私はごろりとベッドに横になり何をするわけでもなくぼんやりと天井を見つめていた。
 あの後、退散したはいいものの行く宛てがなかった私は、いろいろと考えた結果その日の夜をホテルで過ごすことに決めた。普段の希薄な交友関係が悔やまれてしかたがない。急に連絡して泊めてくれるほど仲のいい友人は私にはおらず、かといって一虎くんとあの女の子がいるかもしれない自宅に再び戻ることもできなかった。
「…………一人は久しぶりかも」
 お金稼ぎをやめてからの日々を考えればこういうホテルも久しぶりだった。一虎くんが知ったらきっと怒るだろうな。あの人、あれ以来私がホテル街に近づくのをすごく嫌がるようになったから。近道しようとするな一人で路地裏に入るなと、まるで保護者か何かのように口酸っぱく言われたのは記憶に新しい。
 この落ち込んだ気分をどうにかしたくて、何か他の楽しかったことを思い出そうとしているのに、浮かんでくるのはどれもこれも一虎くんのことばかりだった。
 一虎くん腕組んでたなあ。私に声をかけられたとき、なんだか焦ってた。隣にいたあの女の子とっても可愛かったな。本当はああいう女の子って感じの子が好きなんだろうか。私みたいなのじゃなくて。
 そんなわけがないって思いたかった。だからそれに足るだけの理由を探していたのに、考えれば考えるだけ自分にとって嫌な方向へと物事の予想は動いていく。
「はっきりさせるときがきたのかもなあ」
 実を言うと、こういうこと、つまるところ一虎くんに女の子の影が見えることはなにも今日が初めてというわけじゃなかった。一虎くんが話す内容に女の子らしき名前が含まれることは前からときどきの頻度であって、そういうとき彼は決まって間違えたという表情を浮かばせて話を逸らすので私もあえて深くは聞かず気づかないふりをしていた。
 一虎くんがお風呂に入っている最中に電話がかかってきたこともあった。他人のプライベートを覗き見るのはよくないだろうとしばらく放置していたんだけど、鳴っては切れ、切れては鳴ってを繰り返していたものだから重大な用件だったらいけないしと彼に渡すためにテーブルの上から取り上げた。そのとき、つい見てしまった相手の名前表示が一虎くんがよく口にする女の子の名前だった。
 仰向けのまま腕を額の上に置き瞼を閉じる。呼吸とともに重たいため息がもれた。
 疑っていると言われてしまえばそれまででもう何も反論できないけど、私はべつに一虎くんのことを信じていないわけじゃない。だけど本当に何もかも全てを前向きに捉えられるかと言われればそれも違った。昨日まであったはずの愛情がとある瞬間唐突に息絶えるという現実を、私は痛いほどに知ってしまっていたから。一虎くんが私に向ける優しさを希望的観測から愛情であると定義したとして、それだけがこの現実に当てはまらないということはありえないだろう。小さく噛み砕いてしまえば結局は全部人の感情なのだから、無くなることも移ろうこともあって然るべきものなのだ。たとえあの優しさが愛情でなかったとしても同様に。
 正直なところ飽きられる心当たりはたくさんあった。私は元からあんまり可愛い性格をしていないし、なにより怒ったときに涙よりも先に手が出る女で、儚くて柔らかい守ってあげたくなるような、そういう感じの女の子という枠組からは完全にはみ出ていることに間違いはなかった。
「…………寝よう」
 携帯の電源はすでに切ってしまっていた。もしも一虎くんからメールや電話がきていたら、そしてそれを見てしまったら、私はきっともっとみっともないところを晒してしまうだろうから。それを防ぐためだった。
「ひとりで、いきていけるのに」
 食べて、飲んで、寝て、運動して、呼吸して、健康でさえいれば人は死なない。そのときその人がどんな感情を持っているかなんてそこには関係ない。悲しくても寂しくても人はちゃんと一人で生きていける。
「…………」
 一人でも平気だったあの頃に戻らないといけない。誰も傍にいなくても、何も与えてもらえなくても、それでもよかったあのころの私に還らないといけない。そうじゃないと、きっとだめになってしまう。そんな気がしてならなかった。それと同時に、誰かのくれる温かさがどういうものであるかを理解してしまった今では、すでに何もかも手遅れであるということももうなんとなくわかっていた。
「…………さむい」
 いつもと同じ温度で冷房をつけたはずなのに隣に人がいないというだけでずっとずっと寒かった。
 耐えられなくて温度を上げた。

わたしをだめにするひと

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