ついぞひとつになることはなかった

 今すぐにでも歌いだしそうな様子で上機嫌に彼女は色紙を切っていた。
 シャキリシャキリと鋭い音がして細かくなった色紙が彼女の手から離れていく。そうして受け皿として置かれた紙箱の中に色とりどりの紙片がどんどん収まっていくのをなんだか素敵に思った僕は湯呑みの盆を持ったまま黙ってそれを見ていた。
 ふと手を止めて顔を上げた彼女は、廊下で突っ立ったままでいる僕に「あ、歌仙」と呟いた。
「……さぼってたんじゃないよ」
 僕の視線が彼女の手元に向けられていることに気がついたのか、主は慌てて弁明するようにそう言った。さぼっていないと言われても今朝渡したはずの書類は机の端っこにまとめられたままだったしバランスよく積み上げられたそれらはどうみても全部終わったようにはみえなかったけれど、そのことには触れずに僕は「お邪魔するよ」とだけ言って敷居を跨いだ。
「だいぶ切ったね」
「うん。やってるうちにだんだん楽しくなってきちゃって」
 箱の中には縦長に切り揃えられた大量の色紙が積もっていた。赤、青、緑、黄、薄桃など、原色だけではなく淡く柔らかい色もたくさんあった。よくこれだけ集められたものだと感心する。その疑問を知ってか知らずか主は「この前出かけたときに綺麗なのが売ってたからお小遣いでちょっとだけ買ってきたの」と説明した。
「素敵でしょう。いろんな色があって、ほら、歌仙みたいな色もあるよ」
 彼女は中から薄い紫色の紙を大事そうに摘まみ出した。
「店頭に並んでたときちょうどみんなの色みたいだなと思って手に取ったんだけど使うところがなくって。私はそんなにしょっちゅう手紙を書く方でもないからさ。綺麗だから勿体ないっていうのもあったんだけど、でもやっぱり物は使ってこそでしょう。なにか使い道ないかなって思って短冊にしてみました」
 主はえへへと照れくさそうに笑って「ちょうど夏も近いしね」と摘まんだ紙を軽く振った。ひらひらと薄紫が揺れる。
「こんなに切っちゃったし一人一枚だなんてケチなことは言わずに何枚でも書いてもらったほうがいいよね。いっぱい色があるからきっと竹に結んだら綺麗だと思うよ」
「いいじゃないか。紐ならあるよ」
「じゃあ穴を開けておこうか。そうしたら後は書くだけだし。置いておいて気が向いたときにでも書いてもらって、各自自由に吊るしてもらえばいいもんね」
 「叶えられそうなお願いならできるだけ叶えてあげたいなぁ。クリスマスみたいな感じで」と彼女は朗らかに笑った。クリスマスはよくわからないが彼女がそうやって笑うのならきっといい日なんだろう。
 僕はふいに七夕の日に彼女が何を願うのか尋ねたくなった。もしかしたら、これは僕のささやかな抜け駆けだったのかもしれない。僕らの願いを叶えようとするこの人の願いを僕は叶えてやりたかった。
 「主は何か願い事はないのかい?」と訊けば、彼女は「うーん……」と一つ唸った。首を少し傾げたきり元に戻さない。
「私のお願いか……。こう言っちゃあなんだけど、今が十分すぎるくらい幸せだからねぇ……」
 彼女はひとしきり悩んでから何かを思いついたように「あっ」と声を上げた。
「じゃあ、ずっとみんなと一緒にいられますように、とか!」
 ありきたりで申し訳ない、ちょっと難しいよね、と苦笑いをこぼした彼女に胸が温かくなる。本当に無欲な主。今だって全部が全部幸せな生活ではないのに。人並みの生活を送ることさえもままならないのに。
 温かい気持ちを大事に抱え込むようにして僕は言葉を紡ぎ出す。
「……もちろん。その願いは叶うよ。ずっとずっと君の傍にいるさ」
「ふふっ、そっか! じゃあ私はいつまでも幸せで間違いないねぇ」
 彼女は心底嬉しそうに微笑んだ。その笑顔を守ってあげたいと思った。

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