Happy Birthday


 緑に囲まれた穏やかな島。そんな島には不釣り合いな、今にも一触即発といった雰囲気の二人の海賊がいた。赤髪のシャンクスと鷹の目のミホークだ。
 今にも抜刀する、そんなひりついた空気が場を支配していた。ある程度人生経験を積んでいれば目を閉じていてもわかる、踏み込んではならない領域があった。
 そんな名の通った二人の海賊の男の足元に、その領域を無視して突如現れた気配。それはこの空間においては異質とも言える、まだ幼い少女だった。しかも、二人。シャンクスとミホーク、それぞれの足にガッと勢いよくしがみついたのだ。
 目の前で起こった出来事にとにかく慌てたのは赤髪海賊団の面々だった。そのうちの一人、ベックマンが慌てたような形相で飛び出した。

「何でここにいるんだウタ!! 危ねェだろうが!」
「えっ、向こうも女の子!?」

 ミホークは海賊と言えどもいつも気ままに一人航海をしていた。はずなのに、見たこともない子供が、シャンクスとウタのような距離感でミホークにくっついている様子にホンゴウは目を真ん丸とさせた。

「ちょっと、戦うまでもない! ミホークのほうが強いにきまってるでしょ!?」
「な〜に言ってんのよ、シャンクスのほうが何倍もカッコよくって無敵なんだからー!」

 状況を把握できない大人達をよそに、二人の少女は言い合いを始めた。それぞれが足の影から頭をひょこっと出している。

「カッコよさなんて強さとは関係ない。ミホークはさいきょうの剣士だもんねー! いぶしぎんなんだから」
「ねぇシャンクス、いぶしぎんって何?」
「いや……意味が違う気がするな」

 シャンクスが毒気を抜かれたような表情で自身の足元にいる少女、ウタに答える。
 一方でミホークは表情こそ崩さないままだったがチラリと視線を下へと向け、小さくため息をついたのを赤髪海賊団は見ていた。

「大人しくしていろと言っただろう。そんなに海に放り投げられたいか」
「そう言って投げたことある? できないくせに!」
「……」
「だっはっはっはっ! お前にもガキがいたとは驚きだ! どういう経緯で連れているかは知らないが、ここは二人に免じて一旦収めようじゃないか。お嬢ちゃん、一緒に酒場にでも行くか」

 シャンクスは豪快に笑う。張り詰めていた空気はそもそも二人の乱入によって和らいでいたが、完全に何事もなかったかのような、むしろ和気あいあいとしたものへと変化した。

「わぁ! 行きたい! この島のさかばのオレンジジュースがおいしいか確認したいし! ねぇミホーク、行くでしょ!?」
「うわぁ、オレンジジュースなんてガキくさっ」

 パッと喜んでミホークに飛びついた少女、ユメにすぐさまウタは悪態をついた。オレンジジュースが子供の飲み物だと主張し、ふんぞり返っている。ユメもすぐさま聞き返す。

「はぁ!? じゃああんた何飲むのよ!」
「私!? 私はねぇ」
「ウタもいつもオレンジジュースだよなァ!」

 肉にかぶりつきながらルウがユメの問いに答える。するとウタは勢いよくルウへと顔を向け、怒りをあらわにした。

「ちょっと! どうして余計なこと言うの! ブドウよ、ブドウジュース」
「ブドウもジュースじゃん。何でたかがジュースで張り合おうと思ったワケ?」

 その言葉をきっかけに、ユメとウタは取っ組み合いのケンカを始めてしまった。
 あれだけオレンジジュースで喜んだ子供から出たとは思えない台詞にシャンクスがあきれながら「お互い手がかかるなァ」とミホークに向かって酒場の方角を手で示す。
 ミホークもぎゃあぎゃあと騒いでいるユメを一瞬確認すると再びため息を漏らし「今日だけだ。二度とない」と返した。
 それぞれ首根っこを掴まれて酒場まで引きずられていったウタとユメ。その間もやいやいといがみ合っていたが、年も近く、打ち解けるのにそう時間はかからなかった。

「へぇ、あんた音楽家なんだ!」
「そうよ! 私は赤髪海賊団の音楽家、ウタ! あんたは?」
「私は! 私は……ねぇミホーク! 私ってな〜に!?」
「ないな」
「え!! ひどい!」
「あはは! 役職がないなんて、それでも海賊なの!?」

 役職の話になり、ユメは自分が何なのかを初めて意識することになった。何か役割が、名前がほしいと駄々をこねたものの「荷物だな」と言われる始末。途方に暮れてうなだれるユメだったが、ウタが歌っているのを聞いて、それだ! と勢いよく立ち上がった。

「私だって歌、歌えるよ!」
「じゃあ歌ってみてよ」
「いいよ!」

 ユメは足でタンタンと軽快にリズムを取る。どこかの島の酒場で海賊が歌っていた歌を思い出して「ヨホホホ〜」と歌い出しを口にした。

「ビンクスの酒を〜」
「届けに行くよ〜」

 ウタは出だしでその歌がビンクスの酒であると気づいてユメの歌声に自身の歌声を乗せた。それに一瞬驚いたユメだったが、自分のペースを決して邪魔することのないウタの声の重なりを心地よく感じた。急に不思議な世界に迷い込んだような、でもそれが心が躍るような感覚。幼いながらも高揚感のようなものを覚えウタへと視線を向ける。体でリズムを取りながら歌う姿はユメには新鮮に、そして何より楽しげに映った。
 最後まで歌い終えた感覚はなかったユメだったが、気づけば酒場は拍手の海に包まれていた。ウタは頭を下げ座っていたが、何かに気づいたようにハッと立ち上がると誇らしげに胸を張り「声の使い方とか雑だけど、素人にしてはなかなかやるじゃない」とユメの歌を褒めた。
 自分と同じ年頃とはいえ、音楽家に悪くないと言われて嬉しくなったユメは、すぐさまミホークの膝の上へと飛び乗った。

