※10,000(20,000)企画にあげた小説と同じ内容です



「一虎君、金遣い荒かったのに直したんですか?」
「は?」
 ぼんやり携帯を弄って名前のメッセージへ返信しているとバックヤードに物を取りにきたらしい千冬がぽつりとそんなことを言った。
「いやべつに他意はないですけど、前は休憩時間とか店閉めたらすぐにパチンコ行ったりしてたじゃないですか。最近あんま見ないなって思って」
「あー……」
 たしかに言われてみればそうだなと思った。男一人だし、やりたいこととか欲しいもんとか全く無いとは言わねえけどそれほどたくさんあるわけでもねえし、毎日暇さえあればギャンブルしてっていう生活してたっけ。
「べつに今も全くしてないってわけではねえけど」
「でもなんか変わりましたよね。サボりながらも前より一生懸命働いてるっていうか。今までダラダラしてたのに最近は店閉めたらさっさと帰るし、よく携帯触るようになったから連絡もすぐつくし」
「なんだよ。真面目に働いてんだからいいだろ。オマエ何が言いてえの」
「いや彼女でもできたんかなって思っただけです。ははっ、でも一虎君に限ってそれは……」
 千冬はそう言いながら、よっこいしょとドッグフードの袋を抱えて振り向いた。そして何も言い返さないオレの表情を見るとさっきまでの冗談口調から一転して神妙な顔つきになり心底信じられないといった様子で「え、マジ……?」と呟いた。
「マジですか? え、ホントに彼女?」
「ウルサ。ほっとけよ。それよりオレさっさと帰りてえから早く店閉めてきて」
「いやオレには一虎君の監督責任があるんで」
「そんなこと言って興味あるだけだろうが」
 千冬は壁に立てかけてあったパイプ椅子を持ってきて組み立てると机を挟んでオレの前に腰を下ろした。
「オイ」
「シャッターはもう下ろしてきたんで大丈夫です」
「だからオレ早く帰りてえんだって」
「一虎君がさっさと話してくれたら終わるんで」
 真剣な表情をしている千冬に怪訝そうな顔をすると「……遊びじゃなくて?」と言ってきたから思わず溜め息が出た。
「オレのことなんだと思ってんの」
「だって女遊びしてたじゃないですか」
「それ前の話だろ。今度は、……いやなんでもない」
「うわっ! マジなんだ!」
 千冬が目を輝かせて笑った。なんでオマエがそんなに嬉しそうなんだよ。あ、そういえばコイツ昔少女漫画好きだったんだっけ。
「……オマエが期待してるようなことはなんもねえからな」
「でも無駄遣いやめて金貯めたりしてるんですよね」
「オマエ今何考えてる」
「付き合ってて金貯めるっつったら同棲とか結婚辺りかなって思ってますけど」
「まずオレら付き合ってないから。ギャンブル控えるようになったのはアイツに金が必要だからだよ」
「え……」
 険しい顔になったと思えば楽しそうに笑ったり、かと思えば訝しんだりところころ表情を変える千冬を忙しねえヤツだなと思って見ていたら手の内のスマホが震えた。たぶん名前だ。返信しようとしたところで「もしかして一虎君が遊ばれてる感じ……?」という呟きが聞こえてきて、思わず顔面にスマホを投げつけそうになった。
「オマエなぁ」
「だって一虎君いつまで経ってもフラフラしてるから見てるこっちは心配なんです」
「マジで千冬が思ってるようなことなんかなんもねえから。付き合うっていうのにオッケー出してないのオレのほうだし遊ぶもなにもまだ手も出してねえよ」
「でも好きなんですよね?」
「そうだけど。それとこれとはべつ。名前はまだオレのこと深く知らないのにそんなの無責任だろ」
 それだけ言うと千冬はほとんどを察したらしく「ああ、そういう……」とだけ言ってそれ以上は訊いてこなかった。
「今連絡取ってるのが名前さん?」
「そう」
「どんな人なんですか」
「なんでそんなことオマエに言わなきゃなんねえの」
「ちょっとくらいいいでしょ。一虎君が真剣になるような人初めてだし。教えてくださいよ」
 名前がどんな人間かなんてオレだけが知ってればいいことだとは思いつつも千冬がまるで自分のことのように嬉しそうな顔をするもんだからまあ少しくらいならいいかと「……危なっかしいヤツ」とだけ答えた。
「なんですかそれ。やんちゃしてた感じ?」
「いや全然。どっちかっていうと大人しいんじゃね。あんまキレたりしねえし」
「それなのに危なっかしいんですか?」
「うん。誰かがちゃんと見といてやらねえとダメだなって感じ」
「生活力ないタイプ?」
「いや家事はできる。料理もめっちゃ美味いし。どっちかっていうとアイツは周りに誰もいなくても一人で生きていけるタイプだろ。でも、うまく言えねえんだけど、危ないんだよ。流されやすいところあるしたぶん愛情とか今までよくわかんねえままきちまったヤツだからさ。なのに変に覚悟があるからなおさらタチ悪いし。だから見ててやらねえとって。…………なんだよ」
「なんか今すっげえ惚気られた気分」
「……は? 勝手に言ってろ」
「でも一虎君とちゃんとやっていけてるのスゲーなあ。ねえ、いつかオレにも会わせてくださいね」
「ヤダ。千冬だけは絶対無理」
「えっなんで」
「名前がオマエのこと好きになったらどうすんだよ」
 「アイツがこの先オレ以外の誰を好きになってもべつに文句言わねえつもりだけどオマエだけは嫌。顔合わせる度に気まずくなるし」というと千冬は目を丸くして、それから眉を下げて笑った。コイツこんな笑い方できるんだなと思った。
「じゃあ先上がってもらっていいですよ。後はオレがやっておくんで。名前さんのところ行くんですよね」
「なんだよ。それならもっと早く言ってくれたらいいのに」
「人の好意を受け取るときはありがとうでしょ」
「…………悪い。じゃあな」
 「なんかほんといろいろと素直じゃねえ人っスね」という千冬の言葉をあえて無視して裏口から外に出ると一気に噎せ返るような暑さがまとわりついてきた。じんわり出てきた汗を袖口で拭ってスマホの画面をつけると案の定名前からのメッセージの通知が映し出された。
『きてもいいよ。何時頃になりそう?』
 それに思わず笑みをこぼして『今終わった。このまま行ってもいい?』と打ち返すとすぐに既読がついた。
『お疲れさまです。それじゃ待ってるね。急がなくてもいいから気をつけてきてね』
 最後には名前が最近気に入っているんだと言っていたウサギのスタンプが親指を立てて笑っていた。
 こういうところがオレは、とどこか気温とは別の意味でほかほかと温かくなった身体を動かしてアイツの家に向かって歩き出した。

きみの温室は硝子でできてる

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