戦いはじめ
「それじゃ、再開しようぜ」
「わかった。チョロネコ!」
ぽかんと口を開けていたチョロネコは慌てて構えをとり、タージャを見据えた。
タージャも相手を睨みつける。
「“ねこのて”!」
チェレンがわざを指示すると、チョロネコはタージャに右前足を突きつけた。その足から火の粉が飛び散る。
なっ、チョロネコって炎タイプのわざを使うのか!?
「タージャ!」
オレが指示するよりはやく、タージャは右に跳んで火の粉をかわした。
タージャがさっきまでいたところの芝生が焼け焦げて黒くなる。
「チョロネコって、炎タイプのわざを覚えたんだな。油断してたぜ」
「いや、チョロネコは炎タイプのわざを覚えないよ。さっきのは、味方のわざをランダムに使用するわざだ」
てことは、さっきのはポカブのわざか。
ランダムとはいえ、炎タイプのわざを使われるのは厄介だな。
「タージャ、“グラスミキサー”!」
「チョロネコ、“みだれひっかき”」
互いの指示が飛ぶが、タージャはわざを撃たない。
どうしたんだ?
チョロネコはチャンスとばかりに、地面を蹴って距離を詰めた。
「タージャ!」
タージャの目と鼻の先にチョロネコが迫る。その時、タージャが無数の草葉をチョロネコに叩きつけた。
草葉は旋回しながらチョロネコを包み込み、その姿を隠す。少しずつタメージを与えているらしく、草葉の旋風の中からチョロネコの悲鳴が聞こえてくる。
「チョロネコ! “ねこのて”!」
チェレンが慌てて指示するが、多分チョロネコには聞こえていないのだろう。わざを出す気配は一向になかった。
攻撃が止んだ時には、チョロネコは目を回して無数の葉の中に埋もれていた。
タージャが一仕事終えた顔で息をついた。
変だな。いつもなら、2発はくらわさないと倒れないのに。それに、いつもより威力がでかい気が。
「チョロネコ、お疲れ様」
チェレンはチョロネコをボールに戻した。
そのボールをしまい、別のモンスターボールを取り出す。
「頼んだよ、ポカブ!」
投げられたボールから現れたのは、タージャと同じくアララギ博士からもらったポカブだ。
ポカブはタージャを見るなり、よっと右前足を上げた。タージャはそれに短く鳴いて返した。
アララギ博士曰く、この2匹――正確にはベルのミジュマルを含めた3匹――は幼馴染で仲が良いらしい。
「次はさっきのようにはいかないよ」
「こっちだって、今度は油断しねえからな」
にっとチェレンは口角を上げる。
多分、オレも同じ顔をしてるだろう。
正直、オレ達に不利な状況だけど、何故だか心が躍る。
「タージャ、“たいあたり”!」
タージャは身を低くして、地面を滑るように駆け出した。
一瞬でポカブの鼻先まで迫る。
その直前、チェレンが指示を出した。
「ポカブ、“ひのこ”!」
ポカブが鼻から火の粉を噴き出した。
慌ててタージャは身を翻す。
「タージャ、平気か?」
「ジャ」
タージャは泰然とした顔で、尻尾についた火を地面に叩きつけてかき消した。
なんとか直撃は避けたようだ。
「それ、さっきタージャが使った手じゃねえか。勝手にパクんな」
「パクるもなにも、よくある手だよ」
何も言い返せねえ。
それはともかく、このまま“たいあたり”を繰り返しても無意味だな。
草タイプの技は炎タイプのポカブに効果が今一つだが、接近戦を避けて“グラスミキサー”を撃つしかねえか。
「タージャ、“グラスミキサー”!」
「ポカブ、“ニトロチャージ”!」
タージャは無数の草葉を旋回させて、ポカブに撃ちこんだ。
草葉がポカブを包んでいく。そのままいつものように相手を攻撃していくはずだった。
だが突然、ポカブを包み込んでいた草葉が燃え上がった。葉は燃えながら、風に煽られ舞い上がる。
火の粉が舞う中から、身体に炎を纏ったポカブが飛び出てきた。ポカブはタージャ目がけて驀進する。
「よけろ!」
言われなくても、という顔でタージャは右に跳んだ。
ポカブはスライディングしながら止まり、方向転換して再びタージャに向かって走った。
何度かそれを繰り返していくうちに、だんだんタージャの回避がギリギリになっていった。
あのポカブ、スピードが少しずつ上がっていってる。
もしかして、“ニトロチャージ”ってわざには、素早さを上げる効果もあるのか?
ポカブがタージャにぶつかっていく。それをタージャは真上に跳んで躱した。
ばか! それじゃ着地したところを狙われるのがオチだ!
オレは素早く首を巡らし、視界の端に入ったものに目を留めた。
「タージャ、蔓を伸ばして噴水の中に逃げろ!」
空中でタージャは蔓を伸ばし、噴水の淵を掴んだ。
そのまま自分の身体を持ち上げ、噴水の中に飛沫を上げながら入っていった。
この高さなら、ポカブは上がってくることはできない。“ひのこ”も届かないだろうし、とりあえずは安全だ。
さーて、逃げ込んだはいいけど、こっからどうするかな。
炎にきくのは水だから、この噴水を利用するのが理想的だが。
どうしたものかと頭を悩ませていると、チェレンの声が辺りに響いた。
「ポカブ、噴水近くの植木に登るんだ!」
ポカブは炎を収めると、植木を囲む煉瓦を伝って、噴水近くの鳥ポケモン型の植木のてっぺんに登った。
そこまでくれば、もう噴水にいるタージャと高さはそう変わらない。
“ニトロチャージ”は無理でも、“ひのこ”なら届いてしまう。
こうなったら、一か八かだ。
「タージャ、“グラスミキサー”!」
「ポカブ、“ひのこ”!」
タージャは草葉の旋風を起こす。それとともに、噴水の水が巻き上がった。
無数の草葉とともに、水がポカブへと向かう。
それはポカブが鼻から噴き出した火の粉を打消し、勢いを殺すことなくポカブに直撃した。
「ポカブ、大丈夫か!?」
「ポッカー!?」
心配するチェレンの声をかき消すように、ポカブが面食らったような声を上げた。
その目は草葉で覆い隠されていた。よく見れば、ポカブの身体の至るところに草葉が張り付いている。
そうか、濡れた葉はひっつきやすいから。
チェレンが落ち着かせようと声をかけるが、突然視界を奪われたからか、ポカブは狼狽しっぱなしだ。
さっきからオレにも予想外の事態だが、これはチャンス!
「タージャ、“つるのむち”で叩き落としちまえ!」
タージャは蔓でポカブを薙ぎ払った。
ポカブはぶっ飛ばされ、植木のてっぺんから落ちて地面に叩きつけられた。
「このまま決めるぞ! “グラスミキサー”だ!」
タージャは噴水の淵に立ち、起き上がろうとするポカブに草葉の旋風をぶつけた。
その旋風が収まる頃には、ポカブは地面に倒れ、しばらく経っても起き上がらなかった。