下着のはなし


 深夜1時。うす暗い6畳の部屋の中で光るタブレットから聞こえてくる人気タレントの声。
『せっかくかわいい下着着けてても〜、そういうときってすぐに取っちゃうじゃないですか〜』
 動画内では、下着チェックと題してクローゼットの中をチェックしている。もちろん、映像に下着は映らないけれど、どんなラインナップなのかを実況していた。ラフでスポーティなもの。服にラインが出にくいもの。どうやら見た目よりも着心地を重視しているらしい。まるで色気がない、する雰囲気になったときにどうするのだと突っ込まれていたところでの発言だ。
『だから、私は見た目より機能性で買っちゃいますね!』
 私もそうだ。多少の勝負下着は持ってはいるけれどほとんど使われていない。ワイヤーも入っていないものが好き。楽なものが好き。けれど私の隣でゴロゴロとしながらスマホで別の動画を見ているペンギンにこの気持ちはあまり伝わっていなかった。
「ねぇ、ほらほら、私だけじゃないんだよ、機能性重視派は」
 タブレットをタップして少しだけ動画を戻して再び女性の発言をペンギンの耳元で流す。これで少しは、定期的にある私の下着を一緒に買いに行こうというペンギンからのお願いは減るはずだ。ずっと断り続けていて申し訳ない気持ちはあったけれど、そこそこの時間を一緒に過ごしているとはいえ、一緒に買いに行くのもなんだか恥ずかしいし、今までの傾向から絶対にペンギンがお金を出すって言い出すだろうし……それなのにずっと引き出しにしまわれたままになってしまうのは申し訳ない気持ちになってしまうから。だからそろそろ諦めてくれたら、なんて思った。
 ペンギンは自分のスマホの動画を停止すると、私のタブレットを手に取ってそのまま黙り込んでしまった。つまりは聞いてくれたんだと思う。考えてくれているんだと思う。
「私の下着じゃなくて別の買い物に行こうよ? 例えばさ、」
 そこまで言ったところで、ペンギンがタブレットを置いて、私の口を手でふさいだ。
「おれさぁ、着衣でするのが好きみたいなんだよね。気づいてなかった?」
「へっ?」
 すぐに口元から手が離れたので、ずいぶんと間抜けな声が薄暗い部屋の中でやけに大きく響いた。着衣のほうがいい。それが何を指すかはすぐに理解できた。けれど、なぜ急にそんな癖を宣言されたのかが分からずに私はこれまでのペンギンとの行為を思い浮かべながら体を起こした。ほとんど意識したことがなかったけれど、服を着たままだったり、下着をつけたままのことが多いような気がした。
 確かにそうかも、と答えようとしたところで寝転がったままのペンギンの手がぬっと伸びてきて、Tシャツの裾をめくるとおへその少し下を撫でた。ぬるり。くすぐるようなものではなくて、まるで感覚を呼び起こすような、ゆっくりと、ねっとりとした触れ方に思わず体がピクリと跳ねてしまった。
「ブラもパンツもすぐに取ったことなんてほとんどないんだよなぁ」
「わっ、わー、そうだったね??」
「そう」
 ペンギンは寝そべったままさらに距離を詰めてきて、横座りしていた私の太ももに顔を埋めた。すぅ〜、と大きく呼吸をしてから、彼はその場で仰向けになった。
「今のがダメってわけじゃないんだ。むしろあのグレーのやつは好きだし。でもたまには似合いそうなものをおれが選びたいんだ。いつも着けろとは言わないから、どう?」
 我が彼氏ながらなんて女心を揺さぶる物言いなんだろう。薄暗い中でも分かる、カッコよさも可愛さを含んだ笑顔と視線を向けられてしまっては、断れる女はこの世には存在しないのではないだろうか。あぁ、私ってちょろいな。そう考えながらも一つの疑問がほわほわと浮かんだ。
「あ〜〜〜、うん、わかった、買いに行ってもいいけど……それってつまり下着が好みなら誰でもいいってことでは?」
 一瞬で部屋の空気がずっしりとしたものに変わった。やってしまった。私は言葉選びを間違えたのだ。けれどもう引っ込めることなんてできなくて、あっという間に上半身を起こした彼に覆いかぶさるように押し倒されてしまった。それでもしっかり頭部にはクッションが差し込まれていて、こんな状況なのにやっぱり我が彼氏ながら女性の扱いが上手すぎませんか、なんて思ってしまう。
「ごめん、そんなことないよね……なんていうかその、言い方が極端だった。ごめん」
「うん。いや、言いたいことはわかるんだけど……言い訳っていうかさ、どうして着衣が好きになったかの話、していい?」
「う、うん」
「初めてしたとき、この世の終わりかってほどめちゃくちゃ恥ずかしがってたじゃん。だからできるだけ下着、つけたままがいいかなって……つまり、それがはじまり、なんですけど」
 ぽすん、と私の胸元に顔を埋めるペンギン。あぁ、確かに私、最初はすごく恥ずかしくてたまらなくて、本当にペンギンの彼女が自分でいいのか自信もなくて、逃げてばっかりだった。そんな私をペンギンは、私のペースに合わせて丸ごと愛してくれて……なのに私は自分のことばっかりだったんだ。
「着衣が好きになったの……私の、せい?」
「そう。だから責任、取ってくれる?」
 まるでプロポーズみたいだ。でも内容が内容なので違うとは分かっているけれど、思わず即答しそうになった「はい」をごくりと飲み込んでから「ごめんね、本当にありがとう」と伝えた。するとちゅっ、と優しくおでこに降ってきた愛が全身に広がって、何だかそれだけで満たされた気持ちになった。本当に私は愛されているんだ、幸せなんだ。だから、これからは私からもいっぱい、ペンギンに伝えていきたい。
 すぐに実行に移そうと思っておしゃれな下着に着替えてくると申し出てみたら、「じゃあこのまま着替えも見せて?」なんて言ってくるからクッションを投げつけておいた。でも、いつか応えてあげたい気もするから、筋トレなんかも頑張ってみようと思う。

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