「どう? 私も音楽家になれそうかな! 戦うミュージシャン!」
「……好きににしろ」

 ミホークはすぐに邪魔だとユメを下ろす。それでも新しいビジョンが見えた気がしたユメは今度はウタの所へと戻る。

「ねぇ、それなら声の使い方ってやつ、教えてよ!」
「そうだなぁ……いいよ! もう一回歌ってみて!」

 ユメは疲れるまでウタのアドバイスを受けながら歌い続けた。そして酔いを覚ます大人達の真似をして二人で外へと出て、デッキの段差に腰かけた。ウタがユメへと問いかけた。

「けっこうマシになったと思うよ」
「そっか! ありがと!」 
「ねぇ、ユメ達はいつこの島から出るの? いつまでいる?」
「うーん、ミホークってそういうの教えてくれないの。いつも急に『いくぞ。遅れれば置いていく』って」
「あー、わかるかも! そんな感じ」

 ミホークの真似をしながら答えたユメにウタは笑みを浮かべる。出会って間もない二人の距離はもうあってないようなものだった。

「そういえばさ、年いくつ? 私はもうすぐ9歳になるの。同じくらいだよね」
「あー、うん。たぶん」
「たぶん?」

 煮え切らないユメの返答にウタが首をひねった。そんなウタにユメは立ち上がってくるりと回ってから「誕生日とか、いつかわからないんだ。だからたぶん、そのくらい」と付け足した。
 ウタの表情が一瞬曇ったのがわかったユメは「ま、困ってないけどね!」と続けた。すると少し考えた素振りをしてからウタは「そうだ!」と飛び上がって、ユメの両手を掴んだ。

「じゃあさ、これも何かの縁! 私達、海賊の音楽家って共通点もあることだし、ユメの誕生日も10月1日!」
「へっ?」

 ユメは突然のウタの宣言に面食らった。あまりにも眩しい表情で「決っまり〜! ユメも私と同じ次の10月1日で9歳! 一緒だね」とニシシと歯を見せて笑った。

「そうと決まれば、パーティーしよ! シャンクスにお願いしてくる!」
「えっ、待って! まだ何日も先じゃん!」
「だって、いつ行っちゃうかわかんないんでしょ? だったらもうやっちゃおう!」

 ウタはユメの手をつないで急いで酒場に戻った。もちろん、突拍子もない提案でシャンクス達は「ハァ!? お前はまた何を急に」とおてんば娘の提案に困惑した。
 しかしその理由を聞いた海賊達はすぐに準備を始め、酒場はあっという間にパーティー会場へと姿を変えたのだった。




「あの時のミホーク、珍しく酷い顔してたっけ」

 もう何年前だろうかと、ユメは新聞の日付を見て物思いにふけっていた。今日は10月1日。ウタとユメの誕生日だ。

「映像電伝虫であんなに有名になっちゃって、すごいなぁ」

 ウタは最近になって歌の配信を始めていた。いつ赤髪海賊団の船から降りたのかユメは知らなかったが、それでもやりたいことをやっているんだと、初めて配信を見た時には自分のことのように嬉しく思っていた。
 ユメも一度ミホークの元を離れ、海賊をしながらも音楽についての知識も得ていた。こうして大人になった今、もう一度会いたいと思う気持ちは日々強まっていた。

「そっか、メッセージって送れるんだ」

 新聞記事にはファンとのやりとりをしていることも記されていた。直接会うことは叶わなくても、それなら自分にもできるのではと気づき、ユメは新聞を握りしめたままミホークの所へと向かった。

「ねぇ、映像送れる電伝虫ない?」
「何でも言えば出てくると思うな。急に何をする気だ」
「ウタにメッセージ、送りたくって」

 電伝虫の有無の質問には難色を示したミホークだったが、理由を聞いてハァ、と大きくため息をつくと近くの棚を指差した。

「どこかにあるんじゃないか」
「本当!? ありがとう!」


 ユメは棚から探し出した電伝虫に今の思いを込めた。
『私も元気でやってる。毎年、あんたのことも思い出してたよ。新時代、いい曲だね。いつか一緒に歌えたらいいね。楽器も覚えたから、伴奏だってできるし。あー、なんだか長くなっちゃいそうだから、このくらいにしとくね。誕生日、おめでとう』

『みんな、元気? ウタだよ〜! 今日はたくさんのお祝いのメッセージ、ありがとう! もうすぐ今日は終わっちゃうけど、みんなからのメッセージ本当に嬉しくて! 中でもね、昔の友達から来てたのにはビックリしちゃって! 今は何をしてるかわからないけど、でもまだ音楽続けてるってわかって、ちょっと感動しちゃった。その子、楽器弾けるようになったらしいから、いつかコラボとかできたらいいな。そんなこんなで、今日配信する曲はオリジナルじゃないんだけどね、今日にピッタリな【Happy Birthday】だよ! 届いてるといいな』

prev/back/next
しおりを挟む