年末に連絡がきた話


 ひとりきりじゃぁ寂しいよな、という大好きなアニメのセリフが、そのキャラの声で頭に響く年末。声をかけた相手はすでに亡霊のようなもので、そのセリフを言ったキャラは亡霊と一緒に死んでしまったけれど。でも、どこかで一緒になれたのならそれはそれで幸せなのではないか。また全話見直そうかな。私は何度繰り返しても、そうやって命を懸けられるような運命の人にはもう出会えない気がする。

 久々に実家に顔を見せればほどほどに喜ばれ、美味しいご飯も食べられるだろうという目論みは脆くも崩れた。少し前に、普段は大して連絡を取り合わない母に電話をした際に『全員コロッたから今年も来るな』と帰省を断られた私は、この他人だらけの寂しい都会で年を越すことが確定したのだ。
 こうなったらこの連休は呑んだくれてこたつでひたすら寝てやる。大掃除? 毎日の雑なもので十分。必要に迫られたら都度やればいい。
 面倒なだけなのにしない理由を適当につけて、震える体に気合いを入れながら、午前中の買い出しで賑わう商店街の酒屋でお酒を買い込む。年越しは何を食べようか……それはその日の気分で決めるとして、とりあえず今日は一度荷物を置いたらコンビニでおでんでも買いに行って、昼間から贅沢に飲むか、と自転車を押しながら考えていたその時だった。
 ブーッ、ブーッ、と着信を知らせる振動がカバンの奥底から感じられた。あわてて道端にチャリを停め、スマホをガサゴソと探して取り出す。表示されていたのは幼馴染みの名前だ。

「はーい」
『よう、無事か』
「ん? よくわかんないけど無事ー」

 ゾロ。電話で声を聞くのは久々なのにそんな気がしないのは、メッセージのやり取りは時々しているし、私の記憶の中ではしょっちゅう出てきていたからかもしれない。この年の瀬にわざわざ電話してくるなんて。こいつもきっと暇人だな。

『何してんだ』
「そっちこそ、私は食料調達」
『おれか? それが駅にはどうにか着いたんだが、そのあとが問題で……ここがどこなのかがわからねェ』

 無事じゃないのはゾロのほうだった。おもしろい。昔から方向音痴なところがあったけれど、大人になってもこうとは……そして電話で助けを求めるのが私、なのか。いつまで幼馴染みという関係でいられるかな、と考えていたらあっという間に大人になって、そこそこの時間がたっていた。
 彼氏、って感じではないけれど、正直、結婚するならゾロみたいな男がいい――この電話の声で久々に心の中に散らばった都合が良すぎる思いを急いでほうきでかき集めた。そしてあまり助けにはならないだろうなと思いつつ駅名を尋ねて、私は驚いた。

『だから、お前のかーちゃんが様子を見に行けって。たまたま家の前を通った時に窓から叫んでたんだよ。どうせ一人で干からびてるだろうって』

 つまり、私の住むアパートの最寄り駅まで来ていて、そこから迷子になっているらしい。私に会うために。
 窓からそんなことを叫ぶなんて、ご近所さんに丸聞こえだったのでは。どんな罰ゲームだ。でも一周回って笑えてしまう。私が一人で寂しく過ごす予定だからこそ普段しない連絡をしたことも母には恐らくバレている。そして頼まれたとはいえ、母のあの適当な、調子の良い冗談を真に受けたゾロはこの年末という貴重な時期に私に会いに来たのだ。

「とりあえず動かないで止まって、近くに何があるか教えてよ」

 こうして数分後、私とゾロは久々の再会を果たした。最後に会ったのは前に実家に帰った時だったので、3年ぶりのことだった。



 家まで徒歩15分程の場所で、ゾロはいかにも待ち合わせています風に堂々と立っていた。見事。荷物を一度置きに戻る手間が省けたのでそのまま一緒にコンビニに寄っておでんやおつまみを買いつつ家へと向かう。1パックの予定だったおでんは2パックになって、自転車のハンドルにぷらぷらとぶら下がっている。

「ゾロのおかげで買い物1回で済んだ」
「昼から飲む気だったのか」
「もっちろん」

 自転車の後ろの荷台に乗せていたお酒はゾロが持っていて、代わりにカゴに入りきらないお菓子やおつまみ達が置いてある。心なしか前に会った時よりももっとがっしりしたような、そんな印象である。それにちょっとだけ服の趣味が変わったような気もする。以前はもっとラフな、スウェットにゆったりめのパンツ、冬はダウンジャケットなんかを合わせていたことが多かったように思うけれど、今日は以前の要素が多少残るモッズコートからタートルネックがちら見えしているし、筋肉の具合がより際立って見える比較的細身のパンツだ。
 いや、何ファッションチェックしてるんだ。そうツッコミを入れながら、特にゾロを家に上げることについて深く考えることもなく、目的地、自宅へと到着した。
 駐輪場に自転車を止めて荷物を持って、ぴっぴと暗証番号を入力してオートロックを解除する。

「ずいぶんいい所に住んでんだな」
「まさか。一応ロックあるけどエントランスって呼べるほどの広さもないし」

 実際、解除して入るとすぐに2階への階段と1階の通路へのスペースになっている。部屋もそれほど広い訳でもないし、駅までは歩いて20分あるのでどうにか予算に収まった形だ。本当は宅配ロッカー完備がよかったけれど、さすがにここには付いていない。

「うち、2階だから、こっち」

 階段を指差してから歩き始めると、ゾロも後ろからのそのそと歩いてくる。階段を上る足音も、いつもより1つ多い。それだけで私はあのアニメキャラ達を思い浮かべ、一緒にいてくれる人いたんだね、よかったね、と、ふたりでお酒を飲む世界線を想像して泣きそうになっている。まだアルコールは1滴も入っていないし、現実の私には幼馴染みが様子を見に来てくれただけである。それだけで十分ありがたいんだけれど。

 ガチャッと玄関の扉を開ける。出しっぱなしの靴とブーツで散らかっていたけれど、素早く足で端に寄せた。

「はい、汚いけどどうぞー」
「あァ」

 きっちりと揃えられたゾロの大きなスニーカー。よく見たら革じゃん。思わずキュンとした自分がいることに動揺した。幼馴染みに会うために電車に乗ってやってきた男が普段と違ってちょっとおしゃれしてるの、どうして。別にいつもみたいにスウェットにスニーカー、なんなら冬だってサンダルでもいける男である。私の知るロロノア・ゾロは。
 待て待て、実はパートナーができて趣味が変わった可能性だってある。むしろそっちの方があるのでは。

「そういえばさ、何時までいる? 帰り大丈夫?」

 何なら泊まる? と今までの調子で聞きそうになってすんでのところで止まった。実家に住んでいた頃はお互いの家に泊まりっこしたり、高校の時にもよくルフィくんの家にみんなで泊まって遊んだりした、その延長線上。けれど今は私はこうして一人暮らし。そこにホイホイと男を泊めるような女だとは思われていないと思うけれど。一応、幼馴染みとはいえもう少し探ってからのほうがいいような、そんな勘が働いた。
 ゾロは荷物を小さなダイニングテーブルに置きながら「それなんだが」と口にする。聞かされていないだけで大切な人でもいるんじゃないかと思って「そういえばゾロ、この数年で恋人できた? 落ち着いてきたとはいえコロナでなかなか難し……むしろ逆か! こんな時だからこそ支えてくれる人が現れちゃったり? 来てくれたのは嬉しいけどさ」と、冷蔵庫にお酒を入れながら少しだけ早口で全部を言い切ろうとした時だった。

「んな奴いねェよ。なかなか会えねェから、頼まれたことにして会いに来た」

 背後からそう聞こえてきて、私はビールの缶を床に落とした。追加で「干からびてるだろうからって言ってたのは本当だ」という声がする。つまり、母から私の話は耳にしたけれど、ここへ来たのはゾロ本人の意思によるものだと、話を聞く限りそういうことになりそうだ。

「え……わざわざ?」

 ミシ、ミシ、と数回床が音を立てた。扉が開いたまま冷気が吹き出し続けている冷蔵庫に向かってしゃがみ込んだままの私の視界に、落ちたビールに伸びてきたゾロの手がすっと伸びてきた。

「あまりにも意識されなさすぎて、会いに来たら少しはどうかと思ったが……久しぶりだってのにいつもと変わらねェし、昼から酒を飲もうとしてるし、何の警戒心もなくおれを部屋にあげる。直接、はっきり言わねェとダメなんだと思い知ってるところだ」

 さっきよりも近くで声がする。すぐ後ろ。心臓のリズムが狂い始めている。ゾロは彼氏って感じじゃないとかほざいていた私よ、今すぐその考えを改めよ。
 それにしたって、意識されなさすぎ、って、メッセでのやり取りもそんな気配なかった気がするし……恋の駆け引きとかするタイプじゃないって、真っ直ぐ行くタイプだって思ってた。いや、これはもう真っ直ぐ来たって言ってもいいのかもしれないけど……どちらにしても、今までのゾロのイメージを覆されてしまった。どこで覚えたの、そういうの。

「あ、あの……」
「ま、来たかいはあったみてェだな」

 拾ったビールを開けながらゾロが私の顔をゆっくりとのぞき込んでくる。わかってる。私の顔は今、両手では隠しきれないほどに、恋に落ちてしまった女の顔をしているはずだ。

「あの……さ」
「何だ」
「私、誰でも部屋に入れる訳じゃないからね」
「分かってる。とりあえず……ここで年越すか」

 そう言ってどっしりと床に座り込んで、開けたビールを豪快に流し込む姿。あれ、おかしいな。恋人と結婚相手は違うなんてよく聞くけれど、やっぱり結婚するのもゾロがいいな――なんて思いがフッと浮かんだところで私の感情を冷やすように吹き出し続けている冷気に気がついて、とりあえず私もビールを1本取り出してからその扉を閉めた。

「え、待って、年越すって……そんな身軽な感じで来たのに?」
「んなモン、こっちで揃えればいいだろ」

 なるほど、確かにそうなんだけれど……「はい」と小さく返事をしてから私もプルトップを引き上げる。ぷしゅ、その音と同時にあのふたりがこの部屋に現れて、「失くさないと気づけないこともあるからさ、そうなる前でよかったね」「つーか、鈍いにもほどがあんだろ」「ちょっと、もっと言いかた考えなよ!」「いいじゃん、めでたいことに変わりはないんだからさ。ほら、早く飲みなって」と、ワイワイと話している声が聞こえたような気がした。出会えない気がする予感はやっぱり当たってたんだ。もう、ずーっと昔に出会ってたから。祝福されてるんだな、そう思うと涙が出そうになった。

 こうしてほろ酔いで、幼馴染みという枠組から一歩踏み出した私達はゾロの数日分の生活用品と追加の食料を買い求めに再び賑わう商店街に向かうことにした。
 道中で、ルフィのお兄さん達の助言があったのだという話を聞いて、今度実家に帰ったら一緒に会いに行こうと決めた。そしてどの会話が意識させようとしていたものなのかをメッセアプリを開きながら確認してみたものの、どれも普段と何も変わらなくてさすがの私でも気づかないものだった。でもそれもまたゾロらしいな。そう思うと、今まで感じたことのなかった愛しさみたいなものがぷしゅっと音を立てて吹き出た気がした。
 そんなこんなで着替えを買おうと入ったディスカウントストアで、ゾロが真っ先にサンダルっぽいスリッポンを買い物カゴに入れたのが見えた。私はやっぱり、と笑ってしまった。

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