講義の終了後に寄った図書館で試験勉強をしていたら、気がついたときにはもう辺りは真っ暗になっていた。
 浮かび上がってくる欠伸を噛み殺しながら私は改札を抜けて最寄り駅から続くいつもの道をすたすたと歩く。きりがいいところで終わったので予定よりかは早く帰ってくることになったけど、それでも夜は夜だ。昨日のうちに一虎くんに遅くなることを伝えておいてよかった。そんな彼も今夜は用事があると言っていたのでたぶん家にはこないだろう。一人でいいのなら栄養バランスとか彩りとかに気をつけて作る必要もないので夕飯はちゃちゃっと簡単にすませて想定よりも増えた時間の分とにかくゆっくりと泥のように眠りたかった。
「……あれ? 一虎くん?」
 やっと家に着いたと思ったら見知った人影がドアの前に立っているのが見えた。めずらしい。一虎くんはどんなことがあっても毎回ちゃんと前もって連絡してくるのに。もしかして何かあったんだろうかと少し心配に思いながら近づいていくとその横から見知らぬ人が顔を出した。
「えっと、その人誰……?」
 思わず声をかけると私がいることに今気がついたのか一虎くんはバッとついさっきまで女の子と絡めていた腕を振り払うようにして解いた。
「そこ、私の家だよね。今日飲みに行くって言ってたのは知ってるけど、その、女の子を連れて帰ってくるとは、ちょっと、思ってなかったかも」
「待って違う。違うから名前」
 一虎くんは私の顔を見るなり文字通り慌てふためいた。「待って」と「違う」を何度も繰り返している。隣の女の子はというとそんな状態になってしまっている彼のことを放って私をじろりと値踏みするように見た。そして一虎くんの腕に再度自身の腕を絡めるとぎゅっとその豊かな胸元に引き寄せた。どうやら私と彼女自身のステータスを比較した結果、自らの優位性を確信したらしかった。
「ねえ一虎、この人誰? 今日は私に時間くれるんじゃなかったの?」
 女の子がその頬を一虎くんの腕に甘えるように擦り寄せた。
「テメェは黙ってろ。ややこしくすんな。名前、違う。待って。落ち着け。オマエが思ってるようなことはなんにも、」
 私は一虎くんのほうが落ち着くべきだと思うんだけど。話すのに一生懸命で再度腕を組まれたことなんか気がついてないみたいだ。
「わかってるよ。大丈夫だから」
 大丈夫。一虎くんは私のこと大事にしてくれるもんね。ちゃんとわかってるよ。
 あわあわとなっている一虎くんが可哀想だったので少しでも安心させるために微笑もうとしたとき、ぽろっと目の端から涙が零れ落ちた。止めないと駄目だとわかっているのにひとたび決壊すると涙は次から次へと押し寄せるようにどんどん流れ出してくる。「大丈夫だから」私がそう言った瞬間浮かんだ安堵の表情から一転して、一虎くんはぎょっと目を見開いた。
「名前……? 大丈夫……?」
「だ……」
「だ?」
 大丈夫。なんでもないよ。ごめんね。気にしないで。そう言うつもりだったのに。
「だ、だいっきらい……」
 口から出たのはそんな可愛げの欠けらも無い一言で、あまりに子どもじみたそれに恥ずかしいやら情けないやらでぐちゃぐちゃになってしまった私は一虎くんの引き留める声から逃げるように背を向けてその場から退散した。

そしてゆめがほどけても

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