羽宮一虎。歳は上。詳しい数字はわからない。私が大学生だと言った時に彼が「下じゃん」って言ったから年上だって知ってるだけ。身長は私よりも高くて、顔がとってもよくて、口は悪いけど優しくしてくれる人。でも時おり、ここじゃないどこか遠くをみている人。
 詮索したら離れていっちゃいそうだったから私は彼について何も訊いたことがない。限界まで上げたタートルネックの首元からみえる黒い何かだとか、彼と初めて出会った日、私がいかにもな人にだる絡みされていた時に周りの人たちが目線を逸らして去っていく中ただ一人、間に割って入ってきたあの躊躇いのなさとか。いろいろなことから考えてなんとなくごく普通の平凡な人生を歩んできているとは思えなかったけど、私からそこに触れることは今もこれから先もきっとないと思う。
「うまっ」
 彼の目じりが柔らかく歪んだ。涙ぼくろが色っぽくて素敵だと思った。他意のないそれでドキッとするものだから私はとっても簡単な人間。
「それはよかった」
 私も箸を動かした。口に含んでみたら味はべつにいつもと変わらなかった。でも不思議なことに誰かと一緒に食べるとそれだけでなんだかもっと美味しいような気がして私も彼に微笑んだ。
「うん、おいしいね」
「あのさ、オレ、今めちゃくちゃ満たされてる」
 一虎くんは人好きのする笑みで言った。
 そういうの、正直手馴れてるなぁと思う。人の懐に入るのが上手いというかなんていうか。家に上げてしまった私も私だけど、普通の人は助けた初対面の女の家にその日のうちに転がり込んだりしないし連絡先を交換してご飯を要求したり風呂を借りにきたりとだらだら交流を続けたりしないんじゃなかろうか。
 でも、世間一般からしてちょっと変だなって思うことはあってもそんな関係をまあいいかと許してしまうのはこの時間が心地よかったからだった。どんなふうに行動すれば人が自分のことを好意的に思うのか全部把握してるみたいに、彼は私の踏み込んでほしくない部分にはけして触れてこなかった。それはとても息がしやすい。
「ねえ、今日泊まってってもいい?」
「あっ、ごめん。今日用事ある」
「ん、わかった。明日は? だめ?」
「大丈夫。一虎くんがいいなら」
「ありがと」
 私たちはお互いがお互いについて、ある意味線引きしながらこんな関係をだらだらと続けている。肉体関係でもなく恋愛関係でもなく、かといって正しい友人かというと、それもちょっとわからない。
「ごちそうさま。また明日ね」
 「見送らなくていいから」と、一虎くんはついさっき言った言葉通りに食べ終わってすぐ帰っていった。私断っちゃったし、今夜は他の人のところにでも転がり込むのかな。顔良いし優しいし、他に女いそうだな。全然知らないけど。
「……私も出ないと」
 返事を急かすように何度も新着メッセージを通知するスマホを溜息をつきながら取った。ロックを解除するとホテルの位置情報と待ち合わせ時間の文字が画面いっぱいに映し出されたので、それに可愛らしく愛想よく返信する。気に入ってもらえるように。また呼んでもらえるように。
 一虎くんのことが好きだ。彼のことを知りたいし、私のことを知って欲しいと思う。けど、こんな自分を知ったら彼はどうするんだろう。何度考えてもその行動の行き着く果ては私の頭ではどうしたって一つしか思い浮かばなくて、その度にそんなことになるくらいならもうこのままでもいいかと思った。
 この先今と同じようにお互いがお互いのことを深く知らないままでいたとしても、ずっとこの関係が続いていくかなんてそんなの何の保証もないのに。

絶対不可侵のひと部屋

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