「はい。これね」
 男がネクタイを片手で調整しながら反対の手でベッドの上にお札が投げた。それをかき集めて枚数を数える。
「ホテル代も先払っとくから」
「ありがとうございます」
「それじゃ」
「うん。気が向いたらまた呼んでください」
 私は愛想よく笑って頷いた。それに満足気に笑い返した男のドアの向こうに消えていくその広い背中をじっと見つめていた。スーツの下のシャツの下の誰にも見えないところにある私の引っかき傷。お風呂に入るとき、思い出したりするんだろうか。
「…………今日、何コマからだっけ」
 一人きりになった部屋で再度ベッドに寝転んだ私は、先ほど振りまいた愛想の名残すらみえない表情のままそう呟いてスマホのロックを解除した。


 親とうまくいっていなかった。だから大学生になって一人暮らしをすることにした。学費も家賃も光熱費も、その他必要な諸々も自分で捻出することに決めた。でも、どれだけ意地を張ったって結局私は経済力のない子どもで、お金が欲しくて手当り次第にアルバイトしたけど希望する額にはほど遠くて、高収入をどんどん求めていった結果行き着いたのが今の私だ。
 一晩につき10万円。福沢諭吉が10人分。それが私の価値。ホテル代は別で客持ちで、特殊なプレイはオプションとしてプラスアルファ。一度の金額が金額だからお客さんは少ないけど、それでも必要経費を払ってもなお女一人が暮らしていくには十分過ぎるくらいの額を私は毎月稼いでいる。
「なんだ、休講じゃん」
 一気に暇になってしまった。せっかくだし残り時間まで二度寝しようかなと思いスマホを手放したところで一件の通知が新たにやってくる。
『今日行っていい? 名前の飯食いたい』
 客ではない人物からのメッセージに私は口元を綻ばせた。
『いいよ。今日ハンバーグ』
 返信を送るとすぐに既読がついて喜びのメッセージが再度返ってくる。それが年上のくせに子どもみたいで可愛くてなんだかくすぐったかった。
「好きだなぁ……」
 二度寝するのはやめた。どうせやることもないし、さっさと帰って部屋を片付けて念の為にシャワーをもう一度浴びておこう。そう決めて床に散らかったまま放置された服を拾い上げた。
 後悔はしていない。けど、もしももっと別の道が用意されていたなら、きっと私はそっちを選んだだろうなとも思う。

清楚を塗りかさねたくちびるで啄む愛など

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