13.5


 最近思うことがある。ニッと笑うユメの周りに、チカチカと星が瞬いているように見えることがあるのはなぜなんだろうか――
 気づけば自然とおれの日常に入り込んでいて、そのまま違和感なく居座り続けている不思議な人物。
 ちょこちょことライブに顔を出してくれるベビー5に感謝はしている。ただ……あいつそのものは悪い奴ではないにしても、面倒なことになる割合もそれなりにあった。ここ最近はバッファローが一緒に来ることが多くて助かっている。
 ライブに同じ女が何度か続けて来ることはあったが、大抵は音楽目的ではなく、ほかに目移りすれば消えていく。たまに音楽を聞いてもらえても、別のバンドのファンだ。バンド絡みの知り合い以外の固定客はなかなか増えない。スモーカー達もおれらの音楽を評価してくれてはいるが、どちらかといえばライブハウス自体が好きなタイプだ。
 結局は毎回似たようなメンツでライブして、音楽の話をして、打ち上げで酒を飲む日々。音楽雑誌に少し小さな記事が載っても、地元のラジオ局に曲が紹介されても大きな反応はなかった。だが、いつか本当におれ達の音楽を気に入ってくれる奴は現れるはずだ、と4人でやってきた。
 そして、それはあまりにも突然だった。
 バイト先に少し変わった女が入ってきた。おれの選曲で流していたBGMもきっかけだったらしく、それを知ってからは急速にそいつはおれの毎日に溶け込んでいった。
 ユメという女は、黙ってりゃあそれなりの……特別に美人というわけではないが、エネルギッシュなところが人を引きつけるのだろう。だが本人いわく人見知りらしい。思考が親父臭かったり不可解な言動を取ったり、自虐的だったり、いつもコロコロと表情を変える。バイトを掛け持ちしながらおれらのライブに毎回顔を出し、さらには自身もバンドを始めて……一体どこから出てきているのかわからない底なしのエネルギー。見ていて飽きないおかしな人間だ。
 バイト後も気づけば一緒に帰るのが当たり前になっていた。ユメが特に何も言わないのをいいことに、少しゆっくり歩いたりしている。このおれが、だ。

 あの日、ユメの初ライブとおれ達のライブがかぶった日。珍しくあいつのいないライブは、あの空間は何か物足らなかった。演奏をミスったわけでもないし、音響が悪かったわけでもない。対バン相手に不満があったわけでもない。
 いつものようにライブに顔を出すユメを見たかったし、何よりあいつの初めてのライブに行きたかったのだ。
 ユースタス屋がライブに行っていた上に打ち上げにまで混ざっていたという話を聞いた時にはどうしたもんかと頭を抱えた。
 それぞれのライブ後、職場で顔を合わせたユメは何やら仕事など上の空。コピーバンドでライブをした翌日にはPHのマスター達とバンドを組んでいた。本当にユメの行動力には驚かされる。どこからその原動力が生まれるのだろうか。しかも今年のシャボフェスのルーキー枠に楽曲を送るとまで言っている。
 確かに、バンドを始めたころはおれもそうだったかもしれない。自然と音楽が身近にある環境にいて当たり前のように音楽を始めた。熱心に音源をレコード会社に送ったりもしていた。今だって諦めたわけじゃねェんだが……どこかで「何年も続けてこれじゃ、もうダメなのかもしれない」と思っているおれもいた。
 だがユメを見ていると、ユメがいると、それでもおれは音楽をやっていくんだと、やっていきたいと思わせてくれる。

 珍しくユメから仕事後に晩飯を食いに行こうと言われた日。仕事をしながら、この気持ちの答えを探していた。音楽以外でこんなにも心を揺らし、重く響く存在――ユメをあそこへ、あの公園へ連れて行こうと、一緒に行きたいという思いが生まれていた。
 久々の自主企画だってそうだ。当然のように来ると思っていたユメから用事があるのだと告げられて……正直ダメージがデカかった。



 今、無事に自主企画を終え、打ち上げの会場にはユメがいる。ユースタス屋んところのスタッフとして潜入してきた上にあいつらと1曲やるとは、ギターを抱えてライブハウスに現れたユメの姿を見るまでは想像もしていなかった。

「トラファルガー、お前今日のユメを見て何とも思ってないわけねェよな?」

 ユメと話してたってのにシャチがやいやい騒ぎ出して、なぜかユメはサンジに連行され、おれもユースタス屋に空いてたテーブルの方へと無理矢理連れてこられた。

「今回限りだからな」
「あ?」
「確かに粋な演出だったことは認めるが……」
「で、ユメが好きだってことは認めねェのかよ」
「だから! そういうモンはお前には関係ねェってこの前も言っただろう!」
「は? そんなん聞いてねェわ!」

 なんだって他人に、しかもユースタス屋にそれを突っ込まれなきゃなんねェんだ。本人は酔っぱらっていて覚えていないようだが、つい最近も聞かれたばかりだというのに。



 同じようなことを聞かれたのはあの日だ。ユメを公園へ連れて行ったあともいつもどおり仕事の話や音楽の話をしながら家まで送り届けた。部屋の電気もついたところでおれはスマホを取り出した。
 あの時のユメは本当は何か違うことを言おうとしたのではという思いがちらついていた。暗がりで見えてないと思ってるだろうが、まるで一世一代の告白をしたみてェに顔を真っ赤にしているように映ったから。
 もしかしたらユメはおれにとって他の奴らとは違った存在なのでは、という自身の気持ちを整理しに行って別の問題が発生するとは思っていなかった。
 すべてを吐露する気はなかったが、誰か捕まえて飲みたいという思いに駆られた。この時間でも平気であろうペンギンに電話をしたものの「今彼女来てんだわ」と断られ、シャチにもかけてみたところ現在進行形で腹を壊していた。あいつマジで胃腸弱すぎだろ。
 そもそも深夜に連絡を取れる連中なんてバンド関係がほとんどで、いつもなら大体誰かしら捕まるもんだが、今日に限ってことごとく断られ、ついに声をかけていない人間は残り一人。ちょうどいい、ついでにぶん殴りたいこともあったので電話をしてみると即『あー、いいぞ、一杯飲むか』と返ってきた。

「よぉ、サシで飲みに行くなんていつぶりだっけかァ」
「いつぶりでもなんでもいいだろ」
「おー、やけ酒か? フラれたか? ユメに」
「やけでもねェし! フラれてもいねェ! なんでそこでユメが出てくんだ! お前もう相当飲んでるな」
「昨日発売のゲームしながらな! うっぷ」
「きたねェな!」

 ユースタス屋を呼んで適当に居酒屋の前で待ち合わせたものの、会ってすぐおれはなぜコイツを呼んでしまったのかという後悔に苛まれた。とりあえず酒は飲みたいので仕方ないが店内へと入った。

「で、仕事後なんだろ? 今日はユメは?」
「さっきまで一緒に飯食ってた」
「はァ〜〜〜? 何だよそれなら連れてこいよ、お前バカか?」
「さっきからユメユメって、お前こそバカの一つ覚えかよ」
「ユメと飯行った後にわざわざこのおれに電話してくるとかどうせユメ関係に決まってんだろ。なんだ、この前のライブの話でもすっか?」

 いやまァそういうことになるんだが、こいつに言い当てられると本当に腹が立つ。写真のことも思い出してマジで殴りたい衝動に駆られたが、面倒になっても困るのでどうにか耐えた。いや、すでに面倒になっている。

「いやさ、ユメ技術はもちろんまだまだなんだけどよ、結構雰囲気あったわ」
「……」
「つーか破戒僧だぜ、あの音出してんのがユメってのがまたギャップ萌え?」
「おれだって行きたかったに決まってんだろうが! 見たからって偉そうに!」
「お、そうかそうか。それなら……珍しく素直なトラファルガーにはこれを見せてやろう」



 ただでさえこいつの絡みはダルいというのに、思い出すとより腹が立つ。あいつは知り合いのスタッフ経由から入手したのだというライブ中の写真を見せびらかしてきた。そして散々、今までおれの周りにいなかったタイプだの何だのと騒ぎ立て、やはりユースタス屋を呼んだのが間違いだったと思いながら酔ったこいつを家まで送るハメになったのだ。
 今すぐ蹴飛ばしたい。さっさと酔って寝ちまえ。それよりもサンジに連れていかれたユメが気になって仕方がない。こいつとしゃべってる場合ではない。

「タバコ替えたのだってよ、アイツの元彼と同じだったからだろう?」
「何でお前がそれを……」
「やっぱりな!」

 しまった。思わず肯定してしまったがカマかけただけだったのか。マジでふざけんな。つーか何でユメの元彼と同じタバコだったことをお前が知ってるんだ。
 ニタァっと気色の悪い笑みを浮かべるこいつを見てると、ますますおれはユメが絡むとペースが崩れるんだと自覚してしまう。

「ユメみてェなのはな、つなぎ止めておかねェとふわふわっと飛んでっちまうぜ」
「あのな」
「オタク気質も相まって興味のあることはとことんやるぞ、あいつ。今までのお前に寄って来た奴らとは違うぜ」

 こいつにしては急にマジなトーンになった。ユメがオタク気質でのめり込みやすいのも、興味を持ったら急に全速力で走りだすようなところだってもちろん知ってる。今まで関わってきた人間の中で、ユメだけ違って見えてることだって、自覚はしている。ただ、その先が何なのか考える余裕というか勇気、みたいなものはまだ持てていない。

「いいか、はっきり言っておくぞ。もしユメがお前に惚れてたとしても、ユメはきっと色々考えて自分から動こうとしない。むしろその間に別のことに打ち込んで、しまいにゃすれ違って終わり、何てことにもなりかねないからな」

 一体何様のつもりだ。アルコールが入ると本当に面倒でしかない男だ。「何が言いたいんだよ」とタバコを灰皿に押し付けながら吐き捨てる。するとユースタス屋は「ま、あんまりモタモタしてんじゃねェぞってことと、ライバルは案外多いってことだ」と、チラリとカウンターへと視線を向けた。

 ライバル。いつの間にかサンジと二人で話していたはずのカウンター周りには人が増え、やけに賑やかになっていた。シャチに、対バンしたバンドの奴らに見に来ていたバラティエのスタッフ。何人もの人間がいつもの笑顔で微笑むユメを囲んでいた。おれにだけ向けられている表情があることにも気づいている。だが、それがいつまでもある保証はない。

「ハァ……お前に言われなくたってわかってんだよ」

 ユメのことだ。最初から出会いや付き合うことを目的にライブに来ていると思われるのは不本意だと思っていてもおかしくない。おれらが元々同じ職場の人間だって知ってる奴らならまだしも、そうでなかったらおれだってファンに手を出した奴だと……いや、そんな考えに至る奴らはおれの周りには多くないとは思うんだが。
 そうか。おれはこの感情をうまくコントロールできるか不安なのか。だからあの日だって、こんなユースタス屋にでもいいから聞いてほしいと、何か言葉がほしいと思ったのだろう。
 とにかく、今日のユメの、写真なんかじゃなくて熱を持ったステージに立つ姿を見て焦った。そういう体裁を気にして、理由にして、この気持ちを先延ばしにしてただ心地よい関係を続けてる場合ではないのだと。

「そういうこと……なんだよな」

 気づかないフリはもうできない。そう思いながらユースタス屋の背中を一発強めに叩いた。「いってェ!」と大袈裟に体を反らせたクソ野郎にもう一度「わかってる」と念を押し、立ち上がる。小さくふんっと鼻を鳴らしたような音の後に聞こえた「そーかよ」という言葉を背に浴び一歩踏み出す。
 おれの世界で誰よりも眩しく瞬くユメの姿を眺めながら、おれは追加のビールを2つもらうべくカウンターへと向かった。

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