希望の芽


「ちょっとモネ! いつまでキャプテンとくっついてんの!」
「あら、ヤキモチ?」
「っ、違う! 違うし!」

 キャプテンと共に、半ば無理矢理だったけれどパンクハザードにやってきた私。
 長期滞在するなんて言うからちょっとテンションが上がったのも束の間。ここへ来てからというもの、モネとかいうポッと出の女にキャプテンの隣を占領されている。どうして私は毎日毎日ソレを見なきゃいけないんだ。二日酔いみたいに胃がムカムカした日々だ。

「ねぇ、そこのキャプテン」
「何だ」
「毎日毎日まとわりつかれて、鬱陶しいならそうとハッキリ言ったほうがいいと思うよ!」

 寝る時以外はほとんど一緒にいるんじゃないかな。モネさんと。私よりも。すると「お前よりは静かだ」と聞こえてきた。
 ああもう、キャプテンに尻尾振ってついて来たのは私だよ、わかってるよ。それにしたって私って仲間なんじゃないの。ここに来てからというもの扱いが酷すぎる気がするんですけど。

「はいはいそうですかー! もう! 散歩してくる!」
「あら、そんなに薄着でどこに?」
「……シーザーん所だよ!! どこに行こうと私の勝手だし!」

 モネに聞かれて適当にそう答えたら、二人同時にすごい表情で、何か言いたげに私のほうを見た。何その顔。私がシーザーの実験に興味があったっておかしくないでしょ。意外だ、みたいな感じで私を見るのはやめてよ。そんなに私ってアホっぽいかな。
 乱暴に上着を手に取り部屋を出た。いつまでたってもキャプテンはここに来た理由を教えてくれないし、二人がくっついてるのを見てるだけの日々じゃ私の心が腐ってしまう。ならば悪事だろうとなんだろうと、研究してる様子を見学でもしたほうがよっぽど有意義だ。


「おいシーザー!」
「シュロロロロ……どうした、お前がここへ一人で来るなんて珍しいな」
「あんたんところのモネさんがサボってるからね、困ってるんじゃないかと思って!」

 適当に理由をつけて近くのソファに座った。どこに視線を置こうか迷っていると「シュロロロロ〜」といつもより半音くらい高い声で機嫌よく飛んできたガス男。シーザーはなぜかティーポットを抱えている。

「最近全く仕事を手伝ってもらえねェんだ」
「確かにあんだけうちのキャプテンにべったりしてたらそうだよねぇ」
「お前こそ、いいのか? こんな所で茶なんかして」

 カップにお茶を注ぎながらそう私に問いかけてくるこの男。お茶を出してきたのはそっちだ。でもなんだか、敵同士のはずなのに妙に親近感がわいてくる。この不思議な見た目のせいだろうか。それとも困った部下(上司)を持ったこの何とも言えない心境がそうさせているのだろうか。馴れ合うつもりなんてなかったけど、モネがああなのだ。お茶はありがたくいただくとしよう。

「私もさすがに退屈しててね、特に部屋にいる時なんかいっつもあの二人くっついてるし!」
「なら丁度いい、ちょっとこのデータをまとめてくれねェか? 得意なんだろう?」
「どれどれ……へェ、面白そう! これなら私が見たところで問題なさそうだもんねぇ。やってもいいよ」


 それから何時間か、私はひたすらシーザーが用意した大量のデータをまとめることに集中した。こんなに雑念もなく何かに取り組むなんて久々で、気づけばシーザーもソファでゆっくり休憩していた。

「……ふぅ、終わったよシーザー」
「おお! この量をこの時間で……お前なかなかやるじゃねェか!」
「そうでしょ? 地味な作業であまり評価されないんだけど集中力の高さは私の売りなんだよ」
「ローの部下にしとくにゃ勿体ねェな」

 敵であれ評価されるのは嬉しい。普段も医療データをわかりやすくまとめたり、ベポの日誌をもとに航海データを作ったり、マニュアル作りなんかをしているけれど、それらがもう当たり前のように存在しているせいか褒められることは少ない。かといって不満を抱えているわけではない。みんな当たり前のように日々自分のやるべき仕事をこなしているのだ。
 あぁ、帰ったらみんなにあらためて感謝しないといけないな。私が作業に集中できるのは、他の仕事をしてくれている仲間がいるからなんだ。離れてみてわかることってあるよね。これからはもっと、素直に色んな気持ちを伝えていこうかな。そうしよう。

「また何かあったら言ってよ。内容次第だけど気が向いたら手伝うから」
「そうだな、ローの怒りを買わない程度に考えるとしよう」

 そっか、私がよくてもキャプテンがNGを出す可能性があるのか。何か別の暇つぶしを考えないといけないなと思いながらひらひらとシーザーに手を振る。
 筋トレでもしようかな、それとも遭難しない程度に島の散策でもしようか……私はほどよい疲労感を感じながらキャプテンがいる部屋へと戻った。


「あれ、モネは?」

 部屋の中はさっきまでのヒヤッとした冷気もなくて、一人コーヒーを飲んでいるキャプテンの姿があった。

「さすがにシーザーの仕事を手伝わねェとって言って出てった」
「それはそれは……たぶんその仕事はもう終わってるんだなぁ」
「?」

 何のことだと言わんばかりのキャプテンの視線。モネが手伝う予定のそれはさっき私が済ませてしまった作業のことだろう。私は今までの腹いせでキャプテンを無視してソファへと座った。

「はー、ひと仕事したら眠いや。私しばらく寝るからほっといてねー」

 ごろり、ソファに横たわる。どこかではわかってるんだ。あえて私に何もさせないことで敵から余計な詮索をされないようにしてるんだろうってこと。いやでも、それならいい加減色々教えてくれたっていいと思うんだよね。じゃないと知らぬ間にキャプテンが頭を抱えるような大問題を起こしちゃうかもしれないし。

「せっかくキャプテンと二人なのになぁ」

 素直な気持ちを伝えるにしたって、これは堂々と言えるものではない。小さな独り言は空気に混ざって消えた。いつもベポか誰かと一緒にいるキャプテンと、敵地とはいえこうして二人でいるのに何のラッキーもハプニングも起こらない。いや、この状況こそがすでにラッキーだから高望みしてもしょうがないのかもしれない。
 もぞもぞとソファの背もたれの方に体を向けて丸まる。この研究所のソファの匂いはいつまでたっても慣れない。ここにいるべきじゃないんだと言われ続けているような気さえする。
 あっ、今自分で放っておいてと言ってしまったな。チャンスの芽を摘み取っている。そもそも、私とキャプテンに何か起こるチャンスの種なんて存在しないのかもしれない。

「だからだ」

 ため息交じりにキャプテンが呟いた。接続詞のみを。何に対しての「だから」なんだろうかと私は脳内で会話を巻き戻した。 『しばらく寝るからほっといてねー』『だからだ』違うな。『その仕事はもう終わったんだなぁ』『だからだ』これもたぶん違う気がする。

「モネと一緒にいることを、お前がよく思ってねェのは百も承知だ」

 もう一度整理しよう。私がモネがいつもいることを不満に思っていることをキャプテンは知っている。聞こえる音量で言ったつもりはないけれど『せっかくキャプテンと二人なのになぁ』『だからだ』だとすると、あえて二人にならないように意図的にモネを混ぜこんでいる、というようなニュアンスになる、気がする。
 疲れも眠気も吹っ飛んだ。ではなぜキャプテンはそうするのか。私は寝返りを打ってキャプテンの方へと体を向けた。

「えっと、嫌がらせか何か?」

 ムッとキャプテンの眉間にしわが寄った。これでもかと。すみません、言葉のチョイスを間違えたようです。「あえてそうしてるってこと……だよね」と問いかけると「そこまでわかるなら、わかんだろ」と無理難題を突きつけてきた。わからないから質問しているんですけど。

「悲しませる未来しかないとして、それならゼロだったほうがいいだろ」
「悲しませる未来? えっ、それしかないの?」
「だから誰も連れてくる気はなかったってのに……」
「それならあの時無理やりにでもどこかにすっ飛ばせばよかったじゃん! キャプテンの能力ならできたでしょ!?」

 キャプテンの発言に私は勢いよく起き上がった。急にズルいよ。ここに来るまでに色々あったけれど、最終的にそのまま私を連れていくことを決めたのはキャプテンじゃないか。それに、悲しませる未来しかない、なんて、そんなことあるはずない。

「そんな未来、知ったこっちゃない。それしかないとかゼロだとか、もっとわかりやすく言ってよ」
「ハァ、やっぱりこうなるよな」
「私が悪いみたいじゃん!」

 キャプテンが頭を抱えて深いため息をついた後立ち上がった。うん。私が悪いです。でもこのやり取りに関してはキャプテンも悪いと思う。察してちゃんじゃん。私の知ってるキャプテンはもっとストレートに言いたいことをだな……そう思っているとキャプテンはソファに座っている私の目の前まで来ていた。顔をうんと上げて、あらためてその身長の高さを実感する。

「……自己責任だからな」
「さっきからよくわからないけど、それってすごくズルい気がする」
「まァ、そうだな」

 しゃがみ込んで急に同じ目線になったキャプテンの帽子のつばが私のおでこにぽすんと当たった。頭から帽子が落ちるのが視界の隅に見えたのと同時に私はキャプテンに押し倒されているんだと認識した。あ、チャンスの種、あったんだ。
 どこか他人事みたいに、キャプテンのキスを受け入れている自分がいる。私の解釈だと、私の気持ちも知ってて、こうなることを避けてあえてモネと一緒にいたということになる。諦めさせようとしたのかな。キャプテン的には悲しむ未来しかないから、最初からそういうことが起こらないようにしていた。それってもしかしなくても、わかりづらい愛ってことだよね。そして、そんな未来を無視するとしたら――
 いつものキャプテンからは想像できない、優しく触れるようなキスを何度か繰り返したあと、一瞬顔が離れた隙に念のため「モネとはしたんですか?」と確認する。キャプテンは「は、何を……」と口にしたところですぐにその意図を理解したようで、目を細めキレ気味に「本気で聞いてるのか?」と返ってきた。私は言葉選びが下手くそみたいだ。今度は荒々しく呼吸も奪われて、そのまま溺れていった。

 私にTシャツを着せながら、何だか少しばつが悪そうにしているキャプテン。でも、根拠はないけど自信はあるんだ。種から芽が出たんだもん。「大丈夫。きっと今、未来は変わったよ。キャプテン」そう言うと「……お前が言うなら、そうなのかもしれないな」と、まるでつぼみが開くように柔らかく微笑んだ。

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