せかいでいちばんのあめだま


 ガキのころに誰だったかと飲んだ記憶がある青いクリームソーダ。今日はそんな空だなと思った。珍しく穏やかな海域。つかの間の安息だが、油断などしていられないという意識はもう何年も前から身体に染み付いている。
 甲板に腰を下ろし、あえて冷えた風を感じながら近頃の自身の心情について考察していると、飴玉みてェな丸っこい気配がコロコロと近づいて来るのを感じた。おれはゆっくりと目を閉じる。

「キャプテン! 隣いいですか?」

 今日はミルクミントの声色だ。「あァ」と暗闇の中で淡々と返すと、何やらぬくい物体が左腕に触れた。思わず目を開いて水色の世界へと戻り視線を左へと動かすと、いつもは人一人分のスペースを保っているというのにぴったりと体を密着させていた。
 そのおれの視線から何か感じ取ったのか「風が、思ってたより冷たくて」と顔を上げる。少し強まった海風にさらされている赤く色づいた耳と、照れくさそうに「へへ」とこぼした姿がおれの網膜に焼き付く。
 こいつはそういうところに長けている。何も言わなくても、おれの些細な感情の変化を感じ取って、言葉を、対応を選ぶ。だがそれがあまりにも自然で、不快に思ったことなどない。だから今こいつは、暖を取った行動に対しておれが拒否するでもなく受け入れていることを解っているはずだ。
 最近の心情。こいつはおれにとっての何なのか、ということ。仲間以外に名前を付けるとしたら――どうしてか、この感情にだけはこいつは動いてこない。鈍いのだろうか……いや、鈍いと思わせているだけか。だが、これまでそれなりの年月を共に過ごし、そこまでの計算高さはないと思っている。
 素直に好意には好意で接するからこそ、ベポ以外の奴にも同じ行動をしかねない。そういう節はある。ベポならいい。だが……いい加減、仲間以上ではあるのだと解らせておいたほうがいい。今がそのタイミングということなんだろう。すぐに正解が見つけられなくても、手遅れになる前に。
 わざと「おれで暖を取るとはいい度胸だな」と顎のラインをゆっくりとなぞるようにして掴んでおれの方へ向ける。視線が絡んだ。挑発したつもりが危うく吸い込まれそうになる。

「それなりの礼はあるんだろうな」

 どうにか持ちこたえた。その艶やかな黒飴のような瞳がぐりん、と大きく揺れる。そして男の物とは明確に違う質感の、それでも寒さで少し血色が悪い唇を吸うように顔を近付けてからわざと、薄く作られた前髪から透けて見える額に自分の額をぶつけてやった。思っていたよりも勢いがついてしまって、ゴッ、と鈍い音がした。

「いたァ! えっ……あの、キャプテン?」

 力加減を間違えたら壊れてしまいそうだ。驚きと照れくささが入り交じったように頬を赤らめている姿。今のこのおれの感情を色を読み取れないとは言わせねェ。「次からはもらうぞ」と唇を両端からつまむと、本人の意識とは無関係ににゅっとそのピンクが突き出る。

「む、えっ、ひゃふへん!?」

 少しは悩めばいい。そう思って抱き寄せると、そのおれより小さな体の温度がぐんと上がって、まるで何かの能力で身体の内側から殴られたかのような感覚に陥った。
 どうしておれはこいつが簡単に壊れてしまいそうだと思ったのだろうか。こんなにも力強い熱を感じるというのに。そこでふと、昔読んだ本か何かで飴玉に変えられちまったのにその姿のまま敵をボコボコにした話があったな、と頭を過った。こいつはきっとそっちだ。強い飴玉――

「……あったかい」

 波の音に攫われる間際に小さく聞こえたそれが、次からはもらうと宣言したおれへの、こいつの出した答えだと思った。一度余計な思考は捨て去って、今はこの直に伝わってくる温かさだけを感じて眠りにつきたい。そこまで考えて、ゆっくりとまぶたを閉じた。

prev/back/next
しおりを挟む