戦いはじめ
さすがに街道の真ん中でポケモンバトルをするわけにもいかないため、オレ達はサンヨウの広場でバトルすることにした。
場所を知っているチェレンの後をついて、サンヨウジムから左へ行き、白い石造のアーチをくぐって広場に入る。
広場の周囲の堀には水が湛えられており、堀に架けられた橋を渡って中央へ行くと、大きな噴水があった。面白いことに、二つある噴水口は黒と白にわかれている。なにか意味があるのかもしれないが、残念ながらその辺の教養はオレにない。
噴水のそばにはトサカのある鳥ポケモンの形を模した植木が立っていた。何のポケモンかはわからないが、奥にも同じような植木がある。

「おっ、リク、タージャ見てみろ。あの植え込み、ピカチュウの形だぞ」

鳥ポケモン型の植木とは逆方向に、ピカチュウ型に刈られた植木があった。イッシュにピカチュウは生息していないが、その愛くるしい姿は人気が高く、テレビにもよく出てくるから、ポケモンにさほど詳しくないオレでも知っている。
その植木を指差すと、リクははしゃいだ声を上げたが、タージャはまるで興味がないのか、視線をやることもなかった。

「タージャ、自分の形じゃないから拗ねてるのか?」

直後、後頭部を蔓で叩かれた。
はいはい、違うってことだな。

叩かれた後頭部を押さえていると、チェレンがオレに視線を寄越して苦笑した。

「なんだよ」

「いや、仲がいいなと思っただけだよ」

なんか含みがある気がするが、気にしないでおくか。

チェレンは噴水の横で立ち止まった。

「この辺りなら、迷惑をかけることもないかな」

噴水周りにはバトルするのに十分なスペースがあるし、こんな時間だから人もいない。
オレの部屋の惨劇を繰り返すことはなさそうだ。

「じゃ、始めるか。ルールはどうする?」

「1対1のシングルバトルでどう? 君は、はやく食事にしたいみたいだし」

「それは助かる。つーか、お前は腹減ってねえのか」

「僕はさっき食べたから」

なるほど、オレと違って、休憩もとっているし、腹も満腹なわけだ。

互いに距離をとり、向かい合う。
先にチェレンがボールを投げた。

「いけ、チョロネコ!」

地面にボールがつくと同時に、紫色の小さなポケモンが現れた。
チョロネコか。タージャは炎タイプに弱いから、ポカブじゃなくて助かった。
これなら、すぐ終わる。

「タージャ、頼んだ」

一つ鳴いて、タージャはフードから降りた。
前に出ようと足を踏み出す。だが、それを押しのけてリクが前に出た。

「リク、どうした」

「きゃう!」

リクはいつもより強い眼差しでオレを見上げた。

「もしかして、戦いたいのか?」

リクはこくこくと何度も頷く。
タージャがリクを睨み、文句を言うように鳴いたが、リクは頑なに動こうとしない。
あのリクが、こんなに戦いたがるとは。明日は槍でも降ってくるんじゃないだろうか。
さて、どうしたもんか。
楽に勝てるのはタージャだけど、リクがここまで戦いたがってるなら、戦わせるべきだよな。
リクだって、臆病を克服したいと思ってるんだろうし。

「わかった。リク、今回はお前がいってくれ」

リクがほっとしたように息を吐いた。
隣でやめとけと言わんばかりにタージャが声を上げる。
オレはそれを手で制した。

「心配なのはわかるけど、今回はリクに任せておいてやれ」

タージャはまだ不服そうにしていたが、それを無視してリクの背を押した。

「いけ、リク!」

リクは震えながらもチョロネコに向き合った。
チェレンが意外そうに目を丸くする。

「戦わせて大丈夫なの?」

「お前までそんなこと言うなよ。リクが戦いたいって言ってんだから、オレは信じるぜ」

「そう? じゃあ、始めるよ」

さっとチョロネコが身を屈めた。
チェレンの指示が飛ぶ。

「“ひっかく”!」

チョロネコは一瞬で距離をつめた。
指示を出す間もなく、鋭利な爪がリクの顔をひっかく。
リクは悲鳴を上げ、痛みにもがきながら走った。オレのところに。

「ちょ、リク!?」

リクは泣きながらオレの足に縋りつく。
オレは屈んで、リクと目線を合わせた。

「戦いたいって言ったのはお前だろ? ほら、大丈夫だから。いってこい」

むりむりとリクは首を横に振る。
だめだ。さっきの戦意が完全にどっかいってる。
仕方ねえ。
オレは顔を上げて、やっぱりという顔をしたチェレンを見上げた。

「チェレン、ルール変更。交代ありの2対2にしようぜ」

「そんなことしなくても、1対1のままツタージャに交代すればいいよ」

「それだと、オレがルール違反してることになるだろ」

ルール無用の喧嘩ならともかく、ちゃんとしたルールが定められたポケモンバトルでそんなことができるか。
本当なら、途中でルールを変えるのも嫌だが、こればっかりは仕方ない。このままオレの負けで終わったら、チェレンもつまらないだろうしな。

「というわけで、タージャ。やっぱりお前がいってくれ」

「ジャ」

ため息を吐いて、タージャが前に出る。だが、リクが後ろからのしかかってそれを阻んだ。
押しつぶされたタージャが、妙な声を出す。

「リク!? どうしたんだ?」

「きゃうきゃう!」

タージャの背中にしがみついて、リクは甲高い声で何度も鳴いた。

さっきから、こいつはなにがしたいんだ。

わけがわからずリクを見つめていると、タージャが蔓を伸ばして自力でリクをひっぺがした。
強引に引きはがされたリクは、2、3度ごろごろと芝生をころがる。
タージャは起き上がると、倒れたリクを鋭い眼差しで見下ろした。
すっかり萎縮して尻尾を下げたリクは、とぼとぼとオレの後ろに戻ってきた。
結局なにがしたかったのかはわからなかったが、タージャに任せることにしたようだ。
不安げに見上げてくるリクの頭を軽く撫でてやる。

「大丈夫。今回は無理だったけど、いつか戦えるようになるさ」

リクはしゅんと尻尾や耳を下げてうつむいた。
もう一度撫でてやってから、オレはチェレンに向き直った。
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