日常


「ユメ、終わったか?」
「待って、もうちょっとだから」

 朝っぱらからミシンを踏んでいる私。もちろん、自分の物ではなくコラさんの服。作業をしているとコラさんはわざわざ作業台の近くにイスを持ってくる。そして隣に座って私の作業を無言で眺めたり、質問をしてきたり、関係ない会話をしたりする。この家ではよくあることだ。

「しかし本当に器用だよなァ。おれじゃ自分の手を縫っちまう」
「コラさんは絶〜対にミシンに触っちゃダメだからね」
「……ガタガタうるせェと思えば……朝っぱらから何してんだ」
「あ、ローおはよ〜」
「……コラさん、もしかしてまたやったのか」

 Tシャツをめくってお腹をかきながらダルそうにローが起きてきた。またやったのかと言われても仕方がない。コラさんはよく滑ったり転んだりひっかけたりして服を破る。そして新しい服を買うでもなく、私に修繕を依頼してくるのだ。

「ねー! ローも言ってやってよ、毎度毎度服破ってさ、それを直すの私なんだから」
「悪ィ悪ィ! でもよアレだろ? こうして3人が集まってさ……おれが破ってユメが直して、ローがソレを眺める」

 少し目を細めたコラさんはふぅ、とタバコの煙を吐き出す。この匂いは嫌いじゃない。ローはペットボトルの水を飲みながらコラさんの横に立って、私の手元を覗き込んでからその場にしゃがみ込んだ。今日も朝からガラが悪い。

「それがどうかしたの?」
「何つーか、家族って感じ、しねェか!?」
「ほーら、そんなこと言ってる間にできたよ。大丈夫か確認して!」

 何を当たり前のことを言ってるんだろう。糸の始末をして直した箇所を見せるようにしてシャツをコラさんに手渡した。するとこの男はきょとんとした表情を浮かべながら確認することもなくそのシャツに袖を通した。

「確認も何も……ユメ、キレイだし」
「……え!?」

 朝からそんな、キレイだなんて。こんなにストレートに褒められたことあったかなぁ、褒めったって晩ご飯が豪華になったりなんかしないんだからね、なんて思っていると間髪入れずにローが「あのなァコラさん」と呆れたような物言いで、空のペットボトルでコラさんの足をポンっと叩いた。

「それじゃユメのことをキレイだって言ってるようなもんだぞ」
「あ〜、それもそうだな! ユメは手先だけは器用だから、縫い目は本当にキレイなんだよな!」
「……もう二度と縫わない、直さない。うん。もう知らん」
「それはそれでなんつーか……もう少し言い方を考えろよ。もはやドジってレベルじゃねェぞ」

 この男共は揃いも揃って……私のテンションは一気に下降した。嘘でもそうだってことにしておけば私もハッピー、ついでに二人だってハッピーでこの家はハピネスなのに。晩ご飯も知らん。

「……ローもだからね! 梅干しで窒息してしまえ!」

 片付けもそこそこに立ち上がって庭の畑へと向かって歩き出す。ハンガーラックにひっかけてある帽子を取って外に出ようとしていると二人の会話が耳に入ってきた。小声にしてるんだろうけど丸聞こえだぞ。

「あーあ……怒っちまったぞ、ロー」
「いや、コラさんのせいだろ! おれは完全にとばっちりじゃねェか!」

 大きな子供が二人。うん。今日一日はそう自分に言い聞かせ、心を落ち着かせよう。いつか普通にキレイだって思わせてやる、言わせてやるんだ。そう思いながら私はいつもよりも念入りに日焼け止めを塗った。

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