばっかり気になったりね。」
「ミラはあるの?」
「んー、まあね。でも確かに、この船に乗ってちゃ、ないかもね。」
ミラの笑いを含んだ声。
今度は細く柔らかい筆のようなものが、瞼を撫でる。
「私はずっと奴隷だったし、この船に乗ってからはみんな家族だから、やっぱり恋なんて分からないよ。」
ちょっと間があって、ミラが、ごめんね。と呟いた。
私はそんなに重く捉えて欲しくなくて、ううん。と笑った。
「例えばさ、エリナはヤキモチ妬いたりしたことはない?」
「あるけど、お兄ちゃんを取られたって感じだよ。」
「じゃあ胸がきゅーっと苦しくなったことは?」
「……」
「あるのね?」
思わず黙ってしまう。
頭に浮かんだのは、他の誰でもない、マルコの顔だった。
「エリナ、あなたは女の子よ。可愛い服を着たり、オシャレをしてもいいの。好きな人ができることだって、何にもおかしくないのよ。」
「でも、でもそしたら、この船にはいられなくなるかもしれない。」
「そんなの分かんないわよ。大体親父はね、一度家族と呼んだ人間を見捨てたりしないわ。あなたのことも、あなたが思うよりずっと、大事に想ってるわよ。」
ミラの言ってることも分かる。
それでも私は、皆と、マルコと、離れる方が怖かった。
さっきミラが言ったように、もしこれが恋なら、私は女として生きる道を取り戻して、この船を降りることになるんだろうか。
「はい、できあがり!」
目を開けると、そこには私の知らない私がいた。
髪の毛もセットされて、明らかに私は"女"だった。
初めて綺麗に化粧をしてもらった感動と、これを見てマルコはなんて言うかな、なんて思っている自分がいることへのショックな気持ちが、同時に湧いてきて混乱する。
「ワンピースに着替えてね。靴は後で渡すから、心配しないで!」
鏡から目が離せず、無言で頷いて返事をする。
「ほら、エリナは可愛い女の子よ。誰に恋してもいいの。」
ミラが鏡ごしに微笑む。
今私は、オシャレをした自分にワクワクしてしまっている。
見せたい、と思う人がいる。
でも、きっとこんな気持ちなんて、隠した方がいいのだ。
だって、私はこの大家族と離れたくない